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Backstage negotiations ~舞台裏・ガッサー編その2~

「馴れ合いは好まぬが……

 全てを否定し、排除するだけでは人も力も動かぬのだよ……」


【黒木勇斗語録・餓狼MOW カイン・R・ハインライン】

「いまのは俺の聞き間違えか? 薬草の喰い過ぎで新陳代謝が上がって耳糞が大量に溜まったようでな、魔王軍に入れというトンチキな要望がお前の口から聞こえた気がしたのだが」


「それであってるにゃ~」


「貴様、いつから魔王の手先になった?」


「ん~っ、わりと最近?」


 どういうことだ。

 この化け猫はいったいなにを言っている?

 冗談めかして言うには立場的にシャレにならなさすぎる内容だ。


「公務の合間の気晴らしで、からかっていじくり回せる話し相手が欲しいなら別の人間にしろ。俺は釈放を餌にした裏取引を想定して面会に応じている。そうでないならもうじき食い終わるからドンブリを片付けて帰れ」


「タチの悪い冗談だと思うでしょ? 僕だってきみの立場ならそう思う」


「…………」


 この間、俺はずっと監獄下の地脈に干渉して周囲の状況を伺っていた。

 俺のいる牢の周辺エリアに人の気配はない。せいぜい虫と鼠くらいか。

 普段なら見えない場所に看守が複数待機してて厳重警戒を行っているはず。

 それがないということは、完全に人払いが行われていることになる。

 

 牢の中で常に感じていた微量な魔力の流れも化け猫が来てから停止中だ。

 魔道具の監視装置も全て電源が切られていると思って間違いないだろう。

 この女は国家機密に関わる密談の舞台をきちんと整えてここにいる。


 たいした肝っ玉だ。

 護衛もつけず、丸腰で、監視装置も救援も放棄して、この俺と会談とは。

 俺が脱獄するために貴様に危害を加える可能性を考えていないのか?


「でも、本気の本気なんだよね。だから他の人間には聞かせられない」


 カタンと空になったドンブリを盆の上に戻すタマ。

 猫舌とか言ってるワリに冷めると喰うの早いな。

 つうか女王のクセにきったねぇな喰い方だなおい。

 衣屑ともかく御飯粒はぜんぶ喰えよ。お天道様のバチかぶるぞ。


「承諾するかどうかはともかく、冗談でないのなら話は聞こう」


 魔王軍に入れだと? この元地竜騎士の俺に? 聖女の貴様が?

 まるで予想外のところから話を持ってこられた。想定のラチの外だ。


「俺はてっきり、枝の院が提案してきた鞍替えの件の続きと思ってたぞ」


 先日、迷いの森の破壊工作について地竜神殿側がフォートリア首脳部に返してきたコメントを伝えに来た枝の院長は、土竜の尻尾切りで神殿に見捨てられた俺に極秘の司法取引を持ちかけてきた。


 それは──

 端的に説明すれば【無罪放免にする代わりにウチで働け】というもの。

 政治的によくある話だった。可能なら地竜側の情報も提供してほしいと。

 こうなることを想定していないのが脳味噌筋肉なドワーフ坊主の甘さだ。


 地竜神殿の闇に潜っていた俺を後始末あんさつもせず敵陣で野放しにする。

 これがどれほど政治的に危険なことかやつらはなんにも分かってない。

 もっともあいつらごときが俺をどうにかできるかといえばNOなのだが。


 枝の院が持ちかけた話は決して悪いものではなかった。

 反目しあう地竜神の尖兵とはいえ、もとは共に七大魔王と戦った神竜騎士。

 頭が鉄より固いドワーフたちと違って猫獣人は気まぐれながら思考は柔軟。

 国家に奉仕してくれるのであれば客分としての招聘もやぶさかでないと。


 このフォートリアは現在、戦後の領土再生事業でてんやわんや。

 魔王に焼き払われた森林の再生、汚染土壌の回復、崩れた生態系の補正。

 魔物避けの結界を張り続けた無理が祟って衰弱している聖天樹の治療。


 この再生事業には木属性に長けたドルイドのほかに水と土の術者が必要。

 足りない人員は可能な限り冒険者から募っているが、なにしろ領土の重要拠点を建て直す再生事業には国家機密に関わるものが多く存在する。さすがに冒険者に国家の大黒柱である聖天樹の世話や森竜神が棲む神域の森の手入れなどは任せられないし、そもそも彼らの手に余る。


 そんなときに俺という政治カードが手元に入ってきた。

 地属性のエキスパートである地竜騎士。

 キミなら土作りもお手の物。森の再生にはなくてはならない人材だ。

 どうだろう? キミの返答次第で300年の禁固刑が帳消しになる。

 正直、キミの類稀な腕を牢の中で腐らせるのは惜しいのだ。

 取引が成立したら、こちらも可能な限りキミの要望に応えよう。


 そういった枝の院長の提案を、俺はケンモホロロに断った。

 別に俺を見限った地竜神殿の坊主どもの肩を持ったわけじゃない。

 ドワーフだらけの暑苦しい鉱の国に思い入れがあったわけじゃない。


 ただ、俺をクソッタレな日本からこの世界に招いてくれた地竜神。

 異世界の右も左も分からず困惑する俺を世話してくれた【大地の聖女】。

 この両者が不利になる行為は義理人情的に許せない。それだけの理由。


 あのとき枝の院長は心底から残念そうな顔をして引き下がった。

 国家の利益最優先で、打算的で善意の介入しない大人の取引だが、オレの先の人生を考えてくれていたあたり、彼は彼なりに頑張って譲歩して説得しようとしてくれていたんだろう。


 俺とて真っ向から断りを入れたことについては気に病むところがある。

 有能な人材をゲットできて、国益にもなって、俺も国家もWINWIN。

 俺も立場が立場でなければ喜んで受けていた好条件の取引だった。

 しかし地竜騎士の身として、地竜神の尖兵として、これは受けられない。

 それが大人のしがらみってやつだ。


「まぁ~、昨日の夕方にシャグマ院長が持ちかけた取引のほうも、鉄人くんが前向きに受けてくれるのなら僕としては大助かりなんだけどさ」


「それとは別件ということか」


「別件だけどキミにとっては他人事じゃないお話だよ」


「…………ッ」


 俺は飯粒一つ残さず食い終わった空のドンブリを盆に戻し、


「迷いの森で遭遇した小娘と、俺と戦った聖竜騎士の一件か」


 かなり強烈な殺気をブチ当てながら彼女を睨みつけた。


「御名答♪」


 下級ならドラゴンすら尻尾を巻いて逃げ出す殺気の土雪崩の中で、


「迷姫王のミルちゃんっていうんだけどね、彼女は今、迷宮経営者として地上で活動するために、アドバイザーやプランナーとして協力してくれる有能な人材を募集中なんだ。魔王退治の経験者ならなおよし」


 この化け猫は平然とした顔で交渉を開始した。

 喰えない女だ。これだけの殺気だぞ。せめて眉をひそめるくらいしろ。


「まとめると、かくかくじかじかと、そういうわけでして」


「かくかくじかじかって口で言うな。わかんねーよ」


 少しばかり説明が長くなったので端折るが、彼女の話を整理すると。


 七大魔王が敗れた現在、魔界では地上侵略活動を旨とする急進派よりも、スポーツ的な冒険者との競い合いを楽しみたい穏健派が主流派になっており、彼らは地上で冒険者相手に腕試しをする舞台装置として千年前に起きたダンジョンブームを再燃させたいと考えている。


 その企画の第一弾として、千年前にフォートリアがある大陸南部に巨大なダンジョンを建設し、多くの冒険者を招き、第一次ダンジョンブームの先駆けを造った迷宮王ミノスの孫娘を第一陣のダンジョン経営者として抜擢。


 本件はすでに天界側の承諾を得ており、勇者氷河期で冒険者の野盗化が社会問題化している現状に頭を悩ませている冒険者ギルドも『仕事の斡旋になるなら』と承諾。他の神竜たちにも『地上の一般人に迷惑をかけないのなら』という条件で事後承諾済み。


 ダンジョンはフォートリア全面協力のもとで迷いの森に建築中で、ダンジョン攻略の拠点となる冒険者の集会場は二週間前に基礎が完成。冒険者ギルド出張所と酒場数件は早くも営業中。


 ダンジョンも探索隊派遣の名目でテスト稼動の最中。問題がないようならば来月の頭には正式オープンを予定しているとのこと。


 正直、キャストがたりない。バイトでもいいからボス役を急募。


「まるでテーマパークのノリだな」

「実際、テーマパークだからね」


「正義と悪のマッチポンプここに極まれりだな」

「魔王と勇者の戦い自体、暇を持て余した神々の遊戯みたいなもんだよ」


 嘘は言ってないように思える。

 やはりというかなんというか、あの聖竜騎士は結局、己が喰らった邪竜王の悪しき血に呑み込まれ、人であることをやめ、闇に堕ちて魔王の手先になったのか。


「魔王の落とし子と化した神竜騎士か。魔人ジークフリートの再来だな」


「そんな真面目に考えなくていいよ。あれの闇落ちの理由って就職難だし」


「就職難……」


「なんでも向こうの世界で燃え尽き症候群を患って、毎日ゲーム三昧の引き篭もりのニートやり続けてたら親に働けといわれて長屋を追い出されて、あっちじゃただのダメ人間だから勇者補正のあるこっちに望みを託してやってきたはいいものの、ちょうど勇者氷河期にブチあたって仕官も叶わず就職活動失敗。かくして世界を魔王の手から救った救国の英雄は、魔王がいなくなれば用済みだと自らを否定しだした人類と世界に絶望し、唯一自分に手を差し伸べてくれたとある魔王に協力することを決め、ほどなく魔道に堕ち、気高き聖竜騎士は闇の騎士ダークナイト(本人命名)に身を落とすことになったのです」


「最後はそれっぽく説明しているが、最初のところですでにギャグだな」


「僕も就活失敗でダークサイドに落ちた勇者は初めて見た」


「あとダークナイトってネーミングセンス、超ダサくね?」


「それは僕も思う」


 普通なら正義と悪、光と闇の狭間で苦しむシリアスな状況であろうに。

 それすらも気楽な喜劇に変えてしまうのは彼の人徳なのか天然なのか。

 俺にはとてもできんな。そういう御気楽極楽な軽いノリは。


「あの男らしい」


「そんなバカなトコロがユートくんのいいところ」


 互いに聖竜騎士のことでひとしきり笑いあったところで──


「そんなわけでキミも追って闇落ちしてみない?」


「………………」


 彼女の率直な提案に対しての俺の返答は。


「断る」


 対魔王決戦兵器『神竜騎士』として当然のものだった。

連載一年ちょいにして初めて感想をいただきました。

ありがとうございます。

本作品はブクマ・評価・感想をいつだっておまちしております。

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