Lushly forested mad region ~サブクエ・メイプル村の怪異4~
「森に魔獣が入ってきたクポ。中にはヤバい奴もまぎれてるから、
遠くの土地も冒険してもっと強くなってから戦うことをオススメするクポ」
【黒木勇斗語録・FINAL FANTASY LEGENDS モーグリ】
【 調査クエスト・メイプル大森林各区画調査 】
『依頼主・リップルの酒場 難易度・★★★ 推奨・Eランク以上』
(メインターゲット・森の調査 サブターゲット・モンスター駆除)
【 推定される出現モンスター 】
○灰色熊・モンスターレベル 2-4
○豪傑灰色熊・モンスターレベル 6-8
○首領灰色熊・モンスターレベル 10-15
○食人植物・モンスターレベル 1-3
◆報酬・一人当たり12000ベリア 駆除内容により追加報酬アリ
≪ 依頼内容 ≫
グローリア王国を古来から支えてきた甘味料『楓糖』の生産業再開に伴い、二年ほど前から手入れがされず放棄されたままになっている『メイプル大森林・第三~第七の深奥区画』の調査およびモンスター駆除をお願いするわ。
グローリア王都近郊にある広大な楓の森『メイプル大森林』。
そこに群生する砂糖楓の樹液を素に生成される『メイプルシュガー』『メイプルシロップ』『メイプルバター』は、かつて王国領内で出回る糖の四割を占めていたほどの有名な甘味料。
七大魔王が去って王国領外の辺境との交易が盛んになって以降、西部諸国からの黍砂糖が大量に出回るようになって一気に衰退してしまった楓糖だけど、近年ヒャッハーの襲撃で黍砂糖の価格が高騰したため、地元で作れる楓糖の再評価が国内で行われてメイプル事業再開の目処がついたわ。
そこで冒険者のみなさんに地主が破産して放置されたままのメイプル大森林深奥の調査をお願いしたいの。第一区画から第三区画までは細々と手入れと生産が続けられているけど、第四区画以降の森の奥になるとそうもいかない。
メイプル森の奥がどうなっているかの調査と報告、それと手入れがされないまま二年以上が経過したメイプルの森は、食人植物系のモンスターやグリズリーなどの野生動物モンスターの巣窟になっている可能性があるのから、冬の収穫期に集まる従業員の安全確保のためにモンスター駆除のほうも頼むわね。
◆◆◆◆◆◆
てなわけで──
魔の大洞穴に潜む地獄の影!
闇を引き裂く悪魔の巨大灰色熊【鬼カブト】は実在した!!
王都北方最後の秘境メイプル大森林。
前人未到のこの大森林を根城とする灰色熊【鬼カブト】は何物なのか。
その謎を解き明かすため、マウスリバー探検隊は密林の謎に挑んだ!
王都から馬車で向かうこと三日。
行き着いたところは文明から隔絶された大森林の深奥。
七難八苦の冒険の末に探検隊たちを待ち受ける真実とはなにか?
「サラ、第五区画の食人植物の駆除おわったよ」
「いやー、疲れた疲れた。除草作業も楽じゃあないな」
「おつかれさま。これでも思ったより順調に進んでるほうよ」
このメイプル森の入り口に番人として隠れ住む一人の老婆。
探検隊は老婆から衝撃的な大森林の事実を知らされることになる。
大森林の悪魔『鬼カブト』とはなにか!?
地獄の炎にも似た赤き体毛。大木をも薙ぎ倒す鋭い爪。
それは神話の時代より生き続けてきた太古の魔獣ともいわれている。
しかしその姿を捉えるには大森林の最奥を抜けなければならない。
「うっし、これで第語区画の調査はしゅーりょー」
「ういー♪」
「これで報酬が一人12000ベリアならボロい仕事だね」
好奇心を擽る大いなる未知を前に、マウス隊長の目に炎が宿る!
しかし大森林の謎に挑戦し、森の闇に消えていった探索者の数は多い。
はたしてマウスリバー探検隊に立ちはだかるモノとはいかなるものか。
マウスリバー探検隊の決死の探検は危険の連続──!
人跡未踏の森には様々な生物が牙を剥く。
「このペースなら日帰りは無理でも一泊二日でなんとかなるね」
「いまのところ野犬や熊の気配もないしね」
「このへんはまだそんなに野生動物の危険は少ないトコだから」
一滴の体液で数千人を殺す毒ガエルの恐怖。
闇の中で無数に蠢く噛まれれば即死の毒蛇の襲撃。
夜のキャンプに忍び寄る恐るべき毒牙、吸血蝙蝠の襲来。
そして挑戦者をことごとく貪る灰色熊の存在を忘れてはならない。
メイプル大森林の深奥は脅威の野生モンスターの楽園であった!
「はいはい、妄想しながら仕事しない。とっとと現実に還ってきなさい」
ぎりぎりぎりぎりぎり。
「いてててっ! いててててててっ! 耳ッ! 耳っっっ!」
ああもうっ、いいところまでモノローグが進んでたのに中断された!
妄想したっていいじゃない。にんげんだもの。
このクエスト、想像以上に退屈な内容なんだし。
「はぁ……すっごい退屈……」
調査書に調査結果を書き殴りながら僕は盛大に溜息をつく。
メイプル大森林の区画調査は予想していたよりも順調に進んでいた。
順調だった。怖いぐらいに順調だった。逆にそれが異様だった。
「なんだよマウス。浮かない顔してよ」
「ん? ああ、いや……楽に仕事が進みすぎだなーって思ってさ」
チックに問われて僕は先ほどからモヤモヤしている疑念を口にした。
「楽なのが問題なのかよ?」
「うん。この第四区画から第六区画のあたりは熊の縄張りが近いんだ」
僕は探検家スキルのひとつ『敵感知』を森に入ってからずっと起動させっぱなしにしているのだが、ここまでエネミー反応がまったくない。
探検家の敵感知範囲はレンジャーほどではないがそこそこ広い。
なのに不気味なぐらいにまったくないんだ。
「たしかに熊はおろか野犬や野兎の一匹もいないのは不思議ね」
僕の意見に同郷のサラも同意する。
彼女も僕もこの区画でさんざんグリズリーにビビらされてきた。
だから大森林の野生動物モンスターの出現頻度はよく知ってる。
「この時期はグリズリーどもが冬眠に入る前で気が荒くなっているから、縄張り付近に侵入者がくれば問答無用に襲い掛かってくるはずなんだけど」
「まったく敵感知スキルに反応がないね。動物モンスターはおろか小動物の気配すら微塵もないってのはさすがに不気味だよ」
森ってのは二年も手入れされなければ、普通は野生動物系モンスターの巣窟になっていてもおかしくないはず。特に冬眠前のグリズリーは危険で、エサが減りだす闇竜の月あたりから好戦的になる。侵入者が来ればやつらは過敏になって必ず襲ってくるはずなのだ。
事実、リップルさんもそれを想定して報酬を高めに設定していた。
「出現するモンスターはせいぜい食人植物くらいだね」
「うーん、楽なことは楽なんだけど、そういわれると奇妙よね」
なのに【それ】がないのだ──
それからまた数時間が経過して区画調査は第六区画と第七区画へ。
「ひゃー、ここまでエンカウントなしかよ。運にめぐまれてんなー」
「小人族は楽天的だね。ちっとは危機感をもちな」
「でもおれっちの敵感知にも反応がないってのはそういうことだろ?」
「そうなんだけどさ。なーんかイヤな予感がするんだよね」
「感知系スキルのない僧侶なのにか?」
「オンナのカンをなめちゃいけないよ」
第六区画と第七区画の調査が夕暮れ前に終了して──
さすがにチックとガンナも違和感を感じはじめたようだ。
チックのいうとおり楽なのはいいことなんだけど逆にそれが怖い。
順調すぎるときってのは思わぬところに落とし穴があるもんなのだ。
「これからどうする? サブターゲットは未達成だけど」
ひととおりの調査を完了させての休憩中、サラが言った。
「日没も近いし、ここでキャンプを張って休むか、村へ引き上げるか決めましょ。テントで寝るか実家で休むか、わたしはどっちでもいいけど」
メイプル大森林の調査を依頼されたのは第七区画までだ。
つまり僕たちのメインターゲットはこれで終了したことになる。
結局、大仕事になると思われた害獣駆除は達成されなかった。
グリズリーの一匹ぐらい出現するかと思ってたんだけどなぁ。
「地図には第八区画ってのがあるけど、これはやらないの?」
地図を眺めながらチックが質問する。
「そこは立ち入り禁止区域」
「村の人間も近寄れない場所だからNG」
僕とサラがチックの質問に即座に反応する。
「おいおい、立ち入り禁止区域ってなにがあるんだよ?」
「僕らも当時は子供だったからよくは知らないんだけど」
「汚染地区だとか呪いの森だとか大人から聞かされてるわね」
第八地区は四半世紀前に色々あって汚染地区に指定されている。
詳細は語られていないけどとにかくヤバイってのだけは皆知ってる。
「たしか二十五年くらい前だったかな。この地区に謎の病魔が蔓延して、メイプル大森林に未曾有の危機が訪れたときがあったらしいんだ。第八地区の奥に小さな遺跡があるんだけど、そこが発生源だったとか何とか」
「遺跡に封印されていた魔王が復活しただとか、遺跡のカビから植物を汚染する悪疫が生まれたとか、遺跡に隠れ住んでいた邪悪な魔術師の実験失敗で魔界と繋がって瘴気が溢れ出したとか、諸説はさまざまだけど真実は謎のまま」
たしかリップルさんの一族がなんとか汚染を食い止めてくれたらしいんだけど、それでも最深部の第八区画だけは汚染を止められず封印するに止めるのが精一杯だったらしい。
「遺跡があるってのにマウスが反応しないのは珍しいな」
「汚染の発生源とか言われたらさすがにね」
だから冒険心のある僕でもアソコにだけは近寄りたくない。
「第八区画はどうでもいいとして、調査期間は二日もらってるから一日あいちゃったけど、このままココで一泊して早朝からサブターゲット狙ってみる? それとも村に帰ってそのまま明朝に王都に行くか、準備を整えて明日の昼からサブターゲットやる?」
「ここで一泊して明日から一日がけでグリズリー探しかい?」
「熊の胆って最近ちょっと高騰気味なんだろ? おれっちは賛成」
除草作業以外の活躍の場がなかった二人は熊退治に意欲的だが──
「いや、このままキャンプせずに帰ろう」
僕はなんともいえない不安を拭えずに撤退を進言した。
「マウスがいうならそれでいいわ。村に帰りましょう」
「だな。サラのおっかさんの豆スープ美味かったしな」
「別にキャンプしなくても歩いて三時間半のとこだしね」
今いる第七区画から村まではそこまで遠くない。
道そのものは薮だらけだけど舗装はされてるし山道もない。
夜間でも危険は少なく、実際ガキの頃は日暮れまで働いた。
勝手知ったる林道。真っ直ぐ向かえば九時には到着できる。
「じゃあ帰ろう。熊探しをするかしないかはサラの家に着いたらで」
リーダーが撤退と決めれば動きは早い。僕たちは早々に撤収を開始。
わざわざ寒い思いしながらキャンプを張って携帯食を齧るより、サラの家に帰って暖房でぬくぬくしながらおばさんの手料理を食べるほうが断然いいし。
「それにしたってマウスにしては珍しいね」
「探検もほどほどにさっさと帰還なんてな」
「この大森林は馬車馬みたいに働かされた記憶しかないからさ」
「そうね。あんまり長居したい場所じゃないのよね」
てくてくと夕暮れの森の中を歩く僕たち。
「あんまり上手く行き過ぎるときは欲かかないほうが賢明だし」
「楽なクエだと調子に乗ると痛い目を見るぞって教官も言ってるしね」
「おにぎり教官の金言だよなそれ。慣れはじめの若手がよく陥る罠だ」
「だね、撤退中も油断するんじゃないよ。家に帰るまでが冒険ってね」
てくてく。てくてく。てくてく。
「ところでよ、サラが受けたサブクエってなんだったんだ?」
「単なる人探しよ。数日前に森で行方知れずになった冒険者のね」
「おかしいね。森をぐるって回っても人なんていなかったよ」
「もしかしたらモンスターがいなかったのもそのせいかも」
その行方不明の人が狩り尽くしたって可能性もある。
たまにいるんだよね。素材目当てに根こそぎやっちゃう冒険者が。
素材を亜空間ボックスに保存する【収納】のマジックアイテム持ち、またはその上位互換である【格納】の魔法持ちの冒険者は所持できるアイテム数も桁違いだからなぁ。
普通なら所持限界の都合で日帰りで済ます採取クエストを、所持枠に空きがまだあるから数日かけて限界までやっちゃうってのは冒険者あるあるだ。
『格納』の使い手なら熊をまるごと十数頭保管することも可能。
解体をプロに任せて新鮮な死体をそのまま保存するという手。
剥ぎ取りに自信の無い冒険者なら普通に考え付く手口だ。
乱獲でモンスターたちがビビれば出現率もそりゃあ低くなる。
おかげでこっちは調査が楽に済んだわけだ。
「んだよ、乱獲されたあとだってか? つまんねーの」
「熊の胆の調達クエでも受注したんだろうさ。いい値で売れるし」
「もしかしたら伝説の鬼カブトに挑戦したのかもしれないな」
「あんなの子供を怖がらせる寝物語でしょ。信じるなっての」
てくてくてくてく……てくてくてくてく……
「人探しの件は期間をさだめられてないし、一旦こっちのクエストをリップルさんに報告して再確認するわ。もしかしたらもう帰ってるかもしれないし」
「そっか。それならそれでいいや。サブターゲットのほうも対象モンスターが減ってるならやめておこう。僕たちもそんなにがっついてるわけでもないし」
「だな、毛皮や肉が売れる野生動物系モンスターを絶滅させるのは厳禁だもんな。モンスターを狩り過ぎても生態系にダメージだから面倒な話だぜ」
「同じモンスターでも自然動物から変異して生まれたモンスターは魔界からやってくる純正の魔物とは違うのさ。自然は大切にしなきゃね」
そして三時間後……
「なぁ、マウス」
「わかってる……」
僕たちは……
「なんかおかしいね」
「ええ、おかしいわ。いつになっても目印にしてる塚が見えない」
違和感を──感じた。
◆グローリア王国三大甘味料
*『麦飴』
発芽させたグローリア大麦と大陸米を混ぜ合わせて生成する甘味料。
日本で言うところの麦芽水飴。
歴史は古く聖王暦以前の文明の文献からも存在が確認されている。
光竜神の賜物【麦】と共にある大陸を代表する糖として珍重されるも、
独特の風味ゆえか昨今では黍砂糖にシェアを奪われ生産量は下降気味。
調味料としての人気こそ衰えたが、子供のお菓子としての人気は健在。
*『蜂蜜』
良い飲み仲間だ。蜂蜜酒を飲もう!
ミツバチまたは一部の昆虫系モンスターの巣から取れる糖蜜。
養蜂の発展から糖蜜のために冒険者を雇って昆虫モンスターの巣から
命懸けで魔物蜜を採取する機会は減少して久しく、王国内では率先した
国の養蜂の研究と保護が行われ長年に渡って安定した供給を続けている。
グローリアの蜂蜜酒はビール・ウイスキーに並び王国三大酒として有名。
*『楓糖』
砂糖楓の樹液から精製される甘味料。
樹液をグツグツ煮詰め濃縮させたものをメイプルシロップ。
樹液を常温濃縮で固体化させたものをメイプルシュガー。
樹液を加熱濃縮後に攪拌精製したものをメイプルバター。
以上の三種を『メイプル三糖』と呼称する。
王国領北方にあるメイプル村は楓の群生地で生産量も多く、
王国に出回る糖の四割を占めていた時代もあったという。