an after-hours club ~舞台裏・リップルの酒場にて2nd~
子供はいいなあ 子供はな~んにも考えずに遊んでいられてよ
大人になれば、キミもそう思うようになるぜ
【黒木勇斗語録 レンタヒーロー ノルモワ科学の会社員】
ある日の出来事。リップルの酒場にて。
「かはっ! 美味いけど酸味がキツいな、この米の酒。でも美味い。白く濁った色にねっとりとした口当たりがまた独特っつうか面白いな」
「練り酒って言ってね、東方で栽培されている短粒種から作ったお酒よ。ひんがしの国の名産でね、そこと長く貿易している極東の港町から仕入れてみたのよ」
俺の名はおにぎり。どこにでもいるごく普通のナイスガイだ。
職業は実家の醸造所で麦酒を作ることを生業にしているビールマイスターだ。
かつては戦士を生業としていた冒険者だったが、現在は半引退の状態。
七年前に聖竜騎士と旅をして、邪悪な魔王を退治したのもすっかり昔話だ。
「ひんがしの国か。あれだろ? サムライとニンジャのクラスが生まれた遠い島国」
「そう、正式名称は『ワ国』。かなり永いこと最低限の交易以外は大陸との鎖国状態が続いてるチョンマゲの国よ」
カウンターの向こう側でグラスを磨きながら話す酒場の主人リップル。
彼女もまた七年前に俺たちと一緒に壮大な冒険をした仲間の一人だ。
あとこの場にいない三人目の仲間は南の国で国家元首なんぞをやっている。
十代半ばだったあの頃と違い、みんながみんな立派な社会人。
いつまでも夢を追うガキではいられず、リップルは魔王退治が終わるなり冒険者を早々に引退して、手に入れた財宝を元手に事業を始めて今では立派な酒場のママさん。
オレも同じく冒険者を引退して親の道具屋を継ぎ、一年ちょっと前に村の幼馴染と結婚して、いまではすっかり行商の仕事の終わりに行きつけの酒場で一息つくオッサンになってしまった。
「大陸に最も近く最も遠い東洋の神秘。黄金の国ジパング。フジヤマゲイシャがハラキリのオリエンタルランド。王国からの貿易許可が下りないんで諦めてるが、珍しい物好きの行商人としては一度は物見遊山だけでいいから行ってみたい場所だよ。こんな美味い穀物酒が飲めるならなおさらによ」
「いちおう、ワ国と交易が許されている極東の港町イデジマで、ほんの数件だけど米酒を専門に扱っている造酒工場が数件あるわよ」
「マジか!? 東部ってあまり特色のある交易品がないから完全にノーマークだった。ヒマを見つけたら速攻で向かわなきゃ」
「短粒種の米そのものが大陸じゃ貴重品だから高いけどね」
「そこはしゃあないな。大陸は太古から光竜神の恵みを受けた麦の文化だ」
「今日も元気だビールが美味い」
「黒パンをつまみに光竜神の恵みに感謝!」
ひんがしの国『ワ国』か……
冒険者を引退した身だが、現役復帰してみるかと問われたらやぶさかじゃない。
戦士から商人になっても未知への挑戦の心を忘れちゃいない。
ただ、この数年ばかり、冒険者くずれの野族の大量発生で遠方への交易が難しくなって、あまり街道が発達していない辺境へは行けないのが悩みの種だ。
「酒好きのおにぎりの評価がこれだけ高いなら、このまま限定メニューに入れて良さそうね。練酒のほかにも濁酒や清酒もあるわよ。試してみる?」
「おう、どんとこい。この米酒がリップルの酒場に届いたことはまだタマには教えるなよ。あいつに知られたら樽ごともってかれる」
「そのつもり。むこうから安全に安く定期的に仕入れられるなら教えてあげてもいいんだけどさ、空輸にしろ陸路で運ぶにしろ、どうしても辺境から首都までのルートは護衛資金がかさんでさ」
「わかるわかる。おかげで輸入品の物価もアホみたいに上がってるもんな」
ヒャッハーどもの対応だけでギルドへのクエスト申請と護衛依頼料の出費。
遠くへの交易になればなるほどキャラバンの必要経費はかさんでいく。
脳味噌筋肉の戦士をやっていた頃は考えもしなかったオトナの損得勘定。
さらには所帯を持ったり、村役場の重鎮になったり、社会のしがらみも増えた。
ビールの行商だってラクじゃない。
俺の醸造所はしょせんチンケな村の蔵元だからな。
駆け出しの冒険者が訪れる最初の村だった『ああああ』の村も、お客様だった新米冒険者の激減ですっかりさびれてしまった。
おかげでこうやって周辺の街や都市を巡る行商でもしないとやっていけない。
圧重ねの板金みたいに日々張り合わさっていく人間関係のストレス。
ほんと、魔物を相手していた頃よりも面倒な生活形態になっちまったよ。
「魔王が去った天下泰平の世の中だってのに、どこも盗賊対策でタイヘンだな」
「冒険者を大量リストラしたギルドの因果応報だけになんともいえないわ」
「そこんところをユートがうまいことやってくれりゃあ大助かりだ」
「そうね。例の企画がうまくいけば奴らも現役復帰してカタギになるでしょ」
「うまくいきゃな」
「そこをうまくいくようにしてあげるのが協力者の仕事でしょ?」
「まぁな」
俺の親友にして救国の勇者『聖竜騎士ユート』。
七年前に七大魔王の一角『邪竜王』を倒し、天空人のプリンセスを救出し、主に俺の村の多くの人たち惜しまれながら生まれ育った異世界へと帰っていった伝説の英雄……だった男。
だった、男!
まさか俺も七年ぶりにこっちに帰ってきた親友が長屋に引き篭もりのプータローになってるとは思わなかったよ! しかも帰還の理由が職探しだよ!
で、ようやく見つけたこちらでの就職先が魔王軍の幹部ときた。
世の中ってわかんねぇもんだな。付き合いでアイツに協力している俺らも俺らだが。
ダンジョン経営のコンサルタント事業。
舞台裏に立って人間サイドから魔王の仕事を支援する協力者が俺たちだ。
リップルも俺も王都に拠点を置く人間なので、タマみたいに遠いフォートリアにつきっきりというわけにはいかず、来られるときだけ顔合わせの協力、それ以外は遠距離からサポートというカタチをとらせてもらっている。
飛空艇のチャーターは金がかかるからな。ほいよってわけにもいかないのよ。
そんな足回りの悪さを懸念したエスティが、近いうちに迷魔城直通の転送アイテムを用意するから待っててって言ってたから、それまでの我慢だ。
「冒険者の需要激減で包丁屋になってた鍛冶職人たちへの要請は順調?」
「かなり大喜びで話にのってくれたぜ。冒険者の廃業や王国の軍事縮小のあおりで仕事なくなってた連中は多かったからよ」
俺は今、テセウスの町の武器防具屋に装備品を回す鍛冶屋を用意するために、行商のコネを総動員してあちこちの街を駆けずり回っている。
職人ってのは酒好きが多い。
だから仕事柄、このテのコネには困らない。
この数年、魔王軍の撤退が原因で冒険者の需要で生計を立てていた武器屋と防具屋の大半が、看板を傾かせて廃業の憂き目に遭っている。
ほんの一部の軍部御用達の鍛冶職人たちでさえ、魔物の脅威が去ったことによる軍事費縮小のあおりで仕事を失い、包丁屋や農具屋への転身を余儀なくされてしまった。
そんな彼らに救いの手。
ダンジョン探索を目当てに集まる冒険者たちを顧客に過去の栄光よ今一度。
なにせフォートリアは鉄器があまり発達しなかったレンジャーの国。
弓矢や革製品とかは大陸随一と呼んで差し支えない出来栄えなんだが、一般的な金属武器や金属防具のほうはお察しレベル。
なのでダンジョン探索のためにテセウスの町に押し寄せるであろう多くの冒険者の要望に応えられるよう、世話になった鍛冶職を最優先に様々なクラスの武器防具製作依頼の話を持ちかけてるってワケだ。
「南方山岳部のドワーフたちは? ミスリル系装備はあいつらの専売公社だから、後々の高レベルダンジョン実装を考えると早いうちに話つけといたいのよね」
「あっちはフォートリアとは仲悪いからな。協力を取り付けられるかは交渉中。まぁ、なんとか卸売りくらいはいけるよう持ちかけるさ。むこうさんも魔法金属武器の最大手からツルハシ屋に落ちぶれてプライドがガタガタだからな」
「ほんとに冒険者産業の衰退はあちこちに経済的打撃与えたわね」
「魔物相手の戦争特需が如何に大陸の経済を回していたのか良く分かるよな」
「あと五年もしないうちに大陸の闘争は魔王相手の種の存亡をかけた戦争から、人間同士による資源目的の内乱に移り変わるなんて経済学者の与太話も、あながち妄言じゃないってことよ」
「例の第二王子が王座についたら亜人種の西方連邦国家とグローリア王国軍による大陸統一戦争が勃発するってアレか」
「魔王が跋扈していたときのほうが大陸の経済が安定してたってのも皮肉よね」
「ああ、誰にでも大儲けのチャンスが転がってた時代だった」
二人してハァと溜息。
「昔の活気を少しでも取り戻すためにも成功させたいわね。今回の一件」
リップルがコトンと透明な米酒が入った陶器のコップをカウンターに置き、
「それで需要激減で斜陽化していた冒険者事業が持ち直して、俺ら冒険者相手の商売人の懐が潤えば、さらに万々歳だ」
すかさず俺がクイッと一杯。
濁り酒を濾過しして殺菌した『清酒』だったっけ? これは美味い。
さっきの粥のような酒と違ってスッと喉に入っていく喉越しがたまらん。
これは採算度外視でもいいから飛空艇をチャーターしてイデジマに向かわねば。
「あとはタマの働き次第だな」
「頑張ってるわよあの子。最近、地竜神おかかえの神竜騎士と新しくコネ作ったって自慢してたし。それ経由で第三次探索隊の推薦枠で魔王討伐経験を持つAランクの腕利きを要請できたわ」
「へぇ。どこのどいつだ?」
「コボルト侍のコクロウさん。だいぶ昔にちょっとだけ旅の仲間になったことのあるあのワンコ」
「ああ、あの酒癖が最悪のあんちゃんか。よく憶えてるよ。たしかに鬼城王を倒したあの人なら実力も実績もうってつけだ」
「噛ませ犬に?」
「文字通りに」
あまり大きな声では言えないが、第三次探索隊のクエストにはヤバい裏がある。
それはダンジョン挑戦した冒険者が全滅したときに、ちゃんと死亡判定回避の機能と強制排除機能が働くかのどうかのテストのことだ。
加えて『このダンジョンはやばい』という宣伝効果のための噛ませ役の募集。
この人選が大変だった。相応の名声と実績と実力がある冒険者でないといけない。
コクロウさんには悪いが、悪役デビューのユートの初陣には彼はうってつけ。
場合によっちゃあユートのほうが返り討ちになる可能性もあるが、それならそれでモンスターがわの機能テストになるからいいらしい。
七大魔王戦役が終わってからは大陸のあちこちをブラブラしている流浪人なんかやってるが、ひょうきんな性格して、いざチャンバラとなるとつええんだわ、これがなかなか。
「あの人が受けてくれなかったら、最悪、あの子を呼び戻すことになってたわ」
「アレか……あいつ今は北の離島でリンドウルム退治の真っ最中だったな」
「ユートにはあのこのこと言ってあるっけ?」
「いんや、伝えてない。ややっこしいことになるのは目に見えてるからな」
「そうね。そういう意味でも呼び戻すことにならなくてよかったわ」
「リップル、次はこの黒酒ってのくれる?」
「ほどほどにしておきなさいよ」
勇者が必要とされなくなった時代にも勇者はいる。
そういう時代に限って稀代の天才が現れたりするのが世の中の皮肉。
かつてのユートがそうだったように、あの子もまた英雄譚に出てくるヒーローに憧れて末期までこじらせた夢見る勇者。
だからユートとあの子はいつか出会うことになる。
本件のコンセプトから考えて、遅かれ早かれ二人は対峙することになるだろう。
そんとき二人がどんな反応をするのか、ちょっと楽しみであり、怖くもある。
まっ、そんときはそんときだ。
まずはダンジョン運営の試用運転が無事に終わることを祈ろう。
無二の親友の新しい仕事の成功を祈って、乾杯。
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