Tour of a dungeon facility ~犬侍・弐~
『神は言っている、ここで死ぬ運命ではないと・・・』
【黒木勇斗語録・エルシャダイ ルシフェル】
翌日──
「「「「改めてよろしくおねがいします、先生!」」」」
「いゃあ、さすがに先生というのは仰々しすぎでござるよ」
未踏破ルートに続く森林ダンジョン第三ゲート前で、ダンジョン探索初心者である後輩たちが一同に拙者に向けて挨拶し、深々と頭を下げる。
「いえ、先生と呼ばせてください。仮にもあなたは七年前の大戦で魔王の一角『鬼城王シダテル』を討伐した功労者なのですから」
メガネをクイと上げながらそう口にしたのは僧侶のイスカ。
学問の神である聖竜神に仕える傍らで考古学者を嗜んでると聞いている。
今の発言から察するに大戦時の拙者の過去はすでに調査済みのようだ。
「そうです。黒毛の狂犬、城斬り黒狼、コボルト侍、その異名の数々を大陸に残したメジャーサムライ・コクロウといえば、知名度こそ他の立役者たちの影に隠れてはいますが、その功績は絶大。こうして直にお会いできるとは思いませんでした」
続けて感激ですといった視線を拙者に向けるのは魔術師のインコ。
よほど拙者を敬っているのか、ギルドで顔合わせをしたときからこの調子。
英雄の一人として尊敬されるのは嬉しいことなれど、ここまで太鼓を叩いて持ち上げられると、なんともムズかゆいというか、照れくさいでござるなぁ。
「いやいやいやいや。拙者の功績など微々たるもの。魔王の中枢部に乗り込んだ冒険者パーティー【シダテルバスター】、魔王の足止めに徹したドワーフ戦車隊、砲台や外装の破壊に貢献した飛空艇団、城から排出されるゴーレム部隊を一手に引き受けた地竜騎士ガッサー殿、彼らの活躍に比べれば拙者などまだまだ」
あの戦いは魔王対勇者パーティーという既存の規模にとどまらず、ドワーフ国と王国西部領と西方山岳諸国が手を取り合って国家規模で挑んだ総力戦。
あれはもはや個人の力でどうにかなるものではない攻城の合戦であった。
個の功績ではなく全での功績。種も国も問わず挑んだからこそ勝てた戦。
兵のどれが欠けても成り立たない。故に拙者の功績も砂山の中の小石も同然。
英雄と祀り上げられるには及ばず、慢心するほどの功績でもなし。
「うむ、私以上に生真面目なのか朴念仁なのか。我々にとっては憧れの大先輩だというのに謙虚でやりにくいというか。フッ、そこが先生のいいところなのだろうが」
双子のダークエルフの片割れ、魔法剣士のツグミが言い──
「………………(こくこく)」
同じく無口な双子の妹、舞踏剣士のウズラが相槌をうった。
「でも実際、ジダテルバスターの連中が中枢コアを破壊したときに、緊急でパーツを切り離して脱出しようとした鬼城王の『複写核』を待ち伏せで斬り捨て御免したのはアンタだ。あのとき先生がいなかったら鬼城王は短期間で復活してまた地上制圧に乗り出してたろうさ」
最後にパーティーのリーダである空賊イカルが締める。
「その意味でも先生は俺たち山岳部生まれにとって大英雄だ」
「我々は全員、鬼城王に焼き払われた村々の生き残りだからな」
「このような形で英雄と仕事をともにできることを天に感謝します」
「あっ、あのっ、冒険が終わったらサインください!」
「…………(赤面)」
みんな若いでござるなぁ。八年前の自分を思い出すでござるよ。
「なんなら先生、このクエストが終わったら俺ら斑鳩空挺団のクルーになってみません? 用心棒枠でもいいんで」
「珍しいですねイカル。あなたが女性以外をクルーに誘うなんて」
「ナンパなイカルがオッサンに友好的になるとか明日は雨ね」
「いや、きっと槍が降る」
「…………(うんうん)」
「はっはっはっ。残念ながら拙者には衆道のケはないでござるよ」
「バッッッ。いや、そういう意味じゃなくてですね!」
「冗句でござるよ」
「ったくもう、あいつらがヘンなこと言うから……」
パーティーの年のころは女子が15から20とバラバラ。
最年長でリーダーのイカル氏が二十歳で団を取り仕切っている。
最近のBランカーにしては年齢層が低い傾向にある。
それはつまり若くして将来有望。腕のたつ冒険者だということ。
時代が時代、環境が環境なら、もっと上の世界を目指せたかもしれない。
惜しいでござるな。
十年早く生まれていれば鬼城王討伐の一員として活躍できたであろうに。
「しかし空挺団といえば飛空艇を走らせて物資の輸送を行ったり、飛行系モンスターや空賊を狩ることを生業とする職にござろう? なにゆえにこのような地上のクエストに」
「あー、情けない話なんですが、王都への物資輸送の仕事中に通商破壊の空賊に船をやられちゃいまして。被害は小破で済んだんですが依頼の荷物は焼けるわ修理代はかさむわでいろいろと」
「ついでにナンパした街の女に酒で潰されて金品をパクられ」
「男はカジノで一発勝負とか言って見事にスカンピン」
「リップルさんの酒場でこのクエスト受注できなかったらどうなってたか」
「…………(ジト目)」
「しーっ! しーっ!」
仲よきことは良きことかな。
男のリーダー1人に女子の船員が4名。
これが俗に言う「はぁれむパーティー」というやつにござるか。
「とまぁ、天高く飛翔する斑鳩もカネがなければ陸に落ちた鶏肉。飛べねぇ鳩はただの鳩以下。故に俺は自らの脚を大地に立たせて戦場に降り立った。そう、我が相棒『ブラッディ・ピジョン号』を再び空へ羽ばたかせるそのために!」
と、ポーズを決めてカッコつけ、それから拙者の耳元で一言。
「んで、ここんところ女難と災難続きで好感度が絶賛ダダ下がり中のアイツらにいいとこ見せたいんで、アシスト頼みます先生。ダンジョン攻略で男を魅せたいんです」
「はぁれむも大変でござるな」
「ここ半年ぐらい輸送クエストばっかりでパッとしないもんで」
近年のこの業界は『そういうの』をたまにみかける。
冒険者が成長するためには明確な敵がいる。探検すべき未知の場がいる。
戦争や野盗狩りだけでは決して得られぬ経験が冒険というものにはある。
しかし現代はそういったモノが枯渇して久しい。
皮肉な話なれど定期的な冒険を提供する魔の存在は冒険者に必要不可欠。
魔王たちが滅び、魔物が身を隠し、大陸の未開地がほぼ掘り尽くされた現在。
次世代の冒険者たちは常に冒険を求め餓えて乾いて焦がれている。
「いやしかし、この御時勢にこんなマトモな冒険ができるとは」
「モンスターだよモンスター。私、こんないかにもなの初めて見た」
「…………(わくわく)」
「分かります。デビューしてかれこれ四年目ですが、これまでは護衛や輸送クエストで冒険者くずれの空賊ばかり相手にしてましたからね。ここまでこれたのなら、こう、もっと冒険譚に出てくる大型モンスターを相手にしたいところです」
船員の女子たちは女子たちでこの初めてのダンジョン攻略に好奇心を抑えられずにいる。
うむ、初々しくてホッコリするでござるな。
「現段階で発見されている出現モンスターのレベルは1-3か。ボスの牛頭のデーモンが推定7レベル。平均30レベルの俺たちには物足りないかな」
イカル氏はイカル氏でビシッと男を決めるため大物を狙いたい様子。
しかし──
雑魚しか出ないなら出ないで良し! かもしれぬでござるよ。
拙者を含む6名で構成された第三次探索隊の面々は、探索中に二度ほどの敵襲にみまわれはしたが、特に大きなケガも無く順調に調査を進めている。
「あのぅ、ダンジョン経験が深い先生から見て、ここはどうですか?」
「そうでござるなぁ」
インコ殿の質問に、拙者はしばし頭を巡らせてから簡潔に一言。
「言うなればこのダンジョンは『箱庭』でござるな」
「箱庭……ですか」
左様。
出てくるモンスターは森林に生息する自然動物を模した人造種ばかり。
これまで数十に渡る魔物の巣や砦を攻略してきた身ではあるが、ここまで露骨に作り物の人造魔物を取り揃えたダンジョンは珍しい。
外観は自然なのに生きた魔物が一匹たりともいない不自然。
獣人特有の嗅覚・聴覚・視覚の鋭敏感覚を動員すると分かることがある。
此処は有機質のガワこそしているが中身は石壁の洞窟となにも変わらない。
出てくるモノもゴーレムや魔法生物などと同じ自動操作の人形だけ。
「率直に言って、魔王のオモチャ箱にでも迷い込んだ気分にござる」
この感覚には覚えがある。ガッサーどのに露払いを任せ、同志たちとともに鬼城王の体内に潜り込み、城内を守るゴーレムの群れと戦ったあの硬質な気分と同じだ。
あそこよりはいくらか生物感が漂ってはいるものの、臭気・環境音・景色のすべてが出来の良い蝋細工のようで、滞在していてあまり良い気分とはいえない。
紛い物なれど出来そのものはいい。
獣人クラスの鋭敏感覚を持たない者なら本物と錯覚してもおかしくない精巧さ。
錯視や錯覚を利用した幻術ではなく、人造物としてこれほどの再現が行える。
たしかにこれは魔王級。それもかなり迷宮作りに特化した存在の仕業だ。
千年前に退治された迷宮王の復活。眉唾物とおもっていたが……
「加えて」
チンッ!
喋りながらの道中で、フッと無造作に拙者は居合いで宙を斬った。
「?」
「???」
後衛職の二人は鍔鳴りの音を聞いただけのようでキョトンとしていたが、
「…………(!!!)」
「おみごと」
「疾いっ!」
前衛職の三人は放たれた太刀筋の軌道をしっかり目で追っていた。
その先には……
「うわっ、なんだこれ」
遅れてベシャリと空間から落ちてきたのは眼球に触手が生えた異形のモノ。
「邪眼族──魔王がテリトリー内の監視によく使う魔物にござるよ」
本体の眼球を断たれて即死した邪眼は二度三度と痙攣して消滅する。
入手経験値はたいしたものではことから、戦闘能力は皆無のようだ。
単純に領域内を巡回しながら内部を調査する偵察機的な存在らしい。
「偵察用の魔物ですか。こんなのがいるなんて報告書には」
「先発隊たちは気付かなかったのでござろう。無臭不可視の存在ゆえに」
「すげぇな。そんなのを通りがかったときにズンバラリンとか」
「はっはっはっ、そこは経験の賜物でござるよ」
イビルアイは監視特化になるほど、目に見えず、音もなく、臭いもしない。
しかし動けば気配はある。潜めば違和感がある。野生はそれらを感じ取る。
けれども重要視すべき問題は存在を感じ取れる云々の部分ではないのだ。
「つまり我々は監視されているということですか」
「イビルアイがいるということは、放ったヤツがいるということだ」
「このダンジョンの主にとっては私たちは侵入者だもの。当然ね」
「…………(こくこく)」
「お前ら、気を引き締めていくぞ」
自分たちが何かに見られていると察した五人が、キッと表情を引き締める。
いい表情にござる。新鮮な冒険に浮かれていた顔にようやく真剣味が入った。
「おのおのがた、油断めさるな」
「「「「はいっ」」」」
邪眼を放ったのが何者かは知らぬ。
だが、目的は何であれ、拙者たちを監視しているのは間違いようのない事実。
そのわりには我々を本気で排除しようとする気配は感じられない。
逆に先発の探索隊の結果からも、自身の史跡の存在を誇示しているような。
これを見よ。これを知れ。これに挑め。
報告書を読んだときにも感じた疑念が、ここではっきりと確信に変わる。
我々は試されている。
なにをどうとは皆目見当もつかないが、拙者たちは招かれ誘導されている。
おそらくはギルド指定の順路も、ダンジョンを統べるナニカの思惑通り。
ならば──これは観察か。
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