be recorded in history ~舞台裏・ミル編その5~
「貴様等は、なぜ我々を害そうとする?
もとより、貴様等が捨てたものであるのに
我々は、ただひっそりと生きているだけだ」
【黒木勇斗語録 デモンズソウル 暗銀の騎士ガル・ヴィンランド】
「今日はありがとうございました。次の注文のときもおねがいします」
「ういっす。次は史料的価値のある歴史書だけでなく、娯楽として古代の吟遊詩人が残した歴史小説や軍記ものとかも見積もっておくんで、オススメあったらリストにして紹介するっすよー」
余暇を使って楽しんだ、この世界の起こりの成り立ちの調べっこ。
勉強会は恙無く進みすぎて、気が付けば外は昼から夕方に早変わり。
魔界も地上も変わらず、時の流れは無情で、朝が来れば夜も来る。
「エスティエルさん」
「なに?」
この地上にやってきて一ヶ月。見るもののすべてが新鮮。
「地上の夕暮れっていいですよね。綺麗なんだけど、どことなく悲しげで」
「なんかわかる」
魔界には『隣の湖は蒼い』ということわざがあります。
自分が住む場所と違う場所に赴いて感じるカルチャーショック。
地上は魔界よりもずっと素晴らしい楽園なのではないか?
コレは魔王ならば一生に必ず一度は陥る錯覚なのだそうです。
「天空城から見える雲海に消える太陽も悪くないんだけど、やっぱり黄昏時といえば真っ赤になって海や地平線に消えるコレなんだよねーって私も思う」
「魔界にはこういう日が沈む自然現象がないからすごく珍しく感じます」
「ないの?」
「魔界は黒太陽と魔月による日食で朝と夜を区分けしていますので」
「魔界は天界と逆で年間の日照時間が少なくて夜のほうが多いんだっけ?」
「階層にもよりますけど基本はそうですね。地上の太陽に憧れて人間界の侵略活動を行おうとする魔王のかたの気持ちがここにきて分かりました」
「あー、典型的な魔王あるあるだそれ」
それでも……私は魔界に生まれ、魔界で育った純血種の魔族。
「でもさ、それはそれで味があるんじゃない?」
「エスティエルさんはそう思います?」
魔界は魔界で、故郷は故郷なりに、地元の良さがあるのは知っている。
「うん。私も天界の白夜は嫌いじゃないから、それと同じだと思う」
それについては天空人のエスティエルさんも同じのようで──
「地上に長く降りてると日照時間クッソ長い天界の眩しさうぜー! 窓閉め切らないと寝れねー! つか太陽自己主張しすぎ! なんて思うことも多いけれど、真夜中になっても薄明のままでいる雲海の景色、あれはあれでいいものだと思う」
「くすっ」
「どったの? 急に微笑んだりして」
「ああ、いえ。天空人も根元は魔族とそう変わらないんだなって思いまして。私も魔界の日食が魅せる風景、ちょっと不便なところもありますけど嫌いではないですから」
「だねー。私も邪竜王のとこで居候してたとき一回だけ魔界の浅い層に行ったことあるけど、魔界特有の黒太陽と赤い月が魅せる光のリング、あれって人によってはグロいとか禍々しいって言うけど、観光で見る分にはわりと好きだよ」
邪竜王さんに誘拐された時期のことを普通に居候とか言うこの豪胆さ。
魔界の人間として、魔王の卵として、見習わなくちゃと常々思います。
「本来、数千年単位の敵対関係にある天空人の方に故郷を褒められるというのも不思議な感覚ですね。でも、魔界に生まれたものとして他の世界の方に故郷を認めてもらえるのは魔族冥利に尽きます」
「ミルちゃん、もしかしてホームシック?」
「え? ああ、いえ、そういうわけでは」
否定はしましたが、もしかしたら無自覚に患ってしまったのかもしれません。
魔界に残してきた領民のみなさんは祖父の配下の方々が管理してくださってますし、空けた実家はメイドのみんながお掃除していてくれているまずですし、自分の交流関係はそこまで多くないので特にトモダチと離れてさびしいというわけではないのですが。
むしろ魔界にいた頃よりも心が許せる知り合いが増えて安心しているくらいで。
思うのは留年決定したイルちゃん、今年は大丈夫かなーくらいで──
「結局、郷里の生活が嫌だって外に飛び出して、どんなに遠くへ旅立っても、人の心は必ずいつか生まれ育った故郷に還るものなのよね」
「詩人ですね」
「腐っても同人作家だからね」
はい、存じております。
なんでも堕落の書として名高い異界の書物『ウス=異本』を現世に持ち込んだ諸悪の元凶【闇竜騎士アハトス】の後継として地上での布教を続け、ときに自ら筆をふるって異本をしたため、アハトスが去って八年が経過した今も尚、この世界に異世界のカオスを撒き散らしているとかなんとか。
思うんですが、エスティエルさんはぜひ魔界で魔王の資格を取るべきかと。
「ああ、そうそう。こんど描くギルド向けの宣伝用ポスターの件、デザインは私の好きにさせてもらっていい?」
「はい。私、絵心はとんとなのでお任せします」
自ら異形の書を描くだけあってエスティエルさんは本当に絵が上手い。
一度、ダンジョンの宣伝ポスターのサンプルを拝見したのですが、魔界にも地上にもない独特の画風が印象的で、えっと、四コマという技法の名だったでしょうか、四段階に分けた流れで壁画調の絵で話の動きを表現するあれは感動すら覚えました。
なんでも向こうで学んだ異世界独特の絵画手法なのだそうで、ますますいつか行けるかもしれない異世界旅行に胸が沸き立ちます。
本当に、この地上という世界は素晴らしい。
形が定まらぬ混沌が『暴』と成りて渦巻き続ける魔界とも、秩序による絶対管理が完成している天界とも違う、一定のカタチを保ちつつも常に流動変化を繰り返す地上の歴史と風景。
それらの生長変質は地上の民が生み出した変異の賜物によるものもあれば、異世界から流出した渡来品の影響によるものもあると聞きます。
それと──最近、特に自分が感じていることなのですが。
「ミルちゃんさ」
「はい?」
「この一ヶ月で、だいぶ人見知りが治ってきたんじゃない?」
「あっ、ハイ。お、おかげざまでっ」
この地上の風景は人を変化る──!
ほんの一ヶ月前までありえなかった自分がここにいる。
少なくとも魔界にいた頃の私は、何かが欲しくなったときに一人で外に出て買い物に出かけ、そこで出会った見知らぬ人と自分から仲良くなろうとする人間ではなった。
魔界の住人からすれば私の今の姿は変わり者のなにものでもない。
いいえ、最初から変わっていたのではなく、変えられたというのが正解。
たぶん天空人のエスティエルさんも私と同じ経過を辿って現在がある。
「エスティエルさん、地上ってステキなところですね。昔はそこまでに興味を感じなかったところなのに、いまは……もっともっとこの世界のことを知りたいって思えてなりません」
「わかるわかる。知れば知るほどクセになるよね地上って」
「もし来月完成予定のダンジョンが正式にオープンしたら、私の知りたい世界はさらに広がるんでしょうか?」
「広がるよ。間違いなく」
そう口にしたエスティエルさんの無邪気な笑顔はとても眩しかった。
「賢人曰く『この地上で冒険者ほどカオスを呼び込むモノはいない』!」
「それって六百年前の魔皇帝戦役で活躍した賢者の言葉ですよね?」
「そう、賢人が語るように冒険者はカオスの塊。私も邪竜王軍サイドからニートさんたちの活躍を見て思い知った側だから良く分かる。ミルちゃんも魔王側に立って直に触れてみれば分かるよ。冒険者という存在がどれだけとんでもなくてムチャクチャで、愛おしい存在なのか」
「愛おしい……」
不可思議なものですね。おじいさまも同じ事を言っていました。
地上を侵略して国家を焼け野原にするだけなら誰でも出来る。
侵略だけしか出来ない魔王は三流。世界の破滅を願う破綻者は四流以下。
二流以上の魔王は勇者との戦いにこだわって演出を楽しむという。
一流と呼ばれる魔王は勇者だけでなく冒険者すべてを愛して戦いに望む。
真の魔王を目指すなら主役だけでなく脇役も輝かせられる劇作家であれ。
なぜなら魔王は地上の人間を次のステップへ生長させる悪役なのだから。
「ミルちゃん、冒険者というのはね、良くも悪くも人間という種の集大成なの。老後を楽して暮らせる金が欲しい、権力を得るために出世のチャンスが欲しい、レベルを上げて誰よりも強くなりたい、冒険で未知の世界を知りたい、オレよりも強いやつに遭ってみたい、えとせとらエトセトラ。これほど欲望に忠実で、将来の希望に貪欲で、夢のために命をチップにして分の悪い賭博にすべてを賭けられる連中は三界すべてを見渡しても冒険者だけ」
「あのぅ、こういうのは普通、世界平和のためとか理想郷のためとかじゃ」
「ンな夢追いかけてるのは頭がハッピーセットな真の勇者(笑)くらいよ」
「頭がハッピーセット……」
エスティエルさんって魔族よりも魔族らしい言い方するんですよね。
「うちのニートさんですら世界平和なんて二の次で、勇者らしい勇者として活躍して皆に認めてもらいたいというのが根底にあって、勇者の皮をむけば中身は中二病と承認要求の権化だったんだから現実はそんなもんよ」
でも、私には分かります。
「思えば七大魔王戦役で現れた勇者って、トップほど人間臭いの多かったわよね。自分の花の無さを理解してて堅実に点数が稼げる裏方に徹し続けた地竜騎士ガッサー、異世界で培った持ち前の知識を生かして魔界で一儲けを企んだ闇竜騎士アハトス、国のためでなく民草のためでなく世界のためでもなく惚れた異世界の女の笑顔のために身体を張った光竜騎士ディーン、そして最たるものが勇者なボクかっこいーって自己陶酔するために命懸けで戦って、ほんとに魔王を倒しちゃった某オバカ」
知らない人が聞いたら呆れているようにしか聞こえない彼女の弁。
だけどエスティエルさんの言葉の裏にはユートさまへの敬意があって……
「ミルちゃん、この地上はね、そういう欲望に馬鹿正直で、振り切った中二病こそが侵略者という外敵驚異に対抗して真の意味で活躍できる世界なの。同時に侵略者が『魔王』という役柄で自身の存在意義を主張できるのは冒険者という存在あってこそ。ちなみに昔のニートさんはそういう連中の中でトップクラスでバカでした」
浮かべる苦笑にはダメな弟を優しく見守る姉のような慈愛がありました。
「そんな冒険者が集まるダンジョンは、まるで夢と希望のワンダーランド」
「ミルちゃん、面白いこと言うね」
「おじいさまの受け売りです♪」
冒険者と魔王が競い合えるダンジョンという不思議の国。
そこでは善悪の二元論はカタチだけのもので、あるのは子供の比べっこ。
モンスターを放って腕っ節を試し、謎かけとワナを仕掛けて知恵を試し──
人間の可能性をとことん追求し、試練を達成する姿を見るのが至上の喜び。
「オープンが待ち遠しいね」
「はい」
ダンジョンは現実にあわられた御伽噺の世界。
勧善懲悪という御題目で形作られた人と魔の織り成す舞台。
【迷姫王のダンジョン】オープン間近にしてようやく、
ようやく私にもおじいさまの気持ちが分かってきた気がします。