creation of the world ~舞台裏・ミル編その2~
知恵の実を食べた人間は、その瞬間より旅人となった…
アルカナの示す旅路を辿り、未来に淡い希望を抱く…
しかし、アルカナは示すんだ…
その旅路の先に待つものが、"絶対の終わり"だという事を。
いかなる物の行き着く先も…絶対の"死"だという事を!
【黒木勇斗語録 ペルソナ3 ニュクスアバター】
テセウスの集会場・冒険者ギルド出張所にて──
「はい、これが先日頼まれた各種文献っす。間違いないっすか?」
「はい、間違いありません。すべて注文通りの内容で助かります」
「お客さんの要望を可能な限り叶えるのがギルドのお仕事っすから」
えへんと嬉しそうに鼻を鳴らす受付嬢のちっこいのさん。
「じゃあコレが今回注文の書籍関連の領収証っす。支払いはGでお願いするっす」
「大陸通貨で、ですか?」
「ギルドはいつもニコニコ現金払いでGでの支払いが基本っす」
「魔貨は?」
「残念ながら魔界の通貨はアウトっす」
「あぅ、それだと手持ちが……」
「まだ予約注文の書籍が三十冊あるから、月末に一括払いでいいっすよ」
「すみません。世間知らずで」
深々と頭を下げる私。
普段は迷魔城に引き篭もっている私も、本を買いに行くときだけは外に出る。
この地上で見つけた数少ない趣味『文献漁り』。
もともと読書好きで、魔界の学校でも図書室で本を読むのが好きだった自分。
そんな自分が人間界にやってきて最初に興味を引いたのが地上の歴史書だった。
「それにしてもこんなに大陸の歴史書を買い漁って人間社会の勉強とかタイヘンっすね。自分なんかこんなに活字だらけの本ばかり毎日読んでたら知恵熱で耳から噴煙が出るっすよ」
「お手数をおかけしてすみません。私の我侭で書籍の仕入れまでしていただいて。本当なら私自身が王都の国立図書館に出向いて調べるべきことなんですが……」
「まぁ~それはさすがに無茶っすよ。魔王が冒険者の拠点最大手である王都に堂々と顔出して図書館めぐりとか自殺行為もはなはだしいっす」
「あ、あの、ここもいちおう冒険者の拠点なんですよね? そうなると冒険者の酒場で普通に本の注文受け取りに来ている私って、鉄板の上の牛肉みたいな……」
「ああ、そこんところは平気っす。まだオープン前だし、ここのスタッフはだいたい裏事情を黙認済みっすから。御利用いただけている限りは食い詰め冒険者もラスボスも分け隔てなく対応っす。書籍の注文くらい飲兵衛のタマ先輩や暴食天使のエスティエル先輩の無茶振りに比べたらかわいいもんっす」
手をパタパタ振りながら無邪気に微笑むちっこいのさん。
エスティエルさんやタマさんもそうだけど、この【火焔の聖女】さんも自分が魔王という存在だと分かっていながら普通の人間と同じように接してくれる。
魔界の自国領内では大公令嬢として国民から敬われ畏れられ、魔王学校では牛乳ぼっち女とクラスメイトたちに蔑まれてきた自分。
だからこうやって対等な立場で接してくれる人に不思議な好感を感じてしまう。
魔界の王は神に等しき上位種であり、下等な人間は利用し支配し喰らうべき存在であらねばならないという魔王の基本理念からすれば、魔王が人間とこうして仲良くするのはいけないこと。ましてや敵対関係にある神竜の巫女相手に笑顔の交流など言語道断。
人間に対して多少の理解がある穏健派の魔王のみなさんでも、きっと今の私を見たらそう言うだろうし、おじいさまですら「さすがに王の威厳を考えるとどうか」と眉を寄せていたと思います。
でも、私は、これくらいの立ち位置が身の丈に合っていると思うんです。
自分は伝説に名を残す魔王たちのような偉大な存在には成れない。
最初からそれが分かっているから、私なりの在り方で人間と接するよう心がけた。
人間と分かり合い、共生を望んだ魔王も歴史の中に少なからず存在する。
その事例は決して多くはないけれど、私もかくありたいと願っている。
少なくともこれまで私が出会ってきた人間は、みんな好意的に接してくれた。
大戦の傷が深く残り、魔族に対しての反発が根強い現代なのにも関わらず。
「ところでミル姉さん。魔族から見た地上の歴史ってどうっすか?」
ふと、ちっこいのさんがそんなことを言った。
「私の視点から見た地上ですか?」
「いや~、自分も最近になって人里から遠く離れた山奥から都会に出てきた身で、これまでまったく勉強してなかった世界情勢とか人間社会の猛勉強中なんすよ。恥ずかしながらこのトシになるまで経典とお祈りばかりやってた……というか、それしかやってこなかった世間知らずの身の上でして」
分かります。
神竜のお付きの巫女である聖女とは通常そういうものですから。
邪竜神お付きの聖女も闇竜神お付きの聖女も他の聖女と基本は同じ。
普段は神殿に引き篭もって経典の書き写しやお祈りを捧げ、神託のお告げや祭事の主宰などの重要なイベント以外では人前に滅多に顔を出さないのが普通。
魔王として変り種の方面にいる私がこういうのもなんなのですが──
浮世に染まりすぎているエスティエルさんやタマさんが異常なのです。
「ほら、天界・地上・魔界って同じ世界にあるのにまったく価値観が違うじゃないっすか。文化の相違からくるイメージの違いというか、歪曲された偏見というか、魔界から見た地上の歴史がどんな風に伝わっているか、自分ちょっと興味あるんすよ」
「人間の大半が魔界を一面の砂漠や荒野で出来ていて、一日ずっと暗闇が支配していて、凶暴なモンスターがウヨウヨしていて、毎日魔族が殺しあっている弱肉強食の地獄って感じでイメージしているみたいな……ですか?」
「そうそう。そんなかんじっす」
「実のところそんなところは深層の一部地域だけで、平和なところは平和で、現実は逸話ほどでもないんですけどね」
「そうなんすか?」
キョトンとした顔のちっこいのさん。
しかたないですよね。魔界は大昔から閉鎖的で鎖国主義。
情報の文献化が好きな人間と違って、魔族は自国の情報をほとんど記録しない。
だから地上に魔界の情報は伝播しない。しても偏見と誇張を経た誤ったものが大半。
情報を仕入れる気がない者は情報を伝達する気概もない。
魔族自体が人間界に【破壊して支配する】以上の価値を見出してないから。
彼らの文化や歴史を理解しようという姿勢を持つ魔族はまずいない。
魔族こそが最強。魔王こそが絶対。力こそ正義。弱者の情報など無価値。
どうせ壊してしまうものなのだから最初から知る必要もないと皆が言う。
……だからいっつも魔王は慢心の末に人間に負けるんですよね。
立場的に言っちゃいけないことなんですけど私は声を大にして言いたい。
魔族は退廃的で閉鎖的。創世の頃からなにも生長していない──と。
「あ、あのぅ。もし、ちっこいのさんさえよろしければ、ここで少し勉強会をしてみませんか?」
「勉強会っすか?」
「はい、私も人間の歴史に興味がありますし」
「いいっすよ。自分も今日はヒマっすから」
「ありがとうございます。じゃあどこからお話しましょう?」
私たちは寄り添うようにカウンターの椅子に座り、
「スタートは創世記からでいいんじゃないっすか? 天界・地上・魔界を問わず、すべての歴史のはじまりっすから」
「そうですね」
と、共にカウンターに重ねた本の数々のうちから創世神話の文献を引き出してページを開いた。
◇『創世記~世界の始まり~』
・創竜神の到来──創生の始まり。
・時の三大神──始まり・現在・終わりの誕生。
・始まりの神・『天竜神』
うつつの神・『幻竜神』
終わりの神・『冥竜神』
時を司る三大神による三大陸の国生み。
・三大陸『天大陸』『地大陸』『魔大陸』の創造。
・『始竜神』の陽生み。生と創造の概念・太陽と聖竜神の誕生。
・『現竜神』の神生み。光竜神・闇竜神・風竜神・水竜神
地竜神・森竜神・海竜神・火竜神の八大竜の誕生。
・『終竜神』の陰生み。死と破壊の概念・月と邪竜神の誕生。
「まずは創世神話の始まりの始まり。創造の神の到来から時間の三大神の誕生っすね。そこから太陽と月の創造と自分らが信仰する八大竜の誕生。セーヌリアス大陸の人間なら誰もが知ってる神話っす」
「ここは魔界でも内容は同じですね。ただ、魔界では始竜神は太陽の神というより生の概念を司る創造神とされ、終竜神は月の神よりも死神または破壊神としてのイメージが強いようです」
「こうして調べると聖竜神と邪竜神ってやっぱ別格っすね」
「幻竜神が八等分して生み出した八大竜と違って、それぞれの神がその力を分散せず受け継がせた一子ですからね、単独で天界と魔界の王になるのも当然といえば当然ですね」
この世界のすべては無から現れた創生の神から産み落とされた。
俗に創竜神と呼ばれる始まりの竜。名も知られぬ森羅万象の父であり母。
その偉大な神は最初に時間の概念を生んだ。
すなわちありとあらゆるものに介在する『始まり・現在・終わり』の理だ。
これには諸説あって『過去・現在・未来』の誤訳ではないかという説もある。
始まりを意味する第一の竜は太陽の神として天界を作った。
今現在を意味する第二の竜は地上の神として人間界を作った。
終わりを意味する第三の竜は月の神として魔界を作った。
「この頃はまだ天界も魔界も地上も一つの大陸として存在していて、すべてが地続きだったんですよね」
「このあと人類の始祖が創生神の骸から誕生して」
「さらに始祖の民から天空人・人間・魔族へと人種が分岐していって」
ここで私たち二人は一拍の間を置いて──
「神世で最初にして最古の戦争」
「神々の時代の終わりの始まり、『神々の黄昏』が勃発するんですよね」