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going to renew my license ~たねもみ勇者の誕生~

人生は与えられたカードでの真剣勝負。

配られたカードに文句をいうよりもどう使いこなすかが大事なのさ。

さあはじめよう…勝ったものがすべてを手に入れ、負けたものにはなにも残らない。

そんな勝負こそが生きている証…


【黒木勇斗語録・ポケモン ギーマ】

 冒険者アドベンチャラー──

 それは少年ならば誰もが一生に一度は夢見る、飽くなき憧憬の象徴。


 未知なる大地を走破する者。

 未知なる大海を渡り切る者。

 未知なる大空を飛翔する者。

 未知なる大洞を潜り抜ける者。


 吟遊詩人が歌う彼らの物語は、いつだって一攫千金サクセスストーリー。


 ある冒険者は失われた古代遺跡から旧時代の財宝を発掘して一財を成した。


 ある冒険者は前人未到の未開地を切り開いて開拓者の王と賞賛された。


 ある冒険者は凶暴なモンスターの討伐を果たして英雄の座の一席に座った。


 この異世界にはまだまだ秘められた未知の領域が多い。

 そして人ならざるモノによる危機が絶えない。

 ボクの住んでいる地球と違い、この異世界は科学の文明レベルが未発達な

 中世ファンタジーの世界観。


 ゆえに冒険者にはドリームがある。

 一攫千金のロマンがある。王座に届く立身出世のチャンスがある。


 月並みで、なにも考えていないこと丸分かりなパターンと呼ばれようと、

 少年は魔法使いに囚われた姫の救出劇や、世界を闇に包まんとする魔王を

 倒す英雄譚の主人公に成りたいという純で淡い夢を見る。

 ボクが成しえたドラゴンスレイヤーもそんな子供たちの憧れる英雄像。


 考古学観点からの学術系の冒険浪漫も悪くない。

 遺跡探索者トレジャーハンター海洋探索者サルベージャーのクラスは昔からの人気職。

 腕っ節こそ職業戦士には劣るけど、考古学の知識や博物知識などを駆使して

 隠されたお宝を目指す彼らの姿勢は、実に人間的で少年魂を熱くさせる。

 そういう意味において、彼ら探検家職はボクたち勇者職よりもずっとずっと

 冒険者らしい冒険者だ。


 人並みの欲があるなら誰だってお金が欲しいし出世したいし、有名になって

伝説の偉業を歴史に遺したいと思う。


 魔王や怪物を退治して伝説の勇者として名を残したい。

 古代遺跡や沈没船から財宝を発掘して金持ちになりたい。

 囚われた美しい姫君を悪の魔法使いから救い出して結婚したい。

 戦場を踏み台に立身出世を果たして一国一城の主になりたい。

 どれもこれも地に足が着いた普通の人生を送っている限り有り得ない将来。


 そんな途方もない妄想を現実にするチャンスが冒険者の世界にはある。

 いや……【ある】べきだと心から信じたかった。


 でも現実はどうだろうか。

 実際に冒険者となって見たこの夢の世界の真実はどんなものだったか。


 とある賢人はこんなことをギルドの酒の席で口にしたという。

 『幼き日に見た無垢な夢は、破られてしかるべきものである』……と。


 どこの業界でもある話だけど、伝説に謳われる成功物語は全体の一握り、

 へたすればひとつまみの綺麗事でしかない。

 ほんの一部の成功者の下には、物語の主人公にすらなれなかった多くの

 脱落者の 残骸が山のように積みあがっている。


 冒険活劇で遺跡の罠にかかって死ぬモブのトレジャーハンター。

 海洋冒険で海魔や人食い鮫にやられる喰われ役。

 雑魚モンスターにすら勝てず心半ばで命を散らす駆け出し勇者。


 命を賭して冒険に人生の成功を懸けたモノたちの末路はこんなもの。

 選ばれし者として異世界に降り立ち、チートを授かった異邦人エトランゼの冒険は、

 いまにして思えば真下の畦道オフロードを気にせず高速道路を気楽に走る

 盲導犬RPG仕様だったと思う。


「なぁ、おにぎり」

「なんだよユート」

 

 ラスボスまでのルートやイベントがだいたい最初から決まっている一本道で

 一方通行盲導犬シナリオから、無数のクエストを好きにこなしていきながら

 マルチエンディングを目指すフリーシナリオ展開に路線変更されたことで、

 ボクは一つ気が付いたことがある。


「冒険者ってさ、実のところすっごいヤクザな商売じゃね?」

「……お前、今頃になって気づいたのかよ」


 黒木勇斗(22歳)──

 このトシになってようやく、そういった冒険者の語られない【闇】を知る。


「冒険者ギルドっていう後ろ盾があるといったってさ、しょせん冒険者なんて

 雑学と暴力を売り物にする住所不定のアウトローの集まりにすぎねぇのよ。

 そりゃ成功すりゃあデカいけど、そんなもんは全体の一割くらいのもんだ。

 全体の半分以上は旅の途中でモンスターの飯になるか野垂れ死にの二択だ。

 あえて言うならオレらのケースが大成功の部類でレアケースなんだよ」


「実は厳しい世界だったんだなぁ……」


 異世界に凱旋して16日目。

 ボクは現在、かつての旅の仲間『おにぎり』が運営してる醸造所の商隊を

 盗賊などから守るキャラバン護衛任務についている。


 冒険者カードが再発行されて早々。

 ボクはリップルから旧友の護衛クエストを押し付けられた。

 内容は村から王都までの街道を往復する商隊の荷物をモンスターや盗賊の

 魔の手から守るという定番もの。

 正直、こんな駆け出しから卒業したばかりの若手がやるようなクエストは

 異邦人エトランゼには役者不足に過ぎる。


 しかし宿代と酒代のツケがリップルの堪忍袋の緒が切れるレッドゾーンに

 入りかけていた現状では、とても断れるわけもなく……


 個人的にはあと二週間でエストの言う出戻り決定のタイムリミットなので、

 もうちょい仕官の就職活動を頑張りたかったんだけどなぁ。

 護衛期間は往復で四日間なのでわりとロスが痛い。


 それでもまぁ、どのみち冒険者カードを再発行したら、聖竜騎士時代の

 伝説装備を回収するためにおにぎりの村に一度戻る必要があったので、

 村に置いてきた愛剣の回収ついでのってことで結果オーライにしておく。


 ほかにもあの村には当時の防具を冒険の足跡として置いてきたけど、

 あれはもう中学時代のサイズなんで装備不可能だろうから放置する。


「最初から魔王討伐の使命を受けて最強職として生まれた異邦人エトランゼにゃあ

 分かり辛いことだろうさ。オレたちがこうして魔王退治の立役者になって

 故郷に錦を飾れたのも、お前の尻馬に運良く乗れたからだと思ってるよ。

 もしユートに出会わないまま両親の反対を押し切って冒険者の道を進んで

 いたらと思うと、さすがにゾッとするぜ。長生きはしなかっただろうよ」


「それに関してはボクも同感さ。右も左も分からない異世界に放り出されて

 途方にくれていたボクに最初に声をかけてくれたのがおにぎりでよかった。

 こうやって優先的にキャラバン護衛の仕事を回してくれて恩に着るよ」


 実を言うと、この『もののついで』でやっているビール樽を右から左へ配送

 するだけの護衛クエスト、競争率がかなりの激高だったらしい。


 本来ならば若手の冒険者くらいしか受けない低報酬の下位クエストなのに、

 最近は上級職までもが応募してくるほどの競争率。


 さすがは就職氷河期だけあってモンスター討伐クエスト激減の煽りは、

 こういうところでも顕著に出るようだ。


 そんな応募殺到の中でボクが選ばれた理由は信頼と実績によるものだ。

 こういうとき、異世界でも地球でも、持つべきものはコネクション。

 

「いやほんと、お前がこっちに帰ってきたとリップルから聴いたときは口から

 心臓が飛び出すくらい驚いた。七年ぶりに帰還してきた友が応募してきたと

 あっちゃあ、選考から落とすわけにもいくまいよ」


 親友の温情が身に染みる。これこそ真の友情だよ。オトナの信頼関係だよ。

 やっぱりコッチに帰ってきてよかった……ほろり。


「それに同じくらいの実力者を護衛につけるなら、気心が知れたヤツを身近に

 置いたほうが信用できるからな。最近は盗賊どものレベルが異様にインフレ

 しててよ。二年位前はオレ一人でも蹴散らせてた連中が、ここ最近になると

 ヘタな中級モンスターよりもタチ悪くなりやがった」


「魔王もいないのにそんなに治安が悪いのか?」


「酷いもんだぜ。こんな最初の村レベルの『ああああ村』と王都を繋ぐ街道を

 往復するだけの簡単な護衛クエストが難易度☆4つの中級クエストだぜ。

 ありえねぇし依頼主的にもワリにあわねぇよ」


「高レベル戦士のおにぎりが一人で対処しきれない盗賊団ってどんだけだよ」


 剣と魔法のファンタジー世界において、おにぎりみたいな筋肉マッチョの

 斧使い戦士は負け組といわれている。

 実際、この異世界でも戦士系は超重量武器を振り回す小柄な美少女戦士や

 ビキニアーマーが似合う女戦士、もしくは細身でホスト顔なイケメン風の

 美丈夫戦士がパーティーに誘われやすい戦士職の人気傾向だった。


 ぶっちゃけおにぎりみたいな物語初期に仲間になる巨漢タイプのキャラは、

 話中盤になるとだんだんと仲間の成長速度においつけなくなっていって、

 中ボス戦あたりから活躍の陰りを見せ始め、後半になるとスタメン落ち。

 当時は今と違って肉壁でパーティーを守る盾役タンクの重要性も希薄だった。


 にもかかわらず両手斧という不遇武器の最前線を行く得物を持って最初から

 最後までレギュラーとして活躍をしつづけられたのは、ひとえに彼の精神的

 支柱として仲間を支えた人徳によるものが大きいと思う。


 ダイ大のピンクのワニおじさんは再評価されるべき。

 あのおっさんいなかったら主人公パーティー三回は全滅してますよほんと。


 そんな彼も邪竜王討伐を果たした今は冒険者ほセミリタイヤして村に戻り、

 両親と和解して醸造所を継ぎ、リップルほどではないけれど、村の特産品を

 王都を中継して各地に輸送する商人としてそこそこに成功を遂げている。


 冒険者を半ば引退して実家の醸造所のビール職人に復職したといっても、

 その昔取った杵柄は残っているわけで、現在もたまに王都の訓練所からの

 依頼で新米の教官をやってくれないかとお呼ばれすることがあるらしい。


 まったくもってうらやましい話である。

 基本職とバカにされてる戦士も、レベルとスキルが極まれば新人に基礎を

 叩き込むエキスパートになれる一例だ。


 つぶしの効く基本職の汎用性の高さってやっぱり強みだよね。

 倒すべきモンスターがいなくなって食い詰めてしまった勇者と違ってね。


「それってやっぱり勇者の就職氷河期のせい?」


「ほぼ八割はソレが原因だな」


「やっぱりなぁ」


 食い詰めた暴力自慢だけがとりえのアウトローどもの行き着く先なんて、

 時代劇とか傭兵ものを見ていれば察しが着く。

 悪徳商人お抱えの用心棒になるか商人を襲う盗賊になるかだ。


 エストがこっちで就職できなかったら強制送還の条件をつけたのも、

 そういった盗賊落ちを恐れてのことだろう。

 魔王を斃せるほどのチート性能を持つ勇者の野盗化とかシャレにならない。

 

「人類の正義のために戦った勇者が野盗になるとか笑い話だよなぁ」


「笑い話じゃねんだよなぁ。なまじ腕が立つ連中が盗賊化したもんだから、

 ここ最近の商隊の被害は増える一方。一部じゃ大山賊時代の幕開けとか

 なんとかで『山賊王にオレはなる』なんて言い出す輩まで出る始末だ」


「山賊王って……」


 なんかそれスケールが微妙にちっちゃくない?


「リップルの酒場のギルド依頼の四割が盗賊団討伐だの山賊の賞金首だので

 埋まってるのを見れば概ね察しが付くだろ? 陸路は盗賊、山路は山賊、

 海路は海賊、空路は空賊、どこもかしこもヒャッハーな荒くれ者だらけで

 貿易商人には辛い時代だよ。なまじ元冒険者で知恵と腕っ節がある分だけ

 治安の悪化ぶりは魔王軍がいたとき以上だな」


「ドラゴンも跨いで通る盗賊イジメが得意な女魔術師の登場が急がれるな」


「だからよ、こうしてちゃんと商隊護衛の仕事を定期的に回してやっからよ、

 間違っても野盗になんかなるんじゃねーぞ。かつて親友だった勇者さまが

 モヒカンに棘付き肩パットのヒャッハーになるのはさすがに御免だからな」


「ソレがイヤだから、ボクはこうして冒険者カードを再発行してまで勇者に

 しがみついてるんだろ?」


 言ってボクは村から回収した愛剣『斬竜剣グラム』を指でさした。


「元の世界に戻る前におにぎりに預けといた愛剣が残ってて助かったよ。

 こいつがなかったら本気でマズかった」


「どんくらいマズかった?」


「所持スキルの半分が使用不可になるくらいマズかった」


 異世界召喚されたときに聖竜神から選別として託されたこのチート武器は、

 ボクが聖竜騎士としてのスキルを発動させるためになくてはならない媒体。

 これがないとボクの竜殺しに特化したスキルは半分も使えない。


 その基本条件を差し引いても、冒険の最初から最後まで付き合い続けたこの

 ドラゴン百体斬りの愛剣はボクにとってすでにカラダの一部。

 なによりも全長五尺はある両手剣というのがいい。男のロマンがある。

 

「そうやって限定付きのスキルばっかり取るから再就職に難儀するんだよ」


「耳が痛い」


 だってそういう尖ったスキルに特化したほうがヒーローらしいじゃん?

 ハイリスクハイリターン技能は男のロマンだよ。


「まぁ、ユートが現役復帰してくれたのは旧友として嬉しい限りなんだが」


 ここでおにぎりはハァ……と肩をすくめ、


「お前のさ、そのクラス名はなんとかならなかったわけ?」


「文句は勇者職の大幅改変を行った冒険者ギルドにイッテクダサイ」


 ボクは再発行された冒険者カードを懐から取り出し、職業欄を一瞥する。

 このクラス名を確認しては落胆する所作をなんど繰り返しただろうか。

 どれだけ見直そうとカードに記載された現実は変わらないんだけどね。


「そこまでして勇者職に拘る必要性ってあったのか?」


「たとえ下級クラスに降格でも、これだけは譲れないプライドなもんで」


 八年前のボクはら勇者の最上級職である『聖竜騎士ドラゴンセイバー』だった。

 だけど神の尖兵として邪竜王を斃し、選ばれしものの任期を終えたいま、

 そんな輝かしい役職も御役御免で自然消滅。


 で、イチから出直しとなった現状のボクのクラス名はというと──


「だからって『たねもみ勇者』ってネーミングはどうよ?」


「それについてはボクもクラス開発者のミスミの爺さんに文句を言いたい」


 ええ、ボクもね、『たまねぎ剣士』より酷い下級クラスがこの世にあるとは

 思いもしませんでしたヨ。


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