表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/177

You are being watched ~魔のモノは天使を見ていた4~

" He said to me in a dreadful voice that

 I had indeed escaped his clutches,

 but he would capture me still."


 彼は言った。

「汝は我が手を逃れたが、今もなお支配されている」


     【 アビラの聖テレサ 】

 【ラストダンジョンガイドライン】。

 地上侵略を行う魔王の拠点の特徴を明文化させたもの。


 MAP・出現モンスター・外観・内装・対冒険者への攻略方針や指針などの説明が細かく記載された書面のことを指す。


 ガイドラインは戦争終了後に資料化された後、歴代魔王の活動内容を示す記録として大切に保管されることになっており、魔界の大図書館の最下層にはおよそ数千年分のガイドラインが秘蔵されているといわれている。


 その中に異色の説明文が記載されていることで有名なものがある。



          【邪竜王の牙城】のガイドライン。

 

 ◇ミスリル製の牢獄なら大丈夫だろうと思っていたら五分後に脱獄していた。


 ◇牢獄から徒歩1分の看守部屋で人質が満面の笑顔で食っちゃ寝をしていた。


 ◇足元がゴロリとしたのでシーツをめくってみると麓の村の地酒ボトルが大量に転がっていた。


 ◇戦勝祝の宴会の席が幽閉中のはずのプリンセスに襲撃され、酒もつまみもすべて強奪された。


 ◇「そんな食い意地が張っているわけがない」といって昼飯の注文を取りに行った新人コックが5分後に真っ青になって戻ってきた。


 ◇「餓えさせれば言うことを聞くようになるだろう」と囚人飯配給の中止を強行したら、翌日に城の食料庫がカラになっていた。


 ◇プリンセスの脱獄率は150%。脱獄して外で遊んで牢獄に戻ってきたその日のうちに更に脱獄する確率が50%の意味。


 ◇邪竜王の牙城における兵站の八割は食糧備蓄、うち約七割が幽閉された姫君の飯用。


 ◇勇者が牙城に駆け込んだら、なぜか人質が悠々自適な別荘生活を満喫していた。



 邪竜王が滅んだ現在、この異彩を放つラストダンジョンガイドラインは競争相手ライバルを貶める目的で他六人の魔王が流布した誇張ネタだと思われているが、実際はそんなことはない。

 事実は小説よりも奇なりというやつで、誇張どころかコレでもまだオブラートに包んだ内容なのだ。


 邪竜軍に所属していた者なら誰もが口を揃えて語るだろう。

 天空王家のプリンセスを牙城に幽閉したのは歴史的な大失態であったと。


 なにしろこの女、攫ったはいいが人質の常識が通用しない。


 塔に幽閉したと思ったら数時間後には平然と城内を探検していた。

 錠の構造が甘かったかと錠前を最新型にしたら鉄格子が削り取られた。

 牢獄そのものを強化素材にすれば今度はテレポートで脱獄しやがった。

 というか看守の前で堂々と転移魔法で外出して麓の村まで遊びに行ってる。

 そして夜になると臆面もなく牢獄に帰宅して酒瓶片手にグースカ寝る。

 知らないうちに牙城のポストに大陸中の酒場のツケの請求書が届いてた。

 地上侵攻の作戦会議に姫君がしれっと混ざってたときはさすがに引いた。

 フリーダムにもほどがあるだろお前。

 魔封じの呪をかけようにも聖女の高い抗魔値のせいでどうにもできない。

 看守が拘束具で縛ったらキャスリングで看守が拘束されていたでござる。

 あ、ありのままいま起こったことを──以下略。

 気が付いたら邪竜四天王がすっかり姫君と飲み仲間になっていた。

 ある日、退屈してたから異邦人を召喚してみたとか凄いことを言い出した。

 もう幽閉とか意味ないからと牢獄から解放したら姫君にめっちゃ怒られた。

 それどころか牢獄に拘束されて酷い目にあってる自演PVを撮影させられた。

 ソレを地上配信したらヤラセなのに再生数ミリオン達成。なんか複雑な気分。

 あれ? 作戦立案してるキミってもう人質というより魔王軍の幹部だよね?

 魔王に攫われた悲劇のヒロインだって? お前のようなヒロインがいるか。

 囚われの姫君とはいったい……うごごごごご……!(哲学)

 ……お願いしますんで、もう天空城おうちに帰ってくれませんかねぇ。

 聖竜騎士ーッ! 早くきてくれーーーーーッ!!!(懇願)



 ざっくばらんにまとめてコレである。ホントに酷い。

 魔王に攫われて塔に幽閉された囚われのプリンセスと言えば聞こえはいいが、実情は軟禁とかそういうレベルでなく城の内外を好き勝手に出歩く放し飼い状態。気が向くと塔を脱出して近隣の市街に移動して夜まで食道楽を楽しみ、数日姿をみかけないと思ったら勇者パーティーに混ざって冒険中だったなんてこともしばしば。


 そもそも転移魔法を無詠唱無儀式で使用できるバケモノを繋ぎとめること事態が至難で、どれだけ対策を練って牢獄を強化しても脱獄に継ぐ脱獄。もはや牢が牢の体を成していない。


 そのくせ幽閉不可能だから牢獄から解放してやると言えば「それじゃ幽閉された悲劇のヒロインになれないじゃないですか!」なんて言い出すから始末に終えない。

 外出自由の身は外出自由の身で別で、普段はカタチだけでも牢に閉じ込められているシチュエーションでないと囚われたヒロインの気分が出ないんだそうだ。


 魔王軍としても姫君を自軍の手元に置いておくと週単位でボーナスポイントが入るから安易に手放すのは惜しいし、手に負えないから解放するなんて案は他の魔王にいい笑いものにされるだけなので避けたい。


 というか「余裕で脱獄できるのに天空城になんで帰らないの?」と訊いたら、姫君本人が「あんな退屈なとこ死んでも帰りたくないから匿ってつかっさい」とマジ泣きで土下座してきました。


 しょうがないので邪竜王も名目上の幽閉状態で放し飼いにするしかなかった。

 

 囚われの姫君エスティエルが邪竜王の手から解放されるイベントが発生したのは天空城襲撃から十三ヶ月後。


「四天王もみんなやられちゃったし、そろそろわたし、タイミング的に勇者に救出されてもいい頃じゃないかな?」


 という人質本人の囚われの身とは思えぬ発言を皮切りに、魔王の数ある地上侵攻作戦の中でも特に珍しいケース『自演救出劇作戦』が、聖竜騎士ユート召喚から十一ヶ月目になる秋口に決行された。

 

 ちなみに「より美しい形で人質のヒロインが勇者に救出される」というシチュエーションも査定の加点対象なので、それはそれはもう邪竜王も人質も舞台セッティングだのボス配置だのでノリノリであったそうな。


 知らぬは勇者御一行様ばかりけり。


 聖竜騎士ユートが邪竜王の牙城に乗り込んで彼女の救出作戦を成功させたとき、ユートたち以上に邪竜王のほうが「得点稼ぎと厄介払いが同時に出来て本当に良かった」と心から安堵していたのはヒミツである。


 その後、天空城のプリンセスを救い出した聖竜騎士一行は、エストから先ほど倒した邪竜は影武者で、本体は牙城の地下に真のラストダンジョン『邪竜王の褥』にいると伝えられて最終決戦に乗り出すのだが、舞台裏を知る立会人からすると「シリアスな場面なのになんと滑稽な場面か」と苦笑いするしかない絵面だったらしい。


 思い返せば人質に振り回される一年を送った邪竜王も不憫な魔王であった。

 彼は無慈悲な暴君でありながら女性に対してあまりにも紳士過ぎた。

 繋ぎ止められぬプリンセスを処分しようとせず、自軍に取り込んで飼い殺しにする選択をしたのは、自身を滅ぼすことになる最大の過ちだったのかもしれない。


 魔王らしい王道的な侵略活動を行い、魔王のお約束を厳格に守り通し、魔王の名に恥じぬ見事な最期を遂げた邪竜王の生涯。


 観方によってはこれらはすべて【天空の聖女】の掌の上であった。

 いいように飼い慣らされていたのは姫君と魔王のどちらだったのか。

 それは後世の歴史家が決めること。


 まぁ、そんな知られざる伝説はさておいて──


「あの邪竜王さえ持て余した【天空の聖女】エスティエル。お前はこの新しい舞台で、新しい遊び場で、なにを望み、なにをするつもりだ」


 立会人は必死で逃げ惑うエストを眺めながら呟いた。


 八年前の彼女は魔王に囚われたヒロインの役割を骨の髄まで楽しんだ。

 同時に稀代のトリックスターとして舞台をいいように掻き回してくれた。

 第二の迷魔王の誕生というこの新しいステージで、天界代表の協力者として彼女はいったいどんな役割を果たすのだろうか。


 舞台を盛り上げる道化か? 物語を混沌に導く狂言回しか? それとも── 

  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ