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I got tickets yesterday. ~舞台裏・ガッサー編その4~

「俺は正義の味方でもなければ、自分を「英雄」と名乗った覚えも無い。

 俺はただ、自分が信じる者のために戦ってきた。

 …俺は、悩まない。 目の前に敵が現れたなら…叩き斬る…までだ!!」


【黒木勇斗語録・ロックマンゼロ4 ZERO】

 お前たちは神竜騎士というモノを嘗めすぎている。

 地属性の魔法とスキルを封じる木属性の牢獄に閉じ込めれば安泰?

 地竜神から賜った神器の大槌を没収すれば無力になると思ったか?

 武器も鎧もスキルも奪われた俺を取るに足らない囚人と甘く見るか?


「ドンブリを返すぞ。少しばかり食後の運動をするから片付けてくれ」


 だとすれば、それは大きな間違いだ。

 神竜騎士は神竜から竜の力を分け与えられた人ならざるモノ。

 竜の膂力は人間は当然としてオーガやドワーフすら凌駕する。


「食後の運動?」

「なぁに、つまらぬ大道芸だ」


 そのことは聖竜騎士と共に冒険をした貴様がよく知っているはずだ。

 平均的な人間の体で自身の身長に等しい巨大剣を振り回していたあの男。

 あの聖剣は青年期の今でも明らかに骨格と筋肉量にそぐわない剣だった。

 現在よりも幼い体躯だった少年期はさらに剣が巨大に見えたことだろう。

 少しでも運動力学を知る者なら常識的に有り得ないパワーだと察するはず。


「この樫の木で作った格子。古典的な木組みだが柔軟性と強度は申し分ない」


 俺は両手の掌を木の格子に当てて前に押し込む構えをとる。


「釘の一本も使わない組み立て建築ながら、これだけ徹底してワニスによる防腐処理と材質強化を施せば、力自慢のドワーフとオーガでも素手では簡単には破れまいよ」


 メキリ……メキリ……


「しかしながら、地竜騎士の俺を閉じ込めておくには」


 メキリ、メキリ、メキリ──


「いささか材質と構造に問題があるようだな」

「わぁお」


 俺がやろうとしていることを即座に理解したのか、彼女の尻尾が逆立った。


「噴ッッッッ」


 俺は力んだ。

 両手を伸ばし、頭を下げ、地を踏み、全身の筋肉という筋肉を爆発させた。

 技も術も知恵も必要ない。

 力みにとってパワー以外のものはすべてが不純物。


「お前のお仲間だった聖竜騎士は八年前にこんなことを言ったそうだな」


 ビキィィィィッッッッ!

 まず最初に破損したのは縦の木材と横の木材を接続する仕口の部分だった。


 ビキッビキッビキッ。

 続けてささくれ立つ異音を奏でながら格子が徐々に湾曲していく。

 俺の腕力任せの押し出しに耐えられず、格子が接続部から外れていく。


「人間はドラゴンには勝てない。だったらドラゴンそのものになればいいと」


 両腕と背筋と下半身が総出で生み出すパワーの反作用に耐えられなかったか、次に破損を開始したのは支点となっていた足元の厚い床板だった。 


「あの男の言うことももっともだ。竜は竜だから強い。なら、竜を倒したいのなら自分も竜になればいい。神竜騎士は程度の差こそあれ奴の言葉の体現だ」


 俺には光竜騎士ディーンのようなカリスマも華もない。

 俺には闇竜騎士アハトスのように魔王すら欺く器用さがない。

 俺には聖竜騎士ユートみたいな狂気じみた中二心や浪漫主義がない。


 泥臭く地味を極め、地属性ゆえかどこまでも特色が薄く目立てぬモグラ。

 そんな俺にもひとつだけ奴らに負けない芸がある。


「お前ら柔軟性と俊敏性特化の猫族には理解しがたいことだろうが」


 ディフェンダーを究めるためにひたすら鍛え続けてきたこの筋力──!

  

 超重量の大鎧を着込むために鍛え上げた筋力。

 鈍重ながら強力な大槌を振るうために重ねてきた筋肉。

 盾役に相応しい堅固な肉体を造る為に張り合わせてきた筋量。


 重装備を支えるには強靭な骨が要り、骨を支えるには高密度の肉が要る。

 筋肉に愛されたパワー型はなにもアタッカーだけの専売特許ではない。

 ディフェンダーもまた己の肉体を頑丈にするために肉の理を探求するのだ。

 そこに竜気という可燃物を加えれば、肉は竜を越えるナニカに変貌する。


「常軌を逸した超剛は剛を制し、敏を征し、柔すらも逝すると知れ!」


 最後まで木工ギルドの意地を支え続けていた格子の継手が砕けた瞬間──


「うわっと!」


 化け猫が慌てて横に飛び退き、


 ズゥゥゥゥゥゥゥゥン……!


 二秒遅れて、俺の行く道を塞いでいた樫の格子が丸ごと前倒しになった。


「はぁ~、すごいね~。ユートくんでもこんな芸当は無理なんじゃないかな」

「フン。その気になればこの程度の牢獄、素手でいつでも破れた」


「ユートくんにやられた傷、どうやら完全に癒えたみたいだね」

「ここのクソ不味い薬膳ずくしのおかげでな」


 コイツ、これだけのものを目前で見せてなお、臆しもしないか。

 気に入らないな。その最初から読んでましたといわんばかりな余裕が。

 

「この状況、少しばかり俺のほうが有利のようだな」

「そのようだね」


 なんなく牢から脱出する俺と、それを止めようともしない化け猫。

 相手は退いた状態から動かない。隠し武器を取り出す気配はない。

 本当に丸腰で来ていたのだなと感心する一方で危機感の無さに呆れる。


 この状況ならいつでも貴様の首根っこを掴んで人質に出来るぞ。

 そういったニュアンスを含めて威嚇をしたが、暖簾に腕押しだった。

 手ごわい。どれだけの手札を隠し持っているのか予測が付かない。

 こいつに直接仕掛けるのは危険だ。そう俺の歴戦のカンが告げている。


 そこらの脱獄囚ならここで国家元首を人質にして逃げるのだろうが──


「これからどうするのかな?」

「脱獄成功でも恩赦が出るのなら、このまま帰らせてもらうが?」


 俺は素直に、愚直に、真っ直ぐに、正面から監獄を出ることにした。

 無論、このまま無事に帰してくれるような相手ではないのは承知。


「なんだ今の破壊音は!?」

「御無事ですか聖女様!」

「こいつ! 武器も魔法も道具もなしに、素手で牢を破ったのか!?」


 異変に気付いてわらわらとクロスボウ片手に突入してくる看守たち。

 これだけハデにやらかせば、化け猫が応援を呼ぶまでもなくこうなる。


 緊急で駆けつけた看守は六名。全員が武装済み。武器はクロスボウ。

 鏃は鉄製。毒物などの薬品使用の形跡はなし。爆裂弾の仕込みもなし。

 通路は非情に狭く、直立で構える三名と片膝をつく三名での陣形。


 この牢は位置的にドン突き。

 俺はすでに牢から離れ通路の中にいるため、撃てばほぼ確実に当たる。

 距離的にもう化け猫を捕まえて盾にする策はとれない。


「………………」


 ──なんら問題はない。


「あ~、ダメダメ。構えるの中止。やるだけ無駄にゃ~っ」


 威嚇射撃抜きで俺に集中砲火しようとする看守たちを化け猫が止めた。


「交渉相手に死なれては困ると俺を気遣うか?」

「まさか」


 慧眼だな。

 気遣ったのは俺の身の安全ではなく看守たちのほう……というわけか。


「フォートリアは先の大戦の傷がまだ癒えてなくてねー、特に戦後に集めた新兵の練度がまだまだでさ。ここで若手を沢山潰されるとこっちが困るんだよね。どうせここで一斉射撃を命じたところで、キミなら伝説の異邦人『武蔵坊弁慶』よろしくに矢に撃たれながら前進して、ハリネズミみたいな姿で看守たちを千切っては投げ千切っては投げをするのは目に見えてる」


「眼球か口を狙ったヘッドショットなら一縷の望みはあるぞ」


「そうでなくてもキミは筋力ガンぶりの肉の宮。さらには防御力強化スキルを複数持ちのディフェンダー。そこからカチンカチンな地竜の竜気で上乗せガードされたら、官給品のクロスボウのバネと鏃じゃとても致命傷を与えるのは無理だね。眼球狙いだって標的が棒立ちならともかく、両腕で顔を庇いながら動かれればそれで御破算。腕と腕の隙間を縫うのは彼ら若手じゃとても不可能」


「勉強しているな」


「身近にキミに匹敵する神竜騎士が一匹おりますからにゃ~」


 この化け猫はこれから起きる無惨劇を的確にシュミレートしていた。

 実際、こいつらが俺に矢を放っていたら、間違いなくそうなっていた。

 八年前に地竜神から与えられた『超頑強スーパーアーマー』のディフェンダースキルは、痛打の怯みを無効化し、慣性によるノックバックも軽減する。


「なんでキミが皆から『鉄人』と畏敬されるのか良く分かったよ」


 持ち前の筋肉、スキルによる防御力強化、竜気による結界という三層の壁。

 たとえ生身であろうと、俺の肉体はそこらの金属鎧よりもずっと堅い。

 ボウガンの矢ぐらいなら百本撃たれようと物ともしない。


 伝説の異邦人『武蔵坊弁慶』さながらか。

 言い得て妙だな。立ち往生する気はさらさらないが。


「どうする? この監獄にいる警備兵全てを集めて緊急配備するか?」


「いや、たぶんこの監獄にいる兵力すべてを動員してもキミは射殺せない」


 フォートリアは『黒焔王』『鉄騎王』の二大魔王の侵攻で多くの兵を失った。

 とりわけ聖天樹の森の焼き討ちを行った『黒焔王』との戦いは熾烈を極め、戦中に練度の高いベテランのレンジャーの多くが山火事で戦死したという。


 兵士の育成と再編成というのはどうしても時間と金がかかるもの。

 そのせいか現在のフォートリアの正規レンジャー部隊は基本的に十代の若手で構成され、全体を見ると実戦経験不足で密猟者の掃討に手を焼くくらい著しく練度が低い。


 ここの看守と警備兵の状況も似たようなものなのだろう

 もとより相手は勝てぬ敵。無駄な犠牲を出すくらいなら最初から攻撃させない。

 さすがは狩猟民族国家の長だ。消耗ばかりの割に合わない狩りは避けるか。


「ただし──足止めなら可能」


 そのとき──


「キミみたいなのを相手にするときは、狙う箇所は膝かアキレス腱に限る」


 チャキッ……!


 俺は看守たちがクロスボウを下方に構えなおす音に気を取られ──


 タンッッッッ……


 化け猫から一瞬だけ目を離すという愚行を犯した。


「!!!!???」


 慌てて視線を戻したときにはもう遅い。

 そのときにはもう化け猫は俺から六歩離れた場所から目前に移動していて。


 ズッッッッッ……!


 一呼吸の間もおかず俺の耳の中に──


「これで条件は五分。いや、きみがおかしなマネをするよりも早く三半規管をコネコネできるぶんだけ、ボクのほうがちょっとだけ有利かにゃ?」


 さきほど使い終わった割り箸の先を鼓膜スレスレの位置まで忍び込ませていた。


「お前……本当にドルイドか?」


 防御力に特化した盾役は裸でも堅固。

 皮膚・脂肪・筋肉の三層に守られた砦を外側から打ち崩すのは容易ではない。

 しかし筋肉を鍛えに鍛えた頑強なディフェンダーも内臓だけは鍛えられない。


 耳・鼻・目・口・肛門。

 これら八穴は皮膚・脂肪・筋肉の鎧を通さずに直接内臓を攻撃できる急所。

 意識しにくい部分ゆえ、この辺は竜気のガードもおろそかになりがちだ。

 そこを刺突で狙われ内臓を破壊されれば肉の砦とてひとたまりもない。


「恐るべき速度と手際だな。これまで多くの刺客と戦ってきたが、東方の忍者や山岳の暗殺者アサシンでも、これだけの動きが出せる強者てだれはそうはいないぞ」


「お褒めにあずかり恐悦至極」


 狩猟者プレデターめ……!


 どうする? ここから反撃を試みてみるか?

 この状況なら竜気爆発による全方位吹き飛ばし攻撃が最も効果的か。

 だが、化け猫を引き剥がすのと引き換えに内耳は確実に破壊される。


 たかが割り箸。されど割り箸。奴の腕なら余裕で人を殺せる武器になる。

 運が良くて鼓膜破り。高確率で三半規管の破壊。悪ければ脳をやられる。

 再生リジェネスキル持ちの地竜騎士でも、重要器官の回復には時間がかかる。


 三半規管を破壊されれば立ち上がることすら難しくなるのは必定。

 そうなればレベルの低い看守でも捕縛は容易。その場での処刑も可能。

 もし割り箸の先が三半規管を抜けて脳に達すれば、その末路はお察しだ。

 反撃の意を見せたらコイツは遠慮なく割り箸を脳めがけて突き刺すだろう。

 

「………………」


 盤面は詰み……か。

 やはり俺は現実主義者だな。悲しいほどに。


「交渉の件、もう少し詳しく聞かせてもらおうか」


 反撃後の割の合わなさを予感した俺は、素直に白旗を上げた。


「にゃ♪」


 俺の言葉に化け猫はニコパカと無邪気な笑顔を浮かべ、


「じゃあ場所を変えて、行きつけの酒場で飲みながら検討する?」


 スッと割り箸を耳から引き抜き、ポイと無造作に投げ捨てた。


「昼から酒とは大した御身分だな」

「なにしろこの国の国家元首なもので」


「そういう意味でいったんじゃねーよ」

「まぁまぁ、そう堅くならず。無礼講でいこうじゃあないかチミィ」


 噂に違わず恐ろしい女よ。

 諜報員として海千山千のこの俺を駆け引きで上回るとはな。

 結果を見れば知力でも暴力でも俺は手玉に取られた。


「交渉に応じるとは言ったが、全面的に協力とはいかんぞ」

「そこはいきつけの集会場の酒場でおいおいと」


 ぴょいん。


「おい、なんでいきなり俺の背中に飛び乗る?」

「朝から神経張りすぎて疲れた~。おんぶして運んで~っ」


 なんなんだコイツは。

 先ほどまでの狩猟者の目はなんだったのだと思えるほどの人懐っこさ。

 看守たちの「また始まった」という表情が彼女のすべてを物語る。


「鬱陶しいし暑苦しいし酒臭い。振り落としていいか?」

「その気配が見えたら即座にチョークスリーパーで絞め落とすけどいい?」


 こいつ……

 この子供みたいな行動も計算のうちか。

 防御無視でディフェンダーを無力化できる技術を知り尽くしてやがる。


「国家元首としての公務はどうした?」

「これも公務の一環。僕たちの司法取引はまだ始まったばかり!」


 化け猫は頭も回れば口もよく回る。

 場所替えも単に酒を飲む口実が欲しかっただけとしか思えない。

 どこまでが演技で、どこまでが本気で、どこまでが天然なのか。


「ああ、そうそう。交渉に応じてくれたお礼に僕からのプレゼント」

「なんだこれは?」


 不意に背後から手渡される茶封筒。


「僕もよく知らないんだけど、交渉が決裂しそうになったら渡すといいって友人がくれた魔法のチケット。鯉タイプの神竜騎士に効果バツグンなんだって」


「なんだよ鯉タイプって」


 意味も分からず茶封筒の中身を取り出した俺は──


「なっ……!?」


 広島vs日ハムの日本シリーズ六戦目観戦チケットという有り得ない内容に唖然とした。それも地元広島マツダスタジアム。席も時期的にプレミア中のプレミアのSS指定席。


「こんなもの……いったいどこから」


 まさかコレを手に入れるためだけに、生成に百年かかるといわれる神の石を使って日本へ渡ったバカがいるとでもいうのか?


「僕の友人の聖女で、天空城のプリンセスもやってるエスティエルっていう子なんだけどね、そんな彼女の独自の仕入れルートから。ちなみに朝のカツ丼もきみのいた国の専門店からテイクアウトしてきたやつらしいよ」


 なん……だと……?


「まさかあの聖竜騎士が八年ぶりにこの地にやってきたのも」


「たぶんキミが思っている通り。あの子は神の石なしにこっちと向こうを自由に行き来できる手段を知る唯一の存在。交渉の結果次第では日本に戻してあげるのもやぶさかではないってさ」

 

「………………」


 あの聖竜騎士。俺がポロっと口にした広島カープの話を覚えていたのか。

 おまけにこんなものを仕入れて交渉の釣りエサにしてくるとは。

 こんなもので……こんなもので俺が釣られるとでも……


「そのエスティエルという女に伝えておけ。交渉に可能な限り応じるとな」

「あいよ」


 嗚呼、釣られるよ。一本釣りで釣られたよ。


「まったく……あの聖竜騎士といい、奴のパーティーはどいつもこいつも」


 七年前に邪竜王を倒したイロモノパーティー『どらごんすれいやー』。

 どこまでも底知れぬやつらだった。

○緊急クエスト・『地竜騎士ガッサーの懐柔』(難易度☆☆☆☆☆)


【 クエスト大成功 】 To be continued ⇒

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