battle against adversity ~魔のモノは聖戦を見ていた2~
"Life isn’t worth living,
unless it is lived for someone else."
誰かの為に生きることこそ、人生というものの真価だ。
【現代物理学の父 アルベルト・アインシュタイン】
立会人は走っていた。
一枚岩を飛び降り、断崖絶壁を下り、密林の中を走る。
彼自身が想定していない不確定要素の展開になった。
この魔王の脅威なき平穏な時代に熟練の異邦人が二人。
それも天地魔の均衡すら危うくする神竜騎士の経験者同士だ。
最強VS最凶。
七大魔王を超えた怪物二名が、一人の少女を巡って争っている。
クラスを神々に返上して『クラス専用スキルの剥奪』『ステータス補正の消滅』『スキル使用コストの増大』などといった弱体化が行われても、使用する伝説の武具はそのままで、冒険中に獲得したスキルが消滅いていない以上、クラス降格が行われても彼らは十分すぎるほど強い。
彼らは神竜騎士になった時点で人間の枠を超えている。
一度でも人間を辞めたモノが人に戻れるわけがなく、彼らは神竜騎士でなくなっても、内包する力は神竜の眷属に等しい。
いわば二人は人間のカタチをした上位種のドラゴンのようなものだ。
人であって人ではない。人の心と外見をもっているだけの異形の怪物だ。
そんなモノが地上で本気を出し合えばどうなるか。
聖竜騎士の剣技でクレーター化した森の惨状を見れば分かる。
彼らが戦うと必殺技の余波だけでも地形が変わってしまうのだ。
神竜騎士の持つ竜の力の片鱗だけでこれだけの威力なのだ。
正義の名を持つ破壊の体現が衝突しあうということは天災に等しい。
小規模でもコレは聖戦だ。
場を抑えねば迷いの森の一部が消失する破滅の未来になりかねない。
二人の実力の差は立会人の目から見てほとんどない、
攻撃型と防御型の差はあるが総合値はほぼ互角。レベル差も誤差だ、
難を言うなら、聖竜騎士の動きが七年前に比べて明らかに鈍いことか。
よほど戦場から離れた生活を送っていたのだろう、異世界に出戻りしてから鍛えなおした形跡はあるが、長期間のブランクで錆び付いた戦闘勘はそうそう簡単に戻るものではない。
戦力の絶対差ではないが防具の性能が劣っているのもマイナスだ。
聖竜神に支給されているはずの聖鎧を現在の彼は装備していない。
そこらの防具屋で売っている革鎧で神竜騎士の攻撃を防ぐなど、羊皮紙一枚で大砲の弾を受け止めるようなものだ。
これでは序盤有利に見えても聖竜騎士が地竜騎士に勝てる保障はない。
「ところで聖竜騎士よ。お前、カバーリングスキルの心得はあるか?」
第二ターン開始時、大槌を構えながらガッサーがそんなことを口にした。
「あたりまえだろ。【かばう】のガードスキルの会得は、ヒロインを守る勇者なら基本中の基本の嗜みだぞ」
「ディフェンダータイプのスキルツリールートからか?」
「いんや。あいにくとボクはアタッカーのスキルツリーに走ったんでね、持ってる【かばう】も聖竜騎士の基本スキルのほうだ。レベル1のみのやっすいやつ」
「つまりディフェンダータイプが持つ【食いしばり】みたいなダメージ軽減のカバーリングや、【不屈の闘志】のような戦闘不能からの強制復活の副次効果を持つカバーリングはもっていないわけか。安心した」
「あの、それってもしかして」
ユートは引きつった顔でグーをパーにするBOMのジェスチャーをした。
「ああ、そのもしかしてだ」
「わぁを」
ユートはガッサーの言葉の真意を瞬時に理解した。
この男は自分だけでなく、自分の背後にいる少女をも巻き込む『竜気』の範囲攻撃で一帯を丸ごと吹き飛ばすつもりなのだ。
「この子を攫うんじゃなかったのか?」
「最悪の場合は死んでも構わんが、それはそれでこっちも困る。だからお前にカバーリングスキルのあるなしを確認した。お前みたいなロマン派は行動パターンが分かりやすいからな」
『竜の力』を解放したガッサーの全身から鉄色のオーラが滲み出す。
「時間はかけたくない。戦闘の余波に気が付いてお前の仲間や森林警備隊がやってくると俺のほうが圧倒的に不利になるからな。あと二手以内で勝負を決める」
「武器に込めた竜気の大圧縮……ボクの聖竜咆裂波と同系の範囲攻撃技か」
「その通りだ。俺は見ての通り地竜神の特性を最大限に生かせる防御特化型の盾役でな、特性的に技術面に乏しく、持っている武器も武器だけに命中精度もよくない。大型の魔物ならともかく、お前のような俊敏性のあるヤツを相手にするのは得意じゃない」
点での単体攻撃がダメなら面で範囲攻撃。
回避力の高い敵を相手にするときの基本だ。
「ボクだけを狙う選択肢はないわけ?」
「ないな。お前みたいなタイプは範囲攻撃すらあの手この手でヒラリと回避しかねん。確実に当てるなら、完全防御状態で足を止めることになる【かばう】使用の弱点を突くしかない」
「ボクが彼女を見捨てる可能性を無視したガバガバ作戦だな」
「見捨てんよ。お前みたいな人種は一度でも守ると決めたものは何があっても絶対に見捨てない。そうだろ? 魔王に攫われたプリンセスを命懸けで救出した偉大なる聖竜騎士どの」
「まぁね。その言葉、褒め言葉として受け取っておくよ」
「褒めているからな。現実主義の俺にはとてもマネできん」
「ありがとさん」
軽口を返すユートだったが、内心は冷や汗ダラダラだった。
「あの竜の咆哮を喰らって学習したことだが、やはり神竜騎士クラスを相手にするには最低でもミスリル製の金属鎧の装備が必須だな。そんな大量生産品の革鎧では俺の竜気は防ぎきれんぞ。俺のように防御スキル特化型の【鉄人】なら話は別だがな」
やばい。やばい。これはやばい。
背後で怯えている少女を敵の攻撃から身を挺して庇う。
これは前提事項。避けられない行動。大好きなロマンシングだ。
問題はそっからどうやって生還すべきかだ。
悲しいがガッサーの言うとおりユートの着ている革鎧は紙装甲。
ダメージを大幅に軽減する防御スキルも持ち合わせがない。
こんなことになるなら村の博物館に鎧を寄贈するんじゃなかった。
まぁ、村から持ち出したところでサイズ合わなくて無意味なんだが。
「ゆ、勇者さまっ!」
「安心しろ。キミはボクが必ず守る」
危機的状況でも笑顔を崩さす歯をキラリと光らせることを忘れない。
くぅぅっ! クールに決まった! 感涙だ! 今日は赤飯にしよう!
……この内面のカッコ悪ささえなければ勇者として合格なのだが……
「ゆくぞ聖竜騎士。覚悟はできたか?」
「地属性らしく大地を砕いて敵を崖下に落とす系の技だと嬉しいな」
「悪いが、リクエストには答えられんな。そういうノリは嫌いでね」
「付き合いの悪いカタブツですこと」
ガッサーの大槌に大量の竜気が収束されていくのを感じる。
この圧縮度から察して放たれる技は衝撃系か爆裂系かの二択。
鎧袖一触。一回でも地竜騎士の一撃が決まれば聖竜騎士は終わる。
「アダマス鋼は値が張るからあまり使いたくないが相手が相手だ。ここでケチるわけにもいかんな」
ガッサーは空いた左手を掲げて呪文を唱える。
収納あるいは召喚魔法か。その手元に金属製の球体が出現する。
蒼黒い金属球だ。サイズはかなり大きい。赤ん坊の頭部ほどはある。
「誇りに思え。俺にコレを使わせたのは、鬼城王に続いてお前で二人目だ」
伝説の武器の素材にも使われるアダマス鋼を用いた金属球。
比重的にかなりの重量になるであろうそれを、ガッサーはポイと上空に向けて無造作に投げた。
「真竜剣奥義──」
グンとポール部分が歪むほどの勢いで振りかぶられる大槌。
これは大地にハンマーを叩きつける上段の構えではない。
全身のバネを使って真横から薙ぎ払う一本足打法の構え!
大地を叩いて地割れを起こすわけでもない。
大地を抉って土津波を起こすわけでもない。
空から落ちてくる金属球を相手に打ち込む? ただそれだけ?
「地竜千鉱弾ッ」
仰々しい名前のわりに、やっていることは野球のノックだ。
フルスイングで放たれたアダマス球は真っ直ぐにユートに向かう。
金属塊をこの速度で打ち出す並々ならぬパワー。竜の力あればこそだ。
でも、こんなものは戦車砲となにも変わらない。実にお粗末な攻撃だ。
当たれば威力はあるだろう。速度もそこそこだ。しかし弾丸の軌道は単調。
この程度なら庇うまでもない。少女を抱えて避けるのはたやす──
ピシリ……
「な……!?」
油断だった。
仮にも神竜騎士と呼ばれた男が、そんな芸のない技を奥義と呼ぶものか。
ユートに迫っていた一発の金属球は、ちょうど二人の中間地点のあたりで……
「なにぃぃぃぃぃぃっっっっっ!?」
激しく爆ぜて拡散し、扇型に無数の破壊をバラ撒く榴弾と化した。
地竜千鉱弾──
金属球の内部に超圧縮した竜気を送り込み。任意の位置で爆発させ、指向性を持たせた無数の金属片の榴弾を広範囲に叩き込む、地竜騎士ガッサーが開発した恐るべき大量殺戮技である。
単純な威力だけでも黒色火薬を使った手投げ弾の数倍の爆発力がある。
しかも榴弾に使われた金属片はミスリル以上の硬さを持つアダマス鋼。
竜気の爆発で超加速したアダマス鋼の砕片は、ひとつひとつが徹甲弾。
矢も弾丸も通さない鬼城王自慢の鉄巨人部隊を数分で一掃したこの奥義。
音速に近い速度かつ広範囲に拡散した金属片の回避は事実上不可能。
鉄板も軽く貫通する榴弾の雨をまともに受ければ聖竜騎士とて蜂の巣だ。
「うおおおおおおおおおッッッ」
ユートの雄叫び。少女の悲鳴。散弾が次から次へと木や岩を破砕する音。
逃げ場などどこにもなかった。
鉄人キヌガサ……広島カープの……うっ、頭が!
このままいくと勇者編が10話いきかねないので聖戦編に移行しました。
おかしい、バトル編になったら主人公が急激にカッコよく…なぜだ!?
よかった。ぞんざいな扱いで終わる主人公はいなかったんだね。