Floating wreckage ~ミニイベ・忘却の彼方から2~
私は、多くのウソをつきます。必要とあれば、あなたにもウソをつく。
あなたの悲しむ顔を見たくないから。
あなたのためなら、いくらでも悪人になれる。
けれど……これだけは疑わないでほしい。私はあなたを愛しています。
【黒木勇斗語録・蒼黒の楔 緋色の欠片3 大蛇卓】
有名税なんて言葉があるように。
なまじ大魔術師の孫(業界では公然の秘密)の立場なんてものがあると、特に関わりたくもないのに厄介事を背負い込んだり押し付けられることがある。
邪竜王退治の実績や博徒としての経歴、これも区外民や上流階級とのコネクション形成には欠かせない要素であると同時に、ケースバイケースで面倒事を依頼される悪芽の種になりやすい。
それらはいい。
無責任な懇願や擦り寄りは無視しようと思えば無視できる。
気に入らない仕事の依頼は断ろうと思えば断れる。
「すまないねぇ。忙しいところ無理頼んじゃって」
「別に構いません。おかげで逃げ出す口実ができましたから」
しかし子に報いる親の因果だけは無視できないし断れない。
この王都で神殿経営の療養所で働いているリバーおばさま。
とある理由でメイプル村を村八分にされて追い出されるまで、母親を早くに亡くしたばかりのあたしによくしてくれた恩人だ。
おばあさまがメイプル村で結婚して生んだ叔父は、父親の違う姉を最後まで好まず、あたしの存在も魔女の子供と腫れもの扱いにしていた。
そんな父親の毛嫌いぶりに反発してのものか、従妹のサラはわたしを実の姉のように慕っている。幼馴染と一緒に村を飛び出して冒険者になったのも間違いなく祖母の血とわたしの影響によるものだ。
マーリン先生も血の繋がりこそないけど、サラの湯沸し機みたいな気丈さは昔に愛した女にソックリだと笑いながら義理の孫娘をこっそり見守ってくれている。あの子がもう少しレベルを上げて魔道士としての才覚を伸ばすことができれば、そう遠くないうちに弟子にならないかとコナをかけてくると思う。
マーリン先生には悪いけど、ひ孫の顔はサラのほうで拝んでもらおう。
だってあっちのほうがあたしなんかよりも確定的に結婚率高いしね。
ほら、マウスくんがいるじゃない。本人は全力で否定してるけどさ。
そのマウスくんの母親がこのリバーおばさま。
村社会の狭さというか、家庭の因果ってのはとことん縁の糸が図太い。
「またマーリン様に見合い話でも持ち掛けられたのかい?」
「あの飲んだくれにも困ったもんですよ」
「王都が誇る大魔術師様を『飲んだくれ』呼ばわりで一蹴できるのは、大陸を見渡してもリップルちゃんぐらいだね」
「みんなやたら畏まってますけど、魔法の技量ではともかく、あのクソジジイは人間性のほうはたいしたことないですよ」
「それはリップルちゃんの前では普通のおじいちゃんになるからだよ」
「認知しなくていいって三代続けて言ってるんですけどねぇ」
「あの人の気持ちもわかるんだよねぇ。リップルちゃんももう三十路前なんだから、いいかげんに身を固めたらどうなんだい?」
「まだ26手前です」
「十分に行き遅れだよ。このまま行かず後家になるつもりかい?」
「……気が向いたら考えます」
気のせいか、最近知り合い関係からも包囲網が敷かれてる気がする。
「それで? 火急の用事ってのは?」
このまま話を続けてもヤブヘビなので本題に入る。
「今朝方にね、うちの療養所に冒険者の急患が運び込まれてね」
「いつものことじゃないですか」
リバーおばさまが働いている光神療養所は冒険者ギルドと提携して光神信徒や冒険者相手に格安の医療サービスを提供している。
危険に身を投じる冒険家業は常に大怪我と隣り合わせ。最近は近隣もヒャッハーどものせいで物騒になり、モンスターや野盗の討伐に失敗して血まみれで神殿に運び込まれる急患なんて珍しくもない。
「問題は、その急患がどこで拾われたかなんだよ」
「どこでというと?」
「まぁ、とにかく患者を診てくれないかね」
リバーおばさまに言われるままに、わたしは街角にある療養所に入り、その運び込まれた急患が横たわる簡易寝台の前に立った。
「あら、この患者、ウゴウとシュウの弓姉弟じゃない」
「知った顔かい?」
あたしはコクリと頷く。
見知った顔だ。わたしの酒場でもちょくちょく見かける双子の姉弟。
平原地区育ちの弓使いで、腕前のほうもなかなかのもの。
これまで雇ってくれていた商隊の用心棒契約が切れて、最近ちょっと食い詰めかけているとは聞いていた。
その日暮らしが基本で貯金という概念が薄い遊牧民。仕事が減りだす閑散期の冬ともなると背に腹はかえられなくなるのが冒険者のカルマ。
ここんとこウチとは別にモグリの酒場にも手を出し、ギルド正規店のウチでは取り扱わないような怪しげな仕事をチマチマと請け負って食い繋ぐ危ない橋を渡ってるらしいって耳にしてたけど。
「悪銭身につかずとは言ったもんね」
なにを請け負ってなにをやらかしたのかは知らないけど、危ない橋を渡っている途中で橋が崩れて転落し、見事に痛い目を見たわけだ。
「二人の容態は?」
「峠は越したけど意識は戻らない状態だね。王都近くの川岸に流れ着いているのを通りすがりの釣り人が発見してね、もう少し発見が遅かったら手遅れになってたところだよ」
「運がよかったのね。草原の民は悪運が強い」
「東の平原に住む遊牧民は幸運を司る風竜神の信徒が多いからね」
といっても、横たわる双子を診る限り予断は許せない状態。
あやうく溺死か凍死のどちらかの道を辿っていた瀕死の身。
おばさまの手当てと回復魔法で最悪の状態こそ脱してはいるけれど……
「川に流されたって感じだけど溺れ具合は?」
「よくないね。大量に水を飲んでて吐かせるのに苦労したらしい」
「水魔に惚れられたとなると三日は目を離せないわね」
「ああ、地上で溺れる可能性は否定できないね」
溺れた人間というのは一時的に助かっても油断はできない。
救出後にきっちり水を吐かせて蘇生しても、数日後にまた器官や肺に水が湧いて水の無い場所で溺れ死ぬ可能性があるからだ。
医者はその病状を『水魔に惚れられる』と呼んでいる。
はっきり言って、今のところは死ななかっただけという危険な状態だ。
でも、冒険者ならば死は隣り合わせのもの。覚悟はしていたはずだ。
ドライな意見だけど、このまま死んでもそれはそれでしかたない話だ。
「それにしたって二人がこんな目に遭うってのはよほどね」
「それも先日の大雨で増水してるのに川に飛び込むほどのね」
問題はそこね。二人はかなり腕の立つ冒険者だ。
平原と森との差はあるけど、弓の腕は南方の狩人にヒケをとらない。
弓術に関してだけなら若手冒険者の中ではギルド内でトップに近い。
それだけの実力者が溺死も恐れず増水した川に飛び込む事実。
あんまり推理したくないわね。ロクでもない臭いがムンムンする。
「この二人、溺死の可能性を少しでも減らすためか、川に飛び込む前に装備品をほとんど捨ててきたみたいなんだけど、インナーにこんなモンが引っかかってたんだよ」
言ってリバーおばさまは黒ずんだ小枝をあたしに見せた。
「これって……」
「ああ、村の関係者ならすぐに分かるメイプル楓の枝さ。それも四半世紀前に根絶やしにしたはずの『大禍楓』の枝だよ」
ゾワッ……
あたしは黒い枝を見て全身が総毛だつのを抑えられなかった。
「ありえない」
「そうだね。コイツは本来ならあっちゃいけないモノだ」
リバーおばさまもあたしも嫌悪と畏怖の念を小枝に向けていた。
あってはならないモノが目の前にある。
あたしがまだ生まれたばかりのときに起きた大災厄の欠片。
両親を流行病で早くに亡くし、あたしの唯一の肉親だったおばあさま。
誰よりも自分を大切にしてくれたあの祖母を殺した怪異の断片。
「この二人はいったいどっからこんなモノを」
「リップルちゃん。何処からと問われれば答えはひとつだよ」
過去というものは飢えたリンクスよりもしつこい。
どんなに逃げても追いすがって、最悪のときに飛び掛ってくる。
一足飛びで首筋に喰い付かれたら完全におしまいだ。
牙は頚骨に潜り込み、もう引き剥がせないし逃げられない。
「禁足地の第八地区、アンタの祖母が命懸けで封印した汚染区域。二人が持ち帰ってきた大本はそこしか考えられないよ」
あたしは四半世紀の間、ずっと目を背けて逃げ回っていた。
因縁という迷宮から逃れられるわけがないのに必死になって。
遊び人として享楽に生きて、魔王を倒して、酒場経営に身を投じて。
ようやく血の使命から離れて、なにもかも忘れかけていたところに。
「ヤバイよこれは。酒場にまだ三匹の御隠居がいるなら早く相談しな。二十五年前の惨事の再来なら、最悪の場合、Aランク冒険者に討伐依頼を出す一大事になるよ」
あたしは──
突如現れた行き止まり地点で、ついに過去に追いつかれた。
ニゲバナンテドコニモナイ。
タワーディフェンスはつらいよの番外編を連載開始しました。
異世界飯屋はうまいよ~エンジェルハイロゥにようこそ~。
本編では活躍できないキャラたちが美味いものを食べるそんなお話。
番外編は世界観の補填も兼ねておりますので合わせてどうぞ。