I will see him through. ~魔のモノは勇者を見ていた2~
"Indecision is often worse than wrong action."
決断できぬことは、ときとして選択を誤ることよりも危険だ。
【フォード・モーター創業者 ヘンリー・フォード】
次は異世界救世主型の話をしよう思う。
彼らは読んで字の如く、こことは違う異世界からやってきた救世主だ。
いつ何処で誰が言い出したかは不明だが、人は彼らを異邦人と呼んだ。
最初に彼らがこの世界に姿を現したのはいつごろだったか。
彼らの活躍を記す最も旧い文献には、およそ二千年前にスパルタカスなる異邦の剣士が魔王が主宰する闘技場に単身で乗り込み、連勝に次ぐ連勝の果てに、闘技場の絶対王者であった魔王と最強の座を賭けて決闘を行い、三日三晩の死闘の末に討ち果たしたという記録がある。
異邦人は魔王が地上に大規模な侵攻を開始したとき、特に地元選抜の救世主だけでは対処が出来ない規模と判断されたときに、魔王への緊急対抗者として神々の力で異世界から召喚される。
召喚の選定は可能な限り無作為に行われるが、ほんの数百年前までは向こうの世界で優秀な人材、とりわけ戦場で活躍していた英雄を強引に連れてくることが多かったらしい。
ただ、異邦人の召喚は選抜を誤ると大陸そのものの文明バランスが崩壊させかねない危険な賭けでもあった。
なぜなら彼らはこの世界の人間とさして変わらぬ容姿をしていながら、文化や文明、価値観や宗教観、身体的や精神的なものにいたるすべてが、明らかにこの世界に住む人間よりも進んでいたからだ。
彼らが持ち込んでくる異世界の知識や渡来品は、科学の発達していない大陸文明からすればオーパーツクラスのものが大半だ。彼らの持つ知恵や技術は大なり小なり大陸の文化発展に寄与し、同時に古来から続くこの世界の伝統文化とのバランスをいびつにしてきた。
特にヤバかったのは、およそ500年ほど前にヒノモトノクニからやってきた『オダ・ノブナーガ』『ヤスケ』『ザイガー・マゴイチ』の三名の異邦人だ。
彼らはムチャクチャだった。とにかくムチヤクチャやらかした。
大陸にドワーフ鍛冶すら知らなかった火薬と銃の概念を持ち込み、戦争のやりかたに戦術的な革命を起こし、ガンナーとサムライとニンジャという新クラスを世に生み出し、これまであった大陸の文化形態や生活様式の常識をまるまる引っくり返して塗り替えた。
んでもって、大陸を引っ掻き回しながらやっとこさ魔王討伐を果たしたと思えば、今度はノブナーガたちは闇の救世主『第六天魔王軍』を名乗って王都に侵攻を開始。
人類共通の敵がいなくなって天下泰平の世の中になった瞬間に、「この大陸はオレが貰う」とか言い出すんだからたまらない。
さすがにこれはアカンと神竜たちは新しい救世主を派遣してなんとかノブナーガ軍を撃退したが、その後、敗戦を悟るなりそそくさと王都を去った彼らは、こっそり建造していた黒鉄の船で大陸を離れ、今度は遠い東の島に渡って原住民を相手に国取りを開始し、たったの一年で『ひんがしの国』なる小国家を建国したらしい。
まったくとんでもない連中である。
そのときの反省から、これからの異邦人の召喚条件には年齢制限を設け、可能な限り精神的に幼くて学も少なく神々の口八丁で操作しやすい、思春期真っ盛りの十代中頃の少年少女を主力にするという現在のカタチに落ち着くことになった。
この新規定のおかげでムダに頭の回る異邦人たちによる文化浸食や暴走のトラブルもだいぶ少なくなった。
もっとも、そこまで条件を厳しく絞ってやっても、やらかすときはやらかしてしまうのが異邦人クオリティー。
八年前に闇神竜が呼んだ異邦人が大量にこちらに持ち込んだ【えっちなほん】の数々が、あちこちで写本化されるほど大流行し、やがて人心を惑わす禁書『ウ=ス異本』とその名を変えて、後年に天界・地上・魔界を巻き込む焚書騒ぎの元凶になったのは有名な話である。
やはり異世界人は現地民に比べて取り扱いが難しい。
それでも彼らの強さは魔王退治に必要不可欠なものである。
まず特筆すべきはその異能だ。
如何なる条約によるものかは不明だが、異邦人はこの世界に召喚されて間もなく、彼らを招聘した神竜から初回特典として摩訶不思議な超人的能力を授けられるのが慣しになっている。
まずデフォルトとして異世界語の翻訳能力。
これを常用スキルとして持つ事で、彼らは大陸の公用語のみならずエルフ語やドワーフ語、経ては竜語さえも自動翻訳で聞き取り、また発音することが可能なのである。
ただし読み書きのほうは公用語の体得止まり。そこんところは神様のほうの仕様とか都合の問題らしい。
もう一つが神のスキルまたは神の装備の受領。
彼らは神に選ばれた救世主候補として、召喚した神からチート性能のスキルや装備を与えられる。
それらは伝説の武器防具であったり、種族の限界を超えたステータス値であったり、最初からレベルマックスの特殊スキルであったり、レベル1から最強の最上級クラスで開始などなど、その種類も様々だが、ほぼ『つよくてニューゲーム』状態であることは確定している。
いま、こうして女を抱えて森の中を走る一人の男も御他聞に漏れない。
あの異邦人、たしか『クロキ・ユート』とかいう名前だったか。
彼は少しばかり他の異邦人とは違った経歴でこの世界にやってきた。
正確には彼は神々が選抜した異世界救世主ではなく、かなり事故に近い状況でこちらに流れ着き、事後承諾に近いカタチで異世界救世主(仮)となった変り種の異邦人だ。
だから立会人もユートのことはよく覚えていた。
本来、異邦人の召喚は神竜の立会いの元で聖女が行うことになっている。
その召喚儀式も百年に一度くらいのペースで一人か二人が普通とされていた。
そもそも七大魔王の侵攻時に四人もの異邦人を同時期に召喚したケースが異常なのだ。
通常は魔王侵攻のたびに神竜がローテを組んで交替で召喚を行うものだが、そのときばかりは緊急事態ということもあって、召喚可能な状態にある神竜が総出で同時召喚を行うことになった。
異世界の人間をこちらに呼び込むには神竜や一部の上位魔王のみが生成できる『神の石』が必要だ。
人間一人を召喚するのに必要な『神の石』が作られるのに、だいたい百年から二百年ほどの時間がかかる。
そのとき『神の石』のストックを残していたのは『地竜神』『火竜神』『闇竜神』の三柱。
『海竜神』は七十年近く前に沿岸国家の運河工事中に現れた水竜の魔王調伏のために中の国から異邦人を招いたためストックなし。
『森竜神』はもともと地元民優遇の異邦人否定派なせいか『神の石』の生成をサボリがちで、今回は自分の御膝元にいる獣人族の少年を救世主として集中して育てたいとの申し出もあって異邦人召喚を棄権。
『光竜神』と『聖竜神』もまた、九十年ほど前に神都建設予定地を襲った魔王軍の対処に二人の異邦人を送り込んでおり、次の召喚に足りる『神の石』の完成に間に合っていなかった。
そう──
本来ならば聖竜神は八年前に異邦人をこの世界に招くことなど出来なかったのだ。
【天空の聖女】が幽閉中に戯れにやった異世界転移の実験を偶発的に成功させてしまった──その瞬間までは。
あの天使も最初はダメでもともとのお遊びのつもりだったらしい。
ちょいと邪竜王の牙城の宝物庫から『神の石』の粗悪品を拝借して、噂に聞いた異世界をチラっと覗いてみよう程度の考えで現世と異世界の門を繋げる実験を試してみたら、これがまた予想外の大成功。
天使は自分で設定したゲートに吸い込まれて時間限定で異世界へ。
そのときに偶然に空から降ってきた彼女の下敷きになったのがユートであった。
そこから先は彼が書き残した自伝の通り。
空から舞い降りてきた天空のプリンセスの導きのままにユートは時空の門を潜り、彼が最初に辿り付いた場所は聖竜王が治める天界。いきなりの異世界人の来訪に聖竜王もビックリだったらしい。
こうしてユートは例外的な異邦人としてこの世界に連れてこられ、済し崩し的に聖竜王から聖竜騎士のクラスを与えられて、元の世界に戻るための旅をすることになったのである。
それにしても……
例外というものは新たな例外を生むらしい。
なぜ邪竜王を倒して元の世界に戻ったはずの彼がここにいるのか。
魔王を倒したあとの異邦人が辿る道は二つある。
ひとつは倒した魔王から『神の石』を奪い、もとの世界に帰還すること。
もうひとつは魔王無きこの世界に骨を埋めて帰化人として暮らすこと。
ほとんどの場合、まだ幼い異邦人は両親の待つ元の世界に戻ることを選ぶ。
聖竜騎士ユートも邪竜王の体内から『神の石』を取り出し、魔王討伐から数日後に皆に見送られながら元の世界に還ったはずだ。
おかしな話だった。
帰還を果たした異邦人が再びこの世界に舞い戻ってきた事例は存在しない。
実はコッソリこの世界に骨を埋めていた……というわけでもなさそうだ。
考えをめぐらせていた立会人は早々に答えに到ってしまった。
つくづく、つくづく、つくづく、あの天使はトリックスターだと。
間違いない。前代未聞の異邦人の二重召喚をやらかしたのは彼女の仕業だ。
今回の一件には異邦人をコチラに招く口実が最初からあった。
それならこれくらいのこと彼女なら平然とやってのけるだろう。
皮肉なものである。
異邦人を招く口実。すなわちそれは魔王退治の使命だ。
地上に現れた魔王を倒す! その役目を負うはずの勇者が。
「しっかり掴まっててくれよ。ヘタに喋ると舌かむぜ」
「は、はひっ」
その魔王をお姫様だっこしてゴロツキたちから守っているのだから。