It is an inspiring audience ~魔のモノは天使を見ていた1~
"You gods, will give us. Some faults to make us men."
神は、我々を人間にするために、何かしらの欠点を与える
【 劇作家 シェイクスピア 】
天空人というのはいけすかない人間が多い。
我々こそが聖竜神の祝福を受けて生み出された真祖の人類だと疑わず、何を驕ったか自ら神に最も近しい存在【天使】を名乗り、地上の民に対して慇懃無礼で不寛容な存在であり続けること幾千年。
その王家ともなれば最も神に近しい存在。地上の人間は聖竜神の選定から零れ落ちた出来損ないであり、我々の監視と導きがなければなにもできない奴隷に等しい劣等種だとまで言い出す始末。
事実、天空人は長らく聖竜神の使途を名乗り地上の歴史に介入してきた。
神の威光に背いた国家を神の裁きと称して壊滅さすることなどお手の物。
聖竜派の信徒を増やすために、ときには自分たちに都合のいい無垢な少女を【聖女】に任命して担ぎ上げ、これは聖戦だと天啓を与えて侵略戦争の手駒にすることもあった。
六百年前にソレが災いし、極まった慢心は魔皇帝率いる魔王軍の最大勢力に喧嘩を売るという暴挙に発展し、その結果、彼らは天空人が雲の上の存在であることを地上にアピールできる天界の象徴【天空城】を、現在の神都のある場所に文字通りに落城させるという大失態を犯すことになった。
あの慢心最盛期時代に比べれば、天空人も随分と地上の民とはフランクな関係になったものだと思う。
退廃的で排他的な島国根性は相変わらずではあるが、共通語で慢心を意味する『天愚』の語源で名高い無能王テン・グーの戦死と旧体制派の全面失脚、六百年前に天空人の尊厳を城ごと地に落としたなどの失態は、彼らに反省を促すには十分な効果があった。
加えて無能王の息子が人間の娘に恋をして、十六年後に勇者として魔皇帝を倒すことになる『光の異端児ネピリム』を誕生させたこと、最終的に魔王軍を退けたのが神々でも天空人でも異邦人でもなく、この大陸で生まれた地上の民であることなどの事実がトドメになった。
これで自身の愚かさを鑑みずに地上の人間の再評価をしない道を選んでいたら、彼らこそが真の劣等種として聖竜神にも見離される落ちこぼれの存在になっていたことだろう。
ここ二百年ほど王位についている現王は、地上のみならず魔界の穏健派にも友好的という変人なのだが、どこか不思議な魅力のある王だ。
旧い天空人を嫌悪していた立会人さえ、不覚にも心を許してしまうほどなのだから大したものだと思う。
三界の交流にも熱心で、このたびの迷宮企画の件もふたつの返事で快く承諾してくれた。
というか、王様自ら魔界にある迷魔王の屋敷まで赴いて、茶菓子を片手に調印をしにくるというのは政治的にいかがなものかと思う。
その娘も、自由奔放で天衣無縫な父親に似て破天荒。
八年前の大戦のおり、得点稼ぎと魔王のハク付けのために手持ちの一級魔竜部隊を総動員して天空城を襲い、聖竜神に仕える聖女になったばかりの王女を攫うことに成功した邪竜王は、彼女を自らの牙城に監禁した数日後にこんなことを『立会人』に漏らしている。
──── ……やらなきゃよかった…… ────
この一言が、のちに一大勢力を誇った邪竜王の軍勢を壊滅に導いた伝説『駄天使のくっちゃね災厄』の口火となるとは、当時の誰も知る由がなかった。
「はひっ、はひっ、やばっ、ちょっ、なんか横っぱらが痛くなってきたっ」
森の中を『はぐれ』どもに追い掛け回されながら、地に下りた天使はパンと木の幹に手を打ちつけてから情けない声を出す。
「速度が落ちたぞ! 撃てッッッ!」
「あ、やばっ」
『はぐれ』のうち射撃に長けた三名が、それぞれ大弓・クロスボウ・マスケット銃を構えて、天使の背中を狙って次々と矢弾を射出する。
どれも魔術や精霊による強化を施された特注品。魔王からすればもはや取るに足らないくされ勇者どもではあるが、天敵から雑魚へ身を落としても扱う武器だけは高性能のままだから、下級魔族や一般冒険者にとっては始末が悪い。
ドスッ! ドドドドドスッ! バァァァァァァンッ!
『狩猟神の加護』の祝福効果で追尾性能が搭載された矢。
『連続射撃』のドワーフ技法で五連射の機能が付いたボルト。
『魔弾』の魔術特性で対貫通の防御力半減が込められた散弾。
市販の数打ちものでは得られない特殊能力を持つ勇者武器の凶弾が、逃げ惑う天使の背中を無慈悲に撃ち抜いた。
矢弾の慣性に押されて崩れる天使の身体。ドサリと倒れる音。
「おい、急所はなるべくはずせって言っただろ。死んだりキズモノになったら奴隷商に高値で売れなくなるだろうが! いくら革鎧の上からだからってドスドス遠慮なく撃ちやがって」
「だから外してやっただろ。死なない程度に」
「そもそも散弾でキズモノにするなってのが無理だわ」
「同じく、連射ボルトで足だけを狙えとかねーわ」
揉めるリーダー格と射撃隊。
彼らにとって女狩りは娯楽であると同時に大事な商品調達でもある。
捕獲が手荒すぎれば商品価値が下がるし、お楽しみも減ってしまう。
いくら相手がレベル未知数の冒険者でも、これはやりすぎに思える。
「やったか!?」
四人が口論になりかけたとき、誰かが言った。
「そら余裕よ。おいらの狩猟神の弓は狙った獲物は逃さねぇ」
「手ごたえは十分。五発全弾を喰らったはずだぜ」
「集弾性を高めて拡散を狭めたとはいえ散弾だぞ。避けられる……」
わけがねぇ! と、銃使いが言いかけたときだった。
「あー、やってないですねぇー、フラグってやっぱりこわい」
最初に問いかけた声の主、いつのまにか彼らの背後にいた天使が、先ほどまで自分が撃たれて倒れていた場所を眺めながら気楽なことを口にした。
「「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!???」」」
仰天する射撃隊。
当たり前だ、なんで遠い向こうにいたこいつがここにいる?
それ以前にヤツは撃たれたはずだ。凶弾を受けて倒れたはずだ。
矢弾をしこたま喰らったはずだ!!!
「もうっ、さすがに射撃武器の連射はカンベンしてください。弾の運動エネルギーって強いから、ブレスや近接武器みたいにベクトル変えるのタイヘンなんですよ」
唖然とする全員をよそに「よっと」と別方向に逃走を開始する天使。
「お、おっ、追えぇぇぇぇぇっ!」
ようやく我に返ったリーダーが慌てて追跡指示を出す。
どういうことだ? どういうことだ? どういうことだ?
弾丸は命中していた。手応えはあった。なのに相手は元気だった。
背中を見れば弾丸と同じだけの風穴があった。しかし銃創は見えない。
防御魔法が間に合ったのか? 傷を回復魔法で埋めたのか?
ありうる話だ。そうでなければアレはアンデッドモンスターかなにかだ。
「ああ、そうでした」
逃走中、ポンと一本の木の幹にタッチしてから天使は言った。
「後ろに気をつけたほうがいいですよ。そろそろゲロる時間ですから」
「は?」
先頭にいたリーダーが言葉の意味を理解しかねた瞬間、
「ぎゃああああああああああああああっっっ」
後を追う仲間たちの最後尾から夥しい悲鳴が聞こえた。
「なっ、なんだこれは!」
「嘘だろぉ!? これオレが撃った矢じゃねぇか!」
「この散弾もだ! ありえねぇ! なんて後ろから飛んでくるんだよ!」
混乱する後列。撃ったのに撃たれていた。なにがなんだか分からない。
「愚かな」
『立会人』は『はぐれ』たちに起こった事態を観察しながらこう呟いた。
「──触れ得ざる者に気安く触れようとするからこうなる」