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Impenetrable barmaid ~サブクエ・メイプル村の怪異2~

「アナタねぇ! 

 日頃から勇者勇者言ってるんだから簡単にあきらめるんじゃないわよっ」


【黒木勇斗語録・勇者30SECOND アテナ】

 ── 冒険者のクエストは酒場に始まり酒場に終わる ──


 ギルド酒場に赴いて掲示板に張られた目ぼしい依頼書に目を通して、

 気に入った仕事があれば受付を通して依頼人からクエストを受注して、

 仕事を無事に終えたら酒場に帰って受付で報告して報酬を受け取って、

 その成功報酬のいくらかでパーティーのみんなで飲めや唄えの大騒ぎ。


 冒険者ギルドの概念が生まれた千年前から続く完成されたこの伝統。

 僕たちのパーティ『マウスリバー探検隊』もそんな伝統を愛する冒険者。

 クエストを終えたら酒場のカウンターで報酬を受け取ってまず一杯。

 仕事の後のビールはとても美味い。キンキンに冷えていればなおよしだ。


 ただなぁ……不満らしい不満があるとするなら。


「今回のクエストの報酬は蒼銀貨4枚と大銀貨8枚ね。総計して48000G。いい仕事ぶりだったから大銀貨8枚はオマケよ」


「ありがとうございます」


「なににする?」

「ビールを大ジョッキで。あとフィッシュ&チップスを」


「明日も朝イチでクエストなんだから大ジョッキならニ杯までよ」

「厳しいなぁ」


 最近、駆け出し冒険者がやるようなちんまいサブクエストをリップルさんに連日押し付けられて、のんびり明け方まで深酒を楽しむ暇も無いってことだ。


「あら、お疲れみたいね」

「お疲れますよ。さすがに連日の日帰りクエはオーダーきついっす」」


直営酒場わたしからの御指名なんだから贅沢言わないの」

「いや、この不況の最中に定期の仕事があるのはいいんですけどね」


 世は魔物がめっきりいなくなって冒険が激減した勇者氷河期時代。

 冒険者は仕事にあぶれ、中には盗賊に落ちる者もいるほど深刻だ。

 だから酒場に張られる依頼書は常に同業者同士の奪い合いだ。


 こういうとき冒険者は信用と効率性ありきと気付かされる。

 信用のおけない悪名高い冒険者や、過去に大失態をやらかしてブラックリスト入りを果たした冒険者などは雇用主から敬遠されて仕事を請け負えないし、不人気クラスや趣味クラスで構成された効率に欠けるイロモノパーティーは、どんなに仕事を欲してもクエストを回してもらえない。


 そういう意味では僕らのパーティーは幸運だ。

 ギルド酒場の経営者リップルさんに気に入られて、冒険者ギルド直営店から定期的に仕事を回してもらえる専属冒険者になれたのだから。


 こういうのは媒介契約の中継ぎを行っている直営店が依頼主に「このパーティーは信用できてオススメでっせ」と薦めて仕事を優先的に回してくれるパターンが基本だけど、直営店が直に発行しているクエストを店主が依頼人となってオキニのパーティーに依頼するケースもある。


 僕らの場合はリップルさんの専属冒険者としてクエストを請け負う後者だ。

 リップルのママさんに気に入られるとはさぞかし優秀な冒険者なんだね。

 なんて何も知らない同業者に言われると実は割とつらい。


 なんせ僕らはまだ駆け出しから卒業したばかりのDランクなんだもの。

 ぶっちゃけまだまだ泡沫冒険者とか雑魚パーティーとか言われる段階。

 ちょっと背伸だけで中難度モンスターに出くわして全滅する危険な年頃。

 また、自身の限界に心が折れていつ引退してもおかしくない選定時期。


 Dランクってのは冒険者業界で最も脱落者はいぎょうが多い段階といわれている。


 ここから頑張ってキャリアを積んでCランクに駆け上がることができれば、ギルドから『これでキミも今日から立派な冒険者』と太鼓判を押されて一人前と呼ばれる段階に入れるわけなんだけど、そう簡単にいかないのが世の中。


 冒険者として生きる者の第一の壁といわれるくらいCランク昇格への道は険しく、仕事にあぶれやすい最近は相対的な意味で昇格条件が厳しくなった。


 ちなみにBランクに昇格するとプロフェッショナルとして冒険者界隈でも羨望の対象になる段階になり、魔王討伐に成功したものにのみ贈られるAランクの称号なんかになるともう現代では神の領域。


 冒険者ギルド発行の新聞を見る限り、ここ最近でBランクへの昇格を達成したパーティーは1つか2つ。大陸全体の冒険者ギルド登録者をして年間でこれだけなのだから、現代でBランク以上になるのがとてつもなく至難であることは察して余りある。

 

 魔王や上級モンスターがゴロゴロいた大戦時は、脱落者や戦死者が多い一方で経験値稼ぎの機会も多く、デビューから1年でBランクやAランクへの昇格も珍しいものではなかったそうだけど、魔王がいなくなった現代では一年かけてCランクからBランクへの昇格すら難関の狭き門。冒険者家業を二年やってやっとDランクになったばかりの僕たちには雲の上のお話だ。


「この一週間ずっと素材調達とか害獣退治のミニクエストばっかりじゃないですか。こう毎回のように小銭稼ぎじゃ飽きますよ。森や山に行って素材アイテムをとってこいとか、指定の雑魚モンスターを一定数狩ってこいばかりじゃ、イマイチこう気が乗らないのばかりというか、ぼちぼち愛と勇気とドキドキわくわくな大冒険に餓えてきたというか」



「お使いクエなんかより、もっと冒険者らしい仕事が欲しいと?」

「ありていに言えば。ほら、この前の第一次探索隊みたいなやつ」


「贅沢ね。あんな大きな仕事はそうそうくるもんじゃないわよ」

「ええ、分かってます。僕らが例の件で選ばれたのはコネのおかげだって」


 実際、あの抽選会で僕らが仕事をとれたのはリップルさんとの縁のおかげ。

 リップルさんと同郷でなかったらケンモホロロで落選していただろう。

 あんな美味しいクエスト、そうそう頻繁に請け負えるものじゃない。

 贅沢なのは分かってる。でも僕はあのときみたいな冒険がしたいんだよ。


 ぐびっ。ぐびっ。ぐびっ。


「ぷはぁ……フォートリアでの冒険が早くも懐かしいよ」


 つい一週間半くらい前に僕たちは南方で大きなクエストを成功させている。

 数多のライバルたちとの血で血を洗う抽選たたかいで勝ち取った大冒険。

 僕らが向かったのは大陸南方にある聖天樹の国フォートリア。

 猫獣人キャットテールとエルフが住むこの地には古い伝説があった。


 千年もの昔、このフォートリアがまだエルフと獣人の小規模な集落しかなかった時代、この南方の地に迷宮王を名乗る大魔王が闇と共にやってきた。


 迷宮王ミノスは自ら設計したダンジョンを彼の地に顕現させ、大陸中の冒険者に「この迷宮を攻略できるものならやってみろ」と挑戦状を叩きつける。


 幾度も突入と撤退が繰り返された壮絶な戦いの末、ついに冒険者たちは迷宮王のダンジョンを完全攻略し、ダンジョン最深部で待ち構えていた大魔王ミノスもまた、勇者テーセウスと聖女アリアドネの活躍によって唯一の弱点である眉間を棍棒で割られて退治されたと伝承にはある。


 その後、魔王が去って打ち捨てられた迷宮王のダンジョンは荒廃して森の一部になり、迷宮王の造った施設の残骸と魔力が残されたまま大森林と化した地域は、入り込んだ者を延々と迷わせる迷いの森と化したという。


 それからン百年の月日が経過した現在、迷いの森はなにごともなくこれからも迷いの森で在り続けるものと思われていたが、ほんの一ヶ月近く前に迷いの森に異変が起こった。


 とうに調査済みだった迷いの森の区域に突如発生した謎のダンジョン。

 この未踏エリアの探索が僕たちマウスリバー探検隊の任務だった。

 なんとそこは千年の時を経て復活を遂げた迷宮王ミノスのダンジョン!

 そこからは獅子奮迅の大活躍。伝説の勇者である僕の一人舞台。


 襲い来る迷宮王のしもべを僕が勇者パワーで斬って斬って斬りまくり。

 最深部で待ち受けていた牛頭の魔人にはさすがの僕も苦戦したけれど……

 優秀な仲間たちのおかげで牛頭の魔人はたちまち炎と矢の雨霰に怯み。

 いまだチャンスだ真空飛び膝蹴りとばかりに僕の究極必殺技が炸裂!


 この奥義を僕が勇者の道を目指した原点、聖竜騎士ユートに捧げる。

 唸れ大地! 叫べ天空! 我が聖剣よ! 聖光と成りて邪悪を滅ぼせ!

 喰らえ! うおぉぉぉぉおっ! 超新次元究極星光武神斬グレイテスト・スーパーノヴァ──!!!!


「またビール飲みながら馬鹿な妄想してる。こっちに帰ってきなさい」


 ぎりぎりぎりぎり。


「いててててっ」


 ほろ酔い気分で悦に浸ってたらいきなり誰かに耳を引っ張られた。


「いい気分で先週のことを思い返してたのに、なにすんだよもぅ……」

「どうせ事実を曲げ誇張した妄想でしょ? 現実をみなさい現実を」


 はい、すみません。実際はあんまり活躍できてませんでした。

 ついでに言うと、そのクエストを境に勇者を廃業して転職しました。


「いまのマウスは勇者でもなんでもない一介の探検家エクスプローラー。転職してレベル1からやりなおしになってるんだから、そういう贅沢は下積みからコツコツやりなおしてレベル10になってからにしなさい」


「うぐぐ」


 僕の横で両手に腰を当てながらプンプンしているのはパーティーメンバーのサラ。僕と同じ村の生まれで、この酒場を経営するリップルさんの従妹だ。


 今日はクエストが終わるなり酒場のバイト。

 胸と腰つきを強調するウェイトレス衣装がとても似合っている。


 リップルさんの御贔屓でいられるのも彼女の存在によるところが大きい。持つべきものは権力者の身内。持ってて良かったコネクション。


 さすがは上級クラスの賢者になったリップルさんの血縁者だけあって魔術師の才能が高く、まだレベル12そこそこなのに数多の火炎術を習得した火の玉むすめ。補助魔法のほうはまるでダメだけど、攻撃特化のスキル重視からくる徹底した尖りっぷりにかけては同じDランク冒険者の間でトップクラスのヤバさと一目置かれていたりする。


 そのヤバイがどういう意味を指しているのかは詮索しないほうがいい


「いい? マウスは探検家に転職して日の浅いレベル5なの。こんな状態で強めの魔物退治なんかに行ってみなさい。大型のグリズリーに出くわしたら頭から丸齧りにされるわよ。そうでなくてもアタッカーの勇者がいなくなって火力低下が問題視されてるってのに」


 ぐいッ!


「だからなんでそこで耳を引っ張る!? エルフになったらどうする!」


「壮大な冒険を追い求めるのはいいけど身の程を弁えろって言ってんの」


 そんな特性だから性格も沸点の低い瞬間湯沸かし器。

 言葉と一緒に手が出るタイプだから気性難で手に終えない。


 そう言うならそっちが穴埋めに魔法系の前衛に転職すべきだと思うんだ。魔術師なのに初期ステの筋力は僕以上で、今も自然成長で筋力UPしてんだし。


 魔法剣士とかいいよね。魔術師からの転向組はそれなりにいるし。

 となると装備はやっぱり女戦士の様式美ことビキニアーマーだよね。

 いやいや、ここはリップルさんリスペクトでバニー服というのも……


 ポカリ。


「あいたぁ。まだ何も言っていないのに!」

「なんか知らないけど強烈な邪念を感じたから殴った」


 これだから女のカンってのは……


「相変わらず仲いいわね」


 呆れたような冷やかすような顔のリップルさん。


「マウスくんが不満を言うのも分かるわよ。大きな仕事をこなしたあとに更なるステップアップを目指すのは冒険者のサガだもの。そういう向上心は大事。でもね、上ばかりに気を取られて地固めをおろそかにしているのはダメ」


「そうそう。おにぎり教官も言ってたじゃない。Dランクになりたては特に勘違いを起こしやすい危険な時期。ランクアップに焦りすぎると思わぬところで躓いたり踏み外したりで大怪我するわよ」


「はい……」


 出たよ。リップルさんとサラの挟み撃ちお説教タイム。

 こうやって従姉妹同士が並ぶと十歳差でもほんとソックリだなと思う。


「冒険者というとすぐ大型の魔物退治やダンジョン攻略ばかり目が行くけど、調達クエストや雑魚狩りクエストも大事なお仕事なのよ。下積みの安い仕事と侮るけど、あれには冒険者に必要な基礎を学ぶいろんなものが詰まってる」


「それ、教官も言ってました。最近はヒャッハー狩りだけで経験値を稼いでCランクを目指す輩が増えていますけど、ああいうのはダメなんですよね?」


「ダメね。ダメダメ。冒険者は多種多様な環境を生き抜くサバイバル能力を鍛えてなんぼよ。盗賊イジメだけなら騎士団でも出来る。ああやって環境対応能力の鍛錬をおろそかにしたまま盗賊団ばっかり相手にしていると必ずどっかで痛い目にあうわ。環境が激変した途端にコロっていくわよ」


「Eランクは基礎を学べ。Dランクは基礎を固めろの精神ですね」


「そういうこと。大きな仕事を回してほしければ下積みを重ねなさい」


「うぐぅ……」


 正論すぎて反論の余地が無い。


「おまたせしましたー♪ フィッシュ&チップスになりまーす☆」


 お説教中、ウェイトレスが山盛りのフィッシュ&チップスを持ってくる。

 香辛料をびっちり聞かせた川魚のフライ。これがまたビールに合うんだ。


 大陸内部の王都周辺は海産物には恵まれないけど、西南の海洋都市と繋がる運河ではフナ類、北のホーリーレイクと連結した河川ではマスなどが取れるので川魚が美味い。ちょっとした泥臭さや苔臭さに慣れさえすれば香辛料まみれの揚げ物以外も愉しめる。


「あの、掲示板にある第三次探索隊の募集ってダメですか? 迷宮王のダンジョンの第二階層が解放されたから調査員を募集しているってアレ」


「Bランクが最低条件って書いてあるでしょオバカ」

「あなたのレベルだと第二階層に入った瞬間に死ぬわよ?」


 デスわよねー……


「あっちは慌てる必要は無いわよ。ほっとけばそう遠くないうちに全ランクの冒険者に攻略依頼が出る予定だから。それまでじっくりと鍛えればいいの」


 リップルさんは僕を諭すように言いながらグラスに水を注ぎ、


「だけど連日のようにミニクエストばっかりじゃ飽き飽きってのも分かるわ。んでさ、明日の採取クエストが終わったら、また追加で新しいサブクエストを押し付ける予定なんだけど、やっぱりイヤ?」


「正直に言わせていただければ、そろそろ大きな仕事が欲しいです」


「言うと思ったわ。だったら勝負してみない?」


「勝負?」


 コトンとカウンターに置かれる水入りのコップ。

 リップルさんはさらにその横に大量の金貨を無造作に並べた。


「勝負の内容は簡単。酒場でよく見かけるコイン落としのゲームよ。なみなみと水の入ったコップにコインを交互に入れて表面張力の限界を越えて水を溢れさせたほうの負け。もしマウスくんが勝ったら、おねーさん考えを改めて冒険らしい冒険のクエストを回してあげてもいいわよ」


「僕が負けたら?」


「これからもいつも通り、規模の小さい雑用クエストをこなしてもらうわ」


「乗った!」


 フッフッフッ、なかなか面白いゲームを仕掛けてくるじゃないですか。

 でも残念。僕はこのコイン落としのゲームにはかなりの自信がある。

 酒場のオッサンたちと飲み代を賭けて鍛えに鍛えたこの腕前。

 賢者リップルさんにとくと披露してみせましょうじゃあーりませんか!


「先行はマウスくんでいいわよ。ではいざ尋常に──」

「勝負ッッッ!!!」


 ……もうみなさんお気づきだとは思いますが。


 この数分後、僕はコイン落としでリップルさんに惨敗する。


 僕は勝負に浮かれてて完全に忘れてたんだ。彼女の過去の事を。


 邪竜王を倒したパーティー『どらごんすれいやー』の知恵者リップル。

 魔術師系最上級職のひとつ『賢者』に成れた王都が誇る大魔術師。

 そこまでは王都ギルドに登録している冒険者ならみな知ってる基本知識。

 ただ彼女のことを良く知る者は、賢者としてリップルさんを見ない。

 賢者に転職する前のリップルさんが彼らにとってのスタンダードだから。


 八年前当時の僕は、まだ郷里クニからまともに出られない小僧だったから詳しいことは知らないけど、なんでも若い頃のリップルさんは王都のカジノ界隈では物凄い有名人だったらしい。


 誰がそう名付けたか知らないが、

 カジノの関係者や客たちは若き日のリップルさんをこう呼んだという。


 ── 人喰いウサギのリップル ── と……

本日、ついに総合評価200ptを達成しました。

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