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Let's escape from corridor ~ミニイベ・忘却の彼方から4~

「逃げ場なんてない、だから血路を切り拓くッ!」


【黒木勇斗語録・WILD ARMS the 4th Detonator アルノー】

「あの村の成り立ちについて少しばかり昔話をしてもよろしくて?」


「ぜひ」


 一昔前までのわたしなら、あの忌まわしい村の歴史なんて聞きたくもないと断りを入れただろう。


 だけど今回ばかりは事情が違う。

 自分の過去の云々を抜きにしても面倒ごとのオンパレード。

 これまでのようにわたしの過去に触れる案件だけならまだいいが、メイプル大森林の件はわたし個人の問題だけで済まされない規模まで膨れ上がっている。


 はっきり言って今すぐにでも外に飛び出したい気持ちだ。

 まったくもってロクでもない。

 最悪の事件は最悪のタイミングで畳み掛けるように起こるものね。


 よりにもよって大森林の樹液採取の権利を買い取った直後にコレ。

 あのクソ地主どもから大森林を奪い返すのにどんだけ苦労したか。

 外堀を埋める工作に、賭博へ誘い込む根回しに、博打に勝つ下拵え……


 メイプル大森林の地主の座の獲得のために使った先行投資の額は莫大。

 メイプルシロップ生産ライン再開に伴う下地作りも春から進行中。

 これで企画がポシャれば商業ギルドの損害もとんでもない額になる。

 自分の破産は慣れてるけど、ギルドを巻き込むのはいただけない。


 しかも今回の件で被害を蒙るのは商業ギルドだけに留まらない。

 場合によってはAランク推奨になるクエストに新人を派遣する失態。

 明らかにコレはマウスくんたちには荷が重過ぎる。

 先に送り込んだ『彼女』の安否も気にかかる。


 やらかしたわね……完全に。

 これで二重遭難で全滅となれば冒険者ギルド直営店の沽券に関わる。

 だからわたしはクローディアさんの言葉に素直に頷く。


 どれだけパーティーが熱くなっても魔法使いは常にクールであるべし。

 パーティーの知恵者担当である賢者を目指すならばなおのこと。

 尊敬する師であるおばあさまから散々聞かされた言葉は厳守したい。


 マウスくんたちがメイプル村に向かったのは一日半前。

 あの子たちの財政事情なら使用する馬車は格安の鈍行。

 今から早馬を出しても追いつけないけど、高速の飛空艇をチャーターすれば大森林調査の最中に合流することは可能なはず。


 高速飛空艇のツテには連絡済。

 あとは彼らが王都の発着場に到着する時間まで準備を整えるだけ。

 慌てる冒険者は生存率もらいが少ない。

 冒険には判断の迅速さが求められるが、一方で情報の収集も命だ。


 マウスくんたちなら大丈夫とわたしは自身に言い聞かせる。

 冒険者としてはまだ未熟だけど、彼らのカンの良さは知っている。

 わたしは縁故補正を抜きにして彼らのポテンシャルに期待している。

 だからわたしは信用してマウスくんたちにあの仕事を請け負わせた。


 大丈夫。あの子たちは良くも悪くも身の程を分かってる生き汚い連中だ。

 彼らなら少しのタイムラグで生死の境が決まるようなやわさはない。

 どうにかして、なんとかして、ギリギリまで生き延びようとするはず。


 希望的観測ではない信用と信頼をチップに、わたしはそこに賭ける。

 緊急だろうとわけもわからないまま現地に急行するのは無策の骨頂。

 脳みそ筋肉のおにぎりくんや、その場のノリだけで行動するユートですら分かる事前情報の重要性を、賢者のわたしが無視するわけにはいかない。


「メイプル大森林はもともと帝国が存在していたころから地相的によろしくない忌み地のひとつだったそうです。帝国がどこまでかの地の調査を進めていたのかはいまとなっては察することしかできませんが、あの地に高度な魔術施設を設置していたあたり、少なくとも私たち黒エルフの一族が後年に森を調査して発見したこと以上のものを知っていたことでしょう」


「例の第八区の遺跡のことですか?」


「ええ、かの地は稀に黄泉へ繋がる異界門ボルテクスが発生する空間の安定しない場所だったようです。現世にありながら幽界への道、ともすればそのまま冥界に直通する危険な落とし穴が生まれる場所。その異界門の隙間から漏れ出す邪気や瘴気が帝国崩壊の引き金になった最初の邪妖樹を生み出す原因になったと推測されます」


「つまり帝国はソドミーダストの安定供給のために、黄泉への異界門が発生するそこに生産拠点を意図的に置いたと?」


「それどころか古代魔術を用いて強引に異界門を広げ、漏れている程度だった黄泉の空気を人為的に引き寄せ、邪妖樹を養殖化させるための大量変異を試したフシすらありましたわ」


「イカれてる」


「だから滅んだのでしょう」


 楽天家で享楽主義のあたしでも、さすがにそこまでして快楽を追求したいとは思わない。冥界へ繋がる門を麻薬生産のためだけに抉じ開けるとか正気の沙汰じゃない。一歩間違えれば冥界の一部が地上に具現化して帝国が死者の都に変異していてもおかしくなかった。


 無関係の人間を巻き込まない分だけ、似たようなやつでも死を乗り越えるために生きながらにして闇竜神の座がある冥府に渡って不死王ノーライフキングに堕ちる魔術師や闇神官どものほうがまだ可愛い。


「帝国の暴挙については闇竜神の地上代行者である【深淵の聖女】さまも頭を悩ませていたらしく、我々の始祖、闇竜神に庇護を求めた最初の黒エルフの女王は、【深淵の聖女】さまより忌み地の監視と守護を仰せつかりました」


 おばあさまから寝物語で聞いたことがある。

 メイプル大森林はかつて黒エルフが棲む妖魔の森だったと。

 いまから二百年かそこらの昔に、なんらかの理由で大森林を引き払うことになった黒エルフたちから土地を譲り受けた人間たちがいて、それがメイプル村を打ち立てた入植者たちの始祖になったとも。


「大森林管理の任を受けた我々の一族は、最後のハイエルフとして帝国の後始末に尽力した勇者トロさまとともに、千年近い時間をかけて死者の森になりかけていた忌み地の修復に奔走しました。エルフの寿命をもってしても数世代かかる大事業だったと聞きます」


「メイプル大森林が大昔、聖王暦四百年くらいまで黒エルフの拠点『妖魔の森』であったことはあたしも知っています。でも何故にそんな忌み地が楓畑に?」


「簡単なことです。先代女王、つまり私の母が若かりし頃、あの地区にエルフ殺しの疫病が流行しました。千年の管理で空間の歪みは補正され、遺跡も機能を停止した以上、千年前の盟約に縛られて一族が滅亡する危険を冒してまで病魔に浸食された森に居続ける必要は無いと、先代女王は大森林を放棄して別天地を目指しました。森の管理の役目を当時の女王の友であった人間たちに託して」


「もしかしてその人間というのがあたしの先祖……」


「そうです。あなたの先祖を含む五人の人間は遺跡を完全封印し、森林の徹底した改造を行い、黄泉への穴が生まれやすい地区を囲むよう破邪の力を持つ聖木の苗を植えて結界を造りました。彼らは先代女王の代行として忌み地を監視する役目を続けるため村を設立して地主となり、さらに楓を植えて結界の補強を続けました。それがメイプル村の成り立ち、私がまだ四十路前の小娘だった頃の話です」


「村の成り立ちにそんな理由が」


 初耳だった。

 第八区にある遺跡がよからぬものなのは村の人間すべてが知っている。

 それが古代帝国の遺跡であることも知られていた。

 けれどそこから先は禁忌として誰も深入りしようとはしなかった。


 遺跡内部調査のため魔術師ギルドの調査隊が幾度か派遣されたこともあったけど、結論は機能不全を起こしたなんらかの魔術工房施設で、歴史資料としてはそれなりながら実用的な価値はなしと判断されている。


 村の設立と封印のための植林の開始が二百年ほど前として、そこから百年以上なにごともなかったとすれば、きっと当時の管理者たちは封印の堅固さに安心しきっていたはずだ。


 だけど封印は解かれてしかるべきもの。

 臭いものにフタしても腐敗ガスは内部で溜め込まれる。

 内圧を重ねてパンパンに膨れたソレは小さな火種があれば爆発する。


「じゃあ、二十五年前のメイプル村で起こった怪異というのは」


「我が身を滅ぼす邪悪なものと分かっていても、快楽の享受のために危険を承知で甘い汁を啜りたがるものは常にどの時代にもいるものですわ」


 クローディアさんは黒枝を見つめ小さく溜息をついた。


「先代女王の志を継いだ五人の代行者の子孫の暴走。管理者の使命を忘れ魔族の甘言にそそのかされたニ人の愚か者による麻薬精製の再開。第八区の地主もりびとであったツナミの死の原因。これらの始まりもまた帝国崩壊と同じく黄泉の気によって変異した一本の邪妖樹の存在によるものでした」

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