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Travel broadens the mind ~魔のモノは山猫を見ていた2~

 "For the thing──

  I greatly feared has come upon me.

  And what I dreaded has happened to me.

  I am not at ease, nor am I quiet;

  I have no rest, for trouble comes. "


   恐れていたことが起きてしまった。

   私は静寂も安息も失い、憩うことすらできない。


  【ヨブ記・第3章 25~26師 】

「さぁ、追い詰めたぜ」

「残念だったな姉ちゃん! このへんはおいらたちの採取場だぜ」

「おれらノブセ密猟団にとっては、『蝕月の森』は庭みたいなものなんだよ」

「姿を見られたからには帰すわけにはいかねぇなぁ」


 山狩りが始まって十分ぐらいした頃だろうか。

 四方に散ってから少しずつ彼女を中心に収束していた『はぐれ』の群れが、川沿いの崖付近で一点に集まった。


「フクロのネズミ……もとい降りられなくなった猫か」


 彼女と『はぐれ』の状況を見て立会人は呟く。

 彼女の背後は断層から生まれた深い深い崖だ。川と言うには深すぎる。

 橋はなし。飛び降りれば死は確定。対岸まで飛ぶにはあまりにも遠い。


「さんざん追い掛け回させやがって。覚悟は出来てるだろうなぁ」

「なかなかエロい格好してるじゃねぇか。猫族の発情期にはまだ早いが、ここでオレたちとにゃんにゃんしようぜぇ、なぁ?」

「おっと抵抗なんかするなよ? 武器を構えるそぶりを見せたらクロスボウと魔法を一斉射撃するぜ」


 相手が弓を装備していないことを確認してから、『はぐれ』たちはジリジリと間合いを詰める。密猟者だけあって外敵への警戒はしっかりしている。間合いの取り方から魔法や小型の飛び道具の飛来にも対応しているのが分かる。

 あの『はぐれ』たちは最近この森を根城にしはじめた盗賊だ。どうやらこの森でしか採れない麻薬の原料や禁制品の素材を密猟して生計を立てているらしい。これまでこの国の森林警備隊にさんざん泣かされてきたのだろう、森で猫族を見たらレンジャーと思えとばかりに動きも慎重だ。


「ふぅん~っ、キミたちの『庭』かぁ~」


 下卑た笑みで近寄ってくる『はぐれ』たちに危機感を感じるそぶりすら見せず、直立不動の自然体のまま周囲を見回す山猫。


 くすっ。


「なぁ~んも、わかってなぁ~いにゃ~っ」


 口調が──変わった!

 この語尾を気だるげに延ばす訛りは大陸の共通語ではない。

 南方の猫族が好んで使う旧フォートリア弁だ。


「分かってない?」

「どういう意味だ!?」


「キミたちにとって、この森一帯は勝手知っる『庭』かもしれないけど」


 少しばかり昔話をしようと思う。

 およそ600年前の大戦後、たしかフォートリアが正式に大陸の小国家としてグローリア王国に独立宣言をした『大樹の盟約』の半年前だったか。

 エルフ族と獣人族による亜人国家を容認できなかった派閥が、調停式が行われる前に勝手に軍を動かして、王国との盟約が果たされる前に有力部族を攻め滅ぼそうとした事件があった。


 フォートリアの緒氏族が住む森に進軍した軍勢は『軽装歩兵100人・鉄砲隊30丁・騎馬隊50機・魔術兵20人・僧兵20人』からなる一個中隊。

 王国の全兵力から考えれば数こそ少ないが、どれも王国軍が鍛え上げて編成した『てだれ』の集まりだ。相手は畜生の原住民。電撃戦を仕掛けて複数の村を焼き払うなど造作も無い。


 はずだったが──


「この【大樹の聖女】にとっては──」


 その日、村々に夜襲をかけようと各小隊に分散して森に乗り込んだ彼らは……


「聖樹の森の全域が、かみさまよりも右から左まで知り尽くした格好の『遊び場』にゃ」


 夜明けが訪れる前に、消滅・・した。

 撃退ではない。分隊の全てが余さず真夜中の森の中で消息不明。

 『殲滅(Extermination)』であった。


 ズンッッッッッッッッ!


 おもむろに彼女は手近な木の幹を強く殴りつけた。

 波紋状の衝撃が木の内部全体に行き渡るいい寸勁だった。

 無造作で無拍子。拳士クラスでもここまでの使い手は多くない。


「なんだなんだ?」

「おいつめられて木に八つ当たりか?」


 衝撃音が鳴って六秒後くらいか。

 急に彼らの周辺に黄色い霧がたちこめるようになったのは。


 この『はぐれ』どもは知らないのだろう。

 王国軍の中隊がフォートリアの森でまるごと消失した大事件の日。

 夜間に魔術通信を介して本部に届けられた魔報記録に、こんな内容がたどたどしい共通語の文面で書かれていたことを。


 『ねこ が ないたら もう おわり』


 誰が書いたものかは現在も謎のままだ。


「うぐぉっ!」

「おごぇっ!」

「かはぁっ!」


 黄色い霧に包まれた空間で、次々と『はぐれ』が直立する彼女の前で跪く。

 荒くれ者の彼らもついに聖女が放つ清純なる威光に屈したか?

 そんなわけはない。あの山猫はそういうのとは縁遠い泥臭い聖女だ。


「こ、これ……はっ!?」


 ビリビリと痙攣しながら泡を吐く『はぐれ』たち。

 その連中を統率していた先ほどの三人のはぐれ勇者の中の一人に、彼女はわざとらしく耳をぴくぴくさせながら挑発する。


「このあたりが鬼シビレダケの群生地なの知らなかったのかにゃ?」


 言われてよく観察すれば彼らを囲む付近の木に大量の黒ずんだ黄色いキノコが生えていた。今朝方に軽いスコールが降ったためか生長も全盛期。あちこちで成熟したキノコがカサを開いて周囲に胞子をバラ撒いている。


 鬼シビレタケ。フォートリアで獲れる麻痺毒を持った毒キノコだ。エルフと獣人は古来からシビレタケを採取して狩猟用の麻痺薬にしていると聞く。

 ただ、扱いに慣れた彼らでも亜種である鬼シビレタケには滅多に手を出さない。繁殖条件が厳しく希少種ではあるのだが、あまりに毒性が強すぎて上級のレンジャーか薬士でもないと手に負えない。


 とりわけ危険なのは成熟期。鬼シビレタケは苗床になりそうな大型生物が自分に強く接触すると、勢いよくカサを開いて強麻痺性の胞子を一帯にバラ撒くという特性を持っている。

 もし鬼を見つけたら刺激するな。寝た子を起こすな。これは鬼シビレタケの群生地に入り込んだときの鉄則だ。もし守れなければ『はぐれ』たちのように胞子を吸い込んでオダブツだ。


「まぁ、知っててもよほど強い衝撃加えないと胞子バラまかないから無視してたのかもしれにゃいけど、他の動物がうっかり刺激するかもというアクシデントを想定していないのは無学だにゃ~っ」


「な、なんで……貴様だけ……へい……き」


「そりゃ子供の頃から鍛えてるし~? フォートリアの獣人は生まれつきの特性で『耐毒(自然物・陸)』を持ってるから、それを最低でも3LVまで上げるのは、男子の割礼の儀式なみにみんなやらされる一族の義務だし~? 森の生態系を利用したトラップなんて、ウチのシマじゃ七歳で習うゲリラ戦の基本だにゃ~」


 いやらしい。


「こ……の……ぁっ……」


 どさっ。


 多少は生命値抵抗で頑張っていたようだが、それでも毒無効段階と呼ばれる『耐毒スキルLV3』を持たない『はぐれ勇者』は、ぶんばりも虚しく強麻痺のバッドステータスを付与されて崩れ落ちた。


 彼らはこの森で悪さをするならもっと勉強するべきだったのだ。

 『月蝕の森』の生態系を。そこで生きる生物の危険性を。自然界の厳しさを。

 なによりも獣人族が太古から綿々と受け継いできた狩猟本能の純度を──


「はい、ねんネコニャ~♪ ねんネコニャニャニャ~♪」


 ねこ が ないたら もう おわり


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