request an outside hero to do work ~闇からの誘惑~
ビュウ…………いままで、ありがとう……
でも……わたし…… もうもどれないの。
たのしかったあのころに……
戦争… 神竜… 王女…… 思いもよらなかったあのころ…
でも…きっとそれはいいことなの。
ビュウにとっても…… わたしにとっても……
わかるかしら?
いまはわからなくても きっとすぐにわかるときがくるわ…
【黒木勇斗語録・バハムートラグーン ヨヨ】
正体不明の『助言キャラ』なんてものがファンタジーものには数多く存在する。
冒険の節々で突如として表れ、パーティーメンバーに助言して去っていく謎の存在。
一介の冒険者だったり、黒服の紳士であったり、流浪の吟遊詩人であったり、ときに人ですらない獣の姿を借りるケースもある。
彼あるいは彼女たちはメッセンジャーや導き手としての役割を徹底しているためか、滅多なことでは主人公のパーティーには加わらない。そして端役の見守り手として決して物語の本筋には過干渉しない。
それは何故なのか? 答えは世界に干渉するには制約の多い【やんごとなき身分】の方が身分を偽っているからである。
実はその世界でトップクラスの人気を誇る女神様だったり、人間が大好きなあまり神に反逆した堕天使だったり、慈悲深き太陽神だったり、モヒカンネズミに化けた主人公の祖父だったり、そのケースもいろいろだ。
並べてみるとだいたい【人間の手で解決して欲しい】と願って援助をする、その世界の神様ってパターンが多い。
ただし、チェーンソーでバラバラにできるクソ悪神や、這い寄っちゃってますよ混沌さんみたいなラスボスがトリックスター役として現れて、戯れで勇者たちに道を指し示すパターンもあるので必ずしも味方とは限らない。
いま、こうしてボクの目の前に立っている金髪の少女も、そんな世を忍ぶ仮の姿で主人公パーティーの前に現れ、邪竜王討伐の旅のおりには何度もそれとない助言で、道に迷うボクたちを最善の選択に導いてきた存在だ。
冒険者エストリア──
この神出鬼没で謎の多い存在だった彼女の正体はバババンッ!
なんとなんと、この世界の境界を守護する【天空の聖女】エスティエル!
邪竜王の姦計によって囚われの身になり、魔王の城に幽閉されながらも、最後の力を振り絞って自身の分身を地上に降ろした世を忍ぶ仮の姿だったのです!
「な、なんだってーーーーッ!?」←棒読み。
……うん、本音を言うと物語半ばあたりにはもうパーティーメンバーにもバレバレだったんですけどね。
そこはほら、知っててあえて気付いていないフリをしてあげるのが、そういう系への礼儀というやつでございまして。
今にして思うと、なんで衣装と髪形変えただけの安い変装なのに、物語冒頭にちゃんと本人見てるのに物語のターニングポイントまでその正体に気付かなかったんだろう自分。
ああ、アレだ。
魔王に幽閉されたプリンセスという美しき姫君のときのイメージと、プライベートのときのガサツなうんこ姫とのギャップが大きすぎて、うすうす察していても無意識に同一人物と認めたくなかったんだろうなぁ。
「あら、エストリアじゃない。あなたが自分のお膝もとの神都酒場でなく王都酒場に来るなんて珍しいわね」
「おう、エスティーじゃねーか。どしたい? また世界の危機でもやってきたか?」
突如あらわれた女冒険者に気さくな挨拶をするリップルとおにぎり。
二人はもちろん彼女の正体を知っている。ここで天空城のお姫様だからと畏まらず、一介の冒険者としてフレンドリーに接しているのは世を忍ぶ仮の姿へ対する暗黙の了解というヤツだ。
時代劇でもお馴染みのパターンです。
「あ、いえ、いつもの世界の危機とかそういうのではないのでご心配なく。どちらかというと社会復帰の危機に陥っているダメ人間のお目付けのための降臨といいますか。ちゃんと就職活動やっているかどうかの監視といいますか」
「ああ……」
「なんとなーく察した。ある意味、世界の危機よりも事態は深刻だな」
じとーっと憐憫の目でボクを見るかつての旅の仲間たち。
やめろッ! そんな哀れむような目でボクを見るなッッッ!
「それでニートさん、あれから三週間が経過しましたが、就職先のほうは決まりましたか?」
うわー、いきなり話の核心から入ってきやがった。
「はっはっはっ、そりゃあ元聖竜騎士のボクにかかれば千切っては投げて千切っては投げての勢いで」
「たしかにことごとく応募用紙を選考で投げ捨てられたわね。仕官応募9件全滅。ほか7件も壊滅で」
ぐふっ!
「はぁ……そんなこったろうと思ってました。だから『そう上手くことば運べばいいんですけどね』って前もって言ったんです」
あ~あという顔をしながらエストがうなだれる。
「世は魔王が去って勇者が用済みになった黄昏の時代。猟犬だって狩るべき兎がいなくなれば鍋の具になるんです。魔物退治に特化したクラスである勇者はもはやオワコン。需要も低いから軍人として再就職するのも困難。ヘンに騎士団への就職に拘ってたんで『あ、これはムリだ』と思ってましたけど、様子を見にきてみれば案の定」
あえて口にはしなかったが、その目は明らかに「強制送還の準備をしておいてくださいね」と言っていた。
ちなみに強制送還された場合、ボクは問答無用でハローワーク行きで、ブラックだろうがなんだろうが強制で働かされることが確定している。
異世界補正のない凡人のまま底辺職にジョブチェンジ。それだけはイヤだ!
「まっ、まだ就職活動は終わってないから! まだ期限まで一週間あるから! あと五件ぐらい選考中のやつあるし!」
「ああ、ごめん。それ伝えるの忘れてたわ。あんたがクエストで留守の間に口入れ屋からの連絡で、申し込んだ残りのやつもことごとく選考落ちで全滅したと伝えておいてくれだって」
「ざんねん!!わたしの ぼうけんは これで おわってしまった!! 」
希望は……ないのか……
「うわぁぁぁぁっ! もうイヤだぁぁぁぁっ! 向こうでもこっちでも社会的に無用の長物の扱いとか! いつの世もバカを見るのは正直者ばかり。こんなことになるって分かってたらもうちょっとこの世界の王侯貴族に恩売っとけばよかった! 冒険で手に入れたお金を勇者の遺跡作りに全額投入せず銀行に預けとけばよかった! というかもう勇者とかどうでもよくなった! いっそこのまま性転換イベントとかで萌えキャラになりたい! 朝起きたら美少女ヒロインとかになってて学園で女の子たちとキャッキャウフフしたい~~~!」
「ほらユート、他のお客さんの迷惑になるから床の上で転げまわらない」
「末期だなコレは。あれからもう七年か。救国の英雄が泣かず飛ばずになって腐るには十分な時間だな」
嗚呼、少年期のころはよかった。何も考えず若さと勢いだけでモンスターを倒していればそれでよかった。
しかし敵がモンスターから社会になった青年期。ここまでなにもかも上手くいかないとは思いもしなかったよ。
「いちおう、あたしが冗談で推薦した『ここはおうとぐろーりあだよ』と言うだけの衛兵の仕事は三次選考に残ってるみたいだけど」
「イヤだよ! そんなブラックな仕事! どう足掻いてもパッとしないまま終わる絶望の未来しかないじゃん」
「あと王都の兵士募集なら、第二王子のお抱え傭兵団ならまだ席が残ってるわよ。給金安いし名誉もないけど」
「それはやめとく。つうか仕官募集のリスト漁ってたときもソレはあえて外した。ここの第二王子ってアレだろ? めっちゃ極右思想で人間至上主義で野心家でマッチョイズムの脳味噌筋肉で、絶対に権力与えちゃいけない系」
軍記ものでいえば功名心優先で前へ前へ出た挙句に、物語の序盤で非業の死を遂げるダメな軍人タイプじゃん。
「そんなやつの傭兵になったらこっちまで巻き添えだよ。だから第三王子の騎士団の仕官に応募したわけで」
「でも、現王様が亡くなられて王位継承争いが勃発したらワンチャンあるわよ。現王がこの半月ばかり公務に出てこないんで引退が近いんじゃないかって色々とウワサになってるしね。もしあいつが次の王様になったら、間違いなく群雄割拠の戦国時代に突入するから、マークはしておいたほうがいいわよ」
「現王様の急病説と王位継承争い後の戦乱。それ、わりと現実的な噂だよな。魔王が去って敵がいなくなりゃあ、今度は人間同士の争いになるってのは定番だ。前々から王国は急激な工業発展で西部諸国の鉱物資源を狙ってるフシもあったし、次期国王になる予定だった第一王子の勇者ディーンが魔王との戦いで行方知れずになったいま、青臭いガキの第三王子を押しのけて、過激派の第二王子が王位を継承なんかしたら半世紀振りの大陸間領土紛争待ったなしだな」
それもまたお約束だなぁ。異世界でも人間のカルマは深く重い。歴史はカタチを変えて何度でも繰り返す。
「そういう意味じゃ、ユートは立身出世のタイミングを逸したわね。紛争中にこっちきてれば騎士もありえたのに」
「いや、まだ道はきっと残されている。ボクは諦めない。きっとどこかでボクを必要としてくれる国が必ずある。来るかどうかも分からない戦乱の世に期待するのは平和を願う勇者としてアレだしね」
「あのね、今はンな贅沢を言っていられる状況じゃないでしょ」
「たとえ1%の勝ち目しかなくても、ボクはその一瞬の瞬きに全てを懸ける!」
「おまえさぁ、魔王相手ならともかく、就職活動でそういうセリフは死亡フラグにしかなんねーぞ」
「なんかエストだけでなく旅の仲間たちの対応まで冷たいッ!」
「そりゃあ、あたしたちは社会的な身分のあるいいオトナだし」
「所帯持って店を切り盛りしている社会人として、いつまでもフラフラしている同僚にはそれ相応の反応になるわな」
「リア充、爆発しろぉぉぉぉぉッ!」
ねぇ……おにぎり、リップル。おとなになるってかなしいことなの。
「ユート、あんたも別世界からやってきた異邦人なんだし、なんかこっちにはない特別な文化知識はないわけ? それをウリにすれば騎士団は無理でも職人職でなんかいいの見つかると思うわよ」
「ああ、それはムリです。このうんこさん、七年間ずっとゲーム三昧でしたから。そういうのなんもないですよ」
エストが背後からバッサリと切り捨ててきやがった。
「もっとも、こっちの世界にヘンな文化革命を起こすような知識がないから、成人の異邦人召喚を異例の条件で認めたようなものなんですけどね。天界でも外来種の持ってきた異文化知識による既存文化の侵食は問題視をされてましたから。召喚対象は15歳までという現在の原則も、四百年前の戦乱期のさいに召喚された別世界の戦国武将たちがこっちではオーパーツ扱いだった黒色火薬の精製法や火縄銃の製造法を持ち込んで、当時のこの世界の文明レベルをしっちゃかめっちゃかににしちゃったのが原因ですし」
「あとは異邦人の持ち込んだ料理文化もかなり世界の食文化に影響与えたわよね。ユートが持ち込んだ異邦料理のレパートリーなんか特に影響凄かったわよ。おかげでうちの酒場の名物も牛丼だの餃子ライスだのヤキソバだの母国情緒のへったくれもないモノばっかり。伝統料理が伝来料理に駆逐されるってなんというか、アレよねぇ~」
「信長のシェフみたいに料理を極めれば異世界料理をこっちで広める宮廷料理人の道もあったのかなーと思うと、レトルトやコンビニ弁当ばっか喰ってないで自炊すればよかったと悔やまれるよ」
絶望した! なによりもかによりも、むこうでもこっちでもダメダメな自分に絶望した!
「切実に八年前の自分に戻りたい。救世主としてちやほやされて、モンスターと戦っていればそれでよかった あのころに。きったはったで殺伐としつつも、友情と努力で勝利でヒーローを満喫できたあの聖竜騎士時代に」
「ニートさんは本当に騎士とか勇者とかそういうのに拘り続けるんですね」
「たとえ過去の栄光だろうと世界を救った聖竜騎士だよ。プライトってのがあるし、ヒーローは男のロマンだもの」
「もし、もしですよ。たとえブラックでも、元勇者として働ける職場があるとしたら、ニートさんはどうします?」
「えっ?」
その口ぶり、まるでエストに一案があるみたいな。
「エストリア、それってもしかしてあれ? 前に相談を持ちかけてきた」
「はい、どうやら向こうさんも本気で企画を進めているみたいで、まずそのテストをタマさんの領地にある【迷いの森】でやろうかって話に先日なりまして」
「ああ、ついにやっちゃうんだ。仕事にあぶれた冒険者が続々と野盗化しだして社会問題化してる時期だし、タイミング的にもガス抜きにちょうどいいかもしれないわね」
ん? ん? 二人の会話から以前からなにかしらの一件があったようだけど、どうにも話が読みとれない。
「それで前にあたしにプランナーとしての協力を手紙で頼んできたわけね。だったからユートのほうがソッチの話ではうってつけだと思うわよ。なにしろこいつ、そのテの知識と発想力にかけてはベテラン冒険者顔負けだから」
「ですね。そのことに『あっ』て最近になって気が付いたんで、こうして様子見ついでに顔を出したわけでして」
そう言ってエストはくるりと床に大の字に寝そべっているボクのほうに顔を向けた。
「この話、もしニートさんがきちんと仕事を見つけていれば黙っておくつもりだったんですが、どうやらこの様子だと、あなたを就職させる最後の手段になりそうですね。実のところ気は進まないんですが」
「ボクの希望に沿った就職先に心当たりでもあるの?」
「はい。でもニートさん、もしこの話を受ければ、称号や一部スキルとして辛うじて残っている聖竜騎士の座が完全に剥奪されることになりますよ。それでもよろしいですか?」
「剥奪……ね。いいよもう。どうせ現在のクラス名は勇者職の最下層の『たねもみ勇者』だし、勇者職もシステムの大幅改変でスキル弱体化とか上級職の人数制限だとかでクソ仕様になっちゃったし。それなら就職をかなえる代償にバッサリ切り離したほうがふんぎりもつくってもんさ」
もうどうにでもなれと乾いた笑顔でボクは言った。
たぶんこのときのボクは、そうとうにやけっぱちな心理状況に陥っていたんだと思う。
「でしたらニートさん」
いまのボクなら……
「闇落ちってのをやってみる気はありませんか?」
フォースの暗黒面に目覚める自身が……って、えっ!????