villages in the countryside ~サブクエ・村おこしをしよう2~
「あっはっは! いやあ たしかに 広場の石碑とは ちがいますな。
ですが 村のためには こんなものは あってはならないのです。
こんなもの あっては ならないんですよ……」
【黒木勇斗語録・ドラゴンクエスト7 レブレサックの村長】
俺と嫁さんが生まれるずっと以前。
村長がまだ一介の冒険者としてバリバリの現役だった当時から。
この村は王都を拠点にする駆け出しの冒険者たちの憩いの場だった。
冒険者の重要拠点である王都グローリアに程近い場所にあるこの村。
王都北門から街道に沿って三日も歩けば到着可能な便利なアクセス。
村周辺には適度な低級モンスターが徘徊する洞窟と森林が存在して。
ちょっと勇気を出して遠出すれば初級難度の古代遺跡もあったりする。
周辺に出没するモンスターは推奨レベル1-3の雑魚ばかり。
野生モンスターに慣れたら次は古代遺跡で魔法生物や不死族で腕を磨く。
訓練所を卒業したばかりの連中にはいい腕試しになる相手ばかりだ。
ただ、あまり遠出すると図に乗った駆け出しを壊滅させる中難度クラスのモンスターが出るが、それらを含めて駆け出しが冒険者として今後も続けられるかどうかのふるいになる。
基準として、森林深奥に潜む灰色熊、洞窟最下層に生息するゼラチンマスター、古代遺跡を彷徨うレイス、このあたりを四人パーティーくらいで倒せるようになれば駆け出し卒業。晴れてFランクの駆け出し冒険者からDランクの初級冒険者に昇格が決まる。
だから駆け出しのチュートリアルとして、この村は昔から重宝されてきた。
水や食料が調達できる道具屋。夜を安全に明かすことができる宿泊施設。
初心者に優しいお手頃価格な武器防具屋。忘れちゃいけない冒険者の酒場。
これらが近場にあることは旅にまだ不慣れな冒険者には重要なことだった。
小規模ながら冒険者ギルドの出張所が設置されているというのも大きい。
この村にニ週間くらい滞在して周囲探索エリアをすべて探検しきれば、冒険者として必要な基礎がだいたい仕上がるといわれている。
ユートや俺もそうだった。
まずこの村の周辺で経験を積んでから王都を目指した。
それくらい八年前くらいまでは、ああああ村はデビュー間もない駆け出し冒険者にとって、いたせりつくせりの中継地点であり、冒険者の基礎を鍛える実戦訓練の場であったのである。
そういった需要があったおかげで、この村は王都の冒険者ギルドに登録した駆け出し冒険者がまず最初に向かう場所として、長年に渡って安定した収入を保証されてきた。
宿屋も酒場も道具屋も武器屋も防具屋も、冒険者たちのおかげで潤った。
ここは温泉宿みたいな特別な観光資源に恵まれず、見目麗しい観光地もない。村の自慢の特産品といえるのは大昔から栽培している林檎だけ。
あとはせいぜい百年前に当時の王様が趣味の狩り用に村の裏山に放牧して、そのまま野生化させて害獣にしてしまったグローリー山羊から得られる角や毛皮を素材にした装備品、それと副産物で発展した山羊料理のレパートリーくらいで、これらも村に駐屯する冒険者をほどほどに喜ばすことはできても、一般の観光客を遠方から呼び寄せるほどの力は無かった。
だから魔王たちが去って、奴らが使役していたモンスターの数が大陸全土で激減し、需要の無くなった勇者職を筆頭とした冒険者の大量リストラが発生した日を境に、駆け出し冒険者の存在が収益の主力だったああああ村の基盤は、存在意義そのものの根底から瓦解した。
それでもなんとかやってこれたのは、ひとえにユートの偉業のおかげだ。
とりたてて特色の見当たらない辺鄙な村に輝く邪竜退治の錦。
聖竜騎士ユートが最初に訪れ、そして旅の終わりに訪れた地。
彼はこの地に魔王退治に使った装備一式を聖遺物として残して去った。
まぁ、月並みっちゃあ月並みな英雄譚だが、実物があるとやっぱ違う。
魔王討伐成功で大陸中が色めきたっていた時期は集客もなかなかだった。
魔王退治の伝説装備を一目見ようと多くの冒険者が訪れて村も儲かった。
だが──
やはり人というのは熱しやすく冷めやすい生き物だ。
「村長、聖竜騎士記念館だけで観光名所やってくのはもう限界と思っていい。むしろ今の御時勢でよくここまで客寄せ看板になってくれたとユートの遺産を褒めてやるべきだ」
アレはもう客寄せの旗印としては限界にきている。
ユートが元の世界に帰ってほどなく、村役場の勝手な判断で聖竜騎士記念館の建築が決まったとき、その話を聞いたリップルは俺にこう言った。
アイデアは悪くないし装備の現物があるなら集客は見込めるでしょうね。
ただし、勇者が勇者様として祀り上げられている間だけ。いいとこ五年ね。
だって神都で展示するならともかく、あの村は立地条件が悪すぎるもの。
「そもそもユートの知名度は低い。聖竜騎士でありながら聖竜神のお膝もとの神都では不人気で記念碑のひとつも建ててもらえない、そんなイレギュラーな勇者様だ。村長だって分かってるだろ? ここにくる観光客が聖竜騎士記念館に訪れる理由は、王都にある『光竜騎士聖廟』の観光ついでに見とくか程度だってことをよ」
現実は厳しい。
聖竜騎士記念館が王都よりもずっと離れた場所、聖竜神信徒の覆い神都ホーリーレイク近郊にあれば違ったのだろうが、この村はユートよりもずっと知名度がある伝説の光竜騎士ディーンが祀られている霊廟の近くにあるのだ。
聖王ベリア以来の大勇者にしてグローリア王家の第一王子の霊廟だから金のかけ方も違うし、あっちは最強パーティ『トワイライト』関連の博物館も完備。そりゃあもう観光名所としての格が違いすぎるってぇもんよ。
霊廟の観光を楽しんだ観光客が「こっちにも神竜騎士ゆかりの地あるんだ」って軽いノリで立ち寄るのもやむなしなのである。
「もともとユートの七光だけで村おこしするってこと自体にムリがあったんだよ。この村は初心に帰って林檎農家からやりなおすべきだ」
「ならば用済みと記念館を閉鎖して彼の聖遺物を神都に売り払うかね?」
「それは絶対にやめておくべきかと」
村長の老害の意見を尊重した言葉に異論を申し立てたのは嫁さんだった。
「あの聖遺物は大金を重ねられても手放すべきではありません。昨年に亡くなられた占い師のオババさまも言っていたではないですか。あの鎧は聖竜神の加護を受けた聖鎧。神竜の鱗を素材に用いたそれは、いわば聖竜神の御神体も同然の存在であり、そこにあるだけで聖なる加護を村に与えてくれるのだと」
「言っておくが、アレを手放したらどんなバチがフルコースで降ってくるかわかんねぇぞ。金運上昇とか豊作祈願とかの目に見えて分かりやすい御利益じゃねーからパッとしねーけどよ、聖竜騎士装備を祀ってからモンスターや魑魅魍魎の類の襲撃は激減したし、付近の村々が悪疫や災害にやられたときも、うちの村だけは被害が最小限で済んだ。あれは存在自体がかなり強力な魔除けだ。それを売ろうだなんて、あの老害どもはそんなに村を滅ぼしたいのか」
「というよりも、彼らの心が邪悪だから聖鎧を遠ざけたいだけなのでは?」
「言うねぇ~っ」
どのみちアレには大賢者リップルによる盗難防止用の強力な結界が張ってあるから、当人を呼ばないと動かすのもムリだけどな。
「つまり記念館は残す方向にしつつ、村の再興は基本から見直したいと?」
「俺としてはその方向で行きたい。あとな、土産物にしてる聖竜騎士まんじゅう、あれボッタクリにもほどがあんだよ。サイズちっちぇえし餡の味もうっすいしデザイン手抜きだしよ。ペナントとか木刀とかも誰得なんだよ。土産物関連は一度全面的に見直すべきだな」
「もういっそのこと教皇様に頼んで神都から聖遺物の管理人を派遣してもらっては? 記念館を神殿に改築して祀る方向にすれば、維持費は神都のほうが払ってくれるでしょうし、向こうからやってくる巡礼者の宿泊需要が見込めるかもしれません」
「農林部の意見に賛同するのはシャクだが、林檎畑の改善は俺も賛成だ。村おこしのとき記念公園を造るために一区画を潰したのは悪手だったな。あれのせいであちこちの林檎の樹の根が傷んで、連鎖的に全体の半分が弱っちまった。来年度予算を林檎畑の保護と拡張にかなり傾けねぇと、あとあと絶対にヤバくなる」
うちは麦畑さえ無事ならそこまで深刻のことにはならないけど、やっぱ村のメイン産業は林檎だ。これがやられると村全体が痛い。
さらにこれから冬だ。
ビールマイスターが秋の春大麦の収穫からずっとフル稼働の大忙しになる一方で、他の農村部は冬麦の仕込が終わると暇になる。
つまりは収入面も秋の終わりを皮切りにガクンと落ちるわけで、村における冬場の収入はビールと観光資源頼みになる。
林檎の収穫が芳しくなかった分、これがコケたらもうヤバイ。
「あと、これはわたしがリップルさんに勝手に相談して受けたアドバイスなのですが、うちの村はもともと林檎農業が主力。果実そのままを王都へ輸出するだけでなく、加工食品をもっと増やし、百年以上の歴史を持つ村の林檎商品を村のブランドとして王都に売り込むべきです」
「リップルらしいアドバイスだな。たしかにうちは特産品の林檎を長年そのまま王都に卸してるもんな。村で加工して商品化するならジャムに菓子に酒と加工の用途はいろいろある。それには工場施設の建築と専門家の協力が不可欠だが、少なくとも記念館おったてるよりは実用的だな」
先行投資にカネがかかるし利権問題も絡むから老害どもが全力で邪魔しそうだがよ。
「工場を建てれば加工食品を生成する作業員として村の若者たちを雇い入れられますし、結果的に彼らを村に留まらせることが出来ます。それもなるべく好待遇であるべきでしょう。メイプル村のように大地主が低賃金で村人をこきつかってメープルシロップの王様商売を続けた結果、最終的に顧客からソッポを向かれ、従業員にも逃げられて首をくくることになるのは避けたいですから」
ああ、メイプル村の凋落は酷いもんだったな。
王都で数少ない甘味料生産場なのをいいことに長年専売公社で価格操作を好き放題やって、顧客の足元を見た嘗めた商売を続けてたら、魔王が去った途端に街道の治安がよくなって、西から安価な砂糖が安定供給されるようになってシロップの価値が大暴落。
一山越えた先の養蜂で生計を立てている村々も安価な砂糖の流入でそこそこ打撃を受けたが、あっちは良心的な経営で王都からの信頼も厚く、消費者の固定ファンも多かったため、王都が率先して蜂蜜酒の増産などの後押しをするなどの手厚い保護を行ったので被害を最小限に抑えることに成功している。
気分はまさに御伽噺に出てくる正直ジイさんと意地悪ジイさん。
あこぎな商売は身の破滅を招くいい典型例だよなマジで。
ここで村の若い衆が村の危機を察して事業の改善を申し立てたらしいが、老害の地主どもが利権を手放さず暴利な王様商売をやめられず自滅。若者たちはやってられないと村を出て財源の森は荒れ放題。
んで地主どもは特産品の価値暴落のショックで次々とポックリ。
カエデの森を牛耳っていた村長も昨年初めに自分の森で首を吊った。
近年、ヒャッハーどもの増殖のせいで西方の砂糖が入荷しにくくなってメイプル村のメープルシロップが再評価され始めたけど、村は廃村寸前で財産であるカエデの森を手入れする者もおらず、時すでに手遅れ。
最近、地主の一族から荒廃したカエデの森を高値で買い取った物好きな事業家が現れたらしいが、たぶんその事業家ってリップルのことだと思う。
なにせメイプルの村はアイツの故郷だからな。
村の象徴を買い取って保護したのは、彼女なりの郷土愛なんだろう。
もちろんメープルシロップの事業でボロ儲けも企んでいるんだろうが。
「重ね重ね他人事じゃねーよな」
「ええ、明日は我が身ですよ。あなた」
正論を叩き込む俺たち夫婦。
かなりキツイ言い方になってしまったが、これも村の事を思ってのことだ。
その間、村長はじっと俺たちの言葉に耳を傾けて終始無言だった。
「……おにぎりくん、むぎむぎ……君たちの意見の返答の前に、まず話しておかねばならないことがある」
俺たちが言いたい事を言い尽くすと、一分ほどの静寂のあと、村長は頑なに閉ざしていた口を小さく開いた。
「これは君たちに告げると大反対されることが分かっていたので、定例会議終了まで秘匿にしておこうと二人に知らせなかったことなのだが……」
言葉の節々に含まれる申し訳ないという謝罪の意。
「先週にあの三人から新たな村おこしの企画書を提出されてな、まだ準備段階で表立っての活動は行われていないが、彼らの独断で第二の村おこし企画が村の内々で実行に移されつつある」
あの老害どもが? あいつらまた権力をカサに勝手なことを……
「なんだよその第二の村おこしって?」
「正直、嫌な予感しかしませんけど」
気分の悪い空気だった。
冒険者なんかやっているとどうしても第六感が冴えてしまう。
一種の虫の知らせみたいなものなんだが、早くも俺は察してしまった。
最低の企画が俺たちの知らないところで秘密裏に進められていることを。
「それはな、この村で誕生した新たな聖竜騎士様を神輿に担ぎ、村総出で偶像崇拝化させようというものだ。ユート殿の記念館は一度取り潰し、新しく彼女の記念館に改築する予定だそうだ」
「おい……」
「おじいさま……」
俺も嫁さんも開いた口が塞がらないといった顔で村長を凝視した。
それは──
俺にとって、ユートにとって、否、邪竜王退治を果たした俺たち『どらごんすれいやー』全員にとって、決して許しちゃいけない悪手の悪手の大悪手。
この村で生まれ、この村で育ち、誰からも愛される、パン屋の看板娘。
純粋無垢で、少しばかりあぶなっかしいが、そこがまた愛らしい少女。
俺もユートも、リップルもタマも、あの子の笑顔を守るために戦った。
そんな彼女を、聖竜騎士ユートに憧れ、恋に恋した夢見る乙女を……
「魔王を倒した英雄ユートの威光で儲けられなくなったから、今度はあの子を食い物にして搾りカスになるまで儲ける腹積もりだってか?」
自分でも憤怒で声が震えまくっているのが分かった。
言葉を失うほど怒り狂っているのは嫁さんも同じだ。
むぎむぎはあの子のことを実の妹のように可愛がってたからな。
彼女を大人の損得勘定に巻き込んで玩具にするなど許せるわけがない。
それが分かっているからこそ村長はギリギリまで黙っていたんだろう。
会議前に知ったら、たぶん俺は奴らをくびり殺していただろうから。
「キミたちが今、怒りに震えながら考えている通りぢゃよ。この時代に降誕した唯一の神竜騎士。この村の看板娘である聖竜騎士【もりそば】を、我が村は全力でバックアップし、救世主アイドルとして世間に売り込み、神輿に乗せて祀り上げる。グッズの試作もすでに進行中だそうだ。すべては村のため。新たな観光資源のため。そう彼らにいわれてはワシも断れんかった」
その日──
「っざけんなぁぁぁぁああああぁぁぁぁッッッッッ!!!!」
俺は本気でキレた。