keep a very close watch ~魔のモノはすべてを見届けた~
"When you are right you cannot be too radical;
when you are wrong, you cannot be too conservative."
あなたが正しいとき、過激になりすぎてはいけない。
あなたが間違っているとき、保守的になりすぎてはいけない。
【米国公民権運動の指導者 キング牧師】
決着であった。
立って敗者を見下ろす勝者と、座して勝者を見上げる敗者。
倒したモノと倒されしモノ。目に見えて分かりやすい結末だ。
散らかるように累々と横たわる雑魚勇者の成れの果てが九名。
一本杉の幹にもたれかかりながら無言で座す疲労困憊の地竜騎士。
どれもこれも一筋縄ではいかない猛者揃い。
そんな連中を相手取りながら、この聖竜騎士はたったの一人で、それも少女を庇いながらというハンデの中で戦いきり、崖際ギリギリの場で勝利した。
天晴れなり。御美事なり。
戦いの行く末を見届けた立会人は素直な賛辞を口にした。
これほどの雄姿を魅せられる勇者は魔王が去りし現代で何人いることか。
「殺せ」
最後の一撃を受けてから黙したままだった地竜騎士が諦観の言葉を漏らした。
もはや反撃する意志は無く、抵抗する気もないようだった。
「この世界に異邦人として招かれ八年。日々飽きもせず戦いに明け暮れて、地竜神のエージェントとして思うように生きて思う存分に生きた。向こうの勝手な都合で勇者にされて、魔族を相手に生きるか死ぬかの殺伐とした人生を押し付けられたが、パチンコ狂いのクズ親に振り回されて未来になんぞ希望がなかった野球小僧には上出来すぎる新生活だった」
地竜騎士は笑顔だった。すべてを受け入れる覚悟の上の笑顔だった。
彼も彼なりの正義を実直に貫き、神竜騎士として誇りある戦いを魅せた。
だからこそ結果に満足し、不器用でも誇り高く笑って死を受け入れる。
素直に敗北を認める潔さもまた勇者の美徳だ。
「任務の途中で散るのはエージェントとして恥ずべき事なんだろうが、魔王という明確な敵を見失ったこの時代、お前みたいな強者と戦って果てるなら神竜騎士として本望だ。少なくとも雑魚魔族相手や人間相手の内輪もめでやられるよりはずっとな」
魔王がいなくなったこの時代、勇者が勇者らしく死ねる場は稀有だ。
特に死にたがっているわけではない。死に場所を求めていたわけでもない。
悲しくは戦人のサガか。魔と戦うことが存在意義である勇者ゆえか。
安定した水準の生活を求める一方で、血沸き肉踊る戦いの場を求めている。
平和のための戦いが、いつの間にか戦いのための戦いに置き換わる。
魔王が去って戦う必要がなくなっても、己の存在維持のために戦い続ける。
悪と戦う勇者が常に抱える矛盾。彼もまたその犠牲者だった。
「………………」
生殺与奪の権利は勝者にある。
このまま地竜騎士を生かしておけば後々の面倒になることは分かっている。
正義と悪ではなく正義と正義のぶつかりあいというイデオロギーの相違から来る決闘ではあったが、互いに恨みや憎しみはなく、ただただ己の信念のために戦い抜いた誇るべき聖戦だった。
ここで散るべき命ならば清々しく死なせてやるべきだ。
男が死すべきときを誤るのは悲しいこと。
ときとして敵の情けによる生還は生き恥をさらす恥辱になりうるのだ。
殺すこともまた情けと知れ。立会人はこれを見てそう思う。
武人の世界には慈悲深く生かすよりも誇らしい無慈悲な介錯もある。
この状況、聖竜騎士ならばどうする? その選択は──
「やなこった」
無慈悲な慈悲だった。
「死にたきゃ勝手に死ね。野郎の『くっコロ』なんて聞きたくもないや」
「甘いな。ここで俺を殺さなければ後々で後悔することになるかもしれんぞ」
「そんときゃあ、そんときさ。それに……」
「それに?」
地竜騎士の問いかけに、聖竜騎士は満面の笑顔で、
「俺は命令されるのが嫌いでな」
少し演技過剰気味なカッコつけを自慢げに言っ放った。
「どっかで見たな。このセリフの流れ」
「一度言ってみたかった」
「気持ちは分かる」
「だろ?」
これはどこぞの英雄譚からの引用なのか。
それを言いたいがためだけに後々の驚異を生かすというのか。
勇者特有の甘さとかいう次元ですらない。理解不能な思考だ。
「なら俺もお前のノリに付き合ってやらんとな。次ハ必ずコロス……」
「ちょっと棒読みだな」
「慣れてねぇんだよな。こういうのには」
「たしかにバトル漫画のキャラっていうよりは、スパイ映画のエージェントってカンジだもんね」
「地元はドワーフばっかりでボンドガールには恵まれなかったがな」
「そりゃ御愁傷様」
笑っている。二人の異邦人が通ずるなにかで無邪気に笑い合っている。
先ほどまで命懸けで戦っていた神竜騎士が旧知の友のように談笑している。
現地民である立会人には分からない感覚。異邦人とはみんな『こう』なのか。
「正々堂々と誇り高く決闘しての敗北だ。勝利者の権利だ、その小娘はお前にくれてやる。俺は俺で出直しだ」
「もう立ち上がれるのか」
「盾役特化になった地竜騎士の防御力と回復速度を嘗めるな。タフネスだけならお前よりもずっと上だ。延長戦に入るならお前が竜気切れ起こすまで粘れる千日手に持ち込む自信はあるぞ」
「そうなったら愛と勇気の友情パゥワーで仲間にバトンタッチするさ」
「そうされちゃあ困るから退く。お前のお仲間を追った連中のように、異次元に飛ばされたり、耐久値を超える毒で無力化を謀られちゃあたまらんのでな」
「よく分かるね」
「地脈を通じて周囲の情報を把握できないようではエージェントは勤まらん。それらの不利も含めて俺は退く。あとはもう、そこで転がっている連中の処遇を含めて好きにしろ」
地竜騎士の言葉は本心からのものだろう。
実際、彼のタフネスを考えれば持久戦に持ち込みさえすれば勝ち目は十分ある。
しかしそれをやってしまえば聖竜騎士の仲間二人が必ず現場にかけつける。
防御力無視の特性を持つ相性的に最悪の二人が加勢したら敗北は必至。
だから持久戦には持ち込まず短期決戦で勝負を仕掛けた。
選択のミスはない。その結果での負けだ。敗北の言い訳はいっさいすまい。
「また遭おう──聖竜騎士」
騎士は騎士らしく、漢は漢らしく、発つ跡を濁さず速やかに消える。
泥臭く、不器用で、鉱石のように頑固に、真っ直ぐすぎるほど真っ直ぐに。
ターゲットに対する未練も、任務失敗の後ろめたさも見せず向かう先は──
「やはりアンタだったか」
立会人が遠目で見守っていた場所だった。
「アンタがここにいるってことは、やはり俺の勘に狂いはなかったってことか」
「………………」
地竜騎士の探りに対して立会人は寡黙を貫いた。
知っている。予想通りの反応。この立会人という男はそういう存在だ。
なにごとにも公正で中立。無関係のものに余計な情報の提供などありえない。
「ダンマリでいいさ。アンタが迷いの森に現れたって情報が得られただけで十分な収穫だ。これであの小娘がなにものかはだいたい想像がついたし、なにが起ころうとしてるのかも察した。いつおっぱじまるかは知らないが」
地竜騎士ガッサー。彼は地竜神の庇護下にある神殿直属のエージェントである。
魔族ないし地竜派の不利益になる存在に対しての諜報工作を仕事にする存在だ。
仕事柄、こういう政治的な裏工作に対しての察しのよさには自信がある。
「……始まる前に潰すか?」
ここにきて立会人が口を開いた。
右手はすでに腰の剣に触れている。回答次第では即座に斬るつもりだ。
当然の反応だ。彼は地竜派の特殊工作員だ。暗殺者としての側面もある。
立会人としての職務上、勇者として正々堂々と正面から魔王に挑むならばともかく、先程のように事情を知らぬこととはいえ、迷宮王のゲーム運営を開始前から台無しにしようとする第三者の存在を認めるわけにはいかない。
「いいや、そのときがきたら俺もゲームに参加させてもらう」
そんな彼が堂々とゲームに参加すると立会人に意思表明をした真意は……
「あの聖竜騎士へのリベンジもそんときだ」
地下に潜って手を汚してきた彼も、やはり根っからの勇者だということか。
「どういう経緯からそうなったのかは知らないが、どうやらアイツは『あっちがわ』に移籍することになったんだろ? 魔皇帝を倒した史上最強の光竜騎士から狭間の魔王になったアンタのように」
「………………」
「まったく、なんで純粋無垢な勇者様ってのは、こうちょっとした切っ掛けで極端から極端にブレるもんかね」
地竜騎士の軽口に立会人は乗らなかった。
乗らなかったが噛み締めた。なぜなら彼の言っていることは的を射たものだから。
「ああ、そうそう。どうせほっといてもコッチに乗り込んでくるだろうから先に魔王側に伝えておくわ」
地竜騎士はまるで明日の献立を伝えるかのように気楽に──
「聖竜騎士ユートの後継者として新世代の聖竜騎士が先日、神竜騎士の試練を乗り越えて誕生したそうだ。クラスを返上した俺ら旧世代と違って現役バリバリの新鋭だ。いい遊び相手になると思うぜ」
そう言って地竜騎士は森の中へ消えていく。
新世代の神竜騎士の降誕。気楽に言うにはあまりにも重大な情報だった。
対魔王の決戦兵器である彼がそう言うのなら、必ず近いうちにやってくるのだろう。
魔王軍の体勢がしっかり整ったころを見計らって正面玄関から堂々と。
面倒な漢に目をつけられたものだが、魔王の視点からすれば名誉なことだ。
魔王あっての勇者であるように、魔王もまた侵略活動を正面から妨害してくれる勇者がいなければ悪役として成り立たない存在だからだ。
役者はそろいつつある。
有望なスタッフを集めている迷宮王側の陣営ばかりに目がいっていたが、どうやら冒険者側も大きな下準備の動きがあるようだ。
血が滾る。ガラにもなく童心めいた猛りを感じる。
こんなにも胸が高鳴るとは不思議なこともあるものだ。
退屈だと思われていた世界の彩りが、徐々に色を取り戻しつつあるのか。
焦ることはない。自分が動くのはまだしばらく先のことだ。
すべてのはじまりは、まだ始まってもいないのだ。
もし、願わくば──
この先もあの聖竜騎士が彼女にとっての良きナイトであらんことを。
長期連載になってしまった魔のモノ編もついに完結です。
長かった。予定の三倍の量になってしまった。
次回より本編再開です。