Use outplacement services. ~転職先を検討しよう~
「もうすぐじゃ……。もうすぐ わしは ぴちぴちギャルになるんじゃ!」
【黒木勇斗語録・ドラゴンクエストⅦ ダーマ神殿の老人】
すべての冒険者志望者は、まず最初に市街規模の町ならだいたいひとつは設置されている冒険者ギルド公認の訓練所あるいは道場に赴き、そこで冒険者として必要最低限の基礎を学ぶことになる。
冒険者ギルドの支配力はときに王権すら凌駕する。
どれだけ天賦の才があっても、どれだけ権威の後ろ盾があっても、王族だろうが神に選ばれた勇者だろうが、冒険者は冒険者ギルドの認可を得なければ社会的な恩恵や福祉サービスを受けられず、クエスト受注のひとつもできない。
なので冒険者を目指すものは貴賎を問わずすべて冒険者ギルドに自分の情報を登録し、訓練所での基礎カリキュラムを経て、身分証明証となる冒険者カードを発行してもらわねばならない。
正直、よほど背景が特殊でスネに傷もつ連中でもなければ冒険者ギルドに所属することのデメリットはないので、自らすすんで無所属になろうとする冒険者の卵はいない。ギルドが提供する支援のことを考えれば、組織に束縛されるデメリットよりもサービスで得られるメリットのほうが遥かに大きいからだ。
訓練場を卒業して本格的に冒険者を始めるにあたって、誰もが最初に通過しなくちゃいけないのが一般人から冒険者への転職。つまりのちのちまで自身の進路の土台で在り続ける『基本クラス』の選択である。
通常、訓練場で最初に行われる適性検査によって個々の才覚は種族値にボーナスポイントを加算した基礎ステータスとして判明していて、どのクラスにつけるかの是非は訓練の中盤で運営から直接本人へ事前告知される。
そこで訓練生は渡された適性検査の結果をもとに自身が目指す基本クラスを選択し、一般人から冒険者への最初の転職を行うことになる。
わたしの場合は祖母が高位の魔法使いだった影響もあって、血統的に最初から魔法使いクラスの適正があると判明していたから選択に迷いが無かった。もともと祖母への敬意やリップル姉への憧れもあって魔法使い以外の道なんて考えもしてなかったし。
血統的な資質で選択が狭まっちゃうのはよくあること。
わたしは徹底して長所を伸ばしていく信念でやっていくタイプだから魔法使い職しか選択が無いことを悲観しないけど、世の中には特定のクラスに適正が乏しい種族なのに、種の不適正の壁を乗り越えようとあえて茨の道を進んだりするイロモノが少なからずいる。
筋力や耐久力が乏しいくせに純粋な戦士職を究めようとするリトルフットやエルフ、知性や魔法力の総量が明らかに少なくて前衛やってたほうが正解なのに頑なに魔法職に憧れるオーガやドワーフ。
ああいう自ら苦行林に入る人たちはホントよくやるわと思う。
あー、どっかのバカも適性低いのに無理して勇者職を目指して、結果、資質的に最適の『探検家』に辿りつくまでに酷い遠回りをして人生を一年半ばかりムダにしたオタンコナスだったっけ。
あれにはおにぎり教官も苦笑い。
あの人も最初は勇者を目指してたけど適性の段階で挫折したクチで、その後に自分の長所を一番生かせる戦士職に妥協したおかげで逆に大成した英雄だから、マウスの職業の選択ミスには思うところあったんだろうな。
これで適正のなさを克服して勇者として成功すればよかったんだろうけど、ずっと鳴かず飛ばずのままズルズル過ごして、半月前の第一次探索隊でのボス戦で限界を感じてアレだもの。とかく現実は厳しい。
夢や憧れだけじゃ人は食ってはいけない。
職業選択の自由アハハン♪と歌っても個の適正は別問題。
尊敬する聖竜騎士ユートみたいな勇者になりたいと言って冒険者を目指しても、そうそう自身の才能と目指すクラスがドンピシャなんてありえない。
だから……
あのバカが夢を捨てて勇者を廃業したのは本当に英断だった。
あいつはあいつで夢と現実を秤にかけられる理性的なとこがある。
第一次探索隊での大ピンチは自身を見直す最高の転機だったと思う。
探検家に転職したことで更にこじらせた部分もあるんだけどね。
まっ、あれはあれでマウスの憧れの職業のひとつだし、かつ適正のあるクラスだから、ガラにもない村勇者を続けていくよりずっとマシだし、火力と引き換えに探索系のスキルが強化されたことでパーティーへの貢献度もこれまでとは雲泥の差になった。
もともとあのバカは主役を張るような前衛職よりも、縁の下の力持ちな支援系が向いてるっておにぎり教官も言ってたしね。
さて、本題に入って基本職にはいくつかの枠がある。
転職の秘法が生まれたばかりの黎明期は、最初に石版に自身の職業データーを登録した原初の四人のクラス『勇者・戦士・僧侶・魔法使い』しか基本クラスは存在していなかったという。
それから千年の時を経て、俗に言う【ゆせそま】の四種しか選択肢の無かった基本職は当時の十倍近くに増えた。もっともこれは基本職よりも条件の緩い下級職や支援職を基本職枠に含めてのものだけど、それでも最初に選択できるクラスが黎明期よりも圧倒的に多いことに変わりはない。
基本職枠に属するクラスをいちいち列挙していたらキリがないので、冒険者ギルドは基本クラスを六つのカテゴリーに区分けしている。
戦士・騎士・格闘家・勇者などの前衛職
盗賊・狩人・吟遊詩人などの技術系の中衛職。
魔法使い・僧侶・錬金術士などの後衛職。
探検家・地図師・学者などの支援職。
商人・各種職人系・薬士など職人芸の汎用職。
種もみ勇者を筆頭とした各種イロモノの下級職。
訓練生は冒険者となる前に枠の中の上記三つ、すなわち前衛・中衛・後衛の三枠の基本クラスから自分にあった職業を選択することになる。
支援職はどれもクセが強いクラスなので、冒険者として一定の経験を積んでからでないと転職不可とされていて、汎用職は本来は職人ギルド管轄で冒険者ギルド経由からは習得できず、下級職にいたっては最初にこれを選んだらバカの烙印を押されるので真の上級者向けとして扱われている。
基本職を選べば晴れてキミも冒険者の仲間入り。
そこから先は職の枝分かれ、ジョブツリーとのにらめっこだ。
わたしの行う昇格をともなう転職はこのツリーとの戦いだ。
例えば戦士には中級クラスの転職先に数多の分岐がある。
代表的なものでも重戦士・軽戦士・双剣士・魔法戦士と多岐に渡る。
そこからさらに上級職に向けて枝分かれして、昇格条件も増えていく。
中には複数の基本クラスを究めないといけない複合条件もあるという。
わたしが歩んでいるのは魔法使い系のジョブツリー。
基本の魔法使いから始まって、魔術士や魔道士や精霊術士の分岐を経て、目指すは大魔術師・大魔道師・召喚師・賢者といった最上級職。
中には魔法少女系とかいう特殊ルートもあるけど、こういった趣味クラスに走るのは堅実派のわたしの流儀でないので無視する。
後衛の魔法クラスはこれまた種別がフクザツで把握が大変。
とりあえず大まかに分けると魔法使い系・僧侶系・錬金術士系の三種。
わたしが所属しているのは皆が知っている通りの魔法使い系のクラス。
それもまた流派を分類すると魔道・魔術・精霊の三派閥に分割される。
魔道は地水火風の四大元素の力をそのまま利用して行使する技術体系。
魔術は魔素を基に術式を行って物理現象を具現化する技術体系。
精霊は自然界を支配する各種属性の精霊を使役して召喚する技術体系。
基本職では基礎としてそれらを全体的に学ぶ必要性があったけど、中級職からは三種類の流派のどれかを専門に学ぶ特化型の道が開ける。
魔道の奥義を究めたいのならば魔道士。
魔術の術理を極めたいのならば魔術士。
精霊との交流を窮めたいのならば精霊術士。
どれもそれぞれの長所があり短所があり、また魅力的な道だ。
中には祖母やリップル姉みたいに賢者になって全流派を究めちゃう天才もいるけど、残念ながらわたしはそういう才には恵まれてない。
「リップル姉、デューダーの神殿への紹介状おねがいできる?」
「ん? 中級職をなににするかもう決まったの?」
だったらわたしの選ぶ道は──
「ほら、わたしって昔から精神の特性が火属性に偏ってるじゃない」
「そうね。おにぎりもここまで偏ってるのは珍しいって言ってたわ」
自身の長所をとことん尖らせて生かせるルートは──
「だからね、わたしは徹底的に火属性に特化していくべきだと思うんだ」
「いいんじゃない? それならあなたに向いている中級職はひとつね」
最初からひとつしかない──!
「プランは固まったわ。目指すは火属性専門の大魔道師への道! わたしはわたしなりのやりかたで、リップル姉やおばあちゃんが辿り付いた魔の領域を目指す!」
自然現象を自在に操る魔道こそ魔法使いの原点にして頂点!
わたしは不器用だから技術が求められる魔術士には昔から向いてない。
性格が性格だからコミュ能力が問われる精霊使いの適正もかなりアレだ。
「悪くないわね。あたしもサラの性格的に魔道士ルートが正解だと思うわ」
「消去法になるのは情けないけどね」
適正的にも『魔道士』こそわたしの天職。
「じゃあマーリン先生の魔術士アカデミーに入る道は遠くなっちゃうわね。訓練生の頃はいつかアカデミーに入学するんだって言ってたのに、そこはちょっと夢破れたみたいで残念かな」
「いいのいいの。もともと適正なかったんだし。それにわたしはマウスがアタッカーとして頼りなくなった分、魔道を修めてパーティーの最大火力にならなきゃいけないからさ」
そう、まさしく文字通りの意味でね。
あのバカだって自分の一番の理想を捨ててまで実利に走ったんだ。
パーティーの理性であるわたしがそれをやらなくてどうするっての。
「それじゃあ紹介状を発行するわね。二日後に受け取りに来て」
「うんっ!」
「それまでにマニュアルは最後まで熟読しておくように」
「了解」
人生は常に希望通りにいかないし、進路もまたままならないもの。
たちゆかないのよトモヨはハッハー♪ って吟遊詩人も唄ってる。
だけど妥協は妥協で限りなく、幼い日の夢の傍らに沿うように……
おにぎり教官が勇者をアシストする戦士の道を歩んだように。
あのバカが勇者としてでなく探検家として夢の続きを歩んだように。
「というわけで、転職を祝って黒ビールを大でもう一杯っ」
「まったくもう、これで最後にしておきなさいよ」
わたしはわたしなりの脇道を使って、本人がすぐ目の前にいるのに手が届かない、そんな憧れの人のいる場所への到達を目指そうと思う。