Pride goes before destruction ~舞台裏・ミル編その4~
「思い出したことがあるかい」「子供の頃を」
「その感触」「そのときの言葉」「そのときの気持ち」
「大人になっていくにつれ」「何かを残して 何かを捨てていくのだろう」
「時間は待ってはくれない」「にぎりしめても」
「ひらいたと同時に離れていく」
「そして…」
【黒木勇斗語録 FF8 アルティミシア最終形態】
カラン♪ カラン♪
「こんちわー。ミルちゃんこっちにきてますー?」
歴史のお勉強会が創世記から人類史の始まりの節に入ったところで、ギルド酒場に堕天使衣装のままのエスティエルさんがやってきました。
「あ、エスティエル先輩、こんちわっす」
「って、いたいた。よかったぁ」
キョロキョロと店内を見回していたエスティエルさんが、ちっこいのさんと肩を並べてカウンター席に座っている私の姿を発見してホッと胸をなでおろす。
「ミルちゃん、酒場に長居するなら長居するで城のほうに連絡くれないとー。わたし、てっきり途中で道に迷ってどっかにいっちゃったかと思って心配しましたよ」
「さっ、さすがに迷宮の魔王が自分の造ったダンジョンで迷子になんかなり……」
なる、かも、知れませんけど……
「その、ご心配かけてすみません。もぅ」
まるで初めてのお使いに出た子供みたいな心配をされてしまいました。
私ってやっぱりこういうところで威厳というか信用がないんですね。
ああ、いえ、分かってはいるんです。
私、ときどき自分の城でも迷子になって救助を求めるくらいの方向音痴なんで。
ダンジョンマスターが自分の造ったダンジョンで道に迷うというシュール。
なにをバカなと思わないでください。この業界ではよくあることなんです。
おかげでまだ一人で袋小路の多いフォートリアの街に行く勇気がありません。
「んで、注文した本を受け取りにギルド出張所に行ってくるって言って城を出てからそれっきり。あれから随分たつんで、急に心配になって様子を見にきたんだけど、二人ともなにやってるの?」
「す、すみません。ちょっとちっこいのさんとお勉強会を」
「勉強会?」
「社会勉強をかねた人類史の研究っす。そろそろ鼻血が出そうっす」
ちっこいのさん、ムリはしないでくださいね。
「二人とも勤勉だぁねー」
呆れているような、それでいて敬意を表しているような、そんな複雑な溜息。
「あー、でも、このテの勉強は新人うちにやっておくとよいぞよ、次の世代を担う聖女よ。キャリアがこなれてきて聖女の本業が本格的になると、やれ神殿経営だ、やれ神竜のフォローだ、やれ祭事の設営準備だ、やれお偉いさんへの挨拶回りだで忙しくなって、ノンキに机の上で勉強どころじゃなくなるから」
「ういっす。先人のお言葉、ありがたく頂戴するっす」
尊敬の目で先輩である天空の聖女を見るちっこいのさん。
あれ?
でもエスティエルさんってそのわりには好き勝手やっているような……
たぶん深く突っ込んだり踏み込んではいけない領域なのかもしれません。
「でもね、実戦に勝る勉強はナシなのよクラテルちゃん。この受付嬢のお仕事も山暮らしでは得られない冒険者社会を知る実戦勉強。私もさんざんやったなー、天空城をこっそり抜け出してホーリーレイク周辺の村々で遊びまわったり、魔王に誘拐されてみたり、幽閉の片手間に大陸各地の食道楽観光したり」
「おお~っ、さすが天空人はスケールが違うっす。
あの、すみません。スケールとかそれ以前に……
幽閉の片手間に大陸各地の観光って文法が若干おかしい気がするのですが。
「特に一番勉強になったのが異世界留学。向こうの世界の学校に入学してのスローライフは最高だったわ。ニートさんとゲームやったり、ニートさんとゲームやったり、ニートさんとゲームやったり、ニートさんと薄い本を作ったり、ニートさんに売り子させてコスプレ広場でコスプレしたり、大学ではオタサーの姫になってサークルのみんなでコンパやりまくったり……」
ここで数秒の停止。
「……マッタクオトコウンニメグノレナイジンセイデシタネ……」
うわ、すごく遠い目。
「あ、なんか落ち込んだっす」
「エスティエルさん! エスティエルさん! なんか黒いの漏れてます!」
留学時代、なにか向こうで辛いことでもあったのでしょうか?
「異世界に留学ですか。私、これまで魔界の一部分の出来事しか目に入っていなかった視野の狭い箱入りでしたから、エスティエルさんのように広い視野で世界を巡って見聞できる人がすごく羨ましいです」
「そうっすね。いつか自分も異邦人たちが住む世界ってのを見てみたいっす」
「機会があれば日帰り観光の企画でも組んでみます?」
いきなりすごいことを言い出しました。
次元の壁を乗り越える異世界渡航は神のみに許された領域。
たとえ魔王や聖女であっても安易に手を出してはいけない技。
本来、異世界の住人をコチラに招聘することすら困難なことで、異邦人を召喚する儀式だって神クラスまたは上級魔王クラスが百年の月日をかけて生成する触媒が必要なはずで……
「闇竜騎士経由でこちらに流れ着いた異世界文献の解読が進んで、近年ちょっとした伝説と化している【魔萌都市アキハバラ】なんでどうですか? あそこは私の庭みたいなものですから初めてでも安心ですよ♪」
【天空の聖女】エスティエル。
異世界への単独渡航を成功させた唯一無二の異界転移魔法の使い手。
魔界で『もしかしたらヤツは夢見る現竜神のアバターなのではないか』と仮説を唱える学者もいるくらい、彼女は人類史上類を見ない異質な特異点。
この人は──
もしかしたら本当に次元を司る現竜神の御使いなのかもしれない。
そんな口にしたら笑われるようなトンデモなことをと思ってしまったり。
「「ぜひ」」
私とちっこいのさんが同時に色めきたって即返答。
最近、ちょっとだけですが、私にも勇敢さが身についた気がします。
こんなこと中庭でミルクティーを飲んでいた頃の自分では考えられない勇気。
きっとこの一ヶ月で様々な人に出会い、感化されたおかげなんだと思います。
「あのぅ、エスティエルさん」
「なに? お台場のガンガルも見に行きたい?」
「あっ、ウワサに聞くオーダイバ島の大巨人の像のとこもぜひ……ではなくて、魔界や地上ではあまり知られていないんでお聞きしたいのですが、エスティエルさんは天空人の歴史を詳しく御存知でしょうか?」
「天空人の歴史?」
「それ自分もすごく興味あるっす。もともと天空人自体が地上人との接触を避けるんで、聖女でさえ天空のことは信徒に聞かれてもサッパリってことが多いっすから」
神話時代の終わりに天大陸に移住した始祖の民たち。
のちに天空人と名乗る彼らの生態や歴史は魔界でも謎に包まれています。
太古から魔界とは袂を分けた敵対関係にあり、互いに長らく地上の管理権を巡って争ってきた不倶戴天の宿敵でありながら、まったく調査が行われない天空人という存在。
なぜ魔界は天空人のことを知らないのか。これにはワケがあります。
『相手が誰だろうと力任せで叩けばOK! 事前調査など無用!』
という、どうせ壊すんだから相手を知る必要などない魔界気質の実害です。
実際、魔皇帝さまや邪竜王みたいに、高位の魔王なら本気で喧嘩を売れば事前調査なんてしなくても天空人相手に普通に勝てるというのも大きいのかもしれません。
「んーっ、私もいちおう天空城のプリンセスだし、天大陸を管理している聖竜王さまおつきの『天空の聖女』だし、帝王学の一環で天空人の歴史はひととおり勉強してるけど、ぶっちゃけたいしたことしてないですよ?」
「数千年の歴史があるのにたいしたことしてないんですか?」
「うん。楽園時代の栄光が忘れられずに、基本的に天空城の住人以外は無私無欲で無菌培養の原始人みたいな生活してるから」
「手厳しいっすね」
「原始人って……」
せめてそこは始祖の民の生活様式といってあげてください。
「ようするに神話時代からまるで成長していないんですよ。始祖の民の伝統を頑なに守るのがもっとも自然な人間のあり方であり、神の理想に近い人類とかいうおためごかし?」
エスティエルさんは天空人なのに天空人らしくない天空人。
天空人というと高慢で傲慢で原理主義で選民意識が強くて排他的なイメージが付きまとう種族のはずなんですが、彼女は価値観が天空人よりも地上の民に近くて、ときおり魔族より魔族らしい一面を覗かせることもあります。
「食生活は世界樹の実と世界樹の露だけの大のつく偏食だし、神話時代からなにも変わってないくせに我々は神の使途『天使』だとか偉ぶって、地上の人間を導き監視する『地上の管理者』を気取ってるし、地上には不寛容で不干渉で不感症。お父様の代からだいぶ丸くなってきたけど、六百年前に無能王テングーがやらかす前まではほんと【我は神に最も愛されし真なる人類。ちなみに魔族はクソ。地上の民なんていう下等な種族は永遠に我らの奴隷でよし】っていう選民思想が酷かったそうですよ」
だからなのでしょうか。
エスティエルさんはとにかく同族に厳しい意見を口にします。
人はそれを外道とか異端と呼び、秩序を乱すものとして迫害の対象にしますが、混沌を愛する魔界ではそういう変異種はむしろ尊く扱われます。
「天空人って魔族に比べると地上への干渉をあまりしてないっすよね?」
「魔王が侵攻を始めたら【やれやれ系】の気持ちで勇者を神託で選定する程度かなー。普段は放任主義でときたまだけ『おみちびき』で干渉するほうがボロでなしね。ミステリアスな存在を維持するほうが地上の民からありがたがられるという謎の風潮」
それ、魔界でもけっこう常套手段なので耳が痛いです。
「逆に地上の民が増長したら天罰を与えるお仕事? この六百年は天罰の文明リセットは人類の進化を遅らせる一方だって分かってやってないけど、大昔はシムシティーよろしくにちょっとでも自分の構想から外れた文明になると大天災おこしてリセットしてたし、あとは有名どころだとバベったりソドムったりゴモラったり」
「はしょるっすね」
「うん」
「うんって……」
「それしか代表例を出せないくらい薄っぺらい歴史ってこと。あとはテングーの失策による天空城の落城とか、神都建設予定地に隕石落とされた件とか、邪竜王による天空城強襲事件とか、魔王軍にしてやられた事件ばかり有名で……マジでロクな歴史がない」
おごる天使は久しからず。
たた春の世の夢の如し。
高き城もついには滅びん。
ひとえに風の前の塵に同じ。
六百年前に地上の吟遊詩人が残した歌が脳裏をよぎりました。
「あの、最後のバベったりソドムったりゴモラったりというのは、天空人による三大古代文明の大破壊のことですよね?」
私、バベるという動詞、初めて聞きました。
「そう。あのあたりの話は深く調べるとギャグで面白いですよ。バベルタワーの無茶な建設計画もアホだけど、勇者トロの家族がホモのおっさん軍団に家取り囲まれて「お前の家にいる天使のケツをアーッさせろ! 自慢の娘を差し出すから見逃してくれ? 美少女の穴なんぞいらん! 美青年のケツをよこせ!」のくだりはもう完全にネタに振り切っててギャグになってると思うんですよ」
「硫黄の雨で滅ぶのもしかたないっすねソレ」
「……………」
「ミルちゃん、耳まで真っ赤だけど大丈夫?」
「すみません。ソドミーの伝説は私には刺激が……」
女の子がえっちな話をするのはいけないことなんですよ。