Witness, referee ~魔のモノは勇者を見ていた3~
"The die is cast."
賽は投げられた!
【軍人・ユリウス・カエサル】
「追い詰めたぞ」
「さんざんっぱら追い掛け回させやがって」
「覚悟は出来ているんだろうなぁ? あぁ?!」
不思議に思うことがある。
なぜ盗賊の類は言動がこうも月並みなのだろうか。
完全マニュアル化された三文悪役の定番セリフを、この十数分内で二桁台分は聞いた気がする。
もっとも見た目がヒャッハーの典型的なゴロツキどもが、妙に気取ったスタイリッシュなセリフを吐いたとして、それはそれで見た目と言動との違和感が鰻登りで大気圏へGOになってまうわけだが。
ウヘヘと勝利を確信した下卑た笑みで二人に近づく『はぐれ』たち。
短剣をチラチラ光らせながら威嚇したり、長剣の刃をベロリと舐めてみたり、鎖鎌をブンブン振り回したりと、『我々は三下の悪役でござーい』と全身全霊でアピールする威嚇のポーズも忘れない。
自分からヤラレ役のフラグを立ててどうするとツッコんではいけない。
これもまた悪役の美学。形式美というものなのだから。
その点についてはユートたち勇者も同じことだ。
勇者としてのカッコつけアピールが可能な場面では、彼らは虎視眈々とチャンスをうかがい、常に自分の芸風を生かす姿勢を忘れない。
「これぐらいだったら問題ないかな」
ふのふのみと『はぐれ』たちの数を数えてユートは言葉を漏らす。
逃走からの三方への分断作戦はうまくいった。
適度に挑発して総戦力をあえて引き出し、数で形勢不利と見るや土下座して、相手の虚を突いた瞬間に逃げ出し、さっさと仲間と合流して各個撃破作戦に移行する。
一見して情けない彼の逃避行にも、彼なりの深謀遠慮があった。
なんか合流時のエストとタマの非難轟々ぶりとか見ると、返答を待たず無理やり押し付けてった感もあるが、それは『あいつらならきっとなんとかしてくれる』という友情と信頼の上でのことだ。
うん、知らないけどきっとそう。
「さんざん連れまわしてごめん。いったん下ろすね」
「え? あ、はい」
ただ、立会人は怪訝に思っていた。
八年前に召喚されてきた当時の彼は、こんなことをする少年ではなかった。
「さぁて、いーかんじで場も温まったし。ぼちぼちやりますかね」
先ほどの行動、兵法者としては正しい行動だ。
いかに腕に自身のある元救世主でも、そこらで1ユニットいくらでダース売りされているような盗賊団が相手ならともかく、つい近年まで雑魚勇者をやっていた手だれ三十余名と纏めて勝負では明らかに分が悪い。
しかもこの森は相手が根城にしている得意のフィールドだ。
どんな地の利を仕掛けてくるかも分からない。
班長格が三人と分析するやいなや戦力を減らすため仲間に一部を押し付けて分断し、追い立てられるフリをしながら自分が戦いやすい場所まで誘導する。
ユートが立ち止まった場所は木も少なく平坦な見晴らしのよい場所だった。
二人の背後は崖で退路は無く、見た目には追い詰められたように見えるが、伏兵による背後からの不意打ちに対処しているともとれる。
「お嬢ちゃん、服を汚したくなかったらもうちょい後ろまで下がってな。この線から先はオトナの世界だ。お子様にはちぃっとばかり刺激が強すぎる」
「わ、わかりまひた」
ユートは靴のつま先で軽く地面を横一文字に掘り返して『ここから先には出るな』という意思表示を示したあと、クイとアゴで少女が身を隠せそうな岩の後ろまで下がらせる。
こいつは別人か?
立会人がそう思うくらい青年は少年時代と変わっていた。
容姿のことではない。たしかにこの七年間でケツの青いガキから立派な好青年に成長したようだが、問題点はそこではない。
気になったのは彼の戦いにおける姿勢の豹変ぶりだ。
八年前の彼はあのような奇策を弄する人間ではなかった。
立会人が知る聖竜騎士ユートは、どんな敵が相手でも真っ向から立ち向かい、多勢に無勢だろうがなんだろうか被弾を承知で突撃し、どんなにピンチになっても引くことがない、真っ直ぐで真っ当な闘争を繰り広げる男だった。
溢れ出さんばかりの『勇気』。
血液すら沸騰させる『熱血』。
清水の如く透き通る『純性』。
それらが人の形を成していたような典型的な勇者だった。
少なくとも──
「さぁて、こっちはアンタらとは違って就職活動中の身でね、面接に遅刻したくないんで早々にカタつけさせてもらうぜ」
土下座で虚をついたり、あっさり敵前逃亡をしたり、危機的状況の中でも仲間と漫才をしたりと、勇者としての品性を捨てた戦術を駆使して自身の優勢を狙う賢しい男ではなかったはずだ。
この男……セーヌリアスを離れた七年間になにが起きた?
立会人が眉をひそめたとき、またひとつ信じがたいものを見た。
「オメェら! 八つ裂きにしちまい……」
チームリーダーのはぐれが突撃の指示を出すよりも速く──
「神竜剣──」
ユートの攻撃ターンが発動した!
「聖竜咆裂波──ッッッ!!!」
たねもみゆうしゃは
はぐれゆうしゃたちが みがまえるまえに
おそいかかってきた!
「「「ギャーーーーーーース」」」
上段から真一文字に振り下ろされるユートの大剣。
空気が断たれる音。遅れてやってくる異質な空間湾曲。
剣の切っ先から噴き出される衝撃波を纏った桁外れの剣圧。
ドォォォォォォォォォォォォンッッッ!!
森林を震わす轟音。大地を揺るがす衝撃。大気を鳴動させる大爆発。
放たれた衝撃波は、木を薙ぎ倒し、岩を砕き散らし、大地さえも掘り返し、多数の人間を四散させる勢いで炸裂した。
その名があらわす通り、一直線上にいたものすべてを根こそぎ吹き飛ばす剣圧の威力は、怒り狂った竜の咆哮さながらだ。
聖竜咆裂波──
凝縮した竜気を剣の切っ先から放って爆発させる、聖竜騎士の剣としては初級の必殺技である。
神竜騎士スキル【竜の力】と大剣スキル【スマッシュ】の複合技という、技術をそれほど必要としない力任せの攻撃ながら、構造が単純明快ゆえに強力。
その破壊力は『咆裂』の名の通り、竜が激怒したときの咆哮に等しい。
本家ドラゴンの咆哮にみられる【恐慌】【混乱】【萎縮】などの精神バッドステータス付与の効果こそないが、剣から放たれる衝撃波の威力は中ランク爆裂系魔法と同等の効果範囲と爆発力を誇っている。
こんなものを戦闘準備もなしに不意打ちで喰らっては、さしもの元雑魚勇者たちもひとたまりもない。
「汚いとか言ってくれるなよ? 常住坐臥は戦場の基本だぜ」
正統派の勇者の口から出たものとは思えぬ言葉だった。
勇者という人種は何故だかスロースターター派が九割を占めている。
魔族とのバトルでは高確率で相手なりに戦い、戦闘スタイルは後手後手。
殴られて殴って、斬られて斬ってと、どうにも受身の戦いになりがちだ。
そして適度にピンチになってからターボがかかって本気で闘うようになる。
敵からすると逆転劇の演出でワザと序盤に手を抜いてくるのがウザいし、味方からするとハラハラさせて心臓に悪いし、ひどいときは大事な決戦に遅刻してきて敵にも味方にも迷惑かけるし、とにかく勇者というのは尺稼ぎの長期戦スタイルが基本なので非常にめんどくさい。
八年前の彼もそんなカンジだった。
ターン方式で殴って殴られてのプロレスを相手と繰り返して、いいかんじにピンチになったところで竜の力を解放して大逆転。
言い方を少し前向きに変えるなら、彼は格下の相手にも必ず見せ場をつくってあげる紳士だった。
こういう集団戦でも、かつての彼は相手に先行で斬りかからせてから後の先で一太刀という殺陣の基本を崩さなかった。
いつからコイツは勇者らしくない合理的な戦いをするようになった?
きったはったの世界に生きる戦士としては不意打ちの選択は正しい。
しかしヒーローの美学を重んじる正統派の勇者としては間違っている。
これではまるで──反英雄的存在のやり口ではないか。
「………………」
咆哮の余韻が冷めず土煙を舞い上げ続ける森林地帯。
ユートはしばらく吹き飛ばした箇所の様子を見ていた。
ドサリドサリと次から次へと空から落ちてくる『はぐれ』たち。
はぐれたちは腐っても元勇者だけあって、装備している防具とステータスはそれなりに上質のラインで整っている。そのおかげで昏倒あるいは身動き一つ取れない戦闘不能状態でとどまり、なんとか瀕死や死亡だけは免れたようだ。
そこらに転がっているレベル1~3くらいの一般的な山賊なら、いまの衝撃波の一撃で爆裂四散して、良くても全身複雑骨折と内臓破裂で瀕死、悪ければ床にブチまけられたジグゾーパズルみたいになって即死していただろう。
だから彼は油断しない。
狩人がしとめた大型肉食獣の完全な死を確認するまで動かないように、下手に倒れている相手に近寄らず、残心の心得を欠かさず、完全に土煙が晴れて全貌が見えるのを待っている。
「ここまで快勝しても浮かれぬか」
立会人はユートの慎重な態度を見ながら呟く。
以前の彼なら勝ちを確信して早々に場を立ち去っていたはずだ。
若い正統派勇者によくあるツメの甘さとケツの青さが今の彼にはなかった。
罪を憎んで人を憎まずの理論で悪党を半殺しで許してしまったり、命まで取る必要はないと戦意を喪失したモンスターを見逃してしまう勇者の優しさは、美徳であると同時に弱点でもある。
この甘ったるい美学が災いして、敵の死んだフリや降伏したフリに騙されて相手を討ち漏らしたり、イタチの最後っ屁の反撃を許したり、背中を見せたと同時の奇襲を許したなどの事例は、それこそ数え上げたかキリがない。
彼自身、そういうことは何度もあった。
現実主義的な思考のパーティー仲間がいなかったらどうなっていたか。
無知からの純粋性。性善説に基づいた御花畑思想。現実を見ない理想主義。
悲しいが少年勇者は大概がコレだ。だから神も操作しやすい。
担ぐ神輿はカラッポで軽いほうがいいとは誰の言葉だったか。
森の中を一迅の風が吹き抜け、爆発地点の景色を隠していた土煙が完全に消え失せたところで、岩陰から少女がちょこんと顔を出す。
「あの、やりました?」
「そう願いたいもんなんだけど……」
希望的観測が現実に裏切られるのに二秒とかからなかった。
「う、うそ……?」
「ぁ~っ」
二人はポッカリ開いたクレーターの先に何を見たのか。
少女がハッと目を見開き、ユートが「やっぱり」という顔で小さく呻く。
「言霊の力っつーか、NGワードの御約束ってやっぱり怖いわ」
一塊にまとまったところでのグループ範囲攻撃という作戦。
先制の一撃に込められるだけの最大火力を込めて一網打尽にする。
これが七年のブランクで腕が鈍った現在の彼に出来る最適解だった。
「こっちの口上が終わる前に不意打ちとはやってくれるじゃねぇか」
しとめられるのなら必殺技の一撃で全員しとめたかったのだが……
「たねもみ野郎と嘗めてたが、さすがは噂に聞く聖竜騎士様だ。地竜神からいただいた神スキルがなかったら終わってたぜ」
「戦後に資格を返上したんで、元・聖竜騎士だけどな」
ユートのイヤそうな視線の先には、革鎧を壊されて上半身裸になった『メジャー・はぐれ勇者C』の姿。
他のとりまきどもはともかく、リーダー格を一撃とはいかなかったらしい。
「どうやらボクのことはよく御存知って口ぶりだな」
「そりゃあそうさ。宗派は違えど同業だからな」
一歩一歩と近づいてくる『はぐれ』のチームリーダー。
なんだこの違和感は。なんだこの異様さは。なんだこの不気味さは。
彼の渾身の一撃を喰らう前までの三下とは明らかに雰囲気が異なる。
「思わぬ収穫だな。女を攫うだけの予定だったのに予想外の大豊作だ」
正中線を崩さない動き。隙のない立ち振る舞い。一本芯の通った歩行。
これは野盗に身を落とした雑魚勇者が出せるものじゃない。
擬態? 偽装? 演技? それとも覚醒か?
この男、貧相な山賊の様相とは裏腹に……
「……こりゃやっべ……」
恐ろしく強い──
本日、PV9000突破、ユニークも2500まで間近となりました。
ブクマ評価していただきた皆様、評価を下さった皆様に感謝。
ねんがんの評価100までもう少し。
感想や評価お待ちしております。どしどしお送りください。