The deal was done offstage ~舞台裏・ガッサー編その1~
よく来てくれた 残念だが内容など、はじめからない
だまして悪いが、仕事なんでな 死んでもらおう
【黒木勇斗語録・アーマードコア2AA ランバージャック】
《獄中生活初日》
フォートリア国境侵犯および禁猟区への無断侵入の罪状で投獄。
即日に政治犯収容所『ボスニャース監獄』への移送が決定する。
元地竜騎士の身の上、国交問題を考慮し特別房への投獄が決定される。
院もあくまでも留置という形式で拘留し、地竜神殿の返答を待つ模様。
裁判は保留。地竜神殿の返答後に追って沙汰を待つことになった。
追記・獄中飯の薬草炒めがゲンナリするほど不味い。
《獄中生活二日目》
神殿からの返答はまだない。
朝昼晩の三食そろって薬草炒め。囚人相手に戦後の在庫処分の模様。
口直しに飲んだ薬草茶はさらに酷かった。もう拷問だろコレ。
《獄中生活三日目》
やくそうやくそうやくそうやくそうやくそう。
どくけしそうどくけしそうどくけしそうどくけしそう。
はーぶはーぶはーぶはーぶはーぶはーぶばーぶはーぶはーぶ。
クッソ不味いんじゃあああああああぁぁぁあぁああぁあぁっっっ!
《獄中生活四日目》
看守にフォートリアはみんなこんなヘルシー菜食主義者なのかと問う。
返って来た答えが『菜食主義のエルフも吐いて逃げる伝統料理』。
囚人虐待の案件だろこれ。
《獄中生活五日目》
朝に緑のウンコが出てマジで焦る。
看守曰く、このメシマズを五日間耐えた囚人は俺が初めてとの事。
やっぱり拷問だった。
《獄中生活六日目》
枝の院長と名乗る男から地竜神殿からの返答内容を知らされる。
神殿騎士ガッサーなる人物は地竜神殿には存在しないとのこと。
予想通りの返答だ。ここまで露骨な土竜の尻尾切りとはやってくれる。
そんなことよりメシが不味いほうが問題だ。
追記・ションベンが緑色になった。
そして ──── 獄中生活七日目の朝がやってきた。
◇◇◇◇
俺の名は衣笠巌。異世界からやってきた孤独な勇者だ。
この世界ではガッサーと名乗っている。たまに鉄人と呼ばれることもある。
八年前、俺は地竜神の手によって日本からこの世界に異邦人として召喚された。
伝説の神竜騎士として神に招かれた俺は、神の大鎚を振るって魔王討伐の使命を背負い、七大魔王戦役のおりには魔王の一角『鬼城王シダテル』討伐の一役を担い、知る人ぞ知る程度のそれなりな戦果を歴史に残すことに成功した。
戦後は他の異邦人のように故郷の日本には帰らず、この大陸に骨を埋めた。
それからの七年は地竜神殿のエージェントとして生活する泥臭い日々。
破壊工作に諜報工作。それこそなんでもござれな己の手を汚す仕事の毎日。
花のある生活ではなかったが、それなりに充実したものではあったがな。
だが、それも先日に御役御免になったらしい。
理由は簡単だ。
俺が客分として住み着いていた地竜神殿はドワーフ国家の重要拠点。
ドワーフ族はエルフと猫族が住む隣国フォートリアとめっぽう仲が悪い。
両者がそれぞれ信奉する地竜神と森竜神も地味に宗教的に険悪な間柄だ。
宗教戦争とまではいかないものの両国は常に冷戦状態。
そんな国交的にデリケートな国境付近で俺は大問題を引き起こした。
迷宮王復活の是非を調査するために密猟者に扮して潜入捜査を開始し、堂々と国境侵犯と密猟の片棒担ぎと禁猟区への無断侵入。
おまけに紆余曲折あって自然保護区に指定されているフォートリア自然公園の一部の地形が変わるほどのドンパチバトル。
迷いの森に現れた魔王と思しき人物を捕獲あるいは討伐していれば問題を有耶無耶に出来たのだが、残念ながら神殿の課したミッションは失敗し、俺は勇者でもエージェントでもない単なるテロリストに落ちぶれてしまった。
この件に関し、地竜神殿の対応も分かりやすいものだった。
おたくが捕まえたテロリストは地竜騎士をかたる不届きモノ。
うちは無関係だから煮て焼いてタタキにして処刑してどうぞ。
まったく呆れてものも言えない。
それが仮にも世界を救った勇者に対して行う態度なのかと。
もともとあいつらをアテにするつもりは毛頭なかったが──
「頭が御花畑な勇者様(笑)なら、いまごろダークサイド堕ちだな」
やはり人に裏切られるというのは気分のいいものじゃないな。
こう分かりやすい尻尾切りをされては恨み言も吐きたくなる。
人類に失望した闇落ち勇者なるものの気持ちを理解した。
「さて、ぼちぼちクソ不味い拷問飯の時間か」
出されたからにはすべて食べる。これは俺の食に対するスタンスだ。
腹立たしいことだが薬草を使ってるだけあって身体にはいいのである。
精神的には毒以外のなんでもないメシマズだがな。
あれはもうバターとか魚醤とかで味を誤魔化せるレベルを超えている。
そろそろ動物性タンパク質が恋しくなってきたよ。焼き肉喰いてぇ。
いや、こんなこと考えるべきではないな。ますます泥沼にハマる。
ほら見ろ。肉料理恋しさのあまり外からプーンとカツ丼の幻臭が。
「ん? カツ丼?」
待て、なんでこのフォートリアで平然と日本の飯の臭いが漂っている?
この世界には異邦人飯と呼ばれる勇者が持ち込んだ異世界料理のレシピが存在するが、そういうのは手に入る調味料や食材の関係、あるいは食文化の違いによって、ほぼ確実に現地民向けにアレンジされるものだ。
しかし、この揚げ物と半熟卵と三つ葉の匂いが重なる三重奏──
ほぼパーフェクトに近いカツ丼の臭い。
野球部の試合前、ゲン担ぎのために小遣いはたいて喰ったソレと同質。
フッ、いよいよ俺も気が狂ったか。
あるいは薬草の喰いすぎによる幻覚症状か、
日本に暮らしていた過去を懐かしみ、幻を体感するようになるとはな。
「ぐ~っと・もうにゃ~んぐっ♪」
そう自嘲していたら、思わぬ来訪者が面会にやってきた。
両手にホカホカのカツ丼というコメントに困る風体で。
「お前は……」
俺の前に現れたのは二十歳もそこそこの若く中性的な女だった。
手入れがあまり行き届いていないボサボサのショートカット。
鎖骨と脇とヘソが丸見えなコルセット状のソフトレザーアーマー。
その頭と尻には南方に棲む猫獣人特有の猫科動物の耳と尻尾。
「これは驚きだ。まさか【大樹の聖女】が直々に俺に会いにくるとはな」
実際に遭ったのはこれが初めてだが、俺はこの女の事を知っている。
フォートリア国家元首にして大樹の聖女タマ。この国の最高権力者だ。
「禁猟区での一件についての事情なら話せることはすべて話した。もし俺をフォートリアの客分として招きたいという話なら、先日に枝の院長とやらと話し合ったときに断ったぞ」
「まぁ~、そのへんはドンカツでも喰いながら話し合おうじゃないかチミィ」
大樹の聖女は屈託の無い笑顔で格子の窓からカツ丼を差し入れる。
「貴人の犯罪者を収容するボスニャース監獄の特別房。住み心地はいかが?」
「樹の温もりが優しくて悪くない座敷牢だ。いい生活させてもらってるよ」
「ただしメシは死ぬほど不味い。ごめんねー、この囚人飯は三百年の歴史を持つボスニャース監獄の伝統料理でさー、これを食べ続けると罪人は己の罪を悔い改め、諜報員は黒幕をゲロし、政治犯は情報をあますことなくゲロるほど心に健康的な料理なんで変えるわけにも行かなくてねー」
「人はソレを拷問と呼ぶのだがな」
ぬけぬけとよくも。
「冷めると美味しくないよ。早く食べたら?」
「お前は食べないのか?」
「猫舌なもんで」
「なるほどな」
わざわざ割り箸まで用意して御丁寧なことだ。
一瞬、自白剤入りを懸念したが、それくらいの毒なら俺は耐えられる。
地竜騎士のディフェンダーは生命力が極めて高く耐毒性が高い。
むこうも俺のことは重々承知のはずだ。安易な毒殺は考えまい。
「久々のシャバの飯の御感想は?」
「美味い」
一口目でもう涙が出た。
いかんいかん!
いくら薬草づくしの毎日が酷かったからって正直すぎた。
分かりやすすぎるほどの懐柔策。
懐かしい味には感動したが乗りはしない。
「なんの用だ? 処刑の日程が決まったのなら脱獄の用意をするから話せ」
「さすがは地竜騎士。地属性殺しの樫牢に閉じ込めても自信満々ですにゃ」
遅れてカツ丼をパクリとする化け猫。
「カツ丼ってタマネギが入ってるんだが猫族が喰ってもいいのかよ」
「翌日に玉葱中毒でおなかがえらいことになるけど、美味いから良し!」
逞しいことだな。
まぁ猫族は獣人族にしては珍しく八割以上が人間要素だ。
猫にとっては毒のタマネギも多少なら致死量にはならないんだろう。
「話が逸れたな。こいつは末期の飯か? 処刑日が決まったのなら言え」
「ん~っ、キミの処遇をどうするかは今回の交渉の結果しだいかにゃ~」
ほら、おいでなすった。
「やはり司法取引か」
「枝の院長から自分に土竜の飼育はムリって泣きつかれてね」
のんびりとしたドンブリ片手の食事風景が急にピンと張り詰めた。
「フリーのキミにいい話をもってきたんだけど、聞いてみる気はない?」
「ちょうどヒマしていたところだ。話くらいなら聞いてやる」
「いつでも処刑の合図を遅れる国家元首相手に頭が高いねキミは」
「この国が半壊してもいいというのなら合図を送って構わんぞ」
「なかなか言うね。ぼくは嫌いじゃないよ、そういう獣臭い性格」
「俺はあまり好まんな。お前のような搦め手が大好きなクセモノは」
互いにカツ丼を喰いながらハラの探り合い。
いうなればこれは狐と狸ならぬ、山猫と土竜の化かし合い。
「こんなプリティーでキュアキュアな美少女に曲者とは御挨拶だね」
「南方で最も危険な女と呼ばれる稀代の化け猫がぬけぬけとよく言う」
「化け猫ときましたか」
「迂闊に顔を出したら齧られるの分かってて気を許すバカはいない」
噂どおりだな、この女は。
餌をちらつかせてちょっとでも相手が心に隙をつくれば、細い隙間を抜ける猫のようにスッと相手の心に侵入して言葉巧みに罠へ向けて誘導してきやがる。
過去、こいつの交渉術に陥れられた貴人や政治家は数知れず。
たぶんこいつはカツ丼一杯で受ければ破滅する難題を持ってきた。
危険だ。無防備で交渉するのはあまりにも危険すぎる相手だ。
柔和な笑顔にそぐわないギラギラとした狩猟者の瞳。
だらりと胡坐をかいているのにキッチリ正中線を維持した体勢。
いつどのタイミングでも仕掛けられる構えを取っていやがる。
少しでもおかしな動きをすれば箸が目か喉に飛んでくるだろう。
まるで油断がならない。あと近くに寄られるとすっげぇ酒臭い。
「つまらん探りあいは時間の無駄だろう。司法取引の本題を話せ」
ツタとヤブに隠されて見えない真実を言葉の鎌で明るみにする。
敵のペースに乗せられる前に早々に相手に真意を語らせるべきだ。
どうせロクでもないことなのは分かってる。
「じゃあ率直に言うね。キミ、魔王軍に入ってみる気はない?」
「は?」
なんだそれは?
【大樹の聖女】よ、お前はいったいなにを企んでいる?