I'll play the role of the villain ~魔のモノは聖戦を見ていた4~
"What is life without the radiance of love?"
愛の輝きがない人生など無意味だろ?
【ドイツの詩人 フリードリヒ・フォン・シラー】
「おそるべき男だなお前は」
地竜騎士は感心していた。
この男は寝物語の甘ったるい勇者道を言葉通りに完遂した。
バトル漫画の主人公像を。特撮ヒーローの英雄像を。ゲームの勇者像を。
文字通りに骨身を削って体現し、夢を失った自分に見せ付けてきやがった。
ケツを拭く一文銭にもならない見栄のために。
勇者とはこうあるべきというカッコつけのために。
幼き日に見たヒーロー像を実現させたいという夢のために。
こいつは全力で身体を張った。ロマンなんてクソのために命を懸けた。
「自身の身の丈近くはある剛剣を盾として使用するとはな。正直、これまで漫画やゲームに出てくるような大型武器は非効率的な存在だと馬鹿にしていた。単にサイズと重量に任せて叩き切ることに特化した超重量武器など非効率、小兵が大型武器を操るインパクト重視のために作られたハッタリ武器だとな」
異邦人の勇者はヒーロー願望をこじらせたバカばかり。
フィクションの世界の超人に憧れ、自分もそうなりたいと願い続け、実際にそれが叶う世界に召喚されてその気になって、神輿に担がれて神々にいいように操られる愚か者ばっかりだ。
かつての自分も少なからずそうだった。
八年前に異世界に招かれたばかりの自分も、中二病全開でファンタジー世界の勇者像をこの異世界で再現しようとするバカどもの一人だった。
いや、将来の展望などなにも見えない酷寒の現実に打ちのめされていた分だけ、英雄願望の反動が他の連中よりも物凄かったと思う。 パチンコ狂いの親に虐げられてきた貧しい家の野球小僧という、これまでの惨めな自分を払拭するため、未来のない過去を塗り替えるため、ようやく掴んだチャンスのため、それこそ躍起になって勧善懲悪の魔物退治を重ねに重ねて、村人たちに賞賛される勇者様を演じ続けた。
いつの頃だったか。
弱き民の声援のために戦う喝采願望の虚しさに気が付いたのは。
我を見よと息巻いて戦い続ける承認要求の惨めさを察したのは。
自分の存在が神々と魔王が行っているゲームの駒でしかないと悟ったのは。
漫画のようなロマンにあふれたフィクションの世界は、異世界でも同じようにフィクションでしかないと、宗派の重鎮や王侯貴族と関係を持ち始める冒険の半ばで自分は心底から思い知った。
もともと将来性のない家庭に育って心が冷めていた人間であったせいか、同年代の他の異邦人に比べて世間の本音を冷静に見通せたせいもあるのだろう。
しょせん人の世は利己主義。金と名声と権力を求めてなんぼの世界。
世のヒーローよろしく自己犠牲の慈善事業で命を張ればバカを見る。
異世界も現実世界もそこは同じだと早い段階で気付かされた。
なんだかんだて地に足が着いた者が生き残る。現金に生きたものが勝つ。
ガキのヒーロー願望だけでやっていけるほど世界の理は甘くない。
異世界補正で超人になれても人の世で上手く立ち回れる社会性や人間力がなければ、神々や権力者にいいように使い潰されて捨てられるだけ。
なにも知らないガキをおだてて使い倒して救世主に仕立て上げ、用が済めば元の世界に放逐する異邦人のシステムは実に良く出来ている。
下手に賢いオトナの異邦人に居座られて世界を混乱させる危険性の回避と、夢見がちなガキを夢のまま満足させて御役御免にする救済処置という保険がしっかり効いている。
大概のガキは冒険を終えれば親元が恋しくなって故郷に帰る。
魔王討伐のモチベーションのひとつが地球に戻るなのだから当然だ。
無知なうちに魔王退治に使うだけ使って、用が済んだらポイと還せばいい。
救世主は使い捨て。なんと都合のいい存在か。
しかし中には自分のようなものもいる。この異世界に骨を埋めるものがいる。
これには自分を召喚した地竜神も困っただろう。
自分みたいな冷めたタイプのガキは滅多にいないからだ。
冒険後半の自分は異世界に永住することを目標に堅実な地盤固めに生きた。
生き延びることを最優先に防御型の神竜騎士を選択して人生の守りを固めた。
なるべく主役を張らず、盾役としてサポートに徹し、要所要所で救世主らしい活動をしつつも必要以上に目立たぬように縁の下の力持ちに徹した。
これからの異世界人生で余計な敵を作らぬよう、されど将来性のある収入源を確保できるよう、中学三年の小僧にしては泥臭い思想で、魔王とのラストバトルもメインどころを協力者の冒険者たちに任せて、自分は足止めと露払い役という地味で地道な魔王退治の名脇役を演じきった。
エースや四番に憧れていないといえば嘘になるが、過剰な欲は身を滅ぼすことを自分はバチンコカスの親を見てよく知っていたし、部活で甲子園出場校にスカウトされるに足るエース級の人物には特有の華があり、自分にはそういったものがないことも承知していた。
救世主の華なんぞコテコテ勇者様の光竜騎士にくれてやる。
自分は自分なりの泥にまみれた立場で、そこそこの戦果で生き延びてやる。
世界を救って死ぬなどまっぴらゴメンだ。
皮を遺そうが伝説を遺そうが死んでしまえばそこで終わりだ。
ディーンの最期を思うに、これはこれで正しい選択だったと信じている。
見栄よりも報酬。
伝説よりも明日。
故郷への帰還よりも異世界での安定した永住。
夢よりも現実を見据えたおかげで、こうして自分はいま地竜神殿お抱えのエージェントとして、それなりに満足のいく生活を送れている。
ほどよい知名度があり、ほどよい財産があり、ほどよい戦いが味わえる。
ある意味では神殿の庇護と言う囚われの身ではあるが、へたに功績を出したせいで人類の驚異と判断されて鍋で煮られるよりはいい。
そこそこの伝説だけを世に遺して地に潜った土竜の勇者。
これくらいの身分が、自分みたいな現実主義者にはちょうどいい。
「……って」
なのになぜだろう。
「せっかく人がほめてやってんのに、話無視してチマチマチマチマとアダマス鋼の破片を拾ってんじゃねーよ!」
「いやだってアダマス鋼だよ。グラム単位で軽く昼飯代になる希少金属だよ。散らばってるのほっといたら、もったいないオバケがでるじゃん! こちとら召喚されてからずっと馬小屋生活なんだよ。察してよ!」
目の前にいるこのバカが妙に羨ましく思える。
長く薄暗い地下に潜っていたせいか、いいオトナになっても勇者然としているコイツが眩しく見える。
「追撃がくるかもしれないというときにゴミ漁りとは余裕だな」
「そりゃないさ。お互いにあと数分は竜気の充填待ちだ。そうだろ?」
こいつ……
戦闘中に金属片拾いの小遣い稼ぎなどというふざけた態度を取っていながら、いや、こちらに追撃の余裕がないと分かっているからか、理にかなった正論を口にしてきやがった。
たしかに聖竜騎士が言うとおり、地竜千鉱弾の使用後は失った竜気を回復させるため数分間の小休止がいる。
その間は無防備というほどではないが、スキル使用などの動きが制限される。
向こうも状況は似たり寄ったりだ。
地竜千鉱弾のダメージ軽減は剣を盾にしただけではさすが無理だ。
まず間違いなく戦士タイプならば誰でも持っているスキル『防御専念』に竜気を上乗せする防御体勢をとったはずだ。
必殺技というのは大技ほど使用回数や使用間隔の制限が顕著だ。
神竜の剣に必要な分の竜気が充填されるまで、見積もってあと三分。
つまりお互いに必殺の一撃分の竜気を失った決め手に欠ける状況にある。
だから聖竜騎士は小遣い稼ぎがてらの小休止に入ったのだろう。
疲労の隙を突いて逃げられそうにはないと状況の膠着を理解した上で。
「お仲間が駆けつけるまでの時間稼ぎのつもりか?」
「まさか。こんな美味しい展開をあいつらに横取りされてたまるかよ」
分からん奴だ。
真面目に勇者しているかと思えば、こうしていきなり三下の動きを始める。
そのくせふざけた態度の根底には妙に合理的な理屈が埋まっている。
「体力ゲージがまっかっかで、い~かんじでピンチになれたしな」
聖竜騎士ユート ── 器が浅いのか深いのか。
「次の一撃で決めにいくぜ」
まったく底の知れない勇者だった。
なるべく更新ペースを週2-3で維持していきたいところです。