worthy of note ~魔のモノは天使を見ていた3~
"Wisdom is the daughter of experience."
知恵は経験の娘である。
【 芸術家 レオナルド・ダ・ヴィンチ 】
勇者が熱血ものの王道展開や少年誌の黄金パターンをムダに好むように、魔王がわにも様式美と称される『お約束』が存在する。
悪役の美徳とでも表現すべきだろうか。
世間から形骸化かつ月並みと揶揄されようと、伝統は尊重してしかるべきものとばかりに、魔王は誰よりも魔族の王であらんがため悪の美学に執着する。
曰く、魔王は特に侵略後のプランがなくても世界征服を目指さねばならない。
曰く、魔王は好みのタイプ云々を無視してでも地上の姫君を攫わねばならない。
曰く、魔王はダサいグロいデカい変身を最低でも一回は行わねばならない。
曰く、魔王は最低でも四人以上の軍団長を自軍に配置せねばならない。
曰く、魔王は大人気なくデビューしたての勇者を本気で潰してはならない。
曰く、魔王は(以下略)
最近は勇者に恋する美少女魔王の事例や、勇者とともに成長していく最初は弱い魔王などが新時代の定番として挙げられつつあるが、やはり古来からの伝統となると前述した上記の約束事が定番だろう。
魔王の御約束。
これらは魔王として生まれたならば誰もが帝王学の基本として最初に習うことだ。
これなくして魔王は魔王足りえず、これに拘らずして魔王は名乗れない。
地上侵略は魔族の悲願であると同時に戯れだ。
魔族の祖が創造神の一席に座していた頃から、彼らにとって地上とは好き勝手に建造と破壊と育成を繰り返して遊ぶ観察遊戯の娯楽場だった。
ゲームとなれば対戦相手も歯ごたえがなくては面白くない。
かつての同胞であった神々が育んできた人類、異界から召喚されてきた異邦人、歴史を重ねて人々が練り上げてきた軍事兵器などの魔族への対抗手段。
それらと真っ向勝負して勝利することのなんと素晴らしきことかな。
地上侵攻は難易度は高ければ高いほど評価が高く達成感もある。
不利を承知で様式美にこだわって、それで美しく勝利できれば最高だ。
侵攻先の国家が軍事的強国であればあるほど理想的。
冒険者の中に魔族討伐のプロである勇者がいるなら尚良し。
これに異邦人も加われば難易度ベリーハードで言うことなしだ。
稀に破壊神気取りで人類の抹殺だの地上の消滅だのを望む破滅型の魔王も現れるが、そんなものは魔王としては下の下。
魔王ならばあとあとの管理が面倒くさいと分かっていても、世界征服と人類支配を狙ってなんぼ。
すべてを破壊する神話時代の大量殺戮兵器を地上に持ち出して御手軽にドッカーンだの、創造神お得意の世界の全てを大洪水でジャバーと押し流しで更地化するなんて論外である。
面倒でも不利でも魔王は己の統治する国の軍を率いて地上侵攻を行うのが約束事。
そして魔王は魔王らしくデーモンロードシップに則った紳士的な侵略を行うべし。
これは古に締結された神々との条約にも記されていることだ。
立会人も彼らの世界征服の立会いに関しては、これらの伝統を尊重した厳正な査定評価を行っている。
古来から続く伝統を守ったを侵攻を行えば行うほど魔王の評価点は高くなる。
滅ぼした村や街の数。
退治した冒険者の数。
屠った勇者や異邦人の数。
収集したオタカラの数。
これらも加点の大事な要素ではあるが、やはりいかにしてお約束を踏襲し、どのようにして魔界の伝統芸を人類にアピールし、自身の持ち味を生かした侵略活動がこなせるかが魔王の評価で最も重要な項目となる。
いまどき魔王が二段変身もできないようではお笑い種だし、自分の軍に四天王とか八傑衆とかイキな名前の幹部がいないと魔王軍としてどうなとの問われかねないし、のちに魔王側のラスボスになる勇者を脅威になる前に最初の村あたりで倒そうものなら魔界全土からチキン呼ばわり不可避だ。
だから魔王はゲン担ぎや世間体もあって旧き伝統芸を大切にする。
そんないくつかある御約束の中で、比較的に手軽にこなせて得点が高いものをあげるとするなら、地上のヒロインの奪取が代表例にあげられるだろう。
人間側の有力者の乙女を攫って人質にする。
人質としての価値は親が権力者であればあるほど跳ね上がる。
これで若く美人で処女であれば言うことはない。商品的価値は青天井だ。
人質の使い道も多々だ。
権力者を魔王の支配下にするための外交カードとして使うも良し、自軍をパワーアップさせるための生贄として使うも良し、水晶などに封印して観賞用のオブジェとして城のインテリアにするのもアリだし、闇落ちさせて下僕や妃にするのも悪くない。
そうなると人質候補は高貴で清純で国家規模で象徴とされるものが好ましい。
一国のプリンセスがワルモノに攫われて幽閉されるのも概ねそれが理由だ。
対象の姫君が所属する国家の国力が高いほど攫う難易度は高くなるが、成功すれば魔王としてのハクもつくし見返りも大きい。
誘拐されたプリンセスを助けるという大義名分をあえて人間側に造ることで、モチベーションの上がった勇者たちをこちらに引き寄せる【勇者ホイホイ】としての効果も絶大だ。
だから【邪竜王】は西部蕃国を侵略拠点にしながらも、最高難易度を誇る北部の天空城に全兵力の半数を送り込み、兵の三割を削ってまで天空王族の第二王女を誘拐するという暴挙を行ったのである。
彼自身が創造神の一柱でありながら、聖竜神の姦計で天界から魔界に堕とされ初代魔皇帝となった【邪竜神】の末裔であったことも天空城を攻める理由にあったのだろうが、最大の目的は天空のプリンセスであり【天空の聖女】でもあるエスティエルを捕らえて高得点を狙うことにあった。
天空城の姫君ならば、現時点における大陸中のプリンセスたちの中で最も価値の高い存在になる。
序列的には第一王女を狙うべきなのだろうが、残念ながら第一王女のアスティエルは十年ほど前に人間の男に恋をして城を出奔。地上に『天女の羽衣』という御伽噺を残して生死不明の状況のため諦めざるえなかった。
多少品質の劣る第二王女ではあるが、エスティエルは聖女の肩書き持ちだ。
【天空の聖女】のブランド力。この付加価値はかなり大きい。
聖竜神の付き人である【天空の聖女】を幽閉することで、先祖の仇に苦い顔をさせる副次的効果も高かった。
全軍が飛行ユニットの特色を生かし、八年前の春、邪竜軍は神都の地上防衛網を嘲笑いながら上空にある天空城を強襲し、第二王女エスティエルの誘拐に成功した。
兵の犠牲は大きかったが必要経費の範囲だ。先行投資には犠牲が付き物。
あわよくば天空城の落城を……と思っていたが、さすがに全軍の半分程度の兵力でそこまではいけそうになく、威力偵察の範囲で程よく天空城を破壊して回ると、邪竜軍はエスティエルを手土産に早々に自身の牙城へ撤収していった。
帰還後の立会人からの評価は予想通り激大。
予想は大当たり。エスティエルの得点は大国の姫君数人分の価値があった。
天空城を強襲して聖竜神陣営に手痛いダメージを与えたことも加点され、初動ランキングは【邪竜王】の独走状態という見事な戦果。
他の魔王が先を越されたと悔しがるサマを見ながら飲む酒は最高だった。
極上の蜂蜜酒をあおったような甘く酔いしれる蜜月の日々。
行ける! このまま行けば魔皇帝の座もありえる。
この天空城の姫君を餌に聖竜神の選んだ勇者を呼び寄せて屠り、姫君誘拐の実績にさらなる評価点を上乗せすれば、実力的に頭ふたつは格上の星蝕王をも押しのけて魔界のトップに立てる。
邪竜の王は夢を見た。
勝利の美酒という蜜月の中で淡い夢を見た。
だけど蜜月というものは往々にして足が早く短いもの。
その美酒が、のちに酷い悪酔いを招く毒酒であると気付かされたのは──
天空城の姫君を幽閉してからしばらくしてのことだった。