Go on an expedition ~マウスリバー探索隊・中編~
あら、おはよう!
今日は早起きなのね。この村の生活にはもう慣れた?
え、ハンターになりたいですって!?
そ、そりゃ、止めはしないけど…。
【黒木勇斗語録・モンスターハンター 冒頭】
セーヌリアス大陸には、今だ解明されていない謎が残されている!
マウスリバー探検隊は、謎を求めて世界を駆け抜けた!
灼熱の太陽が照りつける中、探検隊は幾度も人跡未踏の地へ分け入った。
しかしそこは侵入するものを拒絶する、様々な危険に満ちていたのだ!
探検は常に、死と隣り合わせにある!
一歩、野生の王国に踏み込めば、一瞬の油断も許されない!
強暴な毒ヘビの洗礼を受けながらも、探検隊はひるむ事なく突き進んだ!
噛まれれば、わずか15分で命を落とす、猛毒キングコブラの恐怖も克服した!
立ちはだかる壁は、乗り越える為にある!
「というカンジで報告書の前半をまとめてみたんだけど、どうだろう?」
「没」
「アンタの書いた報告書は、あとでサラに頼んで改稿だね」
「悪いけど『探検隊』のトコは『探索隊』に全修正しておくから」
「ひどいや!」
僕たちマウスリバー探検隊は、現在ダンジョンの中腹あたりにいる。
先遣隊が知りえた範囲の不完全な地図を元に探索を続けること三時間。
ピクニック程度の探索距離にも関わらず、その冒険密度は予想以上。
「マウス! 新手のモンスターの気配がするぞ! 警戒しろ!」
「索敵魔法を開始! 北からウォードック3匹! こんがりいくわよ!」
「モンスターレベルは5-7ってところだね。一気に畳んじまうよ」
「先頭の一匹は僕に任せて。いくぞ『疾風二段斬り』ッ!」
木の陰から出現したモンスターの待ち伏せに対し、盗賊チックの警戒・セラの索敵魔法・魔物知識に長けたガンナの分析と教科書通りの対応をして、まずは先陣をきって突撃した僕が先制攻撃で魔犬の一匹を三枚におろす。
「右の犬はおれっちたちに」
「任せておきな」
急襲の出鼻を挫かれて狼狽する魔犬たちの体勢が整う前に、続けてチックとガンナが短剣とメイスを振るい二匹目を撃退。
押し切れるときはノーダメで押し切る。ラストは魔法使いサラの──
「火炎柱ッ!」
特異の炎属性魔法で足の止まった魔犬を足元から火柱でコンガリ。
「よしっ!」
僕たちは仲良しマウスリバー探検隊。今日もチークワークはバツグンだ。
息の合った連携で魔犬三匹をなにもさせずに撃破。味方の損害は無し。
これでボクの探検家のノリについてきてくれるなら最高なんだけどなぁ~。
「わりとエンカウント率が高いね。これでモンスターの襲撃は五回目か」
「はっきり言って異常だね。自然由来の森なら普通ここまての遭遇はないよ」
「大鼠に大蝙蝠に大蛇に魔犬、モンスター自体は森特有の生態系なんだけど」
「倒したモンスターが死体も残さず消滅するのは明らかに自然じゃないぜ」
さらには──
「おっ、また宝箱が出現しやがった」
「チック、今度は警戒しすぎて消失させるんじゃないよ」
「わかってらい。でもさすがに初見でアレは警戒するだろ。モンスターを撃退したら宝箱が降ってわいてきたんだからよ。んで様子見してたら時間経過で消滅する仕掛けとか、前情報なしに分かるかってんだ」
うん、アレにはボクもびびった。
上空から襲ってきた大蝙蝠を退治したら、いきなりポンと宝箱が出現だもの。
普通、宝箱ってのはダンジョンの小部屋や宝物庫に設置してあるものであって、道々でポポーンと湧くものじゃない。
もしかしてなんらかの罠かと警戒して様子を見てたら、三分くらいで消滅。
スゴイ物好きの僕でもさすがにコレにはポカーンとなった。
どう考えても不自然だ。人為的な何かが仕組まれてなければありえない状況。
討伐したモンスターの死骸から戦利品を剥ぎ取るっていうならまだしも、モンスターを退治したら入れ替わりで宝箱が出現するとか、七大魔王との大戦記録でも聞いたことがない。
「作為的な何かを感じるね。倒すと消えるモンスターといい宝箱といい」
「気持ちは分かるわ。私もさっきからココの不自然さが喉に引っかかってて」
ガンナとサラはこのダンジョンの奇妙な法則性が気になって仕方ないらしい。
僕も同じだ。敵との遭遇・アイテムの採取・どれもタイミングが良すぎるんだ。
ダンジョンに突入してからずっと、見えない誰かに見られている気がするし。
「やっぱりここは迷宮王に関わるなんらかの施設の可能性が強いな」
僕はボリボリ頭を掻きながら、ここまでの情報を分析する。
「千年前に現在のフォートリア地方に突如現れ、大陸中の腕利き冒険者たちに真っ向から我が迷宮に挑戦せよと宣戦布告した魔王ミノス。彼の居城と周辺に設置されたダンジョンは迷宮王のラビリンスと呼ばれ、内部には様々な謎と仕掛け、多種多様のモンスターがひしめきあっていたという」
魔王ミノスが勇者テーセウスに退治されたのを最後に、迷宮王のラビリンスはことごとく崩壊または消滅。今は遺跡の一部という名残を残すのみだ。
比較的、状態が良いまま残っている遺跡は迷宮王の結界が現在も生きているためか探索不能。迷魔城とダイダロスの巨岩洞窟など、手付かずのまま放置されているダンジョンが迷いの森にどれだけあることか。
もし、もしもだ。
このダンジョンがなんらかの異変か事情によって、千年続いていた結界が解かれた魔王ミノスの迷宮の一部だとしたら……関連性の辻褄は合う!
「文献によると迷宮王は配下のモンスターは有限の魔界生物ではなく、無限に魔術で創造できる人造生命体を冒険者に放ったって話だ。この死体の残らない奇妙なモンスターたちは、姿形こそ自然界に生息するお馴染みのモンスターだけど、根本はまったくのベツモノなのかもしれない。だとすれば……」
「まーた始まったよ。マウスの胡散臭いウンチクが」
「その文献って『カワグチヒロシ探検譚』とかいう有名なインチキ本よね?」
いやいや。インチキじゃないから。誇大解釈はあるけどわりかし史実だから。
異邦人の探検家カワグチの著書はヤラセじゃない! エンターテイメントだ!
聖竜騎士ユートの次に尊敬しているんだから白い目でみるのはやめてください。
「マウスの言ってること、あながち世迷言じゃなさそうだぜ」
宝箱の罠を調べていたチックが口を挟んだ。
「この宝箱、ダンジョンものの御他聞に漏れずにトラップが仕掛けられているんだが、構造が現代のものじゃないんだ。失伝して久しい『ミノス式』の技法で造られてやがる」
「ミノス式?」
「魔王ミノスが考案した宝箱トラップの様式だ。千年前に考案された古典にもかかわらず原点にして頂点。この世のあらゆる宝箱セキュリティーはすべてミノス式に繋がるなんて言われているくらい、古今東西様々な錠前文化に影響を与えた技法だよ」
「解ける?」
「解除方法が失われた高位の複雑なヤツだったら、制限時間もあっておれっちにもムリだけど、こいつは釣り糸を使った初歩的なヤツだ。罠の中身は瓶詰めの薬品か。あらよっと!」
トラップの装置を作動させないように罠と連動している糸を固定して開錠。
どれどれ、箱の中身は──
「なんだ。薬草が十束か。揮発性ガスのトラップの中身にしてはシケてんな」
うーん、残念無念。迷宮王ゆかりの品だったら嬉しかったんだけど。
「この薬草、そんなに古いものじゃないな。つい最近入れられた形跡がある」
「ますます怪しいね。こりゃ明らかに仕組まれてるよ」
「そうね。ダンジョンの構造といい、モンスターとの定期的な戦闘といい」
まるで僕たちを試しているかのよう……そう皆がいいたげだった。
「ここで少ない情報と憶測を頼りに推測してもラチがあかねぇさ」
「そうだね。アタイたちの仕事は可能な限り奥に進んでの内部調査だ」
「奥へ行きましょ。先遣隊の情報ではこの先に石碑があるはずだから」
いまのところは危険も少なく僕たちのレベルでもなんとかなる範囲の難度。
ダンジョン踏破はまだ中ほど。先遣隊のルートに沿いながら僕たちは進む。
毒の沼地、落とし穴、モンスター。それら多くの障害を乗り越えて──
「また転送ゲートかい。ゆらゆらと次元の歪みに隠れて先が見えないね」
「どうやらこの先が石碑のある広場に繋がるルートのようね」
「なぁ、ハラも減ってきたし一休みしねぇ? モンスターの気配もねぇし」
いよいよ探索も佳境。よくぞここまで負傷者も無しにいけたもんだ。
でも、ラストスパートのまえにいったんキャンプして補給かな。
ハラが減ってはなんとやら。みんな疲労が溜まっていそうだしね。
「うん、道中で必要な情報も十分に集まったし、少し休憩しようか」
このままの勢いでラクに終わってくれたら嬉しいな。
そこそこの敵、そこそこの罠、そこそこのダンジョン、そこそこの冒険。
いつもこんな美味しいクエストにありつけたら理想の冒険生活なんだけどな。
水でふやかした干し肉を黒パンに挟んだだけの野営食が今日はとても美味しい。
冒険の充実感と仲間を囲んでの食事という状況が香辛料にななってくれている。
これだよこれ。こういうのがいいんだよ。これこそ冒険者の冒険なんだよ。
今度、隣村のあの子に会えたら、この冒険の事を自慢してやろう。
今度も、これからも、その先も、こんなクエストにありつけたらいいなぁ。
と、僕たちはこのとき完全に油断をしていた。
自分の身の丈にあった適度な敵に適度なフィールドに皆が慣らされていた。
前半がサクサク進んだのだから、後半もサクサクいくものだと思い込んでいた。
三十分の小休止のあと、僕たちは干し肉の塩気以上の辛さを味わうことになる。
迷宮王のラビリンスの御約束。ダンジョンボスの登場という魔の洗礼を──
前後編と予告しつつ中編になりました……(まるで学習していない)。