Silent forest Homecoming ~ミニイベ・忘却の彼方から5~
歴史が変わるなら変わっちまえばいい!
世界が滅ぶなら、滅んじまえばいいんだ!
【黒木勇斗語録・クロノクロス キッド】
使命は磨耗する。
どれだけ最初の者が崇高で偉大な理念を抱いたとしても。
時間は確実に確実にそのときに刻んだ『意味』を薄めていく。
純血主義の封権国家も代を重ねれば王家の血が薄まる。
商人だって三代も続けば後継者の商法に変化が生じる。
受け継がれていく技法とて後継者が変われば細部は歪む。
子々孫々まで継がれるものの素晴らしさ。
あたしとて勇者についていった冒険者だ。その価値は分かる。
魔王退治の技術や知識、冒険者の信念、優れた勇者の血脈。
こういうものを未来まで残したいと思う気持ちはわかる。
でも、それらは全て腐食し風化する。世の中はそういうもの。
時間の流れはどこまでも残酷で、個は個であって全ではない。
手渡されるバトンは手から手へ渡るごとに垢にまみれる。
伝説の超英雄【聖王ベリア】が建国した王都とてそうだ。
建国から六百年が経過して、王国のありようも様変わりした。
あの王族に流れる勇者の血なんてすっかり形だけのものになった。
彼の意志と技を正しく継承した光竜騎士ディーンが現れるまで、グローリア王家は聖王の遺した武人の理念から懸け離れ、ただただ飾り物の聖剣を振るだけの様式美に染まりまくった形骸化ぶりを見せていたのは有名な話。
純粋に初志貫徹を継続することはそれだけで苦行だ。
単一固体ですら十年の時間があれば思想も技術も変わるのだ。
志なんてものは他人に受け継がれるにつれ壊れていく。
人間の歴史は移り行くもの。
新しいなにかを得る過程でポロリと忘れ去られるものもある。
最初の者が時に屈して消滅し、最初の理念が語られなくなれば。
みなが気が付かないうちにソレは字面と見栄えだけそのままに。
中身を次第に腐らせて、かつての原型とはベツモノに成り代わる。
これは人が人である限り絶対に逃れられないカルマ。
なぜなら人間は同じ場に立ち止まってはいられない生き物。
停滞をよしとせず、常に変化を求めるのが人のサガだから。
「開拓者としてやってきた最初の管理者たちがメイプル村の基礎を立ち上げて二百年。その間に繰り返されてきた幾度とない代替わり」
クローディアさんは語る。
「我々、長命のダークエルフですらたったの五代で【深淵の聖女】さまより賜った使命の意味を見失い、初代が勇者トロさまとともに築き上げた思い出の詰まった故郷を捨てたのです。我々のおよそ四分の一の寿命しかもたない人間種は、いったいどの代まで管理者たちの初志を覚えていたのでしょうね」
「少なくとも普通の村人たちは完全に忘れ去っていたわ」
当たり前だ。
寿命が二百を超えるエルフでも記憶の薄れた真実なんだ。
彼女たちエルフ種の四倍の速度で代替わりする人間種が、その当時の古い情報を伝言ゲームで正確に伝えられるわけがない。
ああいう忌み地の真実は覆い隠されるのが通例。
誰がクソ縁起でもない村の成り立ちを後世に残そうとする?
うちは黄泉に近い呪われた地ですなんていえるわけがない。
伝えたとしても脚色を繰り返した不完全な寝物語としてだ。
二百年もあれば真実は御伽噺に変わる。
その当時のことを知るものが死んでいなくなればなおさら。
「管理者だった地主でさえおばあさまに第八区の監視を丸投げしていたみたいだし、もうとっくに使命なんて形骸化してたんでしょうね」
おばあさまは初代から数えて七代目の管理者だったっけ。
そんなおばあさまですらどこまで正しく継承していたか。
管理の仕事を受け継ぐ間もなかったわたしには知る由もない。
ううん。機会そのものはあった。
いつでも真実を知って継承の儀を受ける雛形はできていた。
ただ、あたしがおばあさまの残したものから目を背けただけ。
おばあさまを死に追いやった使命なんてクソくらえってね。
「そういうものです。二百年もあれ初代たちの崇高な志は忘れ去られ歪曲するもの。正しく情報を受け継げなかった彼らの子孫の中に使命の意味を忘れ暴走するものも現れたのも自明の理だったのでしょう」
「正しく受け継がれたのは管理者の特権という利だけか」
「妖魔の森を捨て、開拓民にすべてを押し付けた我々がいうのも筋違いかもしれませんが、志の忘却というものは悲しいものですわ」
一番真実に近かったあたしの一族ですらそうだったんだ。
他の地主たちも遺跡の真実なんて忘れ去っていただろう。
ただ漠然と代々受け継がれる管理人の仕事だけが残るのみ。
「わたくしも全てを知っているわけではありませんが、ことは管理者の子孫たちが悪徳錬金術師にそそのかされ、邪妖樹の真実に辿り付いたことから始まります。あのときはたしか気候と森の精霊力の変動でメイプルシロップの生産量と質が劇的に落ちた大凶作の最中でした」
淡々と当時を知る人から語られる村の真実。
もうこの時点で真実は村人が知る逸話から懸け離れていた。
あたしが亡くなる数日前におばあさまから聞いた話では、当の一件は第八区の遺跡に封印されていた邪悪な魔王のせいにされていた。
「彼らのうっすらな知識で遺跡の危機を何処まで認識していたかは不明ですが、第八区がもたらす利益に目がくらんだ彼らは、ツナミの反対を押し切り、錬金術師のいわれるままに封印に穴をあけ、錬金術師に研究の場を与えました。なぜか後年に錬金術師の存在は遺跡に封印されていた魔王に挿げ替えられていましたが」
はいはい、だいたい魔王のせい。
そういっときゃあだいたいの悪事は責任転化できる。
つまりだ、何も知らない村人どころか、あの事件の当事者さえも裏口をあわせて真実を隠して、嘘をついていたわけだ。
「錬金術師の真意を知って彼らが己の過ちに気がつき、ツナミとわたくしに泣きついたときには時すでに遅く、抉じ開けられた黄泉の穴の空気によって邪妖林は誕生し、周囲の楓も汚染。あとはもうあなたも知っている通り、もうすこし遅ければ王国軍が出る災厄になるところでしたわ」
「そのときの無理が祟っておばあさまは翌年に死にました」
「そうですわね。第八区の再封印の法を知っていたのは彼女だけ。助力に入ったギュスもわたくしもマーリンも、森に蔓延する黄泉の力を抑えるのが精一杯で彼女の封印の儀の支えになれなかったのが心残りになってます」
それだけ村を救う貢献をしたのに、あの地主連中はおばあさまが死んだのをいいことに、自分らの失態を隠す事件のスケープゴートとしてあたしを災いをもたらす魔女だって悪者にしたけどね。
ひどいときには大森林を汚染した原因はおばあさまの管理の甘さが原因ってことになってた。間違っていないからなおさらムカつく。
「不快そうですわね」
「世のオトナの汚さを再認識したもので」
「それは事件の真相を知っていてなお、知らなくていいことは知らせなくてもいいと口止めを遺言に残したツマミの心を汲んで、村の歪んだ情報を正さず黙っていたわたくしたち三人についても?」
「だから三人のご隠居は贖罪として幼いときからあたしをいつも見守ってくれた。違いますか?」
汚い大人になったいまなら分かる。
おばあさまは村を守るためにあえて泥をかぶった。
メイプル村の真相が知られれば確実に特産品の価値は暴落する。
のちのちの運命を考えたら滑稽な徒労だけど、そのときは見えない未来のために自己犠牲をしてでも真実を隠さなきゃいけなかった。
地主どもは自分たちの失態を隠すためにおばあさまに全責任をおっかぶせ、自分が余命いくばくもないと悟っていたおばあさまもまた、それで村が元通りになるのならと黙認した。
遺された孫娘にまで責と咎と因果が巡るとは露知らずに。
「しかたがない……とは言いません。でもあの当時は唯一の収入源が数年にわたって潰れ、村の存亡にも関わる危機でした。村を守るためなら縋らざるえないのです。それがたとえ邪悪な者の甘言でも」
「村を守る? 利権を守りたいの間違いでしょうに」
「本当にあなたは村のことが嫌いですのね」
「そのままくたばればよかったのにと思う程度には」
あたしはあの村が嫌いだ。
一族の使命がどうの、管理者の義務がどうの。
そんなこと知ったことじゃないし、知りたくもない。
森の守護だの、そんなものやりたいやつがやればいい。
あたしはおばあさまを殺したあの森が嫌いだ。
おばあさまが死んだあとに掌を返した村の連中も。
あたしを魔女呼ばわりして村八分にした地主や叔父どもも。
くたばるなら勝手にくたばれ。
幼少期からずっと故郷への憎悪を抱えてあたしは生きてきた。
自分の立場が悪くなるのを承知で愛してくれたリバーおばさま。
叔父の毛嫌いに反発してあたしを姉として慕ってくれる従妹。
あの村の関係者であたしが心を許せる存在はこれだけ。
そんなみんなも村の在り方に嫌気がさして村を去っていった。
あそこは滅びるべきして滅んだ。
村を見捨てたあたしのあの日の選択は間違っていない。
あんなクソな連中を、ロクでもない思い出しかない村を、遠い昔の顔も知らない先祖の遺志に盲従して命懸けで守るなんてばかばかしい。
「でも」
でも?
「あなたの祖母は村を愛していた」
そのとき放ったクローディアさんの言葉に──
「…………」
あたしは何もいえなかった。
総合評価250pt突破記念! いつも読みにきていただく皆々様に感謝。