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Watching fallen angel games ~魔のモノは天使を見ていた2~

"the visible world seems formed in love,

the invisible spheres were formed in fright."


 目に見える世界は愛で、見えない世界は恐怖で出来ていた。


  【 アメリカの小説家 ハーマン・メルヴィル 】

 【神がおわす天に向けて唾を吐けば、それは必ず己に還ってくる】


 天使は矢弾を喰らった。これは表現として正しい。

 だがそれを『身体に受けた』という意味で解釈したのなら間違いだ。


「ええい、気味の悪いヤツだ。山火事にならない程度に魔法をブッ放て!」


無駄なことを。矢弾を魔法に変えても同じことだ。


「ライトニング!」

「マジックネット!」

「アイスジャベリン!」


 一直線に伸びる稲妻が、光で構成された捕獲網が、当たった物質を凍らせる白槍が、


「うわっと」


 天使に触れるか触れないかのところで全て消滅し、


「「「ぐわああああああああああああああっ」」」 


 五秒の間隔を置いて、今度は術者の真上から同じ魔法が降り注いでくる。


「くそっ、カウンターマジックの使い手かこいつ」

「ざけんな。それって超上級指定の魔法だぞ」

「しかも物理反射と魔法万社の両方持ちとか会得コストどんだけだよ」

「だとしたらこいつウィザード職か? とてもそうは見えないぞ」


 緊急事態に『はぐれ』たちが謎の現象の仮説を立てるがハズレだ。


「これが噂に聞く『駄天使デビル吐瀉物リバース』か」


 天地魔の世界を知る立会人がやっと伝聞で知っているレベルの怪現象。

 魔王と闘ったことすらない三文勇者に分かるはずがない。

 どれだけ痛い目を見ようと真実に辿りつけるはずもない。


 触れ得ざるモノ。不可侵の天女。不破の駄天使。

 誰もこの【天空の聖女】を武器にて害すること叶わず。

 彼女に向けられた害悪はすべて、流転の応報となって自身に還る。

 天に吐いた唾が落ちるように。天に撃った矢が墜ちるように。

 魔の雷も、竜の炎も、賢者の魔法も、伝説の剣も、分け隔てなく。

 

 はっきり言って彼女は単体の冒険者としてはそこまで強くない。

 そもそも聖女はプリースト職。一部の例外を除いて攻撃手段に乏しい。

 防御系や回復系の魔法に卓越していても、火竜神の聖女のような荒神の信徒でない限り、攻撃的な魔法は対不死系が関の山。聖属性の神竜に仕える聖女ならなおさらである。


 しかし、彼女には魔王はおろか神竜すら一目置く絶対的な武器があった。


「やめ! やめやめやめーッ! 撃ち方やめーい!」

「迂闊な攻撃を止めろ! 矢も魔法もぜんぶ俺たちに帰ってくるぞ!」

「いったいなにが起きてるんだ?」

「おそらく攻撃を受けると自動で判別して発動するタイプの反射魔法だ」

「あらかじめソイツを自分に重ねてかけていたっことか」

「それ、最上級職のアークウィザードでも相当の高コストになる無茶だぞ。スキル獲得にどんだけポイントかけてんだよ」

「逆に考えるんだ。そんなものをとってるから他の魔法が使えないと」

「ああ、ナルホド」


 どれもトンチンカンな発想だ。

 反射の魔法? これがそんな生易しいモノのわけがあるか。


 あれは天空人である彼女固有の魔法スキル。

 空間を操作する転移魔法の発展型。【時空魔法】の一種だ。


「空間の形を捻じ曲げて亜空間に攻撃エネルギーを吸い込み、少し遅れて亜空間に流した同攻撃エネルギーを指定した現世の空間から射出する……天空城の歴史始まって以来の転移魔法の天才エスト。あの天空王も大変な厄介者を【天空の聖女】の座にすえてくれたものだ」


 天空人は生まれつき転移魔法の資質がある。

 簡単な移動魔法くらいなら一平卒はおろか市民ですら使用可能だ。

 だが、異世界にもつながる時空そのものに干渉する領域となれば話は別だ。

 時空の門に関われるのは創造神のみ。神の子の天空人にとってすら次元の違う世界だ。


 にもかかわらず、神話から続く天空城の永い王家の歴史は、このような前代未聞の異端をこの世に産み落としてしまった。


 100年くらい前に書かれた修道女の手記の中に、このような一節がある。


 《天使は神殿に向けられて放たれた唾を我が身を挺して喰らった。

  そして神の威光を畏れぬ不届きモノの真上に余さず吐いた──》


 あのときはたしか、神都の建設予定地を襲った魔王が、敬虔な修道女と謎の少女が守っていた神殿に向けて焼けた石炭いんせきの雨を降らせた途端、何故か自分のところの陣営に石炭いんせきの流星群がぜんぶ帰ってきて、侵攻開始から一時間で軍が壊滅したというエピソードだったか。


 この話に出てくる謎の少女は、もはや語るまでもなく町娘として下界に潜伏していたエストのことだ。

 当時はまだ彼女は【天空の聖女】ではなかったし、仮にも天空城の王家の者が汚らわしい下界にいるわけがないと思っていたため、このとき人間側も魔界側も聖竜神に呼ばれた勇者がチート能力を発揮したと錯覚していた。

 この手記に記された天使の表現も『奇跡』の比喩と世の学者たちは結論付けている。まさかお忍びで地上に舞い降りていた天空王家の第二王女の仕業きせきだったとは誰も思わない。


 ……結果として、この勘違いが巡り巡って邪竜王に酷いババを引かすことになるのだが、それはまた92年後のお話だ。


 実はこれ、魔界でも魔王敗北の最短レコードを叩き出した有名な珍事件。

 当事者だった魔王の無様は語り草。そのまま駆けつけた勇者に屠られた百年後の現在も、彼の偉業は魔界や神都の酒の席でネタにされ続けている。

 魔王の地上侵略時には必ず経過を見届けに現れる立会人も、採点表を片手にこの一件の事後処理をしながら『こうはなりたくないな』と切に思ったほどだ。


 あの天使に関わると敵も味方も大概ロクなことがない。


「はいっと」


 天使はまた走りながら木の幹にタッチする。これで逃走中に五度目だ。


「逃げるだけで攻撃する気配はねぇな」

「たぶん反射にスキルポイント注ぎ込み過ぎて攻撃手段ないんじゃないか?」

「ありうるな。こうなったら手で捕まえて組み伏せるぞ」

「おうよ、普通に触れるだけなら反射魔法は発動しないもんな!」

「行くぞお前ら。フォーメーションZだ!」


 応ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!


「うわわわっ、なんか地味に正解な対策を取り始めてきたっ」


 攻撃がなにもかも反射されるなら組み合えばいい。

 反射魔法前提の勘違いから派生した方法だが、そこそこ良い対処法だ。

 さすがの天才天使でも、無詠唱で亜空間にホイホイ飛ばせるのは、小型の無機物か少量のエネルギーに限る。


 森羅万象からくる絶対的な制約によるものか、生物の転送は数多の転移魔法がそうであるように、彼女ほどの天才でも前もって用意した大掛かりな儀式や長い詠唱がないと無理らしい。


 でなければ、わざわざ逃げたり攻撃反転などまどろっこしいことをせず、襲い来る敵をまとめて異次元にでも飛ばしているはずだ。


「そうら、捕まえ……」

「わっと」


 すかっ。


「って、えっ!?」

「うはぁ、あぶないあぶない」


 どうする【天空の聖女】?


「なんだこいつ? 捕まえたと思ったら消えて真後ろに現れやがった」 

「短距離移動魔法だ。転移魔法を無詠唱で発動とか何者だ!?」


 短距離瞬間移動。

 転移魔法の中位ランク『短距離移動魔法』の術理を、無詠唱かつ発動ワードなしで使用できるよう改良した時空魔法で、囚われの身だった八年前にはなかった新魔法だ。

 あの日、邪竜王の前足に囚われて攫われたときの反省から編み出したエストの緊急回避技である。


「ちょこまか移動するんじゃねぇっ」

「うわっ」


 スカッ。


「チイッ」

「うあ、八方囲まれてるこの状況、かなりマズイかも」


 瞬間移動の会得で回避能力は上げたようだが、課題はまだまだ残されている。

 この魔法による移動距離は極めて短い。これだけで遠くに逃げるのは至難の業。

 加えて、どうやら連続しての使用には少なくとも数呼吸の間が必要なようだ。


 面倒ごとはもうひとつある。

 彼女が使用しているのは消費魔力がバカ喰いで有名な転移魔法のさらに上位種。

 そんなものを無詠唱で連発など、いつまでも続けられるものじゃない。

 いくら聖竜神の使途として膨大な魔力と最上級プリーストの資格を与えられた【天空の聖女】でも、保有可能な魔力には限界があるのだ。


 肉体的な強さに乏しい貴様が魔力切れのあと暴漢に捕まれば……

 あとは分かるな? 


「クッソが。スカスカスカスカきりがねぇ」

「なぁに、短距離ワープだけでいつまでも逃げ切れるもんか」

「数にまかせりゃいつか息切れする」

「魔法使いなんざ掴んで縛って猿轡すればおしめぇよ」


 短い瞬間移動を繰り返し、ひらりひらりと敵の組み付きを回避する天使。

 彼女の表情から滲み出る明確な焦りの色。限界は近い。


「うっぷ! 転送酔いで昼ごはん戻しそぅ……キノコ料理……食べ過ぎた……っ」


 ……噴飯リバース的な意味で。


 ちなみに、何処の誰がつけたかは知らないが、魔界のモノたちは畏敬の念を込めて彼女のことをこう呼んでいる。


  ──── 無敵のゲロイン ────と。

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