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the aesthetic faculties ~魔のモノは山猫を見ていた3~

"Of all God's creatures there is only one

that cannot be made the slave of the leash.

That one is the cat."


 神が創造したモノの中で、たった一つ繋ぎ止められぬ者がいる。

 それは猫だ。


    【アメリカの小説家 マーク・トウェイン】

 八年前、大陸南部を中心に侵略活動を行っていた七大魔王の一角【鉄騎王アイゼン】は、査定にやってきた立会人と酒を酌み交わしたその日、自身の杯に酒を注ぎながらこんなことを口にした。


「聖樹の森への夜襲はやらないのかって? やらんよ。というよりも密林地帯の進軍そのものが無理だ。相手は森の移動に長けて夜目の効く猫族とエルフだぞ。うちの鉄騎衆を1師団動員したって壊滅は確定だ。自慢の鉄機兵が矢弾ごときを畏れるのかだと? 違うな。俺が驚異にしているのはやつらの地の利よ。逃げる亜人ども追って鉄機を走らせたら道の途中から底なし沼だったとかゴメンだね。だからあの森一帯は焼き討ちが得意な黒焔王にくれてやる。俺は森竜神の尖兵と闘えりゃあそれでいい」


 魔界でも有数の剛を誇る武人らしい、現実を見た冷静な分析だった。

 事実、脳味噌まで鉄にしてあのまま馬鹿げた進軍を続けていたら、彼らにいいように湿地帯まで誘い込まれて、彼自慢の鉄騎兵やアイアンゴーレムたちが錆と泥と沈没でオダブツになっていだろう。


 最終的に【鉄騎王】は森竜神が選定した勇者との一騎打ちに敗れてしまったが、あのときの森林部への侵攻放棄は実に英断であったと立会人は高く評価している。


 地の利とは自然・地形・天候を利用して自軍を有利にする戦術。遥か古代から人類史で使われているカビの生えた戦争の基本だ。軍人のみならず冒険者ギルドでも各地域ごとに学ぶ御当地スキルとして獲得が可能だ。


 選ばれしモノでなくても学ぶことができる習得条件の易しいスキルだが嘗められない。特に大自然と共生するアニミズム文化圏の連中がコレを自身の縄張り内で使うと、下手な軍師の計略よりも遥かに恐ろしい最強武器に豹変する。


 使い方によっては最新兵器を網羅した千の軍勢に勝り、伝説の武器を持った勇者にも勝り、最上級魔法を会得した賢者にすら勝る。

 例えるならそう、縄張りエリア全体が極悪トラップになるようなものだ。


 たとえライバルの【黒焔王】に手柄を譲ることになったとしても、ああしていなければ、おそらく【鉄騎王】は、勇者との一騎打ちすら叶わず、多くの部下とともに当初の進軍予定ルート上にあった酸泥の湿地帯で朽ち果てていたはずだ。


 鬼シビレタケの群生地で無残に転がる、この『はぐれ』どもの末路と同じように。


「にゃふ~~~~~~~~~~~~~ん♪」


 勝利を確信し、彼女は腰に下げていた革袋から塩漬けマタタビを取り出してパクリと一口。

 いいかおをする。

 退路を完全に断たれたネズミをいたぶり尽くして満足した山猫の笑みだ。


 昔に付き合っていた旅の仲間を思い起こさせる懐かしい笑顔だった。

 最近は文化的になってそうでもなくなってしまったが、昔の原始的狩猟民族だった頃の獣人は、こういうかおをよくしていた。 


 森の中で猫族が訛りだしたら用心せい──


 これは古くから猫族と関わりあるエルフたちの間では有名な格言だ。

 猫族は感情が昂ぶって野生が目覚めると突如口調が訛りだす。

 もし、猫の縄張り内で『そう』なってしまったらもう終わりだ。

 そうでなくても手ごわい猫が、手のつけられない獣と化す。


「この森で密猟やるなら、最低でも『耐毒性』スキルを3LVまで上げとくべきだったにゃぁ~ね。って、もうほとんど聞こえてないか」


 毒キノコの放つ麻痺性の猛毒胞子に完全に侵された『はぐれ』たち。

 もう身動きひとつとれないだろう。あのキノコのもつ麻痺毒は、毒矢の素材になる本身のほうよりも、繁殖に使われる胞子のほうがずっと強力なのだ。なにしろ自然回復不可能の特別製。回復手段なしでこの状態になれば、このまま森の中で餓死して苗床にクラスチェンジの道しか残されていない。


「やりおるわ」


 あっというまの壊滅だった。

 集団で倒れ伏す人間の集団に、森の中でそれらを冷たい獣の目で見下ろす猫獣人。

 なんと象徴的な絵面だろうか。フォートリアの民はコレがあるから油断ならない。


「武器も魔法も用いず地の利で多勢を壊滅させる。まるでバスティートの再来だな」


 立会人は昔の相棒をことを思い出す。

 彼が人として生きていた時代の【大樹の聖女】も大した女傑だった。


 魔王軍がけしかけたゴブリン1000体の軍勢を自分を囮にして火山の渓谷に誘い込み、軍勢のすべてを渓谷内で定期的に充満する猛毒の火山性ガスに巻き込んで、王国軍がさんざん手を焼いてきた妖魔の大隊をいともたやすく一網打尽にした彼女の功績は、聖王戦記の真ん中に刻まれるほど有名なエピソードとして後世に伝わっている。


 王国が誇るエリート中隊が何もできずに夜の森の中で消失した一件もそうだ。問いただしたときに「知らないにゃ~」とスっとぼけていたが、一夜で中隊が死体も遺さず殲滅などという非常事態は、彼女の仕掛けたトラップのせいだとしか考えられない。


 結局、郡内の人種差別派によるクーデターまがいの暴走&勝手に遭難ということで互いに責任問題は有耶無耶にしたが、あのときばかりは「コイツとあの国はなにがあっても敵に回しちゃダメだ」と、人だった頃の彼は心底から震え上がったものだ。


 上から観察していれば一目瞭然である。

 彼女は『はぐれ』にいいように追い立てられていたのではない。

 軽く一網打尽に出来る罠の場所まで『はぐれ』を招きよせていたのだ。


 野生の狡猾さ。

 そうだった──エモノを得意のフィールド引き込んで磨り潰すゲリラ戦は、古来から森の民の十八番おはこだったな。力押しでにわか仕込みの狩りしか学んでいない三文勇者どもが、数をそろえたぐらいで地元を熟知している山猫に勝てるわけがないのだ。


 そういう意味では、彼女はフォートリアで最も緒氏族の理念に近い猫族の代表者だ。あれだけ問題児扱いされながら、最終的に【大樹の聖女】の座を託されたのも道理かもしれない。


 そのときだった──


「にゅふ~ん♪」

「むっ」


 なんの予兆もなく、タマが『立会人』に向けて挑戦的な視線を向けた。

 数キロはなれた位置から互いの視線が合う。これはなにかの偶然か。

 こんなことがあるのか? 遠くから千里眼を使う相手と目を合わせるなど……


 猫の肉は不味いと聞くが、事実そのとおりだなと『立会人』は思った。

 一方的に見ていたつもりが、知らぬうちに見られていたのか。

 どうやら最初から自分が観察していたことを彼女に悟られていたらしい。


 魔界側にこっそり見定められているのを承知で、否──だからこそ、この『はぐれ』を使って自分の技前を惜しみなく披露してみせたというところか。


「煮ても焼いても喰えそうにない相手とはこのことだ」


 フッ。

 これは一本取られたなと彼はほくそ笑む。


 『立会人』は視線を移し、次の対象の観察を開始する。


 長い天界の歴史で類を見ない最低最悪の駄天使と名高く、竜族の保有数だけなら魔界最大と一目置かれていた邪竜王軍を破滅に導き、世の悪竜たちすべてが凋落する引き金を引いた大戦犯。


「あーっ、もうーイヤーっ! おなかすいたー!」


 触れ得ざるモノ──【天空の聖女】エスト。

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