I'll see which of you is master ~魔のモノは勇者を見ていた1~
"It is not the strongest of the species that survives,
nor the most intelligent that survives.
It is the one that is most adaptable to change."
生き残る種とは、最も強いものではない。
最も知的なものでもない。
それは、変化に最もよく適応したものである。
【種の起源の著者 ダーウィン】
世に勇者クラスの冒険者は数あれど、その中で『救世主』と称えられるほど天に愛された真の勇者は数少ない。
世界を未曾有の危機から守る存在として神々に選ばれた『救世主』には、大きく分けて二つのパターンがある。
ひとつは地元救世主型。
この世界で生まれた地元民の中から、特殊な生い立ちや特異な才能を神々から見出されて選抜され、なんやかんやあって運命に導かれながら数年かけて真の勇者として覚醒していくという、かなり長いスパンで魔王を討ち果たす王道タイプの勇者だ。
もうひとつが異世界救世主型。
こちらは此処とは別の【チー(↑)キュー(↓)】という隣接した次元から、神々によって半ば無作為に召喚された異世界人が、なんだかよくわからないチート補正と異界の優れた技術知識をひっさげて、早くて数ヶ月~長くても一年以内と、かなり短いスパンで魔王を討ち果たす決戦兵器タイプの勇者である。
神々の視点からすると地元救世主型は管理も育成もしやすい安定型だ。
彼らは神々の血脈の末裔であったり、かつての英雄の子孫であったり、魔王を討ち果たした英傑の転生であったり、王族に連なるものであったりと、かなり特殊な生い立ちのものから選抜されることが多い。
選抜漏れした一般冒険者や雑魚勇者から『退廃的な血統至上主義』と揶揄される出来レースの救世主選抜であるが、神からすればそんくらい特異な存在でないと魔王討伐の尖兵に抜擢できないので、その他大勢のみなさんには残念ながら真の勇者の引き立て……もといサポートに回ってもらうしかないのである。
救世主の脇を固める一般職の役割も重要なお仕事デスヨ。
真の勇者ひとりだけで勝てるほど魔王討伐の道は甘くない。
冒険者パーティーはクラスの長所と短所を補い合ってなんぼのもの。
活躍の次第では人気投票で主役を余裕で喰っちゃうこともありますし。
ええ、主人公なのに人気投票で七位常連とか目も当てられませんよね。
主人公が大ボスとバトルしているときよりも、美形のサブキャラが露払い役で中ボスとバトルしているときのほうがストーリー的に盛り上がってアンケートでトップになるとか、この業界ではよくあることですハイ。
近年の地元救世主型で最も有名なのは誰かと問えば、【黒焔王】【雷嵐王】【蝕星王】の三魔王を討伐したパーティー『トワイライト』のリーダー『勇者ディーン』だと大陸の皆が答えるだろう。
王都グローリアの第一王子として生まれ、幼くして王都を守護する神竜『光竜神』からの熱い寵愛を受ける神童として覚醒。
さらには十歳の若さで王家成人の儀である【聖王廟の試練】に挑戦し、霊廟最下層で待ち受けていた聖王の幻影から史上最年少で試練を突破した稀代の天才と賞賛されるほどの偉業を果たす。
当然、その存在を恐れた魔王軍から最重要危険人物として命を狙われ、彼は数年ばかり身分と名を隠して魔王の目の届かない辺境の地に落ち延びると、世を忍ぶ仮の姿でパーティーメンバーを集め再起をはかってうんたらかんたら。
とにかくまぁ、絵に描いたようなコテコテの真の勇者だったわけである。
その後、彼は魔皇帝に最も近い大魔王【蝕星王】との最終決戦に勝利して間もなく、魔王の最後の足掻きで異次元に呑み込まれようとしていた地上を救うため、恋仲になった異邦人の少女と共に次元の狭間に飛び込み、そのまま光の粒子となってこの世界から消えた。
あまりにも人を超えた存在として強くなりすぎたが故に、あまりにも神竜に愛され神々の存在に近づきすぎたが故に、彼は自身が王国はおろか大陸のパワーバランスを崩しかねない存在になったことを自覚してしまい、あえて自ら救世の贄となることで静かにこの世を去ったというのが定説だ。
結果だけ見れば彼の選択は英断だった。
彼が魔王を一体倒しておしまいの、そこらの一山いくらの救世主ならば、無事に帰還したあと現役引退して王になるなり隠居でもするなりすれば、後腐れも無く万事がOKだったろう。
しかし彼は光竜神が予測していた以上に強くなってしまった。
人の限界を飛び越えて、神竜の足元にまで及んだ【蝕星王】すら凌ぐ真の勇者になってしまった彼の居場所は地上の何処にもなかったのである。
ヘタに地上に帰還していたら、そう遠くないうちに人間たちから魔王以上の魔王に豹変するのではないかと危険視されて吊るし上げられ、王宮のものたちからもグローリアを越える新国家を建国されて既得利権を奪う脅威になるのではないかと謀殺に走られ、最悪の場合は神竜に継ぐ新しい超越者になられては困ると、協力者であった神竜たちからも命を狙われていたかもしれない。
偉業を成し遂げた救世主の晩節は語られるべきではない。
英傑であればあるほど老醜を世に晒すべきではないのだ。
最盛期のうちに跡を濁さず歴史から去って、この世に伝説だけを遺して人々から語り継がれるだけの存在になる。
これが最も美しい真の勇者の在りかただろう。
まぁ、魔王を倒した救世主が後に迫害されるなんてのはよくあることだ。
そこんところをうまくやって、魔王なき時代の余生を如何に安全に過ごすべきか模索するのが地元救世主型の腕の見せ所でもある。
実際、他の魔王を討伐した残り二人の地元救世主は、周囲に驚異を与えないように早々に勇者を現役引退してよくやっている。一人は目をつけられないよう辺境の地で若くして隠遁生活を送って楽隠居になり、もう一人は戦いの味を忘れられず大陸を離れて秘境探検に向かったという。
一方で救世主の選抜漏れした一般勇者たちは魔王討伐後も特に危険視されず安穏としたものだ。むしろそこそこに魔王軍退治に成功しているので軍事関係者からのスカウトや、領主からの仕官のお誘い、ギルドからの引き抜きなどで引退後は宮仕えや役所の要職につくケースが多い。
ただ、そういうことが出来るのは成功した一部の勇者だけだ。
たいした成果も上げられないまま平和の世になり、チヤホヤされていた当時の栄光が忘れられずズルズルと冒険者を続け、気が付いたら仕官も一般職への転職もまともにできなくなっていた雑魚勇者の末路は、半数以上がアウトローに身を落とすという有様である。
そういった意味でも、光の勇者ディーンは現役時代から引退後までのなにからなにまで、勇者として類稀な成功者であったといえる。
彼はいま、魔王討伐で世界を救った御褒美で異世界にいる。
恋仲だった異邦人の少女と日本のとある高校で再会し、卒業後に結婚して、現在は小説家として大成した彼女の印税を頼りにマンションで悠々自適なヒモ生活という、実にうらやまけしからん半生を楽しんでいる。
大陸最大の王家に生まれ、人ならぬ天賦の才を授かり、神に愛されて救世主となり、魔王を討ち果たすという偉業を果たした青年が幼き頃より夢見、命を懸けた果ての褒美として神に望んだもの。
それは人並みの存在として人並みの愛を知って人並みの幸福を得ること。
誰よりも恵まれた生い立ちのために、何者よりも優遇された立場のために、永劫に叶えられそうになかったささやかな彼の夢は、故郷を捨てて異世界に渡ることでようやく叶えることが出来たのだ。
願わくば二度と彼が戦いのために故郷の地を踏むことなかれ──
嗚呼、若くして二児のパパになった救世主の平穏な未来に幸あれ。