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She's contemplating a job change.~転職の基礎を学ぼう~

「わしは ぴちぴちギャルになりたいのう」


【黒木勇斗語録・ドラゴンクエストⅢ ダーマの神殿の老人】

 リップル姉から転職マニュアルを受け取ったわたしは、遅い夕食と馴染みの黒ビールを満喫しながら軽い読書に耽ることにした。


 王立図書館のキンと張り詰めた厳正な静寂の中での読書もいいけど、こうやって行儀悪くドンカツを喰らい、揚げ物と揚げ物の合間にビールをチビチビしながら、弾き語りのリュート演奏や酔っ払いどもの喧騒を作業用BGMにして愉しむ読書というものもなかなかにオツなもの。


 細かい内容をじっくり読むのはアジトに帰ってからにして、まずはざっくばらんにマニュアルのさわりを確認。こういうマニュアルは目次から順ずつではなく、最初に気になる項目をパッパッパッと優先的に読んでから、あとで全体をゆっくり読み返すほうがわかりやすい。


 酒の勢いもあるんだろうけど、マニュアルのページを捲る指が興奮しているのを感じる。だんだん生まれてはじめて訪れた中級職への転職を身体が実感しはじめて、遠足を間近に控えた子供みたいに気分が高揚してきたんだろう。


 なんてったって基本職から中級職への昇格は、能力的にも社会的にも目に見えてパワーアップが見込める一大イベント。同じ転職でもあのバカみたいに村勇者を辞めて汎用職の探検家に鞍替えするタダの転職とはわけが違う。


 だからわたしは慎重に転職プランを考えなきゃいけない。


 基本職から同じ基本職、または汎用職や下級職に転職する場合はギルド受付に赴いてちょいちょいと手続きすれば済むことだけど、冒険者ランクの昇格と同様、冒険者の身分的な等級そのものが変わる昇格転職は冒険者カードそのものを入れ替えるので更新の書類手続きやら手数料やらの手間が非常に面倒。


 やりなおしがきかないわけではないけど、もし転職先が肌に合わなかった場合、お試し期間中の時間ロスや手数料の無駄遣い、再転職のための基本職への出戻りなどでかなりの時間と資金を損する。そういうムダな足踏みは今後のパーティー活動に支障をきたしまくるので極力避けたい。


 なので昇格のための転職は一発勝負とわたしは考える。


「店のバイトと違ってマジで人生に関わる選択だものねコレって」


 冒険者クラスの変更によって生じるのは立場や職種などの肩書きだけに留まらない。怖い表現になるけど、この世界の転職は所持スキルやステータスの変化という形で人間の中身そのものを造り替える。


 身体能力の資質うんぬんで選べる職種に限りがあるという前提条件があるとはいえ、これまでヒョロい頭でっかちの青瓢箪だった魔法使いが、魔法戦士に転職したことでバリバリでムキムキの肉弾派に豹変する。そういうことが平然と起こりうるのが転職システムの凄みであり恐ろしさだ。


 転職システムのおこりは今から千数百年前、永く大陸で絶対的な支配を続けていたハイエルフの魔法帝国が崩壊したのを切っ掛けに、奴隷階級だった人間たちの下克上が始まった戦国時代『オーニンの乱』が起点となる。


 それまでのクラスの概念は、魔法が使えるのなら魔法使い、神に仕えるものはみな僧侶、武器が使えるのなら流派や武器を問わず全て戦士といった広義的で漠然としたもので、現在のような職種ごとの細分化は行われず、また身体的な強化やスキル獲得という恩恵も存在しなかった。


 転職システムが世に現れたのは百年続いた種族間戦争の最中。

 帝国跡地を礎に人類の人類による新しい歴史を始めた地上の民たちは、その繁殖力と数の多さを頼りに別種族の侵攻に抵抗しつづけていた。


 しかし生まれもった身体能力の低さがアダとなって苦戦を強いられる人間種ヒューム。領土拡大を狙うドワーフや獣人たちだけではない。彼らは地上の管理者としての影響力を強めようとする天空人や漁夫の利を得ようとする魔族たちからも己が身と領土を守らなきゃいけなかった。


 この当時も現代と同じく人々は神々を信仰する事で神竜の恩恵にあやかることは可能だったらしいけど、神を信じなかったハイエルフたちは例外として、他の異種族たちもまた自分たちの文化圏に属した神を信奉して加護を得ている以上は条件は同じ。最終的に戦争の優劣を左右するのは種族としての地力の差になってしまう。


 だから人類の枠組みにいる数ある種族の中で、種としてあまりにも脆弱な人間は神話の時代の優れた力を残す異種族に対抗するため、これまでにないまったく新しい力を手に入れる必要があった。


 幸いにして人間には別種族には無い「魔法文明のおこぼれ」というアドバンテージがあった。ハイエルフたちの娯楽でモンスターや奴隷同士で戦わされてきた闘技場の剣奴たちが、磨き続けてきた剣と魔法の力を帝国崩壊後に生かし、そのまま人類の未来を担う戦士になったのはその代表例といえる。


 それとはまた別に、三等市民してハイエルフの奴隷に甘んじてきた彼らの中には、ハイエルフの魔法文化を理解する優れた資質を持ち、ハイエルフにはない人間特有の発想と着眼点を見込まれて研究助手として働いてきた者もいた。


 彼らもまた他のハイエルフ同様に大半は天空人による天の裁きに焼かれてしまったけど、情報の集積というものは常に中央のみにいくとは限らず、散逸したおかげ裁きの光の届かない僻地に残されたまま忘れ去られた成果や、帝都を離れ辺境各所に散っていた人材などが少なからずいた。


 のちに冒険者ギルドの基礎を築く三英雄のひとり、聖人デューダーが知識を求めるの旅の途中でハイエルフの遺跡から人間の言語に翻訳されたとある研究資料を発見した一件が、常時劣勢だった人間種の戦況を引っくり返し、冒険者という存在を生み出す偉業になるとは誰が予想しただろうか。


 伝承では彼が手に入れた研究資料はセーヌリアスの森羅万象を情報として記録する世界記憶の中枢『アカシアの座』への干渉方法に関わるなにかであったらしい。


 魔法使いというものは種を問わず常に世の真理を探究するもの。わたしたちよりもずっと優れた魔法文明を持つハイエルフたちが創造神の領域である森羅万象の理を知ろうとするのは当然のなりゆきだろう。


 ハイエルフたちの研究が真理の何処までいけたのかは分らない。そもそも人間にしては頭脳明晰という範囲でしかなかったデューダがどれだけ知性の権化である彼らの研究の原理を理解できたのかも不明だ。


 とりあえず人類史で判明していることは、デューダは手に入れた研究資料を小脇に抱え、人類を更なる次元に押し上げるであろう『アカシアの座』を目指してさらなる探求の旅を続け、後年に大陸の先の先を越えた海の向こう、世界の西の果てにある『まつろわぬ大地』で時の三神の一柱『現竜神』の夢に干渉することに成功し、人類の集合的無意識の世界を経由してアカシアの座の一端に触れるに到ったということだけ。


 彼がアカシアの座の末端で夢見る現竜神の神託を得て、西の果ての果てから石版モノリスというカタチで持ち帰った【転職の秘法】。この大いなる秘術を刻んだ知恵の石版が、脆弱な人間種を飛躍的に強化する兵器となり、数多の異種族を退け、大陸の覇権を決定付ける決め手になった。


 【転職の秘法】の本質は集積した情報の他者への転送にある。

 例えばとある分野で非常に優れた技能を備えた人間がいるとする。

 【転職の秘法】はその人の優れた部分を情報化して集積できる。

 この登録された情報はギルド内で『冒険者の型』と呼ばれている。

 

 そしてその型は能力を持たない別人に複写することが可能なのだ。

 戦士であれば武器の取り扱いの基礎を各武器スキルとして。

 魔法使いであれば魔法を行使するノウハウを各魔法スキルとして。


 各職種に応じた最低限の知識と技をインスタントで身に着けられることは、黄金の山にも勝る軍事的価値になるのは明白。あくまで転送可能なのは基本中の基本の【型】のみではあるけど、身体的な条件さえ揃っていればこれまで専門的な訓練を受けてこなかった者でも一瞬で職業スキルを学習できる技法の発見は、人材育成の手間を簡略化させ根底を大きく底上げする革命的な出来事だった。


 さらにいえば情報の転送は技能の複写だけでなく身体強化も施す。

 戦士の情報を転送すれば、個は肉体面が著しく強化される。

 魔法使いの情報を転送すれば、対象は知性を底上げされる。

 上昇値は固定。つまりどんな人間でも一定の強さを身に着けられる。


 今でこそステータス補正なんて言葉で当たり前のように浸透している理屈だけど、個の才能を1から地道に鍛えるしかなかった古代で、儀式によってカテゴリーに属した身体強化がインスタントで行えることは神の奇跡と称するほかない別次元の技術だったわけで。


 それから数百年かけて【転職の秘法】は次々と新しい情報を重ねていき、職種を増やしたり纏めたりと改良を繰り返して、数こそ少なかったけど千年前にはもう基本職と上級職という職種が存在していたらしい。


 無論、優秀な人間の情報を記録して他の人間に転送すれば、誰でもオリジナルのような超人になれるというわけではなくて、知恵の石版は登録者の人格や記憶などは記録できないし、器が異なる以上は完全コピーも有り得ない。


 同じ職業で同じスキルを学んでも必ず個人差というものがでてくる。


 そこからまた新しい流法が誕生し、新たに生まれたスキルやクラスが新機軸として登録され、【転職の秘法】はカテゴリーを増やしていく。


 こうやって冒険職は千年の時間をかけ現在のカタチになったというわけ。


 つくづくすごい話だと思う。

 あれから時は過ぎて人間種の専売だった【転職の秘法】の秘術は別種族にも伝わり、気付けば一部の魔族すら使うようになったけど、やはりステータスバランスが偏っていない人間種がもっともコレをうまく扱えるのか、転職先の選択幅の広さは人間が最も多い。


 わたしは聖人デューダーの偉業と冒険者クラス発祥の項目を読み終えると同時に、ドンカツと黒ビールのおかわりを注文する。 


 さて、歴史の勉強の次は基本職についての項目。

 どの領分でも基本というのは大事。これを軽視すると足場が崩れる。

 特に魔法使いは複雑なルールが絡む職種なので地盤固めが重視される。

 クラスレベルの上昇が他の基本職にくらべて遅いのもそのせいだ。


 ちょうどいい機会だからプラン構想がてらに基礎を見直そう。

 振り返ることで見失っていたものを再発見することも多いしね。

 リップル姉みたいな天才肌と違って自分は物覚えの遅い凡俗だし。


 あー、それにしても。


「勉強がてらのビールうまい!」


 行儀が悪いと分っていても、飲み食いしながらの読書は楽しい。

 ちなみに王立図書館でこれやったら出入り禁止は確定。

 だから酒場での読書はやめられない。 

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