She is an incorrigible liar ~サブクエ・メイプル村の怪異3~
「ウォ……ツギィ……」
【黒木勇斗語録・勇者30 サーシャ…だったモノ】
「あ……えーと……」
勝負は水物という言葉がある。
戦況は刻一刻と変化するもの。強者が弱者に必ず勝つとはかぎらない。
あらゆる事態には不可抗力が潜み、逆転の可能性は必ずどこかにある。
絶体絶命のピンチのときにこそ「1%の可能性」にすべてを賭ける。
勇者という人種はみんなそう。かすかでも勝機があれば全力ぶっぱ。
ただし──
「早く落としなさいマウスくん。公式ルールの待ち時間は30秒よ」
そういった理論は公正でイカサマハメコミなしの熱血バトルに限る。
「こりゃ終わったな」
「リップルさん相手ならこんなもんだろ?」
「わりと粘ったほうなんじゃね?」
背後でゲームを観戦しているギャラリーたちの声がうるさい。
つまんだコインを水面の前にもっていった状態でプルプル震える僕。
こんな……こんなことって……こんな展開は予測していなかった……
水を注いだグラスの中に交互にコインを入れていくこのゲーム。
表面張力の限界スレスレまでコインを落とし合い、コインの質量でどんどん上昇していく水をコップから溢れさせたほうが負けという単純ルール。
この『水を溢れさせた』というところがポイントで、いかにして水がこぼれる限界値を見極め、あと一枚でも入れたらアウトのタイミングを相手に押し付けるかが勝負のキモ。
勝てるハズだった。勝てるハズだったのだ。見切りは完璧だったんだ。
コップから盛り上がる水の上昇ぶりと金貨の質量から計算して……
これ以上は無理という確信を以って僕はリップルさんにババを引かせた。
負け確定のターンが回ったリップルさんに勝ち目なんてなかったのに。
「これ……明らかに反則ですよね……?」
「なんのことかしら? 通りすがりの氷の精霊が悪戯したんじゃない?」
まさかリップルさんが金貨を落とした瞬間、コップから水が溢れ出る瞬間、
いきなりなんの予兆も無くコップの中の水が凍りつき、耐え切るなんて!
誰の目にも魔法によるイカサマ行為だとわかる。
こんなのが自然現象による不可抗力なわけがない。
だけど……これをリップルさんが仕掛けたという証拠が見当たらない。
「すみません……参りました……」
制限時間ギリギリにやむおえずコインを落とし、硬貨の重さに耐えられずシャーベット状の水面が割れて中身が出て、コップの中の冷水がドバドバとテーブルに溢れ出た瞬間、僕の敗北が決定した。
そもそも──
イカサマ禁止でって前もって言ってないからどうにもならないのよね。
「じゃあコレで明後日以降もミニクエストのほうをおねがいね♪」
そう僕にニコっと微笑むリップルさんは悪魔にしか見えなかった。
この人、最初から仕込んでた。ゲームを持ち込んだ段階で仕掛けてた。
公正なルールで公平なゲームをやると見せかけてイカサマを用意してた。
そりゃ勝てるわけがない。だって始まる前からハメられていたんだもの。
「はい……」
だけどイカサマは看破できなきゃ騙されたほうの負けなんです。
というかね、僕もコッソリ裏でいろいろやってたんでお互い様でして。
その光景を背後からみんな見ていて、なおかつ暗黙の了解で黙っていて。
リップルさんは僕の裏技を受けた上でさらにさらに上をいったわけだ。
ギャラリーの見届けもあるんでシラきって逃げられない完全敗北です。
「マウスくん。コインの裏に千切ったテーブルクロスを隠して水を吸わせたり、逆に水を含ませて絞って水増ししたり、重ねたコインとコインの間にガムくっつけて落として質量の計算を狂わせたりとコソコソ隠し芸をやるのもいいけど、シロウトさんを相手にするならともかく、わたしを相手にやるのは褒められたものじゃないわね」
しかもおもいっきりバレてましたぁぁぁぁぁっっっ!
「勉強になりました……」
これは役者が違いすぎた。
相手は僕の裏技を見切ってるのに僕は彼女のサマをまるで見破れない。
魔法を使ったのは分かる。でなきゃあんな現象はありえない。
だけど、いつ魔法を使ったのかまるで検討がつかないんだ。
詠唱も、予備動作も、発動ワードもまったくなかった。
金貨は市場で流通してる貨幣。コップも水も魔道具の類ではなかったし。
現行犯でとっ捕まえられなければイカサマはイカサマと認められない。
ギャラリーが邪魔した。精霊か妖精の悪戯。言い逃れはいくらでも可能だ。
「リップルさんって、実はけっこうえげつない人だったんですね」
「あら? 今頃になって知ったの?」
この堂々とした開き直りっぷりよ。
「マウスくん、いい機会だから憶えておきなさい。冒険者ってのは夢物語ばかり追い求める頭がハッピーな御花畑じゃつとまらないの。モンスターが徘徊する場所ではいつだって暴力がつきまとい、人と銭が関わるところでは何処でも謀略が渦巻いてる。もし一流の冒険者を目指すなら、嘘も暴力もものともしない、清濁併せ持つ誇り高い悪党になりなさい」
「聖竜騎士ユートさんが聞いたら引っくり返りそうな言葉ですね」
「彼を聖人君子かなにかだと想ってるなら、それこそ勉強不足ね」
えーっっっっっっっっっっ?
「ドラゴンを百匹も切り刻むような人間がマトモだと思う?」
「そう言われちゃうと反論のしようもないんですけど……」
「わたしから言わせてもらえば聖竜騎士の彼も相当な悪党よ。根が善人で無駄にロマンチストってだけでね。英雄の化けの皮を剥がしたらかなりのアレよ」
「僕ずっとあの人のことスーパーヒーローだって信じてたのに」
「ヒーローなんてみんな自己の正義に酔う倒錯者よ。程度の差はあるけど勇者とかいう連中はみんなそう。冒険浪漫に命をかけるマウスくんもソコは自覚してるはずよ。そもそもまともな精神の人間は救世主になんかなれないのよ」
なんと夢の無い。
英雄と王は倒錯者でなくちゃつとまらないってのは良く聞く話だけど。
聞きたくなかったなぁ……関係者からそういうリアルはお話は。
「それともうひとつ、イイ女とギャンブラーってのはね、腕が立つほど平気で嘘をつく。今後は女の子に甘い言葉で誘われたら気をつけなさい」
「……キモに命じておきます」
女ってこわい。
◇◇◇◇◇◇◇
その後──
「で、まんまとリップルさんにしてやられたわけだ」
「相手が悪すぎたね」
酒場のはしっこのフリースペースで指し仲間とチェスに興じていた女僧侶のガンナと、大道芸での小遣い稼ぎをやっていた盗賊のチックと合流した僕は、ビールの酔いもそこそこに明日の準備のために宿に戻ることにした。
「サラのやつはどうしたんだい? まだバイトかい?」
「うん。それと次以降の仕事についてリップルさんと話があるから閉店時間まで残るって言ってた。あと明日の採取クエストは抜けられないシフト入ってて休むから報酬は三人で分けてだって」
「あの子もクエストの合間にウェイトレスのバイトとか大変だね」
「実際、リップルの酒場で給士してたほうが実入りいいからな」
「特産キノコと山菜の採取クエストならボクら三人でも十分だしね」
この時期は冬眠前で気が荒くなっている灰色熊などの野生モンスターが採取屋殺しに変貌して徘徊するので、一般人の山や森での薬草・山菜・茸などの素材集めは禁止され、EランクかDランクの冒険者がギルドの依頼で行うことになっている。
山中でよほど高レベルの山菜密猟者に遭遇しなきゃ、この王都周辺に出没するモンスターのレベルは1-5と低いから、山に入って採取クエストをするくらいならDランク三人でもことたりる。
「じゃあ、先に明日の準備してとっとと寝るよ」
「あいあいさー」
「ういー」
僧侶のガンナは火竜神信徒の女ドワーフでパーティーの姉御役。
神竜の奇跡だけでなく肉弾戦のほうもなかなかで前衛もこなせる器用者。
ほとんど金棒に近いメイスを振り回し、ゴブリンくらいなら一撃で撲殺。
さらに言えば火竜神派の扱う奇跡は僧侶系で最も攻撃的で、業界では火炎放射器の異名を持つほど。状態異常系の回復能力が乏しい弱点に目をつぶれば、メイスの接近戦よし・奇跡の中距離戦よし・パーティーの回復良しの三拍子。当人のドワーフ特有の頑丈さも相まってマジで頼りになる姉さんだ。
「はぁ~、明日の仕事を終えたら今度はメイブル大森林の調査か」
「憂鬱そうだなマウス」
「あそこの森は僕の地元でさ、こき使われたトラウマしかないんだ」
「あー、おまえとサラはリップルさんと同じ村の出身だったな」
もう一人の仲間は小人族のチック。
「ウワサじゃ大陸北の炭鉱なみに酷い労働環境だったらしいな」
「うん。メイプル村で三年働いたら死ぬなんて近郊からいわれてた」
ダンジョン探索には欠かせない盗賊クラスでサバイバル活動の命綱。
小柄ではしっこいので避ける盾としても活躍してくれる優れものだ。
ただし物理攻撃の火力面ではあまり期待できないのがタマにキズ。
「ねぇ、チック」
「なんだよ?」
「きみも僕の勝負を見てたろ。リップルさんのイカサマ分かった?」
「水を薄く凍らせた原理はわかんねぇけど、仕掛けのタネならわかる」
さすがは目端の利く小人族。動体視力のほうも卓越してる。
「金貨だよ」
「金貨? でも僕が見た限りじゃ普通の硬貨だったよ」
もしあの中に魔法を仕込んだ金貨が混ざっていたとして、僕は事前に探検家の感知能力スキルで仕込が無いかザラっと調べている。あのとき調べたかぎりじゃ、金貨にもコップにも水にも魔力の仕込みは感じられなかった。
「ああ、普通の流通貨幣だったな。テーブルに並べたやつは」
「はい?」
「ガラもサイズもすべて同じ鋳造貨幣は絵の異なるトランプとは違うぜ」
「あっ……」
そういうことかぁ~~~~~~~~~~っ!
「恐ろしく速いスリ替え。おいらじゃなきゃ見逃しちゃうね」
「まったく気が付かなかった」
「そりゃそうだ。おいらですら目で追うのがやっとだったんだもの」
「小人族かつ盗賊スキル持ちのチックの目でやっととか無理すぎる……」
通常のコインから仕掛けを施したコインへのスリ替え。
ゲームに使われた金貨は同じ絵柄で同じサイズの鋳造貨幣。
あれだけ並べられたら一枚スリ替わっても区別なんてつきようがない。
スリ替えの瞬間を押さえればイカサマ看破で僕の勝ちだったが……
チックでギリギリ見えたくらいのテクニック相手じゃどうにもならん。
「もっともコインのスリ替えが見えたとしても、無詠唱で氷結魔法を発動させたタネがわかんなきゃ話しになんねぇけどな。なんでコインをわざわざ懐のやつと入れ替えるのかもイミフだしよ」
「たぶん触媒型時限発動魔法だよ」
言ったのはガンナだった。
「触媒型時限発動魔法?」
「聞かない系統だな。普通の触媒を用いた魔法とは違うのか?」
「アタイも専門家じゃないから詳しくは知らないけどね、ドワーフ鍛冶の一部流派が使ってる魔術様式の秘伝らしい。燃料となる触媒に予め術式を埋め込んでね、条件が揃った瞬間に発動するように設定するのさ。そうすることで炉に爆発的な火力を生み出せて、大雑把ながら少ない燃費で加工しずらいアダマス鉱やオリハル鉱を溶かせるらしいんだわ。暴発しやすいし下拵えも大変だけど、起動させるのに詠唱も発動ワードもいらないから高火力燃料を作るのに最適だって、その流派の旦那が言ってたよ」
「まるで触媒反応を利用した時限式の爆弾だな」
「魔法術と錬金術の違いはあるが理論的にはソレに近いんだろうね」
「だとしたら触媒に使われたのは金貨」
「ああ、水に一定量触れたら発動の条件で設定すれば……」
そんなの分かるかってのっっっっ!!!!
予備知識なしに対策なんかできるかそんなん。
とんだ道化だよ僕は。
「失伝して久しい古代魔術様式らしいけど、リップルさんなら……」
「あの人は賢者というより詐術師だよ完全に」
「言えてる」
なにが尋常に勝負なんだか。
いい女とギャンブラーは嘘つき。
その通りだよまったく。