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Bargain justice sale ~舞台裏・ギルド酒場の朝~

「ムズカシイ法律の本があざ笑うように並んでいる。

 ちょっと読んでみたら、アタマが痛くなった。

 しまうとき、落っことして足まで痛くなった。」


【黒木勇斗語録 逆転裁判 成歩堂】

「……くそ眠い」


フォートリア国・第289代目元首、【大樹の聖女】タマの朝は遅い。


今日も今日とて酒瓶を抱き枕に寝転びながら夢と現実の狭間で反復横飛び。


窓から差し込む太陽光と、朝特有の日の出から急激に増える熱帯のジメジメさがフォートリア国民にとっての目覚まし時計がわり。


「~~~~~~~っ」


ギャアギャアと鳴きわめく鳥たちの声に囲まれながら、ボクは浅い夢の出口付近で、公務に追われるウンザリな一日の始まりが今日も滞りなく訪れたことを自覚した。


寝巻き姿でゴロゴロと唸りながら眠気との聖戦を五分ほど繰り広げ、やがて「あ~っ、働きたくない~っ」という本音に聖女としての義務感が打ち勝つと、しぶしぶながらの覚醒がやってくる。


ここまでのプロセスが三十分。

だいたいいつもの午前九時半に飛び起きる計算だ。


「ッッッ」


覚醒とともにうっすらとやってくる二日酔いの頭痛。

昨晩はちょっと飲みすぎたかなと自身の自制心の無さを反省する。

これもまたいつものこと。


テセウスの集会場に設置した酒場には、大陸中からやってくるであろう冒険者のために古今東西の酒を卸すように指示したからね。あちこちルートを駆使して取り揃えた酒たちの試飲は、この集会場を実効支配しているフォートリア国家元首としての義務だよキミ。


この頭痛は快楽の代償。

仕事を終えたあとの悦楽の代価。愛は常に痛みを伴うもの。

二日酔いが嫌なら三日参晩飲み続けろとは誰の言葉だったかな。


というか──


「あ、ここギルド酒場の仮眠室だ……またやらかした……」


意識がハッキリしはじめて周囲を見回せば、そこは見慣れた自分の寝室ではなく酒場の二階にある休憩所の一室。


嗚呼、また酒場で飲み明かしたあと酔い潰れて寝ちゃったのか。

見ればノーブラのパンツ一丁。髪も尻尾もボサボサで布団もしわくちゃ。


備え付けの鏡を見れば、


「うーわ……」


なんか倦怠期のオッサンみたいな酷い顔の美女が映ってる。


「いい年した女子が記憶すっ飛ばして風呂も入らず脱ぎ散らかして酒場で熟睡とか、スボラなエストリアこと笑えないにゃ~」


昔はもうちょっと品性に気を使っていたような気がするのに、いつごろからこんな風になったんだろと、年々かさんでいく自分のババ臭さに自己嫌悪。


我ながら老けたと思う。肉体的にはともかく精神的に。

いつまでも無垢で御転婆でやんちゃな少女じゃいられない。

この顔を見ると、あの頃に自分がとことん軽蔑していた「社会の檻に囚われたダメな大人」にどんどん近づいてるのがよく分かる。


昨日と言う明日。今日という昨日。明日という明後日。

起きて働いて酒飲んで寝るだけの、似たような日々。

普遍的で変わり栄えの無い日常をむさぼる毎日。

そんなつまらない大人になるのが嫌で、好奇心の赴くままに国を飛び出したのが八年前か。


なのになんで昔の自分があんなにも軽蔑してた『オトナ』に染まっちゃってるのかにゃあ。


ああはならないとツッパってはみても、親よりはフリーダムに公務をやってるつもりでも、自然となっちゃうんだねぇ。こういうかおに。


ユートくんも言ってたなぁ。オトナになるってかなしいことなの……って。


いっそ聖女としてのなにもかもを放り出して、長靴でも履いて長旅に出ようか。

なんていえないのが、統治者としての責を背負う愛国者の悲しいところ。

院の連中に丸投げしているようで、〆るときは〆るのが大樹の聖女の仕事だもんね。


酒場で済ませようとこっちに持ち込んだ仕事もまだ少し残ってるし、朝食とって沐浴して身も心もサッパリしたら書類整理して、それから例の件のあれこれについて院長どもと打ち合わせかな、


「う~~~~~~~~~~~~~~~~んっ♪」


網戸を開けて太陽光と風を部屋中に通して、まだしつこく残っている眠気の淀みをすっ飛ばす。

いい天気だね。いい風だね。本日も晴天なり。今日も森の生命を潤す大自然の加護に感謝。

お日様の温もり。涼やかな微風。森と川の音色。五感に訴えてくる生命の息吹の数々。

中央とかいでは感じられない南方特有の空気。やっぱり故郷はいいね。生きてるって感じがする。


「んじゃま、ぼちぼちいきますかにゃ~っ」


洗面台で顔を洗って毛並みを整えたら、脱ぎ散らかした皮鎧を着て軽くストレッチ。

ほどほどに身体をほぐした後、今日も一日がんばるぞいと気合を入れてチェックアウト。

荷物片手に休憩部屋を出て階段を下りると、


「あ、おはようございますセンパイ」


ちょうど開店準備を始めようとしていたギルド受付嬢の子と鉢合わせになった。


「おはよう。いい天気だね」

「はい、今日も快適な冒険日和っス」


グッと両手を握りながら元気に返事する彼女の名前はクラテル。

このテセウス集会場に設置された冒険者ギルド出張所を任されている新人の受付嬢だ。


凹凸のあまりないスレンダーな体型、ショートカットの赤髪、浅黒い肌。

少女の可憐さを含んだ少年的な風貌は、やんちゃだった昔の自分を思い起こさせる。


「昨晩はだいぶ深酒してたみたいですけど、二日酔いのほうは大丈夫っすか?」


「ちょっと残ってるかな~。さすがに山岳地帯の三大銘酒『ドワーフ潰し』『火竜の吐息』『水溶岩』を三連発で利き酒は無謀だったね」


「その後がタイヘンだったっすよ。飲み干したと思ったら急に装備を脱ぎだして大の字で卒倒。だいたい小瓶でなくジョッキでグビグビとか。酒に強いドワーフだって普通そこまで無茶しないっスよ」


「山岳の酒を嘗めてた。うん、反省してる」


「むしろ反省するなら、あの脱ぎグセと絡み酒のほうをなんとかしてほしいっす」


「あはは、善処しとく」


「中央の地方へ対する公約よりアテにならないっす」


この南方猫族のように公用語の語尾に独特の強調を入れる訛りは、大陸の東西を遮る天下の険『ヴォルゴヴォルラ大山脈』を根城にする『火山の民』に見られる特長だ。


「うちの三大銘酒は火を噴くほど強い度数のわりに翌日まで引っ張らないのが持ち味なんですけど、さすがに限度超してたっすからねー。あんまり引っ張りそうなら酔い止め草の青汁を飲んでいくっすか?」


「そうしとく」


「公務、忙しいんすか?」


「最近は特にね」


フォートリアという大幹の各国家事業を担う行政機関【大樹の五院】。


国家財務を担当する『実の院』。

国家防衛を担当する『枝の院』。

国家法務を担当する『根の院』。

国家教育を担当する『葉の院』。

国家外務を担当する『種の院』。


そこからさらに森竜神殿が担当している農林事業・環境事業・治水事業と役所の種類は多岐に及び、五院と神殿の橋渡しと統括を行うのが【大樹の聖女】であるボクのお仕事。


「てんやわんやだった復興事業関連は落ち着いたと思ったら今度はコレだもの。まぁ、これそのものは楽しんでるから苦痛じゃないんだけどね。ある程度は先代聖女かあさまと五院に丸投げだし」


それでも、ある程度でない部分は自分が調印したりまとめたりしなくちゃいけないし、【大樹の聖女】としての神殿運営もかなり自分が中心にならないと解決できない業務が多い。特に迷魔王関連の極秘事項は自分以外には任せられない。そこんところがやっぱりストレスなのか、仕事の愚痴を吐きながら飲まなきゃやってられない夜が増えた。


「聖女としての仕事をこなしつつ政治のお仕事もしっかりとか、感心するッス」


「聖女の仕事はわりとテキトーでもいいんだよ?」


「それ、エスティエル先輩にも同じこと言われたっす」


「まぁ、エスティはサボリすぎだけどね。でも、クラテルは聖女になって日が浅いからかもしれないけど聖職者として真面目すぎなんだよ。きみがこの仕事を任されたのも、無我無欲の箱入りが過ぎたのを火竜神に心配されて社会勉強してこいって言われたからだよね?」


「耳が痛いっす」


なぜ彼女はボクとエスティのことを『センパイ』と呼ぶのかというと、クラテルはつい一年前に火竜神おつきの【火焔の聖女】になったばかりの当代最年少の聖女だからだ。


七大魔王との戦いの傷がもとで亡くなられた先代の後継者として聖女に任命されてから、日々これ修行と無欲に邁進するその姿はひたすら生真面目。


あまりにも僧侶として真面目すぎるためか彼女はひたすら世間知らず。十五になるまで火竜神殿からほとんど出たことがなく、最近になってようやく上も無菌室の純粋培養がいきすぎてヤバイと感じたのか、こうして社会勉強として外に出すようになった。


ボクの目から見ても、クラテルは就任の挨拶に出向いた初顔あわせのときに比べてだいぶ柔らかくなった。最初の社会勉強の引率役をかってでたのがフリーダムなエスティの影響もあるんだろう。


「それにしてもまだ開店一時間前なのに、もう準備とか早いね」


「研修の頃からギルドの仕事はリザさんにおんぶにだっこっすから、せめて雑用くらいは他の人に自慢できるくらいちゃんとやりたいんすよ」


分かる。

だいぶ慣れたといっても、やっぱりギルド受付嬢としてはカチカチだからね。

聖女としての仕事しか世界を知らない彼女には冒険者の世界は未知に過ぎる。

オープンまでに基礎的な部分のみを学ぶ研修期間でも、彼女にはいっぱいいっぱいだ。

彼女のパートナーである蜥蜴族の受付嬢がヤリ手なおかげで助かってるところは多い。


「正式オープンまでまだ半月あるから、そこはじっくり勉強していけばいいさ」


「はい、がんばるっす」


若いなぁ。おねーさん、キミの初々しさを見てるとトシを感じて悲しくなるよ。

もう自分も二十代のいい大人。次の発情期が着たら彼氏の一人くらい探さないと。

つうか発情盛りの十代半ばになぜ彼氏の一人も見つけられなかったボクのバカ!


ええ、わかってるとも。

花よりマタタビ。男よりも冒険にかまけてて当時は恋愛に価値なんて求めてなかった。

そして気が付いたら同い年の友人はみんな所帯持ちで子作り済み。

若い頃の御転婆が過ぎすぎて、さらに現在進行形も祟ってか、国の男衆からは敬遠される始末。

ことの深刻さに気が付いた頃には時すでに手遅れでしたわ。ワハハ。


…………酒飲んで不貞寝したい。


「あ、そうでした先輩。枝の院長から伝言を承ってます」


「枝の院から?」


「はい、二日前に捕まえた例のモグラとの交渉、やはり聖女直々出席されての対話でないと話にならない──だそうです。起きてきたらそう伝えておいてくれと伝書鳩の手紙で」


「ああ、あれね」


捕まえて拘留したはいいけど、やっぱ院じゃ手に余るか例のモグラ。


「あの、モグラに畑でも荒らされてるんスか?」


「うん、それも畑どころか迷いの森の一部が崩れるレベルで」


「大物っすね」


「かなりのね」


「はい、出かける前に酔い覚ましの青汁っす」


「さんきゅっ」


とはいえ……


「この酔い覚まし、感覚の鈍い人間にはいいけど獣人にはキツいんだよね」


「良薬は口に苦しっスよセンパイ」


ぐびり。


「不味ッッッッ!!!! 臭ッッッッッ!!!!」


喉から鼻腔へ突き抜けるアホみたいな刺激。

健康にいいって分かっていても、獣人の鋭敏嗅覚からすると毒だよコレ完全に。

特にこの純な青臭さがヤバイ。逆に頭がすっきりする勢いでヤバイ。

さすがはフォートリア産の薬草汁。良くも悪くも即効性で効き目もバッチリだ。


「う~っ、それじゃあ、これから朝一でモグラとお話してくる」


「了解っす。これも公務なんすか?」


「公務も公務。どうやらアレの取り扱いはボクでないと無理みたいだからね」


詳しくは言わないけどヘタうつと外交問題になる慎重な仕事だよ。


まったくもう、フォートリアに迷い込んでくるにしても時期を考えて欲しかったな。

ううん、違う。この時期だからアレが堂々とウチに迷い込んできたとも言える。

ユートくんがそうだったように、あの子がそうなったように、今はそういう時期なんだろう。


○緊急クエスト・【地竜騎士ガッサーの懐柔】(難易度☆☆☆☆☆)


朝から腕が鳴るね。まったく──


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