Do you really think so? ~魔のモノは勇者を見ていた5~
"Defeat? I do not recognize the meaning of the word."
敗北? 知らないわね、そんな言葉は。
【英国首相 鉄の女マーガレット・サッチャー】
「もしかして魔物退治?」
「そうだ。それ以外には野球しか取り得のない人間なものでな。大戦以降は魔界に戻り損ねた魔王軍の残党狩りや、自然発生的に地上に現れる危険な魔界生物の討伐をやって食い扶持を稼いでいる。たまにこういう小悪党どもを相手にすることもあるがな」
愚問だった。異邦人は魔王を倒すために召喚された存在だ。
彼らの存在意義は魔物から地上の平和を守ること。それ以外の価値はない。
悲しい話だがこれが現実だ。
勇者は魔王が去って用が済めば御役御免。異邦人の存在もまた然り。
「その顔を見るに、救世主の一人として異世界に残っても、あんまり楽しい人生を送ってたわけじゃなさそうだ」
「そう思うか?」
「でなきゃ、とっくに王国軍あたりに仕官して宮仕えしてるか、爵位もらって地方領主になって有閑貴族かイモ男爵でもやってるはずさ。神竜騎士の肩書きを看板に平穏無事にさ」
この顔つきには見覚えがあった。
八年前、ユートはこの男と同じような目をした漢に遭ったことがある。
「でもアンタは違う。魔王が去った後に【日本へ帰還の選択】も【現地で安泰の選択】も選べなかった。あの日の戦いの味が忘れられなくて敵を求めて彷徨ってる……そういう戦場亡者の顔をしてる」
「慧眼だな」
「八年前にそういう戦闘狂と戦ったことがあるんでね」
その漢は魔も人も竜も関係なく、ただひたすら強敵を追い求めて戦場を駆け続けたリザードマンの狂戦士だった。
誇り高く、気高く、孤高で、彼の生涯で唯一【友】と呼べる存在だった聖竜騎士の刃に倒れる瞬間まで、彼は純粋に強敵との死闘を楽しんでいた。
聖竜騎士よ! 俺は! 俺が想うまま、俺が望むまま! 蛮勇であったぞ!
闘争以外のすべてを不純物と称して誇らしく死んだ漢の散り様は、幼い頃のユートの目には眩いほど美しく、そして目を伏せてしまうほどに悲しく見えた。
その漢と同じ目をした同胞が、こうして自分の前に立っている。
「そんなアンタがわざわざ不法侵入を犯してまでこんな辺境の森にお越しとは、もしかして迷いの森の遺跡にあるという魔王の隠し財産が目的か? それとも迷いの森に棲み着いた魔物の討伐か?」
「いいや、それよりもずっと大事だ」
「大事?」
「迷宮王の復活といえば分かるか?」
ピクリ……と、ユートの眉がかすかに動揺の動きを見せた。
「とうに御存知らしいな」
「……迷いの森にある魔王の遺跡。その中枢に張られていた侵入不可能の結界が最近になって消えたって話は、今回のクエストを依頼してきた【大樹の聖女】から聞いてる。思わぬイベントにかちあっちゃったけど、昔の仲間を引き連れて迷いの森を探検しているのもソレが理由でね」
ガッサーはユートのわずかな緊張を見逃さなかった。
だからユートもとぼけるのは不利と判断して自分がこの森に訪れた理由を話した。
ここは真実には到らない程度に事実を吐いて化かすしかない。
「およそ千年前にこの地域で猛威を奮っていた魔王【迷宮王ミノス】。その魔王復活の兆しが迷いの森であったと院から連絡が届いたらしいんだ。そんで様子見の第一次探索隊としてボクらが雇われたというわけさ。フォートリアの国家元首がこんな危険な任務のパーティーに加わっているのは、まぁ、猫の好奇心と察してくれ」
「だいたい同じだな。こちらも神殿直轄の大森林監視所から『迷宮王の居城跡地にかけられていた大結界が消失した』との報告を受けて、坊主どもからクエストの依頼を受けた。普段はオレのことを、魔王を討伐したのに大陸に居座る厄介者と邪魔モン扱いしてるくせに、こういうときだけ都合良く『頼みます勇者様』と調査依頼を出しやがる。まぁ、ソレが生きがいだから文句はないがな」
「迷いの森はフォートリアの管理じゃなかったのか?」
「迷宮王の遺跡が森竜神の縄張りと地竜神の縄張りの境を跨いでいるから微妙なラインなのさ。迷いの森自体がフォートリア国とアーシェラ国の国境を覆っているからな。ドワーフ王が森の管理よりも鉱山管理に集中したいからフォートリアに基本的な管理を丸投げしてるってだけで、森の監視と自治権は地竜神派にもある。もっとも中枢部あたりはフォートリア領なんで、本格的な調査となると不法侵入になっちまうがな」
「アテにならないウワサを頼りに、他国の立ち入り禁止区域に無断で入るとはリスキーなこって」
宗派同士の牽制や国同士の政治的問題のからむ難しい話だ。
この大陸にはグローリア王国が属国化できず同盟にとどめた国家がふたつある。
一つはドワーフたちが統治する南部山脈地帯アーシェラ国。
もう一つがエルフと獣人族が統治する南部森林地帯フォートリア国だ。
二つの小国家は隣接する国家同士だが六百年以上続く冷戦状態にあるという。
互いの領地に存在している遺跡から魔王が現れたかもしれない。
それなら自分とこの勇者が魔王を発見して退治して、出し抜きで功をライバル国に誇りたいという念がこちらにもむこうにもあるはずだ。
もし本当に迷宮王が再降臨しているのなら、多少国境問題に発展させてでも首を狙う価値がある。
この世界で魔王を討伐することの重要性は、なにも勇者個人だけの問題ではない。
勇者を誘致した国家の栄華に関わり、勇者を選定した神の威信にも関わってくるからだ。
ユートからすればオトナの政治的事情なんて知ったことではないが、地竜神派を後援者に持つガッサーのほうはそういうわけにもいかないらしい。
「パシられる寺仕えの身はタイヘンだな。同情するよ」
「お前は違うのか? 先ほどから疑問に思っていることだが、どうして帰還したはずのお前が出戻りでこんなところにいる? 魔王降臨の危機が起こり、神々の選定が始まらなければ異邦人はコチラに来られないはずだぞ元聖竜騎士ユート」
「そこは色々とワケアリでね。さっきも言ったとおり、迷宮王関連のウワサと、ボクの元パーティー仲間が天空の聖女さまと大樹の聖女様だって言えば理解してくれるか?」
「なるほどな。貴様には邪竜王討伐の実績と大樹の聖女とのコネクションがある。異邦人の召喚は十五歳前後の少年少女が原則と聞いていたが……あれからまだたったの七年だしな。勝手知ったる経験者の再召喚のほうが手っ取り早いかもしれんな」
よしよし、聖竜神か森竜神のツテで再召喚されてきたのかと勝手に自己完結してくれた。
知り合いがいつでも異世界を行き来できる裏技を持ってるとはとてもいえない。
ましてニート脱却の就職活動のためにコッチに来たなんてもっと言えない。
「しっかし、他の異邦人たちがホームシックをこじらせて漏れなく元の世界に戻ったってのに、一人セーヌリアスに留まって七年間も救世主家業を続けてるとは御見逸れしたよ」
「向こうよりもこっちのほうが住み心地がいい。残ったワケはただそれだけの理由だ。親と不仲なうえに中卒で働くことが確定していた貧しい野球少年の人生と、異世界で名声と地位と超人的な力を手に入れた救世主の人生、ハカリにかけたらどっちが重い?」
「……言うまでもなかろうよ」
ガッサーの選択は正しい。人生の大逆転を自ら放棄するバカなどいない。
いや、いましたね。割と目の前に。
悪竜を倒した救世主からネトゲ三昧のヒキニートに転落したオバカさんが。
「んで、いまも地竜神のもとで神竜騎士のお仕事か?」
「いや、地竜騎士の称号は残っているが、神竜騎士のクラスは黒焔王の討伐後に御役御免で没収されてな。いまはしがない自由騎士だ。地竜神のお情けで『神殿騎士』への降格にとどまっているおかげで、他の食い詰め勇者と違って喰うに困らない程度に神殿から仕事を貰ってるがな」
仮にも魔王を倒した元神竜騎士がチマチマと小物狩りの仕事をやっているというのは神殿側の体裁が悪いので、元神竜騎士の肩書きが公に使えず、表立って派手な行動もできないのが寂しいところだ……と、ガッサーは内心で付け加えた。
「なんでアンタほどの実力者がこんな雑魚勇者の吹き溜まりなんかにいるのかと疑問に思ってたけど、事情を知って納得したよ」
「そう言ってやるな。勇者の就職氷河期と呼ばれるこの時代、大きな功績を世界に残した神竜騎士とて明日は我が身かもしれんぞ」
すいません。もうユートさんは我が身に降りかかってマス。
「こいつらと悪巧みしながら一緒に飲む酒も悪くなかったが、残念ながらゴロツキのフリもそろそろ潮時のようだ。そこで呻いてる連中に俺の正体がバレちまったし、お前の仲間を追った連中も遅かれ早かれ全滅は免れまいよ」
ユートはフッと不敵な笑みだけをガッサーに返した。
あの二人の敵に遠慮しないえげつなさは彼自身が一番よく知っている。
森林ゲリラ戦のプロであるタマ。天空随一の時空魔法の達人であるエスト。
この二人が少し腕がたつ程度の野盗ごときに負けるなんて想像がつかない。
「もうしばらく盗賊ごっこをやっていたかったが、ノブセ密猟団は本日をもって閉店だ。潜入捜査の御題目が消えちまった以上、この国のレンジャーどもに目をつけられんうちに、さっさと目的のクエストをこなさないとな」
「そうかそうか。それじゃあ後のことはボクたちには関係のない話だね。知らなかったとはいえ一撃喰らわせたことは謝るよ。慰謝料はそこに転がってる密猟者たちの賞金首で賄ってちょうだいな」
同業者同士なら戦う理由はないと少女を連れて去ろうとするユート。
異なる依頼人によるクエストのかちあいは冒険者にはよくある話。
ユートにはガッサーと魔王の首取り争いをする気はさらさらない。
可能ならこのまますっとぼけて彼の前から消えたいところだ。
まさか自分がその迷宮王に就職の話で用があってここにいるなんて言えないし。
「そうはいかんな」
──バレたか?
「どうしてだい? ボクは単に【大樹の聖女】の頼みで迷いの森の現地調査に来ただけなんだけど」
嘘をつくときは真実半分のデタラメ半分で。
口八丁手八丁で場を上手く逃れるための処世術だ。
「ああ、あの聖女と同行していたということはそういうことなんだろう。魔王に関する遺跡調査が目的なのか、それともさらに先をいって魔王の退治が目的だったかは知らないが、オレはお前の活動の邪魔をするつもりはないし、こっちの仕事を邪魔しないのならなにもしない」
「じゃあ、なんで道を塞ぐ?」
邪魔をしないならなにもしないと言っておきながら、ガッサーは闘る気マンマンの殺気を消していなかった。
危険な貌をしていた。暴発寸前の戦闘狂の相だ。
ちょっとでも挑発すれば大喜びで襲い掛かってくる。そういう目だ。
いや、もうすでに臨戦態勢だ。ハナからこいつは自分たちを逃がす気がない。
「分からんか?」
ガッサーは右手に握っていた【地竜の聖鎚】の先を青年の隣にいる少女に向けて突きつける。
「ッッッッ」
このとき──
これまで半ば無関心な観察に徹していた立会人が、ここで初めて誰の目にも分かる露骨な動揺の表情を浮かべた。
この男 ──── 想像以上に危険すぎる。
「オレがそこにいる娘に用があるからだ」
カノジョノ ショウタイニ キガツイテイル!
章単位の話数バランスが偏りだしたため微調整を行いました。
まさか7話予定が15話を越えようとは。