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Witches tea ceremony ~サブクエ・魔女の飲み会・前編~

「お前じゃこの先生きのこれないぜ」


【黒木勇斗語録・AC きのこ先生ことグリーン・ホーン】

 街の明かりが徐々に減り、酒場の活気が薄れていく日と日の境目。

 飲むだけ飲んだ宿泊客が明日のクエストのために二階の宿に帰り、

 今夜も飲めや歌えと騒ぐだけ騒いだ飲み客が一人去り二人去って、

 次に店を去るのは日雇いの大道芸人や弾き語りの吟遊詩人たち。


「店長、おつかれさまでした」

「ママさん、おやすみなさーい」

「サラちゃんも早く帰りなよ。明日は早いんだろ?」

「ほら、飲んだくれども、営業終了カンバンだよ! さっさと帰りな!」


 あとは酒瓶片手にテーブルにしがみつく酔っ払いどもを蹴り起こして、

 わたしたち酒場の従業員ウェイトレスたちが店主に挨拶して去っていく。


「サラちゃーん、また明日もきておくれよー。ヒックッ」

「もういっそのこと冒険者やめて酒場の看板娘になってくれないかなー」

「来月のバニーコスデーのときはなにとぞぉぉぉっ~~~!」


「いいからとっとと帰れ、酔っ払いども! ケツに火ィつけるわよ!」


 箒を掃いてサッサッと居残る酔っ払いどもを店から追い出し──


「まったくもう。安酒と安いツマミで閉店ぎりぎりまで粘るんだから」


 最後まで残っていた客のテーブル掃除して、食器と酒瓶を片付けて、

 ラストはお客さんも従業員もいなくなった酒場の中央で軽く背伸び。


「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ♪」


 入り口の看板を下ろし、今日も酒場の騒がしさが終わりを告げる。

 昼間からイイトシぶっこいたオッサンたちが麦酒かっくらって大笑い。

 仕事を探す冒険者、逆に一発当てた冒険者、日雇い労働者に旅芸人、

 さまざまな人間が老若男女種族を問わずにドッタンバッタン大騒ぎ。

 旅の終わり、仕事の終わり、冒険の終わりに皆が立ち寄る夜になれば、

 酔って喰って踊って歌って、戦場にでもなったかのような情熱の嵐。

 今日も一日頑張って、辛い明日を迎える前に酒と飯で身も心も癒す。

 特に旅立ち前の冒険者は誰よりも真剣に酒場の宵を楽しむ。

 もしかしたらこの馬鹿騒ぎが人生最後の宴になるかもしれないから。


 これまで来ていた常連の冒険者が、何処かで全滅して酒場から消える。

 そんなのは特に珍しいことじゃない。自分だって明日は我が身だ。


 だから冒険者の酒場はいつでも大盛り上がり。

 冒険者パーティーが一発当てて成功したら皆におごって飲めよ歌えよ。

 冒険者パーティーに死者が出たら皆で飲んで騒いで冥福を祈ろう。

 宵越しの銭は無用。その日暮らしサイコー。それが酒場の様式美。

 

 でも、冒険者の酒場にだって音が途切れるシジマの時間がある。


 閉店時間のこのひととき。

 フッと蝋燭の灯りを息で吹き消したときのように。

 カタンとランタンの明かりに消火蓋をかぶせたときのように。

 先ほどまでの活気がウソのようになるこの瞬間がわたしは好き。

 この静けさと薄暗さが今日も終わったんだなという気持ちにしてくれる。


 普段ならここいらで制服から私服に着替えて下町三番町にある自宅アジトに帰るところだけど、今夜は少しだけ店に居残る理由がある。


「サラ、今日はクエスト帰りなのに店を手伝ってくれてありがと」


 調理場から顔を出す酒場のママさんことリップル姉。

 彼女はわたしの従姉にして、8年前に魔王を退治した偉大なる先輩冒険者。

 この人のおかげで自分は今日もお金の稼ぎ場を失わないでいられる。

 リップル姉がいなかったら、わたしたちのパーティーは干上がってた。


 ううん、それ以前に──

 リップル姉が王都にいなかったら冒険者にすらなれなかった。

 村を飛び出したばかりの自分を保護者として拾ってくれたリップル姉。

 訓練生時代に訓練場の学費を出世払いで工面してくれたのもリップル姉。

 冒険者デビュー後もリップル姉は見守りながら仕事を紹介してくれた。

 だからこうして酒場で働くのはわたしなりのせめてもの恩返し。

 なんか気がついたら不定期看板娘にされてたんだけど、それも人生よね。


「今日は【ミノ・タウロス】の余りがだいぶ出たからモツ焼き丼おごるわよ」

「すみません。いただきます」


 大ドンブリをカウンターテーブルにドンと豪快に置くリップル姉。

 目の前でジュワーと音を立てながら香るまかない料理。

 うーん、上質の胃袋の脂が焦げるこの匂いがたまらないんだ。


「ブッかけるのは醤油と魚醤のどっちにする?」

「醤油で。あと七味唐辛子を山盛りで」


「飲み物は?」

「もちろん黒ビールのジョッキ大で」


 ミノ・タウロスはミノタウロスの亜種にあたる二足歩行の牛モンスター。

 肉もなかなか美味しいけど、実は胃袋ミノ部分が一番美味しいんだよね。

 上位の【上ミノ・タウロス】になると倒すの大変だけどメチャ美味い。

 都会だと内臓モツは下品と敬遠されるけど、美味い部位には貴賎なし。

 これに醤油とかいう発酵させた大豆の汁をかけて辛子の粉をまぶすと最高! 

 過去に異邦人が持ち込んだという調味料と七つの香辛料を合成した辛子粉。

 出回ってる大半はひんがしの国からの輸入品が主だけど、うちのは自家製。

 慣れない人は味が濃くてキツイ言うけど、自分はもうすっかりヤミツキ。

 脂と煮汁でデロデロの米と肉を箸でいっきに口に運ぶのがジャスティス!


「んまぁ~~~~~~~~い♪」


 すごいね異世界人。

 川魚を漬けた魚醤と単体の辛子粉しか知らなかった自分には別世界の味。

 いや、実際に別世界の味なんだけどね。調理の発想がベツモノすぎ。

 特に醤油の副産物でできる味噌とかなにあれ? 最初ウンコかと思った。

 ニホンという異世界からくる黒髪の異邦人、あいつら絶対頭おかしい。

 魚は生で食べるし、タコとかイカとか食べるし、海草を平気で食べるし!

 聖竜騎士が生卵を熱々ゴハンに混ぜて啜るのを見たときは唖然としたわ。

 ……真似したら美味しかったんだけどね。清潔な産みたて卵に限るけど。

 やっぱりあいつら黒髪異邦人ニホンジンの食に関する思考回路はどっかおかしい。


「はい、これが今週分のバイト代ね。いつもありがとう」

「いえ、リップル姉にはいつも世話になってるから当然です」


 リップル姉から給与明細と王国白銀紙幣(1000ベリア札)が数枚が入った封筒を受け取ってから、わたしは景気づけに黒ビールぐいとジョッキまるまる飲み干してプハーッと息継ぎ。


「あー、もうサイコーっ。この一杯のために生きてるわー♪」

「ストレス溜まってるわね。言動が完全におっさんになってるわよ」


「ここんとこウチのバカの子守でいっぱいいっぱいなもんで」

「マウスくんのこと? 彼は彼なりに精一杯がんばってるじゃない」


「才能も無いくせに続けていた勇者を辞めて少しは大人しくなると思ったら、探険家に転職した途端にいつもの病気がさらに悪化するんですもん」


 あのクエスト以降、ヘンな方にハリキリだしちゃってさ。

 見張ってないとなにしでかすかわかったもんじゃい。

 こっちは神経張り詰めちゃってクタクタですよもぅ。


「それは御愁傷様」


 あのバカも『探検家気取り症候群』さえなきゃマトモなんだけどなぁ。

 なんで男って未開地とか秘境とか、そういうのの探検が大好きなんだろ。

 先週、西海の向こうにある暗黒諸島の開拓クエスト(推奨レベル30)を笑顔で受けてきたときはさすがにグーで殴った。


 ンなクエスト、うちらのランクじゃ死ぬわボケ。


 ちなみにそのクエストを受けたCランク冒険者たちは同伴の開拓民ともども暗黒諸島で行方不明になったらしい。唯一の生還者は脱出艇に乗って戻ってきた発狂した船長と心神喪失状態の船員数名だけとかもうね……ほんとにマジで危なかったわ……


「アイツはもうちょっと身の程を弁えるべきだと思う」

「分かる分かる。男の子って妙に焦って上のクエスト受けたがるのよね」


「つきあわされるこっちはたまりませんよ。あのバカの暴走に引きずられてモンスターに食い殺されたり、トラップで丸焦げやミンチになるなんてまっぴらゴメンです。フォートリアでの件だって牛頭のデーモン相手に無茶やってさ」


「チックから聞いたわ。腕を折って戦闘不能寸前と分かるやいなや、ヘイト稼いで自ら後衛の射程まで誘う囮になったんだって?」


「どこまで計算してたかしらないけどバカですよアイツ。さっさとガンナのとこに逃げて治療してもらえばいいのに、たまたま上手く誘導できたからいいものの、敵の引き込みに失敗してたら棍棒で頭カチ割られて勇者のタタキになってましたよ」


「勇ましいお話ね」


「勇ましいんじゃなくてバカなんですよ。才能もないのに挑戦する心だけはいっぱしの身の程知らず。サポートクラスの探検家になれば静かになると思ったんですけどね。結局はバカが悪化しただけという」


 あ、黒ビールおかわりで。


「マウスくんも大概だけど、あなたもそうとうね」


「なにがですか?」


 訊ねながらグビリと注ぎたてを一口。

 油っけの強いご飯を食べた後の口直しは黒ビールに限る。 


「素直にマウスくんに『あなたに死んでほしくないの』って言えばいいのに」


 ブバッッッッッッ!!!


 わたしはむせた。

彼らの活躍は~マウスリバー探索隊・前編・中編・後編~を参照のこと。

キャラの整合性の問題でかなり書き直すハメになってしまった……orz

ちなみに海草を平然と食べられるのは日本人の体質の特権だとか。

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