Jailhouse Cat & Rock. ~舞台裏・ガッサー編その3~
「ミサイルカーニバルです。派手にいきましょう」
「巻き込まれないでくださいね? ブッパ・ズ・ガン」
「墜ちませんよ…私の鎧土竜は! 最後に生き残るのは…この私です!」
「まだまだ、まだまだで……」
【黒木勇斗語録・ARMORED CORE for Answer PQ】
「僕の気のせいかな? 三界の国交問題にも関わりかねない重要機密を知って、かつ話を断れば身の破滅は確定のこの状況下で、なんか出るはずのない返答が秒で返って来た気がするんだけど」
「オマエの頭部に生えている四つの耳は飾り物か? 猫獣人の聴覚は人間が感じ取れる可聴域に加えて、猫が聞き取れる可聴域をも備え、それぞれが得意とする周波数をそれぞれの耳で感じ取っていると聞いたのだがな。露天街の喧騒の中でもネズミの足音を聞き逃さない大陸屈指の狩猟民族を気取るわりには、言葉の聞き取り能力のほうはたいしたものではないらしい」
「なかなか煽るね」
「悪口だけは一字一句聞き漏らさないのは、どこの世界の女も同じだな」
俺と化け猫がいる監獄内の空気がキンと凍りついた。
今日も朝から蒸すというのに二人の座す空間だけが酷く冷える。
機密事項に関わる話云々に関係なく人払いをしたのは正解だろう。
このゾッとする緊迫感、訓練を受けた看守でも長時間は耐えられまい。
「断る理由は?」
「魔王の手先になるというのが気に喰わん。それだけだ」
「話を受けないなら、キミはこのままここで三百年の禁固刑になるよ」
「俺がおとなしく檻の中で死を待つだけの愛玩土竜に見えるか?」
「脱獄でもする?」
「さぁな。座敷牢での快適な生活も悪くないからな」
「飯以外はね」
「ああ、あの発酵した青汁を煮詰めて固体にしたようなアレを除けばな」
さながら密林の中で見えない無数のゲリラに囲まれているような気分だ。
一歩でも進む道を誤れば即死もののブービートラップの餌食にされる。
昼間なのに五里霧中。いつどこから毒矢が飛んでくるかも分からない。
息を潜めてじっとしていても熱帯気候で体力が奪われる厳しい状況下。
「フォートリアの政治犯や国家反逆者を収監するこのボスニャース監獄、予め言っておくけど脱獄成功率はそうとう低いよ。ほぼゼロに近い」
「ほぼゼロということは脱獄成功者がいるということだ」
「うん、過去唯一に近い脱獄者がこの僕♪ それ以外の成功者の記録は無し」
「なるほど、脱獄は至難に等しいということだけは理解した」
「もうかれこれ九年前になるんだけどさ、うちのお母様って容赦なくてね。いくら退屈な聖女の座を引き継ぐのが嫌で国外逃亡を企てたからって、一国のお淑やかなプリンセス、それも13歳の無力で可愛い愛娘を軍の特殊部隊を総動員して山狩りして捕まえて、反省するまで座敷牢に閉じ込めるとかありえないよね~。監獄に染み付いたメシマズ薬草炒めの残り香を吸うだけで当時のトラウマが鮮明に蘇る……」
「俺のイメージするプリンセスとやらは、軍の特殊部隊を動員して山狩りを行わなければならないくらい神出鬼没でもないし、脱獄不可能といわれるほどの監獄から13歳の身で脱獄したりはしないがな」
「いゃあ~、照れるにゃ~っ」
「ほめてねーよ」
下手な動きが死につながる、視界の悪いジャングルでの駆け引き。
俺が現在置かれている状況はそれに近い。
おまけに目の前のこれはプレデターなみにタチの悪い狩猟者だ。
相手のフィールド内で圧倒的不利だと分かっていても譲歩はできない。
俺を駒に欲しいのならば交渉のアドバンテージは俺のほうにある。
「ここのメシマズに耐えられなくなったら、きみも栄光あるボスニャース監獄の歴代脱獄成功者のリストに名を連ねてみる? 脱獄を成功させたら副賞で恩赦をあげでもいいよ。できるならね」
「まるで脱出ゲームの主催者気取りの口ぶりだな」
「この地属性殺しの監獄をきみがどう攻略するのか興味がある」
「政治犯や国家反逆者の監獄なら、さぞ地竜神派も多かったことだろうな」
やんわりと逃げ道を塞いでくるなコイツ。
脱獄を計画しているんだろうが無駄だぞと暗に言っている。
この監獄の脱獄経験者ならば弱点の右も左も知り尽くしているだろう。
挑発と脅しを兼ねた言い回し。あえて脱獄させようとするフシもある。
迷路箱に入れられた鼠がさまよって右往左往するのを楽しむつもりか。
「地属性魔法を遮断する木作りの牢獄か。床もフローリング。釘のひとつもない。通常の石牢ならいくらでも手はあるのだが、なかなか厄介そうだ」
「そういう風に設計してるからね~。牢は地属性魔法を封殺する木工ギルド自慢の完全木製使用。五行の法則をしっかり踏襲し、鉱物に影響を与える地属性魔法に一切干渉させないよう釘の一本も使用しない見事な組み立て様式。なんてことをしやがってくれたのでしょうと地属性の術士が絶望で絶叫するくらい匠の技が光ります」
「おまけに地脈に干渉して付近の地質を調べれば、この監獄は硬質の岩盤の真上ときた。床板を剥がして地下を掘り進んで脱出するのは不可能に近い」
「さすが地竜神の加護を受けた神竜騎士。これだけの地属性殺しの中でもそういうのは出来るんだ。うんうん、スプーン片手にトンネル掘っての脱出は脱獄の基本だよね。地属性は穴掘りが得意だからね、その対策も兼ねての立地条件。もとはここ、付近の鉱脈を狙うドワーフに対抗して建てられた要塞でね、おかげで建築には苦労したらしいよー。基礎作るだけで数年がかりだったって」
「さらにいえば、よしんば監獄施設から抜け出すことに成功しても、こんどは監獄周辺を覆う大自然の迷宮が待っている。正規ルート以外を使えば森を徘徊する食人植物や凶暴なモンスター。毒の沼地に毒蛇の群生地。専用の装備と知識もなく森に逃げ込めば森の肥料になるだけだな」
「迷いの森よりは比較的マシだけどね」
「陸の孤島に設置された監獄。まさに脱獄不可能だな」
だからといって、このまま勧誘を素直に受けるつもりもない。
刑罰無効の恩赦欲しさにホイホイと頷けば必ず足をすくわれる。
化け猫に足をすくわれて転ぶだけならまだいいほうだろう。
引っくり返った先が底なし沼だとしたら? 身の破滅は確定だ。
「しかしだ」
「ん?」
「この監獄は人間を収監することを想定して造られている」
「まぁ、そうだよね」
「言い換えれば、ドラゴンを縛り付けられるようには造られていない」
「………………」
沈黙が、支配した。
「元とはいえ俺は地竜騎士。聖竜騎士のお仲間なら意味は分かるな?」