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Unknown Unknown Unknown ~犬侍・伍~

・・・いつも、どこにでもいる

逃げるものを追い、隠されたものを暴き、正義を誇る狂人が

そして往々に、覚悟だけは足りぬものだ


【黒木勇斗語録・ダークソウル3 ヴィルヘルム】

 不意に起きる戦いとは単筒の火縄銃の誤爆のようなもの。

 撃つ意がなくとも、引き金を引く気がなくても、火蓋が切れれば弾は出る。

 開戦の号砲は容赦なく天に轟き、害意の是非を問わず凶弾は放たれる。


 彼らの失態のひとつは乱入者の出現と同時に反射的に索敵魔法を発動させたこと。

 これだけでも十分に対象には敵意と取られる。


 続けて犯すもうひとつの致命的失態。

 これがよくなかった。


「いやはや、助かったよ」


 イカル氏が友好的になれなれしく黒騎士へ近寄ったのである。

 獲物の槍を石畳の上において無防備となり、屈託のない笑顔で歩み寄る。


 自分たちは侵入者だがそちらと敵対するつもりはない。

 彼は彼なりにそうアピールしたかったのだろう。

 交渉が成り立つ相手なら対話する。戦わずに済むに越したことはない。


 たしかに黒騎士には殺意は感じられなかった。

 いまのところ敵意や害意らしき【気】を感じない。

 感じないが……


「いかんッッッッ!」


 拙者はぬぐいようのない不安にたまらず叫んだ。

 イカル氏は優しい人間だ。交渉による戦いの回避の選択は間違っていない。

 野生動物とて餓えてさえいなければ滅多にこちらを襲わない。

 鎧の中身が女子ならなおよしと考えているかもしれない。


 しかしだ。

 彼はこのダンジョンに込められている何らかの思惑を分かっていない。

 否、拙者とて確信があるわけではない。

 ないからこそ滅多なことを口にしなかった。


 これも失態であった。

 たとえ野生のカンによる不確かな憶測であっても、強く感じ取ったならば皆にひとつの仮説として伝えるべきだったのだ。


 我々が迷宮の裏側にいる何者かの意思で被験者モニターにされている事実を。


「俺たちは……」


 彼は不用意に黒騎士の間合いには入り込まなかった。

 相手に交渉が通用しない可能性を考え、一定の距離は離していた。

 シーフ系ははしっこい。これなら不測の事態が起きても退避は可能。

 ハズだった。


 彼の誤算は、全身鎧を着た者は概ね鈍足という既存概念に囚われていたこと。

 そういうのをまるまる無視する理不尽な存在にこれまで遭遇しなかった不運。


 拙者は知っている。

 純粋無比な膂力と筋力は全身鎧の重装甲を軽鎧も同然に変えることを。


 そのとき──


 ズッ……


 黒騎士の身体がわずかに右に傾き、


「…………!?(ハッ!?)」

「いかん!」 


 同時に──

 イカル氏の身を案じた双子のダークエルフ姉妹が動いた。


「……船長キャプテンッッッッ!!!」


 妹の双剣士がイカル氏を場から離すために蹴り飛ばし、


「『身代防御スケープゴート』ッッッ」


 姉の魔法剣士が防御スキルを起動しながらイカル氏の全面に立つ。


 ブンッ──!


「げうッッッッ!」

「……ッッッッッッ!」


 なぎ払い。

 なんのことはない力任せの大剣のなぎ払い。

 不意に放たれた黒騎士の剣がツグミ殿を魔法の大盾ごとゴミのように叩き壊し、放たれた剣圧が跳躍中のウズラ殿を竜巻に呑まれた木っ端のように吹き飛ばす。


 早い。恐ろしく速い。

 超重量武器特有の予備動作がほとんどなかった。

 まるで一般のブロートソードを抜き打ちするような速度で放たれた剛剣。

 筋力に優れる巨人族やドワーフならば修練によっては実現可能だろう。

 しかしあの黒騎士は見る限り一般的な人間の成人男性の体躯。

 どれほどの超膂力があれば、あの体型であんなことが出来るのか。


 それでも二人ほどのレベルの戦士なら反撃は可能だったはずだ。

 二人は油断していた。

 この流れなら踏み込まれても防ぎきれると甘く見ていた。

 盾役の姉が身代わり防御で耐え切り、妹が双剣でカウンターを決める。

 攻撃を受けんとしていたイカルどのを逃がしつつの攻撃策としては上質。

 全身鎧の騎士は防御力こそあるが回避能力とし移動力は乏しい。

 あのタイミングであれば無防備な黒騎士の首に刃を入れられるはず。

 この一般的な冒険者の知識に、彼女らはあぐらをかきすぎた。


 ごくまれに存在するのだ。

 そんな常識など意に介さず、理不尽かつ非常識に例外を重ねる怪物が。


 拙者も初めて目にした。

 あれほどの重装で【縮地】の域に達する踏み込みを行えるモノを。

 なぎ払いと同時に放った気の爆発だけで一撃必倒を果たせるモノを。


 人間の反射速度を超える踏み込みからの一閃。

 瞬きしたらもう間合い。気付いたときにはもう手遅れ。

 そこから烈風魔法なみの剣圧を打ち込まれてはひとたまりもない。


 攻撃の所作に入るまで黒騎士からは一切の殺気を感じなかった。

 いまもなおだ。さながら寄ってきた小蝿を追い払うように気にも留めずに。


 この黒騎士は意を消して攻撃する無の境地に達しているのか?

 でなければ装備自体にそういった意を察知させないようにする能力が?

 あるいは……これはあまり考えたくないが……


 我々は敵とさえ見なされない存在。戯れの玩具として遊ばれているのか?


「ツグミ! ウズラ!」

「二人とも生きてる!?」

「……っ……なんとか……(苦悶)」

「死んではいませんがツグミは完全に戦闘不能ですね。蘇生魔法でないと復帰は……」


 地面に転がったまま動かない双子に駆け寄る三人。

 ウズラ殿は受身を取り損ねた傷みで顔をゆがめているが、なんとか軽傷で済んだようだ。さすがは中位の戦士というところか。


 ダメージは大剣の直撃を受けたツグミ殿のほうが大きかった。

 ディフェンダースキルのおかげで即死は免れたものの昏倒状態。

 そこらの低レベル一兵卒なら上半身と下半身が生き別れて、周囲に臓腑を撒き散らしていてもおかしくないほどの重い一撃。生き胴で真っ二つにならなかったのはさすがのBランク盾役の貫禄か。


 ズズッ……


 黒騎士が石畳を剣先で削りながらゆるりゆるりとこちらとの間合いを狭めていく。

 ゆったりとした動作。無作法にだらんと下がった大剣。攻撃の気配はまだ見えない。

 拙者は抜刀の構えを維持したまま相手を見据える。


 一見して無構えの無防備に見えるソレこそが危険。

 余計な力みのない動きはまるでお師匠殿から賜った脱力の理論と同じもの。

 もしアレが本物なら迂闊には仕掛けられん。迎撃に徹しなければこちらがやられる。


「てめぇぇぇぇぇっ」


 背後からイカル氏の怒声と大口径の銃声。


 パァン!


 向けられた敵意に反応して黒騎士が駆けた。


「シッッッッッッ」


 狙いは一直線上にいる拙者かイカル氏か。

 すかさずの拙者の迎撃。一直線に向かってくる黒騎士へ居合い抜き一閃。

 間のあわせは完璧。弾丸を避けながら詰め寄る黒騎士の横腹めがけて……


 スカッ。


「なっっっ!?」


 スカを喰らわされた。


 迎撃のタイミングは完璧だった。抜刀速度は最速だった。

 けれども拙者の『にっかり青汁』の刃は黒騎士の横腹の装甲を薄くなぞっただけ。

 避けられたわけではなかった。狙いを外したわけでもなかった。


 黒騎士の踏み込みの軌道が想定とは違っていた。だから捕らえ切れなかった。

 こいつは最初から拙者とイカル氏など狙ってなどいなかったからだ。


「しまっ──」


 黒騎士が大地を滑るように高速で、我々の背後、意識不明のツグミ殿に蘇生魔法を施している僧侶イスカ殿と結界を張る魔術師インコ殿に迫った。


 こやつ、最初から狙いは後衛の二人だったのか!

 盾役よりも面倒な回復役や補助役を最初に狙う。冒険者戦術の王道だ。

 やはりこの黒騎士は魔法生物の類とは違う。冒険者パーティー相手に戦い慣れしすぎている。

 明確な自我と意志を持つ者でなければこのような臨機応変な判断をともなう動きは不可能。


 イスカ殿は動けない。長い詠唱時間を必要とする蘇生魔法は消耗が激しく中断も許されない。

 万が一のために備えて張った結界。彼女の用心深さが功を奏した。


 パリン。


「ぐぁっ」

「きゃあっ」


 無駄だった。


 最高速度の突進の勢いを乗せた大剣の直突きが魔術師の結界を容易く砕き散らす。

 多少なりとも勢いを削いだ結界のおかげか、はたまた黒騎士の剣の切れ味の欠陥によるものか、二人は串刺しになるのだけは免れる。


 しかし暴走する馬車にはねられたように左右に吹き飛ぶ二人は大きな痛手を受けた。

 特に無防備のまま突進攻撃を受けたイスカ殿のダメージが深刻だった。

 回復役を潰され、魔法攻撃役も身動きがとれない。もはや後衛からの応援は期待薄。


「魔王が去ったこの時代に、よもやこれほどの猛者つわものが……」


 グルルルル……

 無意識に黒騎士に向けて威嚇の唸り声を上げている自分に気が付く。

 犬獣人の本能が「ここから尻尾を巻いて逃げろ」と警笛を鳴らしている。


 こやつは何者か。

 人なのか? 魔なのか? それとも竜か悪魔か。

 圧倒的なパワー。押し寄せてくる圧迫感。人の型をして人にあらず。

 例えるならそう、巨大な竜を無理矢理に人の形を圧縮したような……


 アレに似た存在を拙者はひとり知っている。

 人ならぬ剛の力。神がかりの暴。人でありながら竜の力を宿した漢。

 神竜騎士ガッサー。

 彼はまさしくそれを体現した人の常識を超越せし存在だった。


 なぜ最初に気が付かなかったのか。

 黒騎士が発散している威。この独特の圧力はガッサー殿の気とそっくりだ。

 つまりは……


 あの黒騎士は伝説の神竜騎士と同等の力を有しているということ!


「ウソだろ? こっちは冒険者ランクBの準ベテランパーティーなんだぞ。悪党退治は数知れず。中位モンスターのワイバーンやロック鳥だって倒した。空中庭園の秘境探検だって経験した……」


 イカル氏がなにもかも信じられないといった顔で呟く。


「なんなんだよ。なんなんだよこれ。ありえねぇよ!」


 Bランカーとしての自信喪失。どうにもならない強敵を相手にした恐慌。

 戦闘では恐怖に負けて冷静さを失ったものから死ぬ。

 そうと分かっていても簡単に克服できるものではない。

 無様に腰を抜かしてふたりこむ彼はいま、こちらに迫る黒騎士になにを見ている?

 あの怯えた目、鬼城王に村を焼き払われたときの恐怖を思い返しているのか?


「逃げられよ」


「えっ?」


「イカル氏。動けない仲間を連れて撤退されよ。ギルドから支給されたダンジョン脱出用の帰還アイテム『アリアドネの糸車』はまだ持っているはず。このままでは全滅にござるよ」


「そ、そうだった。でもそれなら先生も!」


「それは無理難題でござるな。糸車の発動には時間がかかるゆえ、アイテム使用中の間、あの黒騎士を引き離して時間稼ぎを行う役が必要でござる。残念ながらおぬしでは黒騎士を相手取るにはあまりにも力不足にござるよ」


 さっさと三人を連れて逃げろ。

 拙者は視線で一喝するとイカルどのはなんとか我を取り戻して立ち上がる。

 彼は中堅冒険者のリーダー。こういうときこそ自身がなにをすべきか腕が問われる。

 最適解のためには私情を捨てて考えなければならない。


 数秒の間をおいて導き出された彼の答えは……


「御武運を」


 拙者を囮にしての脱出。


「まかせるでござる」


 我々の役目は探索で得た情報をギルドに持ち帰ること。

 そのためには是が非でも生き残って情報を伝えなければならない。

 くだらぬ意地で勝てぬ敵に立ち向かって全滅する。これがもっともよくない。

 ならば一人を捨て駒の足止め役にしてでも逃げるが勝ち。


 そう、勝ちなのだ。

 一人でも生還してダンジョンの情報を持ち帰れば我々冒険者の勝ちなのだ。


「畜生っ 畜生っ 畜生っ」


 倒れる女子おなごたちへ向かって泣きながら駆け出すホゥル殿。

 黒騎士は彼の追撃にはいかなかった。

 それよりも拙者への警戒を優先したらしい。

 実際、彼のほうに向けば容赦なく背後から斬撃を叩き込むつもりだった。


「お優しいでござるな。拙者らが会話し終わるまで待っててくださるとは」


 ヤツはこれまでこのダンジョンで遭遇してきたどのモンスターとは違う。

 レベルとか種族とかそういうものではなく、擬似生命体の人造モンスターのみだったこのダンジョンで、明らかな意識的行動を感じさせる初めての存在。


「彼らの脱出が済むまで、拙者がおぬしのお相手いたす」


 それだけで異質。それだけで異様。

 こやつは間違いなくボスクラス。

 最低でも魔王軍の幹部級。魔王に近しき存在だ。

 本当にギルドの仮説の通りに迷魔王が復活したとするならば。


 やれやれでござるな。

 これはまた厄介な仕事を安請け合いで引き受けてしまったものよ。

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