ちーきくからの誘い
[問題:イモリも脱皮する]
[○] [×]
前面の巨大なモニターに表示されているる問題。
「ばーつ!ばーつ!ばーつ!!ばーつ!!!」
既にロープが張られて解答は締め切られており、[×]が掲げられた一方の空間から大合唱が聞こえてくる。
「まーる!まーる!まーる!まーる・・・」
もう一方。「○」が掲げられた空間からも祈るような叫び声が聞こえるが、いかんせん人数が圧倒的に少なく音量では完全に押し負けている。
(お願いちーきく・・・!)
私は、私達をここまで連れてきてくれたリーダーに掛けた。
恐らく、ひらりんも同じ気持ちだったに違いない。
「正解は・・・」
どうかこんな所で終わらないで・・・!
「これだぁ!!!」
そして次の瞬間、
モニターに表示されたのは・・・、
・・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・「クイズの起源」というものをご存知だろうか?
一説によると古代エジプトで、スフィンクスがフェキオン山の麓を通り掛かる旅人に、
「朝は4本足、昼は2本足、夜は3本足、さてこの動物は何であるか?」
と問い掛け、答えられない者やあるいは不正解の者を食い殺していたのが始まり・・・とされている。
この答えは、「人間」であり、人の一生(赤ん坊はハイハイするので初めは4本足、その後自立歩行して2本足、歳を取ると杖をつくので3本足となる)を一日に例えたものであるが、結局スフィンクスはある日オイディプスに正解され崖から身を投げた、と言われている。
これは厳密には所謂「なぞなぞ」の起源とされているが、「クイズ」という言葉の語源については、アイルランドのある劇場支配人は「無意味な新語を創ってそれを流行らせられるか?」という掛けを友人とやり、街中に”QUIZ”と落書きしたという説や、ラテン語の”QUIS”(何)に由来するという説がある。
いずれにせよその呼び名は現代まで受け継がれ、今日の日本でも様々なクイズ番組がテレビで放送されているのは今更改めて説明する必要も無いだろう。
また、最早テレビだけでなく、インターネットやゲームセンターのゲーム等でもネットワークを介し遠く離れた見ず知らずの相手と、いつでも好きなときにクイズ対戦が出来るだから文明の進歩を感じずにはいられない。
自己紹介が遅れたが、私、冨永佐誉がクラスメートにして部活仲間にして親友である”ちーきく”こと菊池悠貴に誘われて、(ちーきく曰く今巷で流行しているらしい)オンラインクイズRPG「クイズマジックアドベンチャー」、通称「QMA」に彼女と一緒のギルドに登録しているは、良くも悪くも間違いなくそうした「文明の進歩」のお陰であり、また数ケ月前に彼女からある誘いを受けたからに他ならなかった。
「ね、さーちんはクイズって嫌い?」
私がちーきくにそう訊かれたのは、ゴールデンウィークも終わり、新学年としての生活もそろそろ慣れてきた頃だった。
「クイズ・・・!?」
ちーきくとは中学に入ってから知り合った。
私は地元の中学校には進まず、中学受験でこの電車で家から一時間位掛かる私立聖雪学院に入ったので先輩はおろか、同級生ですら所謂「オナショー」はいなかった。
更に言えば、私の出身小学校はどちらかと言うと受験組がごく少数派な上、何人か一緒に中学受験した子たちもみんな志望校がバラバラだった為、文字通り本当に一人もいなかった。
そんなまたゼロから人間関係を築かなければならない環境で、受験の為に途中で止めてしまったピアノを、何となくまた弾きたくなって入ったビアノ部でたまたま一緒になったのがちーきくだった。
そして、聖雪に於けるピアノ部の存在は、文化部という枠を考慮しても決して大所帯ではなく、蓋を開けてみれば仮入部期間が終わって一年生で正式に部員となったのは3人、そのうち同じクラスが2人、1人は別のクラスでしかも運動部との掛け持ちという、ちょっと特殊なケースである。
要するに、唯一私と同じクラスでなおかつ純粋に同じ部活だったのがちーきくだけだったのである。
今ならきっぱりと断言出来る!
ちーきくは、「人間」或いは「人類」というカテゴリではなく、むしろ「ちーきく」という、独立した生物である。
最早出会ってしまったのは、どこかの運命の神様が気紛れで悪戯してみたとしか思えない!しかし、このときの私はそんなことを知る由もなく、部活とクラスが一緒だったこの″ちーきく″という生き物と自然と親しくなっていったとしてもこれは不可抗力である。
うん、私悪くないよね・・・!
むしろ普通だよね!?
まあ、そんなこんなで、とにかく現在気の置けないどころではない付き合いに至るのであるが、僅かに初夏の陽気が感じられるようになったある日の部活の休憩中、私は唐突にクイズの好き嫌いをちーきくに尋ねられたのであった。
「うーん・・・嫌いじゃないけど・・・まあ、普通かな。」
テレビとかではクイズ番組はたまに観るし、結構好きな方である。
しかし、普段その程度なので、改めてクイズが全般的に好きかと言われると、正直かなり微妙だ。
「これ、一緒に出ない?」
ちょうど次の定期公演で弾く曲についての話し合いが一段落した所であった。ちーきくは不意に楽譜の束間から不意に一枚の紙を取り出すと、それを私の方に見せてきた。
そこには、大きく
【 全国中学生クイズ選手権開催決定! 】
とタイトルが書かれ、その下に少し小さく
ー参加者募集中! 知識でトップを目指せ~君の挑戦を待つ!ー
と煽りが付いているのが読めた。
「クイズ・・・?って、これ 全国大会なの!?」
「そ! まあ・・・各地方で予選はあるんだけどね。さーちんとだったら、結構良いとこまで行けるんじゃないかって気がして。」
「どうして?」
「・・・いや、何となく。」
「何となくって・・・私、だから別にクイズとかそんな得意じゃないってば。」
私は今しがた言ったように、テレビとかでは見たりもするが別にクイズが特別好きな訳でもないし、そんなに得意でも無いと思っている。
実際、テレビのクイズでも一般常識レベルならともかく、少し難しい問題になると解らないのがかなりあったりするし・・・。
「ちーきくだけで出ればいいじゃん!
と言うか、そう。別にそんな私を誘わなくてもちーきくが出たければ好きに出れば良いと思うのだが。
「ふっ・・・ところがそれがそうも行かないんですよ富永さん」
ちーきくは大袈裟に悩むように頭を抱えろポーズを取ると、
「ほら、ここ見て。」
とチラシのある一点を指差した。そこには
出場方式:・・・三人一組でのチームバトル 本大会はチーム戦になりますので、出場される際には三人一チームとしてお申込み下さい・・・。
そう書かれていた。ああ、なるほど!要するに、この大会個人戦ではなく3人いないと申し込みすら出来ない形式らしい。
「でも、私が出てもクイズとか得意じゃないから、ちーきくの足引っ張るだけだと思う・・・よ?」
しかし、それならそれで増々出るのは躊躇ってしまう。
ちーきくは何故だか知らないが変に色々詳しかったりする。物事の蘊蓄だとか豆知識だとかたかだかまだ中学2年生の筈なのに何でそんなことまで・・・というようなことまで知っていたりするのはこの一年間一緒にいて気付いたことだ。だから、可能性はかなり低いと思うが、ひょっとしたらちーきくだったらこの大会で優勝、とは行かないまでも本当に結構良い所まで進めるかも知れない!
でも、私は・・・
「さーちんだったら大丈夫だよ!」
ほんの数秒の沈黙があった後だと思う。不意にちーきくがこう言った。
「さーちんなら大丈夫!」
そしてもう一度そう言った。
だから、その根拠はどっから・・・!? と言おうとした次の瞬間、
「いや、もうぶっちゃけ言うとさ、さーちんと一緒に出たいなーって!!」
そうちーきくは言った。
「分かった。その日に予定が無かったら良いよ!」
内心、苦笑しながら気付けば私はそう続けていた。ちーきくにはまともに反論しようとしても意味なんて無いのだ!・・・何故ならちーきくだから。
ちなみに、ちーきくが例えお世辞だったとして「私と一緒に出たい」と言ってくれたことが実を言うとちょっと嬉しかった、なんてことは絶対ちーきくには内緒である。
「言っとくけど、本当に予選で即負けて終わりっ、てことになっても私責任持たないからね!」
「そうなったらそうなった仕方ないよ!一夏の思い出ってことで♪」
こうして私とちーきくは初の「全国中学生選手権大会」・・・後に規模が段々と大きくなり、全国のトップ中学生が甲子園並みに熱い闘いを繰り広げるようになり、通称「日本全中クイズグランプリ(JQGP)」に参加することになったのであった。
・・・・・・
・・・、
「・・・ところで、」
私はまだ一つ肝心なことを聞いていなかった。
「これ、三人でチーム作らないと出られないんだよね? 私とちーきくとあともう一人はもう決まってるの?」
そう、さっき見せて貰った出場形式には確か「三人一組」と書かれていた筈だ。と言うことは、私とちーきくとあと一人必要ということになる。
「いや、まだ。」
しかしその問いにもちーきくはあっけらかんと答えた。
まあ、この答えは予想はしていたけど・・・。自分で言うのもなんであるがちーきくがこう言った話を私より先に他の誰かにするのは何となく不自然な気がしたからだ。
「一応アテはあるんだ。とりあえずさーちん確保出来たから、そっちの方で誰か当たってみるよ!」
「そう? 私も誰か一緒に出てくれそうな子に一応声掛けてみようか?」
「・・・うーん、とりあえず大丈夫だと思うけど、もし最悪誰もダメだったら・・・お願いするかも」
「分かった!じゃあとりあえず任せるよ。」
「うん、ありがとう。」
まあ、とりあえず三人目も大丈夫かな。一応、ちーきくの関係なら私とそう仲の悪い子にはならないだろう。
そう考えていた私は、そんなに世の中上手く行かないことを翌日にはもう思い知ることになったのであった。
次の日、ちーきくと会った第一声で彼女はこう言った。
「どうしよう?さーちん・・・大問題発生だよ!」