3人目
7月30日。この日がクイズの予選大会の初日である。
学校は当然夏休みに入ってるので問題は無いが、その他にも私は夏休みの予定を調整しこの日とあともし本戦に出られた場合の8月のスケジュールを無事何とか空けることが出来た。
ふ
が・・・!
懸念事項はそこではない。
「問題って・・・!? まさか当日にどうしても外せない用事が入っていた、とか?」
部活中にちーきくで誘われ、一緒に出ることを承諾した翌日の昼休み、彼女から聞いたのは一言で言えば「大問題が発生した」という言葉だった。
「いや、私が誘ったからにはそんなヘマはしないけどね・・・うん、つまり・・・もう一人誘える人がいなくなった。」
必要な人数を確保するアテが無くなった時点でもう充分立派に「ヘマ」していると思うのだが、そこは敢えて突っ込まないでおく。
「この大会ね、私たちしか出ないと思っていたら・・・なんと!リコ達も出るんだって。」
「リコ」というのは、恐らくクラスメイトの一人、高島理子のこであろう。確か、どういう集団なのか私にはよく解らないのだが、よく一緒にいるグループがあって、ちーきくは部活以外だとそちらとも結構仲が良いようである。
話を聞くと、どうやらちーきくは三人目のメンバーとして、理子か或いはそちらのグループの誰かを考えていたらしい。
なるほど! ちーきくを通して私も彼女らとたまに買い物に行ったりすることもある位の付き合いはある。クイズ大会のチームメイトになったとしても気まずくなったりはしないだろう。
しかし、問題は・・・である。
要するに、その三人目としてアテにしていた相手が、あろうことか既に同じ大会に出る為に別チームを結成していた、とこういう訳である。
「いやー、まさかこの大会、この学校で私以外に知ってるどころか出ようとする生徒がいたとは・・・!しかも、寄りによってリコ達が・・・!」
「まあ、そりゃちーきくが知ってるんだから他に知っている人がいてもおかしくないでしょ!」
私は溜め息をつくと、
「それより一人位こっち側に入ってくれる子いないの!? 理子たちだけって、あの辺三人だけしかいない訳じゃないでしょ?」
と、ちーきくに聞いてみた。
そう! 理子達のグループは私が認識しているだけでもけっこう大所帯な筈である。それこそ、私とちーきくのいるピアノフォルテから見れば、普通にどこかの部活かと思う位には。
少なくとも、三人のチームが一つ既に決まってしまっているからと言って、あと一人誘えない人数ではない。
「それがさ・・・まあ、何と言うか・・・やっばりさーちんと同じように、クイズでわざわざ大会に出ようって人なかなか居なくてさ・・・リコ達も丁度、たまたま三人だけいたんだって!」
「あー、それは仕方…ない…。」
私も最初はあまり乗り気で無かった為、偉そうなことは言えないが、まあ世間での一般的なクイズに対する認識なんてそんなものだろう。
ちーきくには悪いが、テレビの話題にしたって、それこそちーきくのような余程のマニア… もとい、好きな人でない限り明らかにクイズよりドラマの方が盛り上がりそうだ。
「どうすんの!? やっぱり私の方でも誰か探してみる?」
「あー、うん…いや他にもアテが無いことは無いんだけど、ぶっちゃけ今度こそさーちんあんまり接点無いかも知れない…。もしそれが嫌だったら…うーん…いっそその方がいいのかなあ」
「ちーきく!!!」
私は思わずこの煮え切らない態度の友の名を大声で呼んでいた。
「は、はい!」
彼女が不意を突かれたように改まったように返事をする。
「ちーきくさ、私を誘うときに私と出たい、私となら大丈夫!って言ってたくれたよね。」
「え・・・う、うん!」
少し迷ったが、ここまで言ってしまったなら仕方がない。
「あー、もう!」
私はそのまま続ける。
「私はさ、ちーきく!ちーきくがそう言ってくれたとき、正直言うとちょっと嬉しかったよ。」
「クイズなんて・・・まったくちーきくの役に立てる自信は無いけど、ちーきくがそう言ってくれたから出ることにした。」
「だから・・・」
私はここで一度深く息を吸って、そして意を決して彼女にこう言った。
「私はちーきくを信じる。そして、ちーきくの信じる人を信じる。」
予想はしていたが、やっぱり言った途端に恥ずかしくなってきた。
しかも、なんか気付いたらどっかの決めセリフのようなことまで言ってしまったたような気がしないでもない。ちょっとこのまま叫びながらちーきくの前から走り去りたい衝動に駆られた。
「さーちん・・・!」
ちーきくよ、笑うなら笑ってくれ。でもこれは本当に私の本心だと分かってくれ。ちーきくが私に遠慮して三人目にふさわしい人を選べなかったら、その方が嫌だよ私は。
それに、だ。実のところ、ちーきくが選んでかつ私が気まずく感じる相手というのがどうにも思い付かない。何となくだが、結局ちーきくは私にも最初から普通に安心出来る子を仲間に入れるような気がした。
「うん、ありがとう!」
私がそんなことを考えている間に、いつの間にかちーきくは何かを決心したような顔になっており、
「そうだよね!さーちんがそう言ってくれるんだったら、私もう少し頑張って誘ってみるよ。」
そう言ってさっきまでどこか不安げに泳いでいた目は、今はまっすぐに私の方を見ていた。
「と・・・とにかく、そういうことだから!」
まだ先程の恥ずかしさもあり、今度は私の方が目を逸らしながらそう返すのがせいいっぱいだった。
「ありがとう!」
もう一度そう答えたちーきくの目は、やっぱり私の方を見ていたのだろうか?
・・・キーンコーンカーンコーン
ふと、チャイムが鳴った。
ちーきくと話し込んでいるうちに、いつの間にか昼休みは過ぎてしまったようだ。
「あ・・・! ごめんさーちん! つい話し込んじゃった。テスト・・・大丈夫?」
そう、実は今日午後の最初の授業、つまり五時間目の英語では小テストが行われることになっていた。
私はその前に最後の悪あがきをしようと思っていたのだが、さこへ来たのがちーきくであった。
一応は私が机の上に出していた英文法のサブテキストとノートを見て察したのか、かなり遠慮がちに 「今・・・ちょっとだけいい? ちょっとだけだから!」 と尋ねてきたちーきくにOKしたのは、もちろん私自身である。
結局、ちーきくがわざわざ強調した「ちょっとだけ」は、その言葉通りにはならなかった訳であるが、まあ幸いにも今日の範囲は割りと得意な部分であったし、万一英語の授業が昼休み前の午前中に行われたとしても、けっこう自信があったので大した支障は無いだろう。
「ん・・・! あー心配しなくてもまあ、今日は何とかなるよ。」
「ホントごめんね!」
私は本当にそれで良かったのだが、ちーきくがしきりに謝るので
「ちーきくの方こそ大丈夫なの!?」
と少し苦笑いしながら訊き返してみた。この昼休み、私がテスト勉強を出来なかったということは、ちーきくも当然出来なかったということである。
「あー・・・!ちょっとやばいかも」
ちーきくはそう答えたのだが、実はちーきくの成績は学年トップクラスである。しかも英語は、定期試験の度に貼り出される成績優秀者一覧の一番上に名前があるのを何回も見ている。
この場合ちーきくの「やばい」は、恐らく大丈夫だろう・・・ということにしておく。
チャイムが鳴って人のまばらだった教室にもクラスメイトが戻ってくる。そして、本鈴がなって先生が来るまで、本当の本当に「最後の抵抗」を殆どの者が始める。
その時である。
「ちょっと通して」
その子は、私とちーきくの脇を抜けて自分の席へ戻ろうとしていた。
「あ、ごめん!」
たまたま進路を塞ぐような位置にいたちーきくが慌てて避ける。と、同時に不意に何かを思い付いたような顔になった。
そして、少し何か考えるふうにしたかと思うと、こう言った。
「よし・・・!さーちん、私決めたよ!!」




