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Save a saint room wreck ~サブクエ・メイプル村の怪異6~

「ためらうな。いざって時には迷わず行動しろ!」


【黒木勇斗語録・スターフォックスアサルト ウルフ】

「イカイカに続いて魔宮に囚われたぁ?」

「マウス、そりゃいったいどういうことさね?」


 聞き覚えのない単語にピンとこない様子のチックとガンナ。

 そこはまぁ専門知識の範囲だし、しょうがないことだと思う。

 だって僕らはDランクパーティー、経験も浅く冒険密度も薄い。


「簡単に説明すると、僕らはいま魔宮パレスと呼ばれている特殊なダンジョンに迷い込んでるんだ」


「聞いたことのない名称だね」

「おいらも」


 そうだろうね。

 近世では実例がほとんど見受けられないタイプのダンジョンだもの。

 僕みたいな好きモノな伝承フリークならともかく一般冒険者ではね。

 通常ダンジョンに比べて異界化は報告例が少なく認知度も低い。

 これを僕みたいな伝承雑学大好きな人種以外で詳しく知っているのは、結界魔法系統のコアな術理に詳しいマニアックな魔術師くらいか。


「じゃあ二人は『マヨイガ』とかって聞いたことない?」


 サラが少し方向性を変えて例えを寝物語のネタで説明してみた。


迷家まよいがならアタイも知ってるよ。鉱人ドワーフ界隈にも似た話がある」

「人間のおとぎばなしに出てくる旅人を食う家のことだろ?」


 さすがにそのあたりになると専門知識に疎くても知ってるようだ。

 迷家の伝承は種族や地域によってアレンジはあるけど有名だもんね。


 冒険者の街道が発展してなかった時代は旅人の行方不明も多かった。

 旅人を捕って喰らうモンスターの伝承も実に豊富で、特に迷家の伝説は勝手に他人の家に入り込んじゃいけないという子供のしつけをかねて、どこの家庭でも怪談の一種として子供たちに聞かせる寝物語の定番になっている。


 曰く、森で迷子になってうろついてたら御菓子の家があった。

 曰く、山を彷徨っていたら都合のいいところで御屋敷があった。

 曰く、助けた亀に連れられて海に潜ったら海底宮殿があった。


 屋敷に招いた旅人を殺して喰らう山姥の伝説、迷子の子供をホイホイして魂を喰らう魔女の伝説、宿泊した客をソーセージの肉にする地獄のモーテル、お前が食材になるんだよオチが最高の注文の多い料理店、黒パンころりんすっころりんハハッな鼠の国にタイやヒラメが舞い踊る竜宮城、アレンジバージョンを挙げたらキリがないほどに迷家のバリエーションは多い。


 迷家シチュのお約束は、常識で考えてあるはずのないところに高級な邸宅や隠れ里があり、そこに入り込むとあまりの住み心地のよさに高確率で二度と出られない、または人を喰らう主人によってバラされるオチになるというもの。


 それらの伝承の九割は完全な作り話やモンスターの襲撃や山賊による追い剥ぎ殺人による現実的な事件を基にしたフィクションで埋まっているんだけど、一割だけはホンモノの迷家だったりする。


 冒険者をやってれば『妖精たちが隠れ住む幻想卿』だとか『迷い込んだ旅人を襲う館』の話のひとつやふたつは聞いたことがあるだろう。


 これらはカテゴリー的にはダンジョンとして扱われているけれど、実際には魔術的に作られた特殊陣地結界と分類するのが正解なのだ。


 総じてそれらは異界化──および『魔宮パレス』と呼称する。


「ドワーフ的には宝石の洞窟や黄金の都にしてほしかったもんだがね」

小人族リトルフットの伝承だと酒の池に肉の林が基本なんだけどなぁ」

「地域性が出てるわね。ここはンなお優しいものじゃないわよ」

「気を引き締めたほうがいい。甘く見てると異界そのものに食われるよ」


 本来コレはCランクないしBランクから入門するレベルの話だ。

 理由は単純で、異界化の攻略は25レベル以上推奨の案件だからだ。

 こんな大掛かりな結界を生む存在が雑魚モンスターなわけがない。

 若手のDランク風情が挑んだり関わったりするモノじゃないのは明白だ。


 なら、運悪く巻き込まれたり迷い込んだりするケースの場合は?

 これも答えは単純。はっきり言って超ヤバイのヒトコトに限る。

 なってよかった探険家。やめてよかった村勇者。職業選択の自由アハハン。

 予備知識と対処スキルの有り無しで生還率は雲泥の差でございます。


「異界化ってのは地上では第一級禁呪指定されている結界魔法のひとつでね、特定のエリアにもうひとつの類似世界を割り込ませる空間操作系の魔術なの。イメージとしてはそのエリアに良く似た別世界を薄皮をかぶせるように重ねたり、空間の隙間に自分が創った世界を差し込む感じね。同じ地点に現界と異界が同時に存在してて、特定の条件を満たしたものだけが知らないうちに異界にホイホイされる仕組み。どうしてこんなのがメイプル大森林に発生しているのかまったく不明だけど、とにかくヤバイってことだけは確実」


 さすがは魔法使いのサラ。このテの話は僕と同じくらい博識だ。


「うーん、要領をえないっつうか小難しいっつうか~、つまりはアレだろ? シチュ的には森を歩いてたら妖精の隠れ里に入り込んだ的な?」


「ようはアタイらは知らないうちに、何者かによってダンジョン化された迷いの森もどきに取り込まれちまったってことかい?」


 僕とサラはコクコクと頷く。それでだいたい合ってる。


「通常のダンジョンと違って異界化ってのはかなり珍しいタイプの陣地型迷宮なんだ。この魔術の上位版に魔王空間っていう魔王だけが使える特殊スキルがあって、それはみんなも冒険者の知識で知ってるよね? 異界化は魔王空間の下位互換にあたる特殊な結界能力と考えてくれるとわかりやすい」


 せっかくの機会だ。

 ここでちょっと『魔宮パレス』についてのウンチクを語ろうと思う。

 こういうときでもないと僕の博識は無駄知識扱いされるから。


「大雑把に説明すると異界化によって誕生する『魔宮パレス』本質は、『世界の特定範囲が【ぼくのかんがえたさいきょーのじんち】になる』ということ。基本、これだけ押さえてくれれば十分だ」


 あいにくと僕は空間操作に詳しい結界魔術師ではないので、特定区域を異界化させるためのメカニズムや世界の法則を歪める理屈やらは割愛する。


「さっき一種の迷宮って表現したけど、実際のところ異界化によって発生した亜空間の領域はそこまで広くない。最大でも陣地化されるのは要塞クラスまでらしい。魔宮という名で表現されるのも大規模なものでも建物の範囲が限度っていう事例が最多だからだ」


 ダンジョンでいうと上下五階層くらいの規模かな?

 そう考えるとヘタすれば小国家規模もありうるダンジョンってすごい。


「要塞クラスって十分に広いじゃねーかよ」

「で、この異界の規模とかは分かるのかい?」

「そこんところはわたしも専門外だから説明頼むわ」


 よろしい! ならば出来うる限りの説明しようじゃないか。


「魔宮には規模の大小でいくつかの分類があるんだ。大まかに分けて『庭園』『回廊』『離宮』『城砦』の四段階。ちょっとした御屋敷ぐらいの広さの『庭園』が最も小規模で、要塞サイズの『城砦』が最も大規模なものになる。んで、僕がここをサーチして出てきた検索結果がこれ」


 僕はタブレットのMAP表示画面を三人に見せる。


「画面下に『corridor』って異世界言語の表示があるよね? 回廊って意味の単語なんだけど、つまりこの魔宮は『回廊』に属する規模ってことになる。ダンジョンの広さとしては中規模の一階層くらいだと思う」


 しげしげと興味深くタブレットの画面を覗き込むチックとガンナ。

 みんな新しいもの好きだから好奇心も旺盛。僕やサラもまた然り。


「中規模一階層なら日帰りダンジョンクラスだね」

「その折りたたみ板の魔道具 便利な機能ついてんなー」

「便利なんだけど維持費がかかるのが難点なのよね」


 『魔宮パレス』の基本説明はこれくらいでいいかな?


「でもよ、魔宮というには建物っぽくないよな」


 チックがあたりを見回しながら当然の疑問を口にする。


「ダンジョンが必ずしも洞窟や地下迷宮でないのと理屈は同じよ」


 チックの素朴な疑問に答えたのはサラだった。


魔宮パレスの外観や構造は陣地結界魔法を使用した術士の心象に強く影響されるの。個人の心象風景がそのままダンジョン化した事例もあるわ」


 つまりメイプル大森林がそのまま魔宮パレス化しているってことは。

 これはあまり考えたくは無いことなんだけど。

 第0区があった頃の大森林を知る村の関係者が魔宮のヌシってことになる。


「で、魔宮から脱出するにはどうしたらいいんだい?」


 ガンナが質問してくる。これは当然の問いだね。


「魔宮からの脱出方法には二つの選択肢があるわ」

「一つは魔宮のヌシを倒す。もう一つは魔宮の出入り口を探す」


 当たり前の質問には当たり前の返答が待っていた。


「そのあたりは通常のダンジョンと変わらないってことかい」

「だったら出口を探すほうが賢明だな。敵レベルもわかんねーし」


 チックの意見には僕も賛成だ。

 魔宮パレスは建造物というよりも結界に近い存在で脆い傾向にある。

 陣地の維持のためには術士は核として魔宮に居座らなければならない。

 だから宮殿のどこかに存在する術士を倒せば魔宮は容易く崩壊する。

 しかし相手の実力がどれほどのものか分からない情報不足の現状。

 たかがDランクの僕らがボスに立ち向かうのはあまりにも危険だ。

 

「まずは魔宮の大まかな構造を調査して、それから出口を探そう」

「こういうときこそ探検家スキルの出番ね。頼りにしてるわよ」

「賢明だね。マウスの意見にアタイも賛成するよ」

「おおお、なんかマウスが珍しく頼れる存在に感じるぜ」


 はっはっはっ。褒めて褒めて褒めちぎってくれたまえ。

 ああ、すごい感無量。やっぱり転職してよかった。

 こんなに自分がリーダーとして仲間に頼られるのって初めて。


「んで、出口があるって保障はあるのかい?」

「それは大丈夫。魔宮には必ず不可侵の法則性があるから」

「なんだよそれ?」

「そこは陣地型結界魔法の外せないメカニズムなのよ」


 どうしてかは知らないけど魔宮には絶対に組み込まねばならないルールってのが存在する。原則的には出入り口とボス部屋。この二つを設置して、かつ通路として繋がるようにしないと魔宮は絶対に機能しないらしい。そこんところはダンジョンも同様だ。


 だから脱出不可能にするために出入口を塞ぐとか、ボス部屋に決して侵入させないように壁で囲むとか、そういった侵入者側がクリア不可能になる詰み要素の反則行為は決して行えない。術士が強引に行おうとしても魔宮の具現化のさいに不具合が発生してやりなおしを要求されるんだそうだ。


 どうしてそんなルールが存在するのかは今をもって不明。

 たぶん魔宮のメカニズムを生み出した創造主の意向なんだろう。

 魔王ですらこの絶対的なルールを改変することは出来ないという。

 誰だか知らないけど魔宮の創造主様は醍醐味おやくそくを分かってらっしゃる。


「簡易的な周辺の探索は僕とサラで行う。魔宮のベースがメイプル大森林なら土地勘のある僕らがやったほうがいい。少し奥のほうは全員でやろう」


「アタイとチックは留守番かい? 火力に不安があるね」

「ここにモンスターが入り込んでくる可能性もあるんだけど」


 ああ、そこんところは大丈夫。


「二人ともこれを見てくれる?」


 僕はこの第0区地点を検索して出した内容を二人に見せる。


「えっと、地図に円状のマスが表示されてるね」

「──Safe Room──? これさっきと同じ異世界文字だな」


「セーフルームって読むんだ。安全地帯の意味がある」


 このアプリ、なぜか異世界言語の表示が多くて憶えるの大変。

 製作者のチューニ病的なカッコつけの意図をヒシヒシと感じる。

 個人的には好きな部類なんだけど、翻訳機能の実装が待たれます。


「安全地帯?」

「なんでンなものがあるんだよ」


 安全地帯と呼ばれる場所はダンジョンにもたまに存在する。

 そこは何故かモンスターが中に入り込めない特殊な空間の部屋で、

 冒険者が襲撃を気にせず安全にキャンプするには絶好の場所なのだ。

 ものによっては泉や噴水の姿をした回復施設も併設されてるらしい。


 だいたいの場合は奇特なダンジョンマスターの道楽サービスらしいが。

 こと魔宮に限っては事情がちょっとだけ違う。

 これも出入口やボス部屋と同じく必ず一つは存在するポイントだ。


「魔宮は心象風景の具現化。心穏やかでいたい空間もあるものよ」

「第0区は休憩場所だからね、そういう風に具現化したんだろう」


 魔宮は術士の心の在り様。

 個人が抱えている心象風景がそのまま迷宮になる。

 メイプル大森林の構造に詳しい術士がコレを創造したならば、第0区が作業員たちの休憩場所だと当然に認識してしているはずで、そうなってしまうと術士がどれだけ安全地帯の存在を内心で否定しようと無意識下で安全地帯に設定されてしまうのだ。


 宮殿のヌシには悪いけど安全地帯は活用させてもらうよ。

 こっちも生き残るために必死だ。拠点は保持しておきたい。


「あとガンナ、悪霊避けの祝福を僕とサラにおねがい。なんかマップ画像の端っこに不死系モンスター注意報が出てる」


「あいよ」

「なんか最近のマウス、シーフのおれっちより活躍してね?」


 正直、僕も驚いてる。

 この探検家アプリにはこんな便利機能もついているんだなぁ。

 僕はまだまだ探検家としては未熟の未熟なレベル5の雑魚。

 アプリ機能も探検家スキルもまるで上手く使えてない。

 これからどんどん実戦で使い勝手を覚えて学んでいかないと。

 そしてパーティーのサポート役としてやれることを全力で。


「じゃ、行ってくる」

「チラっと周辺を見回ってヤバそうならすぐに戻るわ」


 でないと待っているのは──


「行ってきな。こっちはこっちで夕飯作って待ってるよ」

「遅かったらコッチで先にいただいて寝るからな」


 全滅の末路だけだ。


*『魔宮パレス』 ──【palace】──


 術士の心象風景を基に生み出される陣地結界魔術の建築物。

 現実世界に個人の妄想世界を挟み込む危険な結界魔法のため禁呪指定。

 そのため魔宮を創造するものは悪の高位魔術師や魔族のみに限られる。

 通常はダンジョンと同じく他人に見つからない場を生み出す魔法だが、

 条件を満たしたものを無意識に誘い込むホイホイとしても活用される。


 御伽噺に見られる迷家マヨイガの伝承の一部は魔宮の存在によるもの。

 山間で見つけた謎の館に入り込んだ旅人が怪物に喰われる話は典型例。

 モノによっては妖精の隠れ里や竜宮城などの友好的な魔宮も存在するが、

 その大半は侵入者にとっては決して喜ばしくはないものである。

 もし森や山で遭難したときに怪しい館を見つけても安易に入るべからず。

 山姥の伝承しかり、お菓子の家の魔女伝説しかり、殺人鬼の宿しかり、

 もしかしたらそこは安全とは程遠い怪物の胃袋かもしれないのだから。


*『庭園ガーデン』──【garden】──


 魔宮の最小規模サイズ。一階層の小型ダンジョンに相当。

 中サイズの庭をそなえた屋敷程度の広さを持つ。

 人喰い魔物が旅人を誘い込むために設置する館はこれが定番。


*『回廊コーリダー』──【corridor】──


 魔宮の中小規模サイズ。一階層の中規模ダンジョンに相当。

 そこそこに広い敷地を持ち地方領主の大邸宅くらいのサイズが主。

 妖精や魔女の森一帯を使った隠れ家などがこれに該当する。


*『離宮ビィラ』──【Villa】──


 魔宮の大規模サイズ。この段階で階層を持つようになる。

 およそ3階層相当の中規模ダンジョンに該当。

 中位ランクの魔族が付け城として地上に陣を敷く場合に使われる。


*『城砦フォートレス』──【Fortress】──


 魔宮として最大規模の陣地結界。

 魔王空間に匹敵する特殊地形効果を備える前線基地。

 ダンジョンとしては五階層広範囲の大規模なものになる。

 中ボス陣営の侵略作戦基地として活用されることが主。

 このランクになると創造者は魔王または上位魔族に限られる。

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