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make a reconnaissance of Angel ~魔のモノは天使を見ていた5~

  "You remember a single deluge only,

   but there were many previous ones."


  大洪水の前にはいくつもの『予兆』があった。


    【ギリシアの哲学者 プラトン】

 天使と『はぐれ』の追いかけっこも終盤にさしかかりつつある。

 いかに回避能力が高い瞬間移動の使い手とはいえ、こう移動距離と使用間隔が短くては遠くまで逃げ切れない。


 タネと短所が分かってしまえば相手も魔物捕獲のプロである。

 彼らは移動移動限界を計算した間隔で二層三層の陣形で取り囲み、徐々に天使を断層から生まれた絶壁まで押し込んでいる。


 山猫を追った別働隊のように崖側に誘導していた場合、転移魔法の初級魔法である『浮遊魔法』の使用で崖下まで逃げられる恐れもあったが、そこは彼らも予測していたのだろう。ルート選択にミスはない。


 絶壁への誘導ならば『飛行魔法』でもないかぎり脱出は困難。飛行魔法が使えるのなら燃費の悪い瞬間移動などせず先に使っているはず。

 相手も絶壁の岩盤の中に転移して【いしのなかにいる】をやらかすほどバカではないだろうから、このまま追い立て、じわりと追い込み、行き止まりまで追い詰めれば、ほぼ王手詰みだ。


「そろそろ鬼ごっこは終わりにしようぜ小娘!」

「さんざん手を焼かせてくれたもんだ!」

「あとでたっぷり楽しませてもらわないとなぁ!」


 走る。走る。走る。


 一日一歩。三日で三歩。


 三歩進んで──行き止まりッ!


「追い詰めたぞ!」

「そこがテメェのゴールだ!」

「もう逃がさねぇぞ!」


 天使は壁に背をつけて黙っていた。

 半歩ずつにじり寄ってくる『はぐれ』たち。

 万事休すか。反撃の手立てはもうないのか。


「はぁ……」


 天使は絶体絶命の中で大きく溜息をついた。

 その意味するところは諦めの極地か。はたまた……


「こういうとき、姫騎士やってたおねえちゃんなら『くっ……殺せ!』とか、ヒロインらしい気の利いたセリフが出てくるんだろうけど」


 俯き加減に肩を小刻みに震わせる天使。

 泣いている? これから自分に降りかかる悲劇を予感して嘆いている?


「くすっ」


 否、笑っていた。

 不敵に大胆に、これから相手に降りかかる悲劇を予感して笑っている。


「やっぱり自分には、そういうの向いてないんですよね……っと!」


 ぱん☆


 不意に、天使の白い手のひらが背後の厚い岩盤をハデに叩いた。

 立会人にも『はぐれ』たちにも意味を測りかねる謎の行動だった。

 ヤケになっての八つ当たりではない。絶壁の破壊目的というわけでもない。


「ふーーーーーっ、なんとか仕掛けの受付時間内に間に合ったーっ」


 間に合った? なにをだ? 仕掛けの?

 そういえば先ほどの謎の行動、逃走中にも何度かしていなかったか?

 上空から観察していた限り、南で一箇所、西と東で二箇所ずつ。

 そして最後に北側の現在位置で一箇所で計六箇所の無意味なタッチ。


「……あやつめ……」


 立会人は天使の逃走ルートの指向性を読み返し、ある結論に到った。

 彼女がタッチしていた六点を順序だてて一本の線で結んでみる。

 それは彼女のいい加減な性質を現すが如く歪で大雑把な形ではあったが。


星型六角形ヘキサグラム。目測のしづらい雑木林の中にも関わらず、はぐれから逃げ回りながら空間に六芒星を描いていたのか」


 精巧さや精密さには欠けるが、このカタチは間違いなく六芒星。

 大掛かりな手順が必要な【儀式魔法】に用いられる術式記号のひとつだ。

 たいした予備動作がなくても強力な時空魔法を操れる彼女が魔法陣を描く意味。


 語るまでもない。

 『はぐれ』たちはちょうど描かれた六芒星の六角形の中。

 もはや奴らは仕掛けた撒き餌に群がった篭目わなの真下の小鳥も同然だ。


「一斉に飛び掛れ!」


 リーダーの号令と同時に天使に襲い掛かる『はぐれ』たち。


「もう遅い」


 立会人が呟くと同時に、天使は魔法発動のコードを口にした。


「エスト時空発生装置作動♪」


 ── パチン ──


 指を鳴らして合図をすれば、篭目の覆いが落下する。

 空間の点と点を繋いでいた不可視の線は輝く薄壁に変貌し、地面を見れば魔法陣の魔紋が俗人にも認識できるくらいに視覚化されはじめている。


「な、なんだこれは!?」

「と、閉じ込められて出られねぇ!」

「この光の壁は結界か? いつのまにこんなものが!」


 光の壁に取り囲まれた『はぐれ』たちは元勇者だ。多少なりとも魔法に心得があるものもいるだろう。

 だから事態はすぐに察した。それと同時に、察してしまった者から順に対処不能の絶望的状況にハマってしまったことを感じ取ることになった。


 このテの大型結界にここまで完璧に取り込まれたら最期、アークプリーストクラスの解呪魔法がなければ脱出は不可能。

 目の前の撒き餌に気を取られているうちに上空から落ちてきた篭に閉じ込められた小鳥の末路は、あとは羽を毟られて煮られるか焼かれるかだ。


「ほう、これは」


 もうひとつ、信じられない光景が立会人の前で起きた。

 結界の完成と同時に、天使と『はぐれ』たちの姿が消失したのである。


 これは魔法陣を移動媒体とした空間転送だ。

 どうやら先ほどの結界は対象をグループ単位で強制転移させるものだったらしい。


 何処へ消えた? この世界うつしよの何処かではない。

 転送先は地上に隣接する魔界か天界か? それとも外郭を抜けた異次元空間か?

 立会人は目を凝らす。【千里眼】のスキル効果を最大限にまで発動させる。


 世界の果ての果て。

 地上を離れ、浮世を越えて、ただひたすら空の彼方へ。

 天空城がある天の下層を抜け、幽界がある天の中層のさらに向こう側へ。


 天使の魔力の痕跡を追って、聖竜神の縄張りである天界上層のさらに先、創造神たちが生まれた神界が存在する至高天に程近い『狭間の世界』まで目を届かせたところで、立会人の目は彼女たちの姿を発見した。


 ナンダココハ──?


 蒼暗い岩と砂利が広がる殺風景な世界に彼女たちはいた。

 ドワーフたちが使う鉱山の採石場に似ているが明らかに違う。

 空を見上げれば一目瞭然。天に広がるのはデタラメな星雲と銀河。

 魔法や天文学の知識がなくとも、ここが尋常の世界でないことが分かる。


「な、なんだここは!?」

「おれたちはいったい何処に飛ばされたんだ?」

「嘘だろオイ……これってウワサに聞く【魔王空間】じゃないのか!?」


 三人目が口にしたセリフ。これが最も真実に近いかもしれない。


「ぬっふっふっふっ」


 異界に連れ込まれてうろたえる『はぐれ』たちを前に、天使はこれ以上ない小悪魔的な笑みを浮かべ、自信満々にふんぞりかえった。


 かなりムネをはったつもりのようだが、無い胸は揺れない。


「エスト時空とは一種のホワイトホールである。ブラックホールに吸い込まれたおびただしい物質が原子分解して逆噴射している、光と熱の渦巻く魔の空間なのである! ここではわたしの力は六千六百倍! スピードは時速119キロにもなるのだぁぁぁぁっ!」


 言葉の意味はよくわからないが、とにかく凄い自信だ。


「魔王空間の生成。またはその亜種か。こんなものまで……」


 魔王空間──

 それは魔界に数多く在籍している魔族の中でも特に位の高い者、つまり魔王にしか使えない異界の創造能力である。


 地上は人間のために創られた霊的下位の物質世界。故に神々または魔族などの霊的上位存在にはあまり環境的に優しいところではない。


 彼ら霊的上位存在は霊的下位の地上に現れると自動的に大きな制約を受けてしまう。神竜クラスともなると人間の肉体を借りるなどの特別な処置を行わなければ顕現することすら叶わない。だから神々は地上代行者として【聖女】を地上につかわすのである。


 魔族の上位存在である魔王もまた同様。彼らがよくやる最後の最後にならないと真の姿を現さない二段変身とかなんとかは、逆を言えば地上に出たことによる大幅な弱体化の影響によるものだ。普段は制約まみれのバッドステータス状態でなければ地上での活動もままならないあらわれでもあるのだ。


 魔王空間はそういった地上の制限を取っ払うために周囲の環境を強制的に魔界に近づける能力だ。

 この能力は自分にとって都合のよい世界を限定的範囲で創造し、塗り潰すように現世に自分の縄張りを上書き顕現させたり、あるいは地上に近い亜空間に造った縄張りにゲートを設定して拠点と融合させることで活用する。


 前者は【異界化】と呼称され、後者は【裏ダンジョン】と呼称される。

 これにより魔王は魔界で出せる本気モードを地上でも短時間ながら発揮することが可能になるのである。

 だいたいの魔王はこれを真の姿を解放する最終決戦の舞台用に使用するが、場合によっては侵略活動の決戦兵器として使用される場合もある。


 近年でこのスキルを広範囲で使用した魔王は、七大魔王の二巨頭と誉れ高い【蝕星王ノヴァ】と【鬼城王シタデル】の二名。

 前者は第二の神界と称した星々煌く異次元空間を創造して地上を深淵に呑み込み崩壊させる環境浸食兵器として活用し、後者は自身の巨大な城砦体の内部そのものを魔王空間に改造して巨大ダンジョン化させるという魔改造強化に使用された。


 術者である魔王が強大であればあるほど生み出せる世界も広大だ。立証はされていないが、魔界そのものが初代魔皇帝【邪竜神】が天を追われたときに創造した巨大な魔王空間なのではないかという説がある。


 この能力は主に魔王が地上侵攻のときに魔界にいるときと同じ条件で全力で戦えるように使用する環境保全スキルであるため『魔王空間』という俗称がつけられているが、この能力は魔王と対極にいる神々も当然のように地上での活動のために使っている。


 聖竜神が住む天界。火竜神が住む大火山。海竜神が住む海底神殿。

 などなど、神界を離れた神竜たちが地上にほど近い場所に創った個々の活動拠点なわばりも、広義的には魔王空間の亜種といえる。

 いわばこれは神または神に近しいモノだけが体得することの許される『世界創造』の力だ。


 神々や魔王しか使えない世界創造の術を使う一介の天使。

 ムチャクチャだ。バカげている。

 しかし、ごく稀にだが、人間の歴史の中には『こういうの』がいるのだ。

 常識を平然と踏みにじるトリックスターの素養を持つ特異点が。

 越えてはいけない境界を容易く飛び越えるワイルドカードの鬼札が。


「そんじゃ、しょーたーいむっ♪」


 ここからはもう一方的な無双モードだった。

 低レベルの勇者が安易に近くのダンジョンに入ったら、いきなりラスボスにぶち当たったような絶望的状況。


 さっきまでのウサを晴らすが如く、彼女は逃げ惑うはぐれを追い掛け回し、捕まえた先から次元の彼方へ投げ飛ばす。

 ドップラー効果を飛び越えて一人また一人と悲鳴をあげながら宇宙の果てへ消えていき、キラリと星になっていく。

 千切っては投げ、千切っては投げ、向こうの攻撃はなにひとつ通用しない。


 なんとも不条理な話だが、攻略アイテムなどの対処法なしに人間が魔王空間に引きずりこまれると大概こういうことになる。


 あの最強の勇者パーティーである『トワイライト』も、光竜神から【蝕星王】の生み出した暗黒神界を半壊させる『光の玉』を授けられなければ負けていたし、【鬼城王】を倒した歴戦の冒険者たちも【大地の聖女】【深淵の聖女】二人による解呪儀式&飛空艇団と戦車隊による大規模な外郭破壊作戦が行われなければ、体内に創造された魔王空間の力を弱めて心臓部の内郭に突入することは不可能だった。


 彼女たちが相手した【邪竜王】もそうだ。

 彼の魔王空間は全身を覆う闇鱗そのものだった。彼が真の力を発揮したとき、その鱗の一枚一枚が魔界の力と直結した一種の異界と化した。


 たった一枚だけある心臓部の逆鱗を除いて、その鱗は聖竜騎士の聖剣をもってしても断つことが難しい金剛不壊の小宇宙に豹変していた。闇の鱗に守られている限り不死にして不破。闇の鱗の加護がある限り不老にして不滅。その無敵の装甲は彼の祖である邪竜神の神格を髣髴とさせた。


 ユートたちも邪竜王にとって最大の弱点である逆鱗を一点集中で狙う策を取らなければ、おそらく戦いは泥沼化。弱点が分からず長期戦に持ち込まれていたら、回復手段の切れ目が命の切れ目の全滅は確実だったろう。


 つくづくチートである。

 しかしこれくらいチート性能でなければ魔王を名乗れないのも確かだ。

 まぁ、神々に召喚されて渡来してくる異邦人エトランゼだって、大概がチート補正を受けてやってくるのだから『おあいこ』だ。


 問題なのは、そんなチート性能を勇者に守られるべきヒロイン格が持っちゃっているということなのだが……

 しかも子供の発想としか思えない単純なステータス強化全振りの地形効果。はっきり言ってやってることも完全に蛮族です。


 もうコイツが今回の企画の真のラスボスでいいんじゃないかな。

 そう思う立会人であった。


「んーっ、すっきり♪」


 悪党退治が終わったあと、先ほどまでいた森の位置に天使の姿が現れる。

 そこに十人もいた元勇者たちの姿は無い。御愁傷様である。


 立会人が見ていた限り、異界の星になった『はぐれ』たちは全員同じ座標に飛ばされていた。

 宇宙の彼方まで飛んでいく見た目こそハデだったが、どうやら異次元の果てに転送されたわけではなさそうだ。

 さすがに永遠に歪んだ時空の中を彷徨う【時の迷い人】にするほど、彼女も鬼ではなかったらしい。


 詳しく調べてみると座標は神都の神審更正管理所の監獄に設定されていた。

 嗚呼、ここは有名な場所だ。どんな悪人の心のヨゴレも綺麗に洗い流されて、一ヶ月もあれば殺人鬼すら改心して敬虔な聖竜神信徒に生まれ変わることで有名な……


「あ、メルちゃん? ひっさしぶり。ちょっとそっちの監獄に十人ばかり賞金かかってるっぽい悪党を送ったからさ、ちょいちょいと再教育してあげてくれる? ああ、うん、【驚きの白さ】コースで」


 立会人が座標を調べている間、天使は通信用の魔導球を懐から取り出して誰かと会話をしていた。

 メル? もしかして百年前に彼女と行動をともにしていた修道女メルビアのことか?

 たしかメルビアは現在、神都の最高権力である教皇の地位にいるはずだ。

 あの騒動から百年、幼き日の二人の関係はまだ続いているらしい。

 大した友情である。


 知らぬということは恐ろしい。

 こんな末路が待っているのなら、はぐれどもは彼女を襲うべきではなかった。

 きっと半月もすれば彼らは立派な真人間に【漂白】されていることだろう。

 ある意味、彼らはあのまま殺されていたほうが幸福だったのかもしれない。


 さて──


 残る観察対象はあと一人。

 立会人が視線を動かした先には、少女をお姫様抱っこしながら逃げる青年の姿。


 奇妙で不可思議な話だった。

 なぜ帰還したはずの異邦人が、いまになってこの世界に舞い戻ったのか?


 彼の者の名は聖竜騎士ドラゴンセイバーユート。

 八年前に異邦の地から訪れ、聖竜神の加護を授かり、百体もの悪竜を討ち果たして天空の聖女を救出した歴史上稀に見るドラゴンスレイヤーにして、最終的に七大魔王の一角【邪竜王】さえも屠った勇者の中の勇者──


 ……の、成れの果て(過去形)である。

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