Light novel -first blood- ~サブクエ・運命の磁針~
「エンタープライズ… そこに俺が居る 必要とされている俺が…」
【黒木勇斗語録・FF14 シド・ナン・ガーロンド】
── もう終わったの。異世界での旅は終わったのよ ──
なにも終わっちゃいない……なにも終わってなんかいないんだ!
俺の中では冒険の旅はまだ続いているんだ!
あんたに異世界召喚されて俺は勇者として必死に戦った。
だけど魔王を倒しても戦争は終わらなかった。
そしてようやく日本に戻ったと思えば世間様は非難轟々だ。
一年も何処にいただの、家出息子だの、精神異常者だのってな。
のうのうと日常を暮らしていた親やクラスメイトに何が分かる。
戦場がどんなものかも知りもしない平和ボケの連中のくせに。
── 彼らにとって勇者の旅は御伽噺の世界。もう過ぎたことよ ──
あんたにとってはな! 俺はな、こっちじゃただの凡人なんだ。
異世界にはチート能力があった。現実世界の知恵を生かす場があった。
けど……ここには……此処には何もありゃあしないんだっ!
── それでもあなたは救国の英雄よ。弱音を吐いてはダメ ──
あっちじゃ金貨を十枚縦に並べて計算しただけで天才扱いだった。
肉の焼き方もロクに知らない現地民に美味しい焼き方だって教えた。
木箱に座ってメシ喰うと楽なこと、掛け算に割り算、情報の売買もだ。
やれやれキャラで「またオレ何かやっちゃいました?」とかドヤって、
粉塵爆破や熱膨張を披露できて、百万もする装備も自由に使えた。
それが現実世界に戻ってみれば、万屋のバイトにもなれないんだ。
惨めすぎる……こんなことってあるのかよ……畜生っ……クソッタレ……
友情・チート・勝利はどこにいっちまったんだ……
異世界には戦友がいっぱいいた。好敵手も大勢いたよ。
戦場には頼れるパーティーが、ヒロインが、冒険仲間がいてくれた……
けど、ここには誰もいやしない。
ダン・ダダーンのやつをおぼえているか?
あいつとはウマがあって、よく一緒にバカをやったよ。
カジノで共にスッテンテンになったり、荒野で一緒に馬を走らせたりさ。
あいつはいつも魔王退治が終わったら……って自分の夢を語ってた。
この旅が終わったら故郷に帰って幼馴染と結婚して店を開くんだって。
あの日、魔王城に突入したとき、番人キマイラアントが立ち塞がった。
蟻の要素はどこよ?っていう幻獣級のハイランクモンスターだ。
自分がやるって前に出ると、『おれが出る』ってダンが割り込んできた。
そして俺たちがアイツに敵を任せて魔王の玉座へ向かおうとしたときだ。
キマイラアントを前に足止めが精一杯だったアイツは──
ヤツの吐く四千度の閃光を凌駕する切り札の自爆魔法を使って。
ダンの雄叫びと敵の断末魔が自爆魔法の爆発音と一緒になって……
アイツと敵の手足がバラバラになって吹き飛んで、もうメチャクチャだ。
回廊に肉片が飛び散って、出来の悪いジグゾーバズルみたいだったよ。
俺は駆け寄って瀕死になったアイツを何とかしようとした。
……どうにもならなかったよ。
死ぬ間際にあいつは謝ってたよ。
残った俺たちに、故郷に置いてきた恋人に。
俺は千切れ飛んだアイツの恋人の肖像画が入ったペンダントを捜したんだ。
でも見つからない。いまでも遺品を恋人に渡せなかったことを悔いてるよ。
七ヶ月が経過した今でも決戦の日のことが脳内でフラッシュバックする。
悪夢から目を覚ますと、自分がどっちの世界の人間なのか分からなくなる。
そんなのが丸一日、一週間も続くんだ。過去になんか置いていけるかよ……
○○○○○○
帰還後に孤独を強いられた元勇者に幸福への道のりは遥か遠く──
命懸けで辿り付いたはずの故郷で、彼の夢は無惨に打ち砕かれる。
社会は元勇者の彼を拒み──
安息の場など何処にも無く、絶望だらけの四面楚歌。
一歩でも外に出れば魔王よりも強大な現実との戦いが待ち受ける……
「悲しいお話だね」
僕はパタンと本を閉じ、なんともいえない気分に溜息をついた。
「なに読んでるのよマウス。まさかウ=ス異本とかじゃないわよね?」
「違う違う。最近ちまたで流行ってる小説だよ。貸本屋で借りてきた」
ジロリとサラがこっちを睨むが、さすがに北方では焚書ものの禁制品扱いになっている春画を堂々と車内で広げる勇気は僕にはない。
これまで沢山の軍記や冒険譚を読んできた自分だけど、最近は『らいとのべる』なる気楽に読める冒険活劇を記した娯楽小説がマイブーム。
「ああ、『南総里見八犬伝』とか『源氏物語』とかそういう」
「いいよねー、異邦人が持ち込んだ架空戦記ってロマンがあってさー。サラも気が向いたら軍記ものの『三国志演義』とか、冒険譚の『西遊記』を読んでみるといいよ。読書好きのサラなら絶対にハマるから」
「そのテの異世界ファンタジーって読んでて面白い? わたしは素直にノンフィクション小説のほうが好きだな。やっぱり軍記物語なら大陸統一期の『聖王戦記』、冒険譚なら異邦人ノブナーガがオトモの三人を連れて大陸各地を巡った『信長行記』ね」
「いかにも真面目な魔法使いの読む文芸作品だなぁ」
「趣味は人それぞれよ。べつに戯作文芸を否定する気はないし。わたしからすればアンタが普通に娯楽小説を読んでること自体に驚いてる。『カワグチヒロシ探検記シリーズ』みたいなインチキ本ばかり読んでるイメージだったから」
「あれはバイブルだから別腹。『らいとのべる』とはまた違う」
戯作文芸は素晴らしい。
こういう馬車移動中の余暇に読むといい暇つぶしになる。
ガタガタと揺れる馬車内はどうしてもテーブルゲームと相性が悪い。
まぁ、読書は読書で油断してると車酔いするけど。
特にお気に入りなのがエストリアっていう女冒険者が書いた作品で、今読んでいるのが最新作の《~先制の一撃~》という短編小説。
異世界から召喚された勇者《乱暴》が魔王を倒して元の世界に帰還するも、むこうの世界で手に入れた救世主の力のほとんどを失ってしまい、ただのいじめられっこの学生に戻ってしまうというなかなかキツイ物語で、長いこと元の世界で行方不明だった彼を取り巻く残酷な環境と、現実の厳しさに苦悩する主人公の前に現れた彼を召喚した異世界の女神との確執がまた重い。
魔法や異能の力は失っても異世界生活で培った経験だけは健在で、なんだかよくわからない理由で彼の通う学校に乗り込んできたテロリストを主人公は勇者時代の知恵を生かしてなんとか倒していくのが前半の山場。
ハサミや包丁などの日用品を武器にして主人公はテロリストを次々と倒していくんだけど、彼は皆から賞賛されるどころか救い出したクラスメイトに怖がられ、好きだった女の子からも「人殺し!」と罵られる始末。
主人公は魔王との決戦で植え付けられたトラウマに狂いながらテロリストを皆殺しにしたあと、駆けつけた衛兵たちに取り囲まれ、そのまま学校に立て篭もって泥沼に突入。最終的に女神の説得の末に彼は御用になってエンディングになるんだけど、ラストシーンの彼の独白がまたリアルで心に染みる。
実際、元の世界に戻った異邦人ってこんなんなんだろうなと想わされる。
「異邦人ってコッチで超人パワーを貰って好き勝手できて羨ましいって思われてるけど、こういうの読むと向こうは向こうでタイヘンなんだなって思うよ」
「マウスは異世界転生とか異世界召喚とかに興味があるの?」
「あるよ。小説に出てくる魔萌都市アキハバラとか伝説の都トーキョーとかには是非とも行ってみたいし、オーダイバ島の大巨人ガンガルとかトーキョー天空塔もリアルにあるなら見てみたい。そんな夢のような別世界に行けて、かつスーパーマンになれるんだよ。興味もつなというほうがムリ」
「夢見るのはいいけど、よしんば行けたとしても、アンタみたいなのはすぐに社会に適応できなくて潰れるわよ。異邦人の世界ってこっちよりずっと錬金術が発展してるんでしょ? 医療や料理の文化だってケタ違いに発展してるっていうわよ。そんなとこでアンタみたいなバカが活躍できる知恵とか取り柄ってなんかあるの?」
「そりゃ手厳しい」
だから異世界からの勇者はチート能力の所持が基本なんだろうね。
そうでもしなきゃ十代の若造が別世界に行って生き残れるわけないか。
チートなしでの異世界転移だと、異世界に無い特別な知識や技能やアイテムを持ち込まないと無理ゲーなんだろうな。
エストリア先生の代表作品『戦国クルセイダー』みたいに、異世界の戦国時代に王国騎士団の中隊がまるまる召喚されて、最初は魔法と魔道具を駆使して敵軍相手に無双するも、マジックアイテムの切れ目が命の切れ目で最終的に在庫切れで全滅するバッドエンドはさすがに御免だよなぁ。
てか、先生の作品ってそういう塩辛いラストが多いんだよね。
クラスごと異世界に召喚された学生一行が多くの犠牲の果てに魔王を倒して帰還しようとするが、学生たちのうち主人公一人だけが、死んでいったクラスメイトたちの喪に服して召喚された世界に骨を埋める決意をし、さすらいの吟遊詩人になり、一緒にニホンに帰ろうと叫ぶ生き残った仲間たちに校歌を奏でて去っていく『昼間の竪琴』なんてもう涙無しには読めない。
「言っておくけど、ダメ人間ほど今と違う世界へ行って新しい自分に覚醒したいって願うけど、ダメな奴は環境が変わったってダメなものはダメなのよ」
「でも異邦人のユートさんは違うと思うよ。こっちで邪竜王を倒すほどの成果を残せたんだ。たとえ力を失ったとしても、あれだけのバイタリティーがあれば向こうでも大活躍だよ」
「だといいんだけどね。どのみちわたしたちの知る由じゃないけど」
馬車の車窓を眺めて見える世界は異世界人にとっては幻想世界。
彼ら異邦人の世界ってどんなものなんだろうと考えると浪漫が溢れる。
ほんとうに異世界は異邦人の伝承記録のように巨大な石塔がところせましと乱立し、ドワーフ戦車も顔負けの鋼鉄の馬車が走り、飛空艇よりもずっと速い鋼鉄の飛行船が飛び、魔法が存在しない代わりに優れた錬金術が世界を支配し、なによりも優れた料理が味わえる桃源郷なのだろうか。
行ってみたいな他所の世界。まっ、どうせ叶わぬ夢だけどね。
異世界は異世界。僕らは僕らで自分が生きてる世界で成功しなきゃ。
マウスリバー探検隊には辿り着きたい明確な目標がある。たとえば──
「あっ、見ろよマウス、あそこに停泊してる飛空艇って斑鳩空挺団じゃね?」
「ほんとだ。うらやましいよねー、Bランクパーティー。ボクらもいつかは」
「飛空艇を買えるぐらいの大きなクエストを成功させてみたいわね」
「んじゃBランクを夢見る前に、まずはCランクにならなきゃね」
気分はショーウィンドゥのトランペットを眺める貧民街の少年。
あの人たちは凄いよね。冒険者五年目くらいでBランクなんだもの。
空路を荒らすワイバーンや空賊を追い払い、天空遺跡も発見した敏腕。
まさに雲の上の存在。あと女メンバーがみんな美人どころなのがまた。
いいよねダークエルフ。しかも双子姉妹だよ。サイコーじゃないか。
他にも特定の層に大人気のオーガ娘やオーク娘の綺麗どころも船員にいると聞くし、イカルさんはいい女のシュミしてる。
このまえリップルさんにナンパの口実でポーカー勝負をしかけてパンツ一丁で追い出されたり、王都下町の遊郭で美人局に引っかかってクエストの報酬みんなもってかれたりと、女遊びでの火傷も多いみたいだけど、ああいうクールなプレイボーイのキャラクターとか、女性船員だけで構成されたハーレム的なパーティーとか憧れちゃうな。
「またどこかへ遠征クエストに行くのかな?」
「速い足を持ってる冒険者はいいわよね。うちなんかもう……」
「そういうなよサラ。鈍行馬車の旅もオツなもんだぜ」
「飛空艇チャーターして大陸移動なんてBランク以上の特権だよ」
ボクらはボクらでメイプル村へ向けて馬車に揺られてゆらり旅。
神都ホーリーケイク行きの馬車に乗ってひたすら北へ北へ。
そう遠いところでもないから明後日の昼間には到着するだろう。
幸いにして街道でヒャッハーとの遭遇もなく、のんびりとしたもんだ。
「メイプル村か……村を飛び出してかれこれもう三年になるんだな」
「調査の前にうちに挨拶していきなさいよ。お母さん心配してたから」
「おばさんもうちの両親みたいに王都に移り住めばよかったのに」
「そこは本人にしか分からない村とのしがらみってのがあるのよ」
「なぁ、第一区画から第七区画までの調査ついでに別件あるんだろ?」
「なんでも森で行方不明になった冒険者の捜索だって?」
「ええ、まだ詳しくいえないけど森の調査が終わったら説明するわ」
「もったいぶるなぁ~。なんか含むものを感じるんだけど」
リップルさんとサラの密談で受けたクエストってのがまた引っかかる。
きっとロクでもないことなんだろーなーとボクの勘が告げている。
まっ、とにもかくにも村まではまだ半日以上かかる。気楽に行こう。
んじゃ、暇つぶしに『らのべ』をもう一冊っと。
「こんどはなに?」
「異世界洋食屋っていう癒し系グルメ小説。最近すごい評判なんだって」
「それは面白そうね。読み終えたら見せて」
「喜んで」
こうして僕たちの冒険のはじまりは刻一刻と迫っていく。
僕たちはこのとき誰一人として予感していなかった。
この旅が『マウスリバー探検隊』にとって最大の試練になることを。
同時に──
僕らのパーティーの運命を変える最高の出会いが待っていることを。
*『グローリア王国貨幣』
グローリア王国で建国以来から使用されている貨幣。
通貨単位は初代国王の名にちなみベリアと呼ばれる。
貨幣価値は銅・銀・蒼銀・金・白金の順に桁を増していく。
歴代の王によって新しいデザインの硬貨が発行されることがあるが、
鋳造に使用される金属量と厚みおよびサイズは厳格に定められており、
新銭も古銭も刻印された肖像の違いのみで貨幣価値は同じとして扱われる。
1ベリアは日本円で10円の価値だが、物価は日本のそれとは異なる。
冒険者酒場の簡易寝台の宿代は2食付で一泊250ベリアが目安。
小銅貨=1ベリア 大銅貨=10ベリア
小銀貨=100ベリア 大銀貨=1000ベリア
蒼銀貨=10000ベリア 金貨=100000ベリア
白金貨=1000000ベリア
*『グローリア王国紙幣』
グローリア王国内で近年投入された紙幣通貨。
かさばって重い鋳造硬貨の軽量化と素材の節約を目的に開発された。
鋳造硬貨以上に手の込んだ細工が施されており、工芸品的な価値もあるが、
紙幣制度はまだ新しく市民の理解を得られにくいためか普及率も悪く、
まだ紙幣が通貨として通用するのは中央での取引のみに限定されている。
グローリア白銀紙幣=1000ベリア
グローリア蒼銀紙幣=10000ベリア
グローリア黄金紙幣=100000ベリア