preparations for a journey ~この道わが旅~
「逃げるなぁっ!! 生きることから逃げるな! これは……命令だ!」
【黒木勇斗語録・ゴッドイーター 主人公】
それから数日後。ついにボクの旅立ちの日がやってきた。
あのあといろいろ口論や悶着があったけど、熱心なボクの説得にエストも
ついに折れ、こうして二度目の異世界転移を果たすことになりました。
『人生にリセットボタンはないけど電源はあるんだよなぁ……』
という脅しが地味に効いてくれたらしい、
「では、このニートはわたしが責任持って働かせますので」
登山用の大型パックにありったけの薄い本やらグッズやらを詰め込んだ
エストが、ハンカチ片手に涙ぐむ両親へ向けて最後の挨拶をする。
これでこの家とも、この家族とも、この日本ともしばしのお別れだ。
で、ボクの表情はというと物凄い渋面だ。
本来ならもうちょっと悲しいムードに酔ってもよかったんだろうけど、
両親からの「やっと馬鹿息子が真面目に働く気になってくれた」とか、
「ようやく無駄飯ぐらいのヒキニートの厄介払いができた」という、
息子の巣立ちを祝いつつ漏らす放逐の本音がヒジョーに不愉快でして。
いやね、親にそういう反応されるのは、そこまで両親を追い詰めた自分の
自業自得なのは分かっているんですけどね。
でもですよ、普通はこんな素性も得体も知れない息子の女友達の斡旋を、
疑いもせず素直に喜ぶとかどうよと小一時間ほど問い詰めたい。
いちおう両親のほうにはボクの勤め先は日本ではなくエストのいる国で……
という話で纏まっている。とりあえずウソは言ってない。
まさか父さんも母さんもソコが異世界だとは思うまい。
ああ、でも薄々は感じ取ってんだろうな。
この国人の女の子が、迷宮入りで終わった神隠し事件の関係者だって。
それを感づいてなお、独り立ちしてくれるならOKって考えなんだろう。
ボクは悟ってしまった。
このクソ素晴らしくない世界は、帰還のために異世界で必死に戦い続けた
自分を一切祝福してくれなかったのだ──と。
なんて、シリアス論調になって世界への悲観を述べたところで、真面目に
社会人として働かなかったお前が悪いの一言で済まされちゃう現実よ。
両親は再三そう言ってきたし、エストですらそう言うんだからひどい。
ボクがあんなにも戻りたがっていた家庭は、こんなにもクソッタレ。
だからこそ決意し、ボクは言ってやった。
黒木勇斗22歳、今こそ両親の手を離れ巣立ちするときと!
五秒後にそれが社会人の常識だって親にマジレスされたんですけどね。
はい、もうこの家にもこの世界にも未練なんてありゃしません。
ドラクエ3をプレイしたとき、ラストにアレフガルドと地上の境界が消えて
勇者と母親が生き別れになって、エンディング後に夫と息子が結果として
帰ってこなくなった母親の心境を考えて切ない気持ちになったもんだけど、
ボクのケースはお互いにせいせいしたってカンジなので後腐れもなしです。
初任給もらうまで帰ってきてやるもんか。
覚えてろよクソ両親。必ず給料のいくばくか握り締めてお礼参りしてやる。
とりあえず名目上は日本では名も知られてない小国に……ってことなので、
パスポートの所持を再確認。
アパートの引き払いとグッズの封印も済ませた。
パソコンも見られたらヤバイHなデータは全て消去済み。
ここまで徹底してやらないと安心して異世界転移も出来ない。
現世では死亡扱いとして処理される異世界転生ものが流行るのも分かるよ。
七年前、行方不明の少年Kの手がかり探しのため自室を警察に荒らされて、
隠していた『えっちなほん』やらパソコンのエロ画像コレクションを親に
見られたと知ったときは本気で床の上を羞恥でころげまわったもんなぁ。
いま思い出しても死にたくなる。
しかし今回の旅立ちは事前準備をしっかり済ませた。
社会的に行方不明扱いになる異世界転移におけるリスクはもはやなし!
此処に立ちて さらばと 別れを告げん
山の蔭の故郷 静かに眠れ
夕日は落ちて たそがれたり
さらば故郷 さらば故郷 さらば故郷 故郷さらば
「ニートさん、ゲートを開きますよ。この世界に未練はありませんね?」
両親に別れを告げて裏路地に入ってから、エストが最後の確認をする。
「本当は世界に綻びが生じるような危機が起きないときに異邦人を
召喚するのは御法度なのよ。今回は特例ということで見逃すけど。
あと、向こうでうだつがあがらないようなら強制的に送還するから」
「心配無用。異世界のボクは『どこにでもいる普通のヒキニート』ではなく、
神々に選ばれた伝説の聖竜騎士。しかもあの七大魔王の一角『邪竜王』を
斃した【どぅらぐぉんするぇいやー】! 就職先はいくらでもあるはずさ」
「……なんでドラゴンスレイヤーのとこだけ巻き舌なのよ」
「それくらいテンションあがってるってことだよ」
懐かしいなーこの裏路地も。すべてはここから始まったんだっけ。
八年前のあの日、ボクはいきなり空から降ってきた変な服装をした女の子に
手を引っ張られ、この裏路地に招きよせられた。
キミは選ばれし勇者だとかなんとか女の子に言われて、ピンとこないまま
魔方陣に飛び込んで、気が付けば剣と魔法のファンタジー世界。
その謎の女の子っていうのが、この【天空の聖女】であるエスティエル。
日本の御伽噺に『おむすびころりん』で有名な『ネズミ浄土』があるけど、
こういう異世界人に連れられココとは違う異界に渡る異世界転移ものって、
わりと古くからあるパターンなんだなって思う。
「ではいきますよ。げーと・おーぷんっ!」
エストの掛け声と共に、これまた懐かしい召喚の魔方陣が地面に現れる。
ここから一歩踏み出せば、その先はもう懐かしき異世界セーヌリアス。
ボクの第二の故郷が待っている。
「いざ行かん──光さす未来へ!!!!」
躊躇なく魔方陣に飛び込むボク。
そのとき、意気揚々と門めがけて頭から落下するボクを見ながらエストが
ポツリとこう言った。
「あの当時のように上手くいけばいいんですけどね……」
このときのボクは彼女の言葉を鼻で笑って聞き流した。
しかしそれがかなり真面目で深刻な不安から来る言葉であったことを、
数日後にボクは思い知る。
七年前、邪竜王は今際のきわにこう言った。
お前たち『勇者』は、この先の平和な世には要らぬモノだと。
みながみな、あの言葉は負け惜しみの恨み言だと思っていた。
ボク自身もそう思うようにしていた。
けれど、ヤツが放った呪詛は七年の間隔を経て現実のものとなった。
翌日、ボクの目論見はいともたやすく潰えることになる。
魔王が去って平和になった向こうの世界は、
復興を終えて人類の敵がいない安定期に入ったあの世界は──
前代未聞の勇者氷河期という、
最低最悪のヒーロー就職難時代に突入していたのである!