fierce fighting ~魔のモノは聖戦を見ていた1~
"Take a chance! All life is a chance.
The man who goes the farthest is generally
the one who is willing to do and dare."
好機を掴み取れ! 人生とはすべてがチャンスだ。
遙か彼方まで到達できた者とは、大胆に行動する意欲のある者のことだ。
【自己啓発書の祖『人を動かす』著者 デール・カーネギー】
「おいおいおい。そりゃどういうことだ。正体あらわしたんだからゴロツキごっこはもう終わりのはずだろ?」
「ゴロツキごっこは確かに終わった。少なくとも最初に貴様に会ったときに俺たちが口にしていたような下種なマネはしない。このまま大人しく彼女を引き渡してくれればそれでいい」
「これから迷子の女の子を保護しますってツラには見えないんだが?」
まさかとは思うが。
「当然だ。これから俺がやるのは彼女の捕縛と神殿への拘留、場合によってはこの場での討伐のつもりだからな」
「ッッッッ」
その『まさか』だった。
「そんな物騒な話を聞いて、ハイそうですねってボクが引き渡すと思う?」
「大人しく引き渡さないのであれば力づくということになるが?」
怯える少女を庇うかたちでガッサーの前に出るユート。
「仮にも質実剛健の頑固者で知られる地竜神に選ばれた神竜騎士さまが、森で道に迷った女の子を捕まえて力づくでにゃんにゃんとか、さすがに品性を疑われるレベルでシャレにならねぇぞ」
「道に迷った女の子……か」
かよわい少女を暴漢から守る聖なる勇者の図。
英雄譚の1ページからそのまま抜け出してきたようなユートと少女の絵面を見て、自分の立ち位置が完全に三流悪役であることを認識したガッサーは苦笑するしかなかった。
「本気で、言っているのか?」
「ボクは可愛い女の子の前では、見栄を張っても嘘は付かないタイプでね」
「この小娘を聖竜騎士が庇うという意味、お前は分かっているのか?」
「なにを? 詳しく説明してくれると嬉しいな」
質問するユートの表情は真面目そのものだった。
いい目をしている。ついさっきまでの飄々とした悪童の印象が消えている。
これは自分の背後に隠れる無力なヒロインを、身体を張ってでも巨悪の魔の手から守ろうとする正義の味方の目だ。
「言わんよ。言う必要もない」
魔王が大陸で大暴れし、魔物たちが世界中に跋扈していた八年前は、勇者たちはみんなこういうキラキラした目をしていた。
正義に愛に友情。
目指すは魔王のいない理想の世界。求めるは愛に満ちた平和な世界。
こんなおためごかしの花畑理想論を真面目に信じ、彼らは弱きもののために命を懸けて剣を振るい、自己犠牲の心意気で魔物と闘い続けた。
しかし魔王を撃退してしばらくすると、勇者たちは自分を担いでいた民衆から『もはや用済み』と神輿から下ろされ、路頭に迷うという現実に叩き潰された。
勇者にとっ魔王のいる乱世こそ理想郷だったという目を疑う真実。
魔王のいない平和な時代に魔物退治の専門家の居場所なんてなかった。
勇者様と弱き民にちやほやされるために戦い続けたロマン派の彼らは、それでも喝采願望のために勇者というブランドに固執した。
それがそもそもの間違い。
世のファンタジーロマンの実現は普通の冒険職でも事足りる。
そうと分からず英雄=勇者の固定観念に縛られた彼らは、地に足の付いた生活への転向という時代に迎合するチャンスを逸してしまった。
ガッサーのように世の中の冷たさを知っている現実主義の勇者たちは、冒険の早い段階で権力者にコネを作って仕官先をキープしたり、魔王軍退治で得た資金を元手に自営業を始めたりと、先を見越して器用に立ち振る舞うことで大氷河期を生き延びたが、綺麗ごとの夢だけを追い続けて未来の生活ビジョンを考えなかった純粋で真っ直ぐなやつらは極端から極端へ一気に滑り落ちた。
どうせこの世は色と欲。
おまえも、おまえも、おまえらも、落ちる地獄はリストラ地獄。
夢も希望もありゃしない。英雄譚に出てくる夢物語なんて嘘っぱち。
世の勇者たちが甘ったるい理想では喰っていけない現実の厳しさを知った現在、もうこんな目をする勇者は絶滅したと思っていた。
「お前が守ろうとしている存在。それがなんなのかに気が付いているのかいないのか。それとも分かっている上であえて知らないふりをしているのか。そんなことは俺にはどうでもいいことだ」
聖竜騎士ユート。こいつは淀みなく自分の行いについて大真面目だ。
分かっているのか? 分かっていないのか? なにも考えていないのか?
これが彼なりの正義か。ヒロインを守るナイト像が、この男のロマンか。
「ボクもアンタがなんで彼女を狙うのかは問わない。言いたくないならそれでいい。襲ってくるなら撃退するだけだ」
「カッコつけ以上の価値にはならんぞ」
「それがいいんじゃないか。男のロマンの実現は値千金。目の前で困っている女の子がいるから命を張って助けたい。それだけて命を張る価値がある」
「いい歳こいて恥ずかしいとは思わんのか?」
「ぜんぜん♪」
呆れた。揺ぎ無い価値観を持った上での確信犯的行為なのか。
ならば奴はこれまで見てきたどの勇者の中でも、ぶっちぎりでド阿呆だ。
一文の値打ちもない勇者ごっこに命を懸ける正真正銘の超ド阿呆だ。
「そうか。引き渡す気がないのなら叩き潰すのみよ」
「そう言い出すだろうと思ってたよ」
だが、こういう阿呆は嫌いじゃない。
少年から大人になるにつれ磨耗していく『なにか』をコイツは未だに持っている。
自分が中学の卒業前にはもう捨ててしまったモノを、この男はこんなにも……
「ふたつ質問させろ」
「どうぞ」
ガッサーが大槌を構え、それにあわせてユートが大剣を構える。
「その小娘を俺の手から命懸けで守ったとして、お前に何の利がある? 元神竜騎士同士がここで闘えば互いに無事ではすまんし、聖竜神派と地竜神派が森竜神の縄張り内で争うことの意味、アーシェラ・フォートリア・ホーリーレイクの間でどんな国交問題に発展するか想像付かぬお前ではなかろう」
「誰かを助けるのに理由がいるかい?」
「どっかで聞いたキャッチコピーだな」
「いいんだよ、細かけぇことは。お上とのトラブルが怖いなら、このまま身を引くという手もあるぞ」
「それは次の機会にしておく。単に牽制で言ってみただけだ」
「据え膳を喰わねば男の恥ってか?」
「音に聞こえたドラゴンスレイヤーと戦える口実と大義名分を得たのだ。このまま引き下がれると思うか?」
「わりと素直に手ぶらで引き下がってくれないかなーとは思ってる」
ユートはガッサーの強襲に備えつつ、チラリと背後を見る。
数歩うしろにいる少女のさらにうしろ、崖までの距離はおよそ──
「石壁生成」
ズンッ ズンッ ズゥンッ
「げっ」
十五歩ほど──
と、計算したところで、ガッサーに先読みされていたのか、ここから崖っぷちにまでいたる退路を大量の石壁で断たれてしまった!
大地から土や石の壁を生やす地属性の防御魔法『石壁生成』。
通常は竜のブレスや飛び道具などから身を守る壁として使用する魔法だが、使い方によっては相手の行動経路を塞ぐ遮蔽物生成魔法に変貌する。
「崖から飛び降りて逃げる算段をしていたんだろうが、逃がしはせんよ」
「救世主は決して崖に落とすな。生還率100%の逃げられ損になる?」
「バトル漫画のお約束くらいスポ根漫画派の俺でも知ってる」
「だろうねぇ」
さすがは同じ異邦人。この手の漫画展開のノウハウは学習済みか。
主要キャラが敵の攻撃で崖に落ちるのは生存フラグ。
自ら飛び降りれば生存率はそらに飛躍。ヒロインとセットならなおよし。
「この高さから落ちたのだ。生きてはいまい」と敵に言わせれば完璧だ。
「つまり真っ向勝負で切り抜けるしか道はないってわけね」
「そういうことだ」
地獣が牙を剥き出しにして微笑んだ。
まるで野獣が獲物に喰らいつく寸前の凶相である。
ガッサーの武器は戦鎚。重量と遠心力で砕くことに特化した兵器だ。
盾で防ごうとすれば盾ごと叩き壊し、兜で受けようとすれば兜ごと叩き割り、鎧で耐えようとすれば鎧ごと叩き潰す。
これは遊びでも稽古でもない。
もし負ければ面接どころではなくなる真剣勝負だ。
だからいい。
土壇場の一つ二つを乗り越えられないようでは救世主失格だ。
目の前の女の子ひとり暴漢から助けられなくて、なにが勇者だ!
「もうひとつの質問は?」
ユートが腰を沈めて迎撃の姿勢をとる。
下段から横薙ぎに入る構えだ。一気に間合いを詰めて勝負に出るつもりか。
「つまらん質問さ。お前は最近こちらに出戻りしてきた身だったな。最近の広島カープの調子はどうだ?」
「信じがたい話かもしれないけど、ボクがこっちに来る数日前にセリーグで25年ぶりの優勝はたしてた」
………………。
「ここにきて初めて、日本に帰りたいという気分になった」
「このまま見逃してくれたら、日本シリーズが開幕する前に帰国できるようツテを紹介してもいいぞ」
「それもまたの機会にしておく」
「そりゃ残念」
どちらも一撃必殺の威力を持っている超重量武器の使い手同士、先に武器が急所に当たったほうが勝つ。
一歩。二歩。三歩。
互いの必殺の一撃が届く距離まで残り四歩。
魔法や飛び道具による牽制の気配はない。
このまま致命打を繰り出しあう死線に足を踏み入れるか?
──そのときだった。
「一本杉が……」
不意にユートがうっとりとした目で──
「綺麗だなぁ……」
ガッサーの背後で雄々しく聳え立っている一本杉を見上げた。
「?」
ガッサーの視線が彼の視線を追って背後の一本杉に移動する。
ほぼ同時に……
「聖竜……」
フトコロカラ──
「迅竜斬ッ!」
ザンゲキガ トンデキタ!
「ッ!?」
視線がユートからわずかに離れた瞬間を狙われた。
即座にユートの騙し討ちにガッサーが反応するが、後の先が間に合わず、機先を制された。
セコい・コスい・エゲツない。
こういう駆け引きの機微はユートのほうが一枚上手か。
後手でガッサーの大槌が飛ぶ。
やや反応が遅れた分だけガッサーが不利か。勝率は四分と六分。
旋回する鉄塊がユートの右半身に迫る。高速の斬撃がガッサーの胴に迫る。
わずかにユートの剣のほうが速い。
大振りで薙ぎ払われるガッサーの大槌よりも先に、ユートの横一文字の切り払いが目標に直撃する。
ベキンッ。鎧が裂け、金属が潰れ、留め金が砕ける音。
「………」
切り払いの衝撃で左方向に吹き飛ぶガッサーの巨体。
それを見るユートの表情は険しかった。
「流し斬りが完全にはいったのに……」
クリーンヒットを決めたユートの口から漏れる舌打ち。
手ごたえが浅い。手元に響いてくる振動が甘い。感触が明らかに硬い、
刃が肉や骨にまで達していない。砕けたのは彼の装備する鎧だけだったか。
装甲の薄い横っぱらに胴一閃のつもりだったが、装甲が弱めな横腹の接続部分に打ち込んだにもかかわらず剛剣の刃が本体に届かなかった。
狙う攻撃箇所も先読みされていたか、当たる直前に自ら斬られる方向に飛ぶことで斬撃の衝撃を散らされた。
聖竜迅竜斬──
聖竜騎士ユートが迅竜と呼ばれる竜族屈指の俊敏さを誇るドラゴンを倒し、その血を浴びて体得したスキル『縮地』に、大剣スキル『流し斬り』と神竜騎士スキル『竜の力』を併せた複合技である。
神竜騎士が『竜の力』を解放して本気になったときの膂力は人外の域。
純粋な筋力は速度を生む。筋力特化=鈍重と思っていたら馬鹿を見る。
これに大剣スキル最速とされる『流し斬り』と、迅竜スキル『縮地』を生かした踏み込みの速さを加えれば、その斬撃は人間の反射神経の認識速度を遥かに越える。
この必殺技は当てることに重点を置いた命中率特化型。
神速の踏み込みが成功すれば、ほぼ確定で敵に当たる。
有効な防御法は撃たれる場所を先に予測して防御体勢を取るしかない。
鉱物を司る地竜神印の装備からして、あの全身鎧の防御力はそこらの金属鎧よりも桁違いで高いであろう事は容易く予測が付く。
ならば狙うは頭部か内蔵の二択。どれだけ鎧が硬かろうと関係ない。
十分に加速と重量が乗った竜殺しの聖剣の一撃は、対象を切断に到らずとも絶大な衝撃を対象の内部に叩き込む。
なにも敵の上半身と下半身を生き別れの真っ二つにする必要はない。胴薙ぎの衝撃で肝臓辺りにクリティカルダメージを通せば、それだけで相手を戦闘不能に陥らせることが可能だ。
そのプロセスを読み切られた。
身に襲い掛かるダメージを最小限に抑えられた。
さすがにノーダメージとはいくまいが、貴重な短期決戦勝利のチャンスを潰されたのはユート的には辛い。
この受け方は誰でもマネできるものではない。
伝説の防具を装備していたから耐え切れたなんて判断は誤りだ。
神竜騎士シリーズで最高峰の物理防御力を誇る地竜神の鎧といえど、竜殺しに特化した聖竜騎士ユートの聖剣の破壊力はとても防ぎきれない。
ガッサーが受けを成功させたのは、持ち前の野生の勘、天に愛されし者の強運、八年間の戦闘の日々から成る分析力、百戦錬磨の経験によるものだ。
伝説の鎧の防御力だけに頼っていたら終わっていた。
恐るべき戦闘勘。やはりこの男は嘗められない。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ」
ユートの一撃によってガッサーの肉体は森を彩る蝶ように美しく舞った。
痛む腹の中で闘士の炎が燃え上がる。
生まれて初めて真の勇者の放つ斬撃を喰らった。
嗚呼、コレが聖竜騎士の聖竜騎士たる剣の威力なのか。
彼は歓喜に震えた。生の斬撃には気の攻撃にはない甘美な味がある。
その一撃は単純でありながら、なんと雄弁で雄大で雄心な一撃なのだろう。
あの男は本気で自分を倒しに来た。実に雄的な無骨で無粋で不器用な告白。
聖竜騎士ユートは、この自分をドラゴンと同等以上の驚異と認めたのだ。
「二塁打……というところか。いいぞ……そうでなくては面白くない」
右半身が大地に叩き付けられると同時に、彼は身を捻って受身を取りつつ回転し、すばやく体勢を立て直した
左肺にダメージがあるが呼吸がキツくなっただけで破裂はしていない。肋骨も軽いヒビだけで済んだようだ。
痛む部分に早急に『地脈回復魔法』をかける。全快とはいかないが骨と内臓の傷はなんとか癒えた。
なんて衝撃だ。鎧が刃を防ぎきっても痛打が内臓と骨に拡散してくるとは。
肉体防御の強化スキル『超頑強』を備えていなければ悶絶は必至だった。
呼吸を整えろ。まだ自分は闘える。まだ前菜だぞ。満足などできるものか。
「初手の駆け引きは貴様の勝ちだ。とても七年間も平和な日本でヌクヌクと暮らしていた身とは思えんな。その卑劣な手口、誰から学んだ?」
「昔のパーティー仲間のやりくちを見よう見まねで試しただけさ。昔は意地でもこんな汚い手には頼らないと思っていたもんだけど、オトナになると真の価値が分かるもんだな。あとは夢枕獏の小説からとかいろいろと」
「興奮するな……鬼城王との一戦以来だぞ……これほどの戦慄をおぼえたのは」
「こっちも似たような感想だよ。この聖剣の刃が肉はおろか装甲の真ん中にも達しなかった事例は、邪竜王と四天王のリーダーを除いたらアンタが初めてだ。さすがは鉱物の神様が造った鎧だよ。やんなるわ」
ニィッ……と、二人が同時に獣じみた笑みを浮かべる。
「いい貌をするじゃないか。さっきまでの情けないツラとはダンチだぞ」
「可愛い女の子の前だとイキがりたくなる性分なもんで」
お互いに迂闊な行動はしない。どちらも手の内を見せ切っていないからだ。
ユートとしても地属性の魔法使いを相手に下手な追撃はしたくない。
砂地化・隆起化・陥没化・泥沼化と、地属性魔法には相手の足元を不整地化して機動力を封じるいやらしい魔法が多い。
誘いに乗って足を取られ、転倒したところで叩き潰されてはたまらない。
地属性はタフで頑丈でしぶといのが取り柄だ。回復魔法も地味に多い。
勝負を決めるなら搦め手や回復の暇を与えず必殺の一撃を叩き込むのみ。
決定打を与えられないままジリ貧になりたくなければそれしかない。
「もう殺す」
「気が合うな。ボクもだよ」
ここでようやく1ターン目の終了。
ふたりの戦いはまだ始まったばかりだった。
ねんがんの 評価100ptを とっぱしたぞ!
いつも閲覧ありがとうございます。次は200ptに向けて精進していきます。