I suddenly decided to change jobs.~転職条件達成の通達~
「かつて 先代の神殿長が言っていたのじゃ。
世界のどこかには どんな者でも
ぴちぴちギャルになれる 転職本があると……。」
【黒木勇斗語録・ドラゴンクエスト11 ダーマ神殿長】
これは秋が終わりかける闇竜の月の始めごろ。
わたしたちDランクパーティー『マウスリバー探検隊』が、故郷メイプル村で怪異に巻き込まれる例の一件より半月ほど前のお話。
どこぞのバカが勇者を辞めて下積みに戻った裏で、このわたしサラ・ハーヴェストがパーティーの戦力増強を計るために頑張る、ちょっとした番外編です。
○○○
その転機イベントは、南方の迷いの森を調査する第一次探索隊の大仕事を終え、再びDランク冒険者相応のちんまい小遣い稼ぎのミニクエスト三昧の日々に戻って五回目のクエスト達成後に訪れた。
「おめでとうサラ。これであなたも無事に中級職の門前に到達ね」
いつものように報酬の安い採取クエスト完了の手続きを終え、冒険者カードの経験値データの更新を待ちながら遅い夕飯を愉しんでいたとき、おかわりの黒ビールの大ジョッキと一緒にカードを返却しにやってきたリップル姉が満面の笑顔でそんな祝いの言葉を投げかけてきた。
「門前に到達って?」
いまいちピンとこないままドンカツを頬張るわたし。
「ようするにサラのレベルが中級職の転職条件に達したってことよ」
ぼふっ!
リップル姉の突然の通達にわたしはむせた。
「ほんほへふはぁ!?」
「はいはい。口の中に飯ためこんだまま喋らないの」
もぐもぐ。ごっくん。
「ほんとですかぁ!?」
「……わざわざ言い直さなくても通じてるわよ」
ああ、ごめんなさい。驚きのあまりつい。
「わたしが中級職に転職可能って、嘘じゃないですよね?」
「こんなときにウソついてどうするの」
わたしの狼狽ぶりに半ば呆れつつ、リップル姉はわたしの冒険者カードをビールジョッキと一緒にカウンターテーブルの上に置いた。
「冒険者レベルは15。魔法使いのクラスレベルは12。炎系魔法スキルの熟練度もまずまず。このまま魔法使い系統のクラスで行くなら、魔術士か魔道士への道が待ってるわ。もし精霊術士のクラスを目指すなら、精霊系魔法スキルの熟練度がもうすこし必要になるけど」
そっか──
ここんところ生活費を稼ぐことばかり考えてミニクエストをこなしてきたから実感なかったけど、いつのまにか中級クラスに転職可能なところまで経験値を溜め込んでたんだ。
「サラ、あなた冒険者家業を始めて何年になるっけ?」
「だいたい二年くらいです」
「この氷河期の御時勢にしてはまずまずの成長速度ね」
「リップル姉が優先的に仕事を回してくれているおかげです」
冒険者の酒場の店主と親戚の間柄というのは地味に大きい。
ほんとはクエストをコネで回してもらう縁故採用とかあまり褒められたものではないんだろうけど、コネに頼らずにまともにクエスト探ししてたらなかなか美味しい仕事にありつけない時代なのも事実。
コネクションは冒険者が成功するための重要な要素の一つ。
単純な腕っぷしだけでやっていけるほど冒険者業界は甘くない。
特色の無い冒険者が廃業を余儀なくされる現在は特にソレが顕著だ。
冒険者業界が斜陽の産業になりつつある現実的な問題は直視するべきだし、長所として使えるものはどんどん使うべき。品性を失わないラインで生き汚くやっていくことに躊躇しないことが冒険者として長く生き延びるための処世術だってリップル姉も言っている。
「実感が湧かないって顔ね」
「クエをコツコツこなしていたらいつのまに? って感じです」
個人的には中級職はもうちょっとかかるものだと思ってたのに。
知らず知らずのうちに条件達成ラインまで経験重ねてたんだ。
ドカンと経験値が貰える大仕事をしないでの成長だから気分は複雑ね。
「そうね。魔法使い職はクラスアップに必要な経験値が勇者職の次に多い職種だから、いつのまにやらって気持ちは良くわかるわ。でもね、レベルアップは早ければいいってわけでもないし、堅実に小さい仕事をたくさん重ねて少しずつ成長することは実はいいことなのよ」
「同じ経験値の総量でもまんべんなく様々なジャンルのクエストをこなす冒険者と、一種類のカテゴリーのクエストしかこなしてこなかった冒険者では骨子が違う……でしたっけ?」
「そう。最近は討伐レベルがそこそこのヒャッハー討伐だけで経験値を稼ごうとする連中も多いけど、そういうのはオススメしないわ。新米のうちからクエストの偏食が続くと、Cランクに昇格してもソレしかできない悪いクセがついちゃうし、冒険者カードのクエスト達成履歴も対人討伐一色じゃ依頼主からの印象がよくないもの」
「冒険者たるもの様々なクエストに対応できる達者であるべき」
「なんでもソツなくこなせるってのは強みだと知りなさい」
呼吸ピッタリに冒険者の在り様を口にするわたしたち。
さすが冒険者の酒場のママが言うと説得力が段違いだ。
盗賊いじめしかできないヤツは冒険者とはいえない。
冒険者は冒険する者。ただの狩人であってはならない。
採取に調査に討伐とすべてをこなせてこそ真の冒険者だ。
探検馬鹿には理解できない冒険者の真理なんだよねこれって。
「話が逸れちゃったわね。あなたもDランクの冒険者としてだいぶ若手向けの仕事に慣れてきた時期だし、いよいよCランクへの下準備として中級職への転職を検討してもいいと思うの。もちろん無理に転職せず基本職を地道に鍛えていく道もあるけど、マウスくんが村勇者をやめて探検家に転職して火力不足が著しいってサラも言ってたし、ここにきての火力を補う昇格は絶対に必要だとあたしは思うわ」
「中級職に転職……か」
中級職への転職は若手冒険者が血眼になって目指す最初の夢。
ついに自分も駆け出しから若手になって、第一の夢を叶えたわけだ。
うーん、ただ、昇格条件に達したことは嬉しいんだけど困った。
正直、まだ先のことだと思ってプランなんて考えてなかったから。
「なにごとも基本が大事と言われている通り、基本職の下地造りを曖昧にしてまで転職を急ぐことはないけど、今後のことを考えて次は何のクラスを究めていくかのプランは決めておいておいたほうがいいわよ。とりあえず転職可能条件を満たした冒険者に配布する『虎の巻』は渡しておくわね。重要事項が書かれている無料冊子だから一読しておきなさい」
「あっ、ハイ」
わたしはリップル姉から冊子と呼ぶにはあまりにもブ厚いマニュアルを受け取り、黒ビールを飲みつつすぐその場で開いた。
内容は転職の心得と予備知識の概要。
目次を見ると序盤は訓練所でも習った基本職についてのノウハウ。
そこから転職システムと各基本職から分岐するクラスについての色々。
これは大変だ。真面目にすべてを読んでいたら数日はかかってしまう。
「まっ、急ぐことはないからのんびり読みなさい。プランが決まって転職する気になったら言ってね。デューダーの神殿への紹介状を発行するから」
リップル姉はそう言って鼻歌まじりにカウンターへ戻っていく。
なんかとっても上機嫌。やっぱり妹分の成長が嬉しいのかな?
リップル姉に比べたらわたしなんてまだまだのまだまだなのにね。
「えっと、まずは中級職への転職の起点となる基本職の項からっと」
中級職は新米がやっと半人前と認められる若い冒険者すべての憧れ。
Dランクでこのラインに達したことは誇るべきことだろう。
だけど、どこぞのバカみたいに探検家に転職したての冒険者カードを皆にみせびらかすような浮かっぷりを見せたりしてはいけない。
最上級職の賢者を山の頂とするなら中級職なんてようやく一合目。
わたしの憧れは雲の上の存在で見上げても山頂が見えぬ遥か遠く。
これにうかれたりせず、真摯になってがんばらなきゃ。うんっ!