Enclosed passageway ~サブクエ・メイプル村の怪異5~
あれはてたへやのなかには、ひとつのはかがあった
はかいしは いたるところがかけており、
ぼひめいだけが よみとれる
" やくたたず、ここにねむる。 "
【黒木勇斗語録・WIZダイヤモンドの騎士 とある墓石】
「なぁサラ、ほんとにこっちで合ってるのかよ?」
「合ってるはずなのよ。つうかこの森で迷子になること事態が異様」
「アンタたち二人、地図は完璧に頭に入ってるって言ってたよね?」
「うん。村の者なら夜中まで働かされても余裕で七区から帰宅できる」
というよりも、みんな日暮れまで働かされてたからね。
森の最奥から引き上げるのに数時間かかるのに平然とだよ。
平気で灰色熊が出るようなとこに護衛もなしにずっと働き詰め。
村人に遭難者が出ても捜索隊なんて出す気もなく自己責任扱い。
「方位磁石がまるで機能してねぇのが不安なんだけどよ」
「第三区から先はそういうとこなのよ。大森林はいわくが多くてね」
「楓の繁茂も酷すぎさね。空が枝葉に隠れて星読みもできやしない」
「だね。リップルさんが地元民最優先で雇うクエストなわけだよ」
だから村人は老若男女すべてが大森林の土地勘を究めている。
収穫期の真冬の森で夜の移動は危険だからと野宿するなんて論外。
春から秋にかけてやる森の手入れと林業伐採のときも同様。
当時、夜中でも森を抜けられる訓練をするのは基本中の基本だった。
手入れ不足で鬱蒼と茂っていようと木の並びでルートは把握済み。
「このまま真っ直ぐ行けば村に繋がるルートがあるはずなんだ」
「なんだけど、妙なのよね。そろそろ一里塚があってもいい頃なのに」
いまにして思うと酷いなんてもんじゃない労働環境だったよなぁ。
平時は林業と畑で扱き使われ、収穫期と加工時期は地獄の強制労働。
メイプルシロップの売り上げは地主が独占して村人への還元は皆無。
村社会で世間を知らなかったから、ソレが当たり前と思ってた不覚。
真面目にメイプル大森林にはトラウマしかない。
子供は大人に洗脳され、大人は地主に逆らえば村八分だから隷属。
王都に逃げても地主が裏から都の有権者に手を回して潰される。
リップルさんの家やサラの家、そして僕の両親なんかがそうだった。
だから過酷な労働でもみんな地主の奴隷になるしかなかった。
そりゃ地主の支配力が弱まったらみんな逃げるわけだ。
「マウス、そろそろ夜になるよ」
「ほんとに頭の中に地図が入ってんだろうな?」
「入ってるってば。スキルなんか使うまでもない庭も同然の森だし」
「もうちょっと進んでダメなら一回休憩して現在地を確認しましょ」
それからまた僕らは三十分ほど村の明かりを求めて彷徨い──
「なんだこれ?」
「人工的に造られた公園の跡地ってカンジだね」
僕らは想定していた目的地とまったく異なる広場に辿りついた。
これまでの生のままに鬱蒼とした森の状況からは想像しがたい風景。
樹齢数百年はあろうかという一本の大楓を中心に円状に広がる敷地。
「公園かなんかかこれ?」
「縁石だのベンチだのを見るに作業員の憩いの場ってカンジだね」
そう、ここは見てわかる作業員向けの公共広場。
多少の老朽化が目立つものの、縁石に彩られた公園の様相は健在。
迷い迷って一休憩入れるには理想的な空間だ。
だけど……
「第0区……」
僕の内心を代弁してサラが震える声で呟いた。
「第0区?」
「貰った地図にはそんなの書いてなかったよ」
「最新版の地図ならそうだろうね。ここは大森林の中心部に聳える一本楓をシンボルに、村沿いにある第三区から先で働く作業員の休憩所として設けられた憩いの広場なんだよ。僕とサラにとっては子供の頃からの遊び場でさ、作業のない日でもよく一本楓を相手に勇者ゴッコをやってたもんだよ」
「なんだよ。休憩場があるなら昼間に言ってくれよ」
「前の調査員が手入れしたのかね。藪もなくキャンプするに絶好の場だよ」
キャンプしやすい広場に出て安堵してるチックとガンナをよそに、
「マウス……これって……ヤバくない?」
「絶対にヤバイ」
僕とサラのメイプル村出身者は目の前の風景に恐怖心を感じていた。
なぜなら僕らにとってここは思い出深い場所で……
懐かしさが湧き出す幼年期の遊び場だったからこそ……
失われた郷里の記憶が、過ぎ去った時間が巻き戻ったこの情景が……
「サラ、この休憩所って……とっくに地図から消滅してるはずだよね」
「ええ、第0区は四年前に森林火災で一本楓ごと焼畑になったはずよ」
あるはずのない光景が目の前にある。
なくなって久しいものが雄々しく聳え立っている。
あってはならないモノが此処に在るという恐怖。
僕らに突きつけられているこの現実は、夢や幻の類でなければ──
「マウス、現在地をサーチして! リップル姉から貰ったアレで」
「わかってる」
僕はサラの指示を受けるまでもなく懐からタブレットを取り出した。
最初は単なる違和感でしかなかった。
いつまでたっても村に戻れないのはブランクによるものだと思ってた。
数年も故郷の森を離れていれば細かい順路を誤ることもあるだろう。
大まかなルートは記憶しているから地図系スキルを使うまでもない。
幾年も慣れ親しんだ自分の庭で地図を開くなんてプライドが許さない。
地元民の漫然と慢心。それが失敗の原因だったのかもしれない。
もう少し早く違和感の正体に気がついて探検家の本領を発揮していれば。
ここまで手遅れの状況は避けられた……かもしれない。
どのみち森に踏み入った時点で詰んでた可能性のほうが大きそうだけど。
「魔水晶代がバカにならないから、なるべく使いたくはなかったんだけど。さすがにこの状況じゃ、そんなことも言ってられないか」
折りたたみ式の手帳サイズなこの魔道具は近年開発された新製品。
魔術師ギルドと錬金術ギルトが総力を挙げて生み出した情報端末機器。
なんでも闇竜騎士アハトスがこちらに持ち込んできた異邦人の遺物のひとつ「すまあとほん」なる情報伝達のカラクリ道具から着想を得て完成させたシロモノなんだとか。
ギルドの理想としてはこれまで使われてきた『遠見の水晶』『伝声球』『伝文の石板』などの各情報伝達手段をこの一機に搭載し、タブレット同士で映像表示・遠隔通話・文章送信を行い合える環境を整えたいらしいんだけど、まだまだ試作品の段階なんで情報機器の魔道具としては未完成品。
リップルさんに「コレのモニターやってみない?」と探検家転職祝いに借り受けたものなんだけど、いやほんとこれ便利。街中くらいの距離ならいつでもどこでもタブレット同士で遠隔会話や文通ができるんだもの。通信距離の短さと燃費の悪さに目をつぶればとんでもないアイテムだよこれ。
「ケチってる場合じゃないでしょバカっ! リップル姉に探検家用の『すぎるあぷり』とかいうの登録してもらってるんでしょ? もたもたしてないで、さっさと地図スキルを発動しなさい!」
「急かさないでよ。まだタッチパネルの操作に慣れてないんだから」
僕はタブレットを開いて起動させ、水晶版に浮かび上がる画像へ向けてぽんぽんぽんと指先で操作する。すでにタブレットには探検家用アプリとやらがカスタマイズされていて、簡単なボタン操作で所持スキルに対応したサポートが受けられるようになっている。
一昔前は地図スキルを使用してのマップ表示は特殊処理を施された銀板や羊皮紙に向かって念力でウンウン唸ってあぶり出しさせるのが定番だったのに、近年はどんどん機能のオートマ化が進んで時代は変わったものだと実感する。
もしこのタブレットが冒険者間で当たり前の存在になる時代が来たなら、もっともっと人と人の繋がりと情報の距離は短くなり、一方で遥か遠くの国家の情報が手軽に知れることで見聞出来る世界はさらに広がるんだろうな。
「探検家スキル『地図発現』を使用」
現在位置を検索中・・・検索中・・・検索中・・・
これでよし。あとはタブレットに予め入力されているメイプル地方の地図を参照して、僕たちのいる現在位置が画面に表示されるはず。
もちろんこれには現在位置の確認だけでなく、マップの作成機能も搭載されている。これからのために『地図自動作成のスキルも発動させておけば、あとは歩いているだけで立派な地図が完成する。
方眼紙を片手に頑張ってた頃に比べて便利な時代になったもんだ。
「どう? 検索結果はでた?」
「もうちょい待って、試作品のせいかやたら時間がかかって……」
あ、結果が出た。
「……ッッッ」
「なっ……!?」
僕とサラは表示された検索結果に言葉を失って──
「おーい、マウスにサラ、キャンプの用意ができたぞー」
「作業員用のコテージがあって助かったよ。今夜はここでしのぐよ」
「チック、ガンナ、二人に言わなきゃいけないことがある」
「良い情報と悪い情報のどっちを先にする?」
「なんだい? やぶからぼうに」
「だったら良い情報から頼むよ」
よくわからないといった顔の二人へサラは良い情報を提示する。
「この第0区は作業員のために作られた休憩所なのはさっき言ったわね。ここがわたしの知る第0区なら離れに水場があるし、作業員小屋の向こうにある食料庫を探せば食べ物があるかもしれないわ」
「んで、悪い情報ってのは?」
チックの問いに対して、僕は神妙な面持ちで、
「異界化だ」
MAPを表示するはずの画面には── empty ──の文字。
つまりタブレットに入力された地図に該当しない場に僕らはいる。
それならオートマッピングでこれから地図作成をしていけばいいだけのハナシなんだけど、問題なのはメイプル地方の地図に該当しないこの大森林の中がいったいなんなのかということで……
「イカイカ?」
「烏賊がなんだって?」
地図の表示機能をさらに細分化すると、この場所の正体の片鱗が『ダンジョンカテゴリー』というカタチでようやく判明する。
もし僕が勇者のままだったら絶対に辿りつけなかった情報だ。
「つまりだ」
【ダンジョンカテゴリー】 ── corridor ──
「いま僕たちは……何者かによって作られた魔宮に囚われてる」
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いつもきてくださる読者のみなさまに感謝。