encounter a danger&danger ~マウスリバー探索隊・後編~
ふーむ? 貴殿は…、この村のハンター殿か。
ほほぅ、なかなかよい面構えであるな。
ふーむ、唐突で申し訳ないが、貴殿に頼みがある。
このわたくしに、 貴殿の力を見せてもらいたいのだ
【黒木勇斗語録・モンスターハンター2G ネコートさん】
「マウス、手書きになるけどマップはこれで合ってる?」
「測量計を使って書いたわけじゃないから正確とは言えないけど大体OK」
「毒の沼地のポイントは、ここと、ここと、あとここらへん一帯な」
「毒の沼地の配置に法則性を感じるね。あえて平地の迂回路を造ってる」
「これまで採取したものと出現モンスターを一覧にしてまとめたよ」
「ありがとう。自生していたのは薬草と毒消し草にポーションの素材になるキノコ類。どれも初級の素材か。モンスターはいまのところ森林部の野生モンスターと同系のナニカ。便宜上、大鼠・大蝙蝠・大蛇・魔犬としておこう。大蛇は毒消しの苔玉が必要な猛毒持ちっと」
小休止の間、僕たちはこれまで得た情報を簡潔に纏め合う。
特にマップの作成は重要な仕事だ。記憶が新しいうちに纏めるが吉だ。
地図の内容は精密であればあるほど高い情報料に化けてくれるからね。
「これまで馬鹿にしてたけどよ、地図師の存在ってやっぱ重要だわ」
「そうね。彼らのオートマッピングスキルがあれば地図作成も楽なんでしょうね」
「探検家にもたしか下位互換スキルがあったね。マウス、転職考えてみるかい?」
「ちょっと考え中」
マッピングスキルに長けた地図師の存在かぁ。
いまどきそんなマイナークラスを好き好んでやるやつなんているものか。
これまでそう思ってたけど、実際にこうしてダンジョン探索を経験すると、彼らの重要性が身に染みてわかるようになった。
かの七大魔王たちとの大戦以降、大陸にある彼らが遺したダンジョンはあらかた冒険者に掘り尽くされて探検家や地図師の需要は激減した。
そもそもダンジョン建築というもの自体を七大魔王は好まなかったようで、彼らはただただ軍を率いての侵略活動に集中。存在したダンジョンもせいぜい砦とかの軍事拠点ばかり。
こういった本格的なダンジョンは当時からサッパリだったと聞いている。
「あと、三又通路のほかにも封印されたゲートが途中に四箇所あったわね」
「今はまだ通れないけど、いつか解放される可能性があるね」
「試しに封印破りに挑戦してみるか?」
「やめとこう。中に入ったら下の階層に落とされる可能性があるし、階層が変わったら出現モンスターのレベルも跳ね上がったとかシャレにもならない」
でも、七大魔王が去り、時代は変わりつつある。
突拍子も無い話かもしれないけど、もし迷宮王が現代に復活したとしたら?
このダンジョンが魔王のダンジョン作りの手始めだとしたら?
もしそうだったらスゴイことだ。今はまだ憶測でしかないけど。
「地図師への転職はさすがにアレだけど、この先もこのあたりでダンジョン探索を続けられるようなら、マップ作成スキルのある探検家への転職を前向きに考えてみようかな」
「お前、まるっきり勇者に向いてないしな」
「ていうかさ、この勇者斜陽の時代に勇者やってるほうがアホだね」
「私もマウスは支援クラスのほうが向いてると思う」
シビアだなぁ。自分でも勇者の才能がないってのは知ってるけど。
「たしか邪竜王を討伐した聖竜騎士に憧れて勇者を目指したんだよね」
「うん。聖竜騎士ユート。僕が冒険者を目指した原点だよ」
あの人の雄姿に惚れ込んで勇者になりたいって思ったのが九歳のときだ。
聖竜騎士が邪竜王を討ち果たしたあと、惜しまれながらも跡を濁さず自分が生まれた異世界へ還ったと聞いたときは心からカッコイイって思ったもんだ。
あれから七年。
彼と同じ14歳のときに冒険者デビューして、僕も今年で16歳か。
僕と一緒に勇者を目指した『ああああ村』の女の子、元気にしてるかなぁ。
半年くらい前に神都に武者修行に行ってくるって北へ向かってそれっきりだ。
まぁ、心配することは無いだろう。
あの子は僕よりも二つも年下だけど、勇者としての才能は僕の十倍だ。
いるもんだよなぁ……生まれつきステータスのボーナスが桁違いの天才ってさ。
「よし、地図の作成も終わったし、そろそろ奥に向かおうか」
今後の身の振り方はクエストが終わってから考えよう。
早々にキャンプを畳んでマウスリバー探検隊はダンジョン奥地へと出発。
このダンジョンには昼夜の概念がないようだけど、外の現実世界はそろそろ日暮れの手前になる時間帯にさしかかる頃だ。
日帰りクエストが可能なら、夜が深ける前に撤収できるよう早く攻略すべきだ。
迷いの森の中でキャンプを張って一夜を過ごすのは、あまり賢い選択ではない。
このあたりは熱病の病原体を抱えたヤブ蚊が鬱陶しいからなぁ。
「先遣隊の情報によると……あったあった。あそこの広場だ」
ゲートを潜って次のルートに入り、続く一本道の先に開けた空間を発見する。
まだかなり先だけど、広場の一番奥に石碑らしきものの影を発見する。
ついにゴールに到着だ。後半は随分あっけないけど安全にこしたことはない。
「さて、石碑に彫られた碑文に粘土を押し付けて到達証明証を造れば……」
クエスト完了だ──そう言いかけた瞬間だった。
「マウス! 上から来るぞ! 気をつけろッ!」
突如のチックの叫び。
ゾワリという本能的な危機感が背筋を走り、ボクは咄嗟に後方に飛びのいた。
ズゥゥゥゥゥゥンッッッッ!
間一髪。
さっきまで僕がいた場所に着地する巨大な影。
もしチックが叫ばなかったら押し潰されて死んでいたかもしれない。
「ミノタウロス!?」
それは人の身体に牛の頭を取り付けた巨大な怪物だった。
デカい。通常のミノタウロスにしては体毛が多くて二回りは大きい。
ただのミノタウロスなら僕たちのパーティーでもなんとかなる強さだ。
でも、こいつは……理性の無い眼でこちらを見るこの牛のような怪物は……
「違うわ。これは『牛頭の魔人』……獣人でなく魔族よ!」
索敵魔法で相手のステータスを分析したサラが顔を青くして言った。
「魔族!?」
バカな……信じられん。
噂に聞くラビリンスの番人、『牛頭の魔人』がいまこの眼前に……
って、あれ?
「牛頭の魔人じゃなくて?」
「牛頭の魔人ッ」
「牛頭の魔人だろ?」
「牛頭の魔人ですッ」
「「どっちでもいいわ」ッッッ」
チックとガンナのツッコミがハモった。
「ンモォォォォォォォォッッッッッ」
牛頭の魔人が広場に入ってきた僕たちを敵とみなして雄叫びを上げる。
「交渉が可能って雰囲気じゃあないな」
「おそらくこのダンジョンのボス。石碑の番人ってところだね」
「で、でも、先遣隊の情報にはこんなのは……」
「僕たちが訪れたタイミングに新たに設置されたってことだろうさ!」
確信した。
このダンジョンは僕たちのパーティーに探索させるために作られた箱庭だ。
ようはコイツを倒せるなら倒してみろってことだろ? たまらないね。
迷宮王の挑戦と呼ばれた千年前の出来事が現代に再現されているこの意味。
ゾッとするけどワクワクもする。この先もクエストが続くと考えたらもう。
「こいつをブッ倒して生きて還るぞ。帰還後の祝勝会は牛肉パーティーだ!」
振り回される棍棒の連撃を僕たちは緊急散会して回避する。
最初は巨体にビビったけど、この牛頭の魔人はそこまで俊敏ではないようだ。
さすがにボスともなれば、これまでのようにワンターンキルとはいかない。
逃げながら、牽制しながら、僕は牛頭の魔人の行動パターンを観察する。
「ぐわっ」
「マウス!?」
「大丈夫。ちょっと盾で受けきれずに吹っ飛んだだけだ。ダメージは低い」
この棍棒の大降り攻撃、動きは鈍重だけどカスっただけでも大ダメージだな。
数回の被弾は覚悟の上だけど、まともに受けたら僕の小盾じゃ防ぎきれない。
ここは弱点が見えるまで攻撃を捨てて間合いを置いて回避に徹底だ。
「大振りの縦打ちと横薙ぎ、威嚇の咆哮、ジャンプからの叩き付け……」
防御行動無し。魔法無し。動きは極めて単調。
挙動および攻撃行動には特定のパターンあり。
「やはりコイツも人造モンスターだ。一定の攻撃行動を取るように命令されているけど、行動パターンは多くない。変則パターンに移行する臨機応変さもない。落ち着いてやればハメられる!」
「「「了解」」」」
気張って行くぞ。
冒険者の醍醐味、勇者のロマン、それが大物のモンスター討伐!
これを乗り越えられなきゃ一人前に認定されるCランクなんて夢のまた夢だ。
「やーい、こっちこっち♪」
すばしっこいチックが牛頭の魔人をひきつける『避ける盾役』となり、
「なに余所見してるんだい?」
「今夜はビフテキ! 美味しく焼けてもらうわよ!」
ターゲットを回避率の高いチックに固定させている隙に、ガンナの火竜神の奇跡とサラの火炎魔法が同時発動し、牛頭の魔人の背中をバーベキューにする。
さらにそこからの!
「必殺『飛翔Vの字斬り』ッッッ」
勇者の固有スキル『対魔族特攻』を乗せた空中二段斬りが、牛頭の魔人の分厚い筋肉を胸からヘソへ、ヘソから胸へとブッた斬る。
かなりの深手だ。致命傷スレスレまで入ったクリティカルの実感。
「やったか!?」
牛頭の魔人の動きが止まる。このまま機能を停止してくれれば僕たちの勝ちだが。
甘かった。
数拍の間を置いて、うなだれていた牛頭の魔人の雰囲気が急変する。
「ゴオッッッッァァァァァァッ!!!」
さっきの威嚇用のものとは明らかに違う牛頭の魔人の絶叫の咆哮。
「ッッッッ」
「きゃあ」
「うわぁ」
「くっ」
来たのは全方位への咆哮による広範囲型の衝撃波。
さすがにコレは避けきれず、僕たちはまともにソレを喰らってしまった。
かなりのノックバック効果があるのか四人全員が散り散りに飛ばされた。
陣形が崩された。これはマズイ。いつもの連携が組み立てられない。
「なんだコイツ。瀕死のダメージを負ったら雰囲気が変わったぞ」
「なにこの禍々しいオーラ。弱るどころかパワーアップしてる」
「最後の足掻きってところかい。やだねぇ。牛の最期っ屁は臭すぎてさ」
もう一つ、異変が起きた。
「なッッッッ!?」
さっきまで草地だった足元がいつのまにか沼地に変質していた。
毒の沼地ではないようだけど、このぬかるんだ足場では回避行動が……
バキイッッッッ!
「ぬわーーーーーーーーーッ」
片手持ちだった棍棒を両手持ちに変えての牛頭の魔人のフルスイング。
足場を気にしすぎて振り払いをモロに受けた僕は広場の端まで吹っ飛んだ。
い、いまのは効いたぁ~っ。
ギリギリ致命傷は避けたけど、攻撃を受けた両腕が痺れて動かない。
大枚はたいて買ったミスリルバックラーもグニャグニャだ。
あそこで反撃できないとか、勇者だってのに情けないなぁもう。
瀕死からの変化。攻撃パターンの変化。侵入者を不利にする地形の変化。
いやらしいね。このダンジョンの設計者の性格の悪さが滲み出てるよ。
「逃げてマウス! 牛頭の魔人の注意がそっちに向いてる!」
「早く移動するんだよ! そこじゃアタイの回復魔法も届かない!」
二人が叫ぶが僕は逃げられなかった。まだ痺れが強く残っている。
どのみちこんな足場じゃ、そちらに回復射程に到着する前に敵に捕まる。
ズシン。ズシン。ズシン。
牛頭の魔人がぬかるんだ足場によろけながらこちらに迫ってくる。
両腕はまだ動かない。足も沼地。手も足も出ない。
けど……
「ナイスだマウス。ギリギリまでひきつけたその勇気は、さすが勇者だな」
矢は飛んでくる!
「!!!!!!???」
ドスッ! ドスッ! ドスッ!
ちょうど牛頭の魔人の真横から飛来してくるクロスボウボルト。
「畜生! 虎の子のミスリルボルトなんだぞ。これでくたばらなきゃ大損だ!」
牛頭の魔人も足を沼地にとられていたのが幸いした。
完全に僕に注意が向いていたところに、真横の死角からチックによる『不意打ち』『速射』『急所攻撃』のスキル上乗せのクロスボウ攻撃。
盗賊の短剣程度じゃ皮膚も通せない牛頭の魔人の肉厚も、頭部となれば話は別。
牛頭の側頭部に突き刺さる三本のミスリルボルト。
さすがにこれは効いたか、魔人は悲鳴を上げてメチャクチャに棍棒を振り回す。
「火炎槍ッ」
「火竜神の大息吹ッ」
そこからさらに魔法の追撃。僕の目の前で炎に巻かれる魔人。
牛頭の魔人の動きがゆっくりなおかげで詠唱の時間が十分稼げた。
これは二人が持っている魔法の中でも最大射程の最大火力。
僕の回復よりもそっちを優先した判断はナイス。
さっきの焼き加減はウェルダムだったけど今度はレアまでコンガリだ。
「~~~~~~~~~~~~~~~~!!!」
炎の渦の中で響き渡る牛頭の魔人の断末魔。
決まった。完全にオーバーキルだ。後生だから第三形態とかやめてくれよ。
僕の祈りが天に届いたのか、魔人は火柱の中で光る粒となって消失していく。
それと同時に沼地と化していた地形がゆっくりと元の草むらに戻っていく。
勝った。かなり危なかったけどなんとか勝った。
「おい、マウス。あそこでトドメさせないとかしまらない終わりだなぁ」
「私たちの攻撃射程スレスレまで引き寄せた勇敢さは評価しますけど」
「やっぱりアンタは勇者には向いてないね。ほら、腕をみせてみな」
「ははっ、ほんとにだよ……こりゃ今日限りで村勇者は廃業かな」
聖竜騎士さまや隣村のあの子なら、ここでスパッて決められたんだろうな。
還ったら真面目に転職のこと考えようかなぁ……
「見てマウス。この石碑に刻まれている碑文の内容すごいよ」
腕の動かない僕の変わりに石碑の碑文に粘土を貼り付けようとしていたサラが、碑文の内容を読みながら驚きの顔をした。
「古代大陸文字っぽいけど、なんて書いてあるの?」
「勇者テーセウスと聖女アリアドネの偉業を讃えて、この記念碑を遺すだって」
「ということは……」
「やっぱりこのダンジョン、迷宮王のダンジョンってことで確定かも」
「嫌な予感がするね。そんなのが出現してモンスターまで湧いたってことは」
「千年の時を越えて迷宮王が復活したとか……いや、まさかな」
ひとつの謎の解決は、新たな謎の始まりに過ぎなかった。
僕たちの探検はひとまず此処で終結する。
「帰ろう。帰ればまた来られるから」
しかしこの森にはまだまだ多くの謎が隠されている。
ボクたちはまだ謎だらけの魔境へほんの第一歩を踏み入れただけだ。
マウスリバー探検隊が謎に隠された真相に辿りつくのは何時の日であろうか。