Set up one's life ~その説教は聞き飽きた~
『この世に悪と呼べるものがあるとすれば、それは人の心だ。』
『そして最も恐れるもの。勝たねばならない敵、それは自分の心だ。』
【黒木勇斗語録・テイルズ オブ ファンタジア ダオス】
その日の昼飯時間──
「ねぇ、ニートさん。なんか逢うたびに同じことを口にしてるような気が
するんだけど、あなたこれからの人生どうするかちゃんと考える?」
ボクを異世界に召喚して人生をいろいろ引っ掻き回してくれた聖女様が、
なんかうちのオカンと同じことを国際展示場の喫茶店内で口走り始めた。
「わたしもニートさんを追っかけてこっちの世界に顔を出して、かれこれ
もう五年目になるんだけど、その間ずっと様子を見てきた限り、あなた
高校卒業してからの数年間、ちっとも精神的に成長する気配ないよね?」
実に耳が痛い。
「大学受験に失敗してから日々アパートに引き篭もってのネットゲ三昧、
両親に泣きついて入ったアニメ専門学校の学歴は大して役にも立たず。
卒業して以降はいいトシして就職活動どころかバイトすらしない始末。
光熱費は親払いで仕送りだけが生活費のつなぎ。おまけに貯金はゼロ。
親からの不労所得がなければとっくに野垂れ死にしてますよね?」
はっはっはっ。
もう何処に出しても恥ずかしいパラサイトの数え役満ですなー。
「ニートさん、いつまでもあると思うな親のカネって知ってます?」
「エスト、こんなとこで説教なんて聞きたくないんだけど」
「そうはいかないわ。あなた今年でいくつ? もうじき23歳でしょ?
それなのに就職はおろかバイトもしないでアパートの自宅警備員とか、
少しは恥ずかしいと思わないわけ? わたしもこんなこと言いたくは
ないけど、ニートさんはもう成人を迎えたいいオトナなんですから、
もうちょっと将来に危機感をもってもらわないと」
両親から耳にタコが出来るほど聞いた『これから先どうすんの?』系。
社会人のありかたについて説教をする異世界の聖女というこの絵面よ。
「さすが左団扇の将来を約束されたネオニート様はいうことが違う」
「ネオニートいうな。プリンセスといいなさいよ。プリンセスと!」
俗世に染まりまくってもう死に設定だよね。おまえのその肩書き。
とはいえ同じニートでも王侯貴族と無職では神と蟻に等しい天地の差。
実際、地元に戻ればコイツはマジのプリンセスなんだから恐ろしい。
透き通りそうな銀色の長い髪にサファイヤのようなブルーの瞳。
その顔立ちも日本人とも西洋人ともつかない絶妙なラインの美人で、
人間離れした可愛らしさは文字通りに浮世離れした神々しさを感じる。
口調は乱暴だけど物腰はおしとやか。
見た目の年齢は日本人で例えるなら高校生くらいか。
ただ、体のラインはちょいとばかり未成熟と診断しておく。
まぁ、ようするに典型的な二次元ヒロインの様相だってことだ。
黙っていれば正統派の御嬢様ヒロインで十分に通じるだろう。
アニメキャラが描かれた紙袋に『えっちなほん』を大量に詰め込んで、
色気もへったくれもない安物ホットパンツに『牛丼特盛り』と書かれた
アホ丸出しなプリントTシャツを着たその御姿は、どっからどう見ても
OTAKU文化に魅入らたバカ外人にしか見えないんですケドネ。
これでも彼女は元の世界では創造神の一柱『聖竜神』に仕える聖女。
それもファンタジーRPGなら物語の終盤になってようやく辿りつける
ストーリー上でも最重要な拠点【天空城】に住まう王女様なのである。
そうなのだ。
ボクの旅のすべては彼女から始まり──そしていまなお現在進行形なのだ。
「閉まる~職安~っ♪ 無職のぐぅ~ん~だぁ~ん♪」
「はい、仮面ライダーの替え歌で誤魔化さない。いつまでもこんな腐れた
ニート生活を続けていたら……ニートさん、あなたマジでヤバいですよ。
まさかとは思うけど、これから先は生活保護や親の遺産をアテにすれば
いいとか、社会をなめくさった安易な人生設計を考えていないわよね?
最悪、このアパート継いで大家やりいいゃやとか思ってないわよね?」
「ぎくっ」
「ニートさん、とりあえず殴るから歯ぁ食いしばれ」
「お前はボクのオカンかよ」
「オカン代行ね。これは正式にあなたのお母さんの依頼を受けての説教よ」
「代行ぅ!?」
「昨日あなたのお母さんに泣きつかれちゃったのよ。いいとしぶっこいて
ゲーム三昧で働きもしないうちのバカ息子をなんとかしてくださいって」
「うぐぐぐぐっ」
まるで姉に叱られる弟の図である。とても姫君と勇者の関係とは思えん。
ちゃんと聖女の仕事をしているときは神々しい衣装を身に着けた天使で、
プリンセスらしく威厳ある態度の淑女なのに、こっちの世界に降り立った
プライベートモードではこのザマになってしまうのはなぜなのか。
ほんと異世界で勇者やってた中学時代は騙されましたよ。
当時は敬語だったけど今はもう完全タメ口です。
ちなみにコイツがボクのアパートに押しかけてきて七年目になるんだが、
二人の関係はずっと悪友以上で恋人未満。どちらかというと姉弟に近い。
とりたてて恋愛感情があるわけでもなく、別に嫌いというわけでもなく、
でもなぜか一緒に行動する腐れ縁の間柄というのが正しいか。
もう、なんていうのかね、高校時代の友人たちからは倦怠期を迎えた
熟年夫婦みたいとか言われてます。
「わたしもね、これでもいちおうは責任を感じているわけよ。ニートさんを
こんな風にしちゃった一因は異世界召喚した自分にもあるわけだしさ。
だから罪滅ぼしというかアフターケアというか、もとの世界に帰還できた
あなたをちゃんと社会復帰させないと寝覚めが悪いのよ。自分の担当した
勇者が後日にヒキニートになったとかバツ悪すぎだし、体裁も悪いし」
後半に隠しきれない本音が漏れてる。
「別にいいよ今更。今にして思い返せば馬鹿正直に異世界での旅のことを
家族やクラスメイトにベラベラと口にしたボクもノータリンだった」
異世界から現実世界に戻る。これはいい。これ自体はいい。
異世界に未練はあったけど日本に帰ることはボクの悲願だったから。
ただ、予想外だったのは元の世界に戻った後の世間の対応だった。
まず一年の経過時間。
どうやら向こうの世界こっちの世界は時間軸が平行しているらしい。
普通こういうのって召喚される寸前まで時間が巻き戻って夢落ちっぽい
曖昧なラストで〆るのが定番なのに、ご丁寧に現実世界に戻ったボクは
一年も神隠しにあった当時中学生のY・Kくんになっていた。
文字通りに異世界の神様の導きで召喚された『神隠し』だもんな。
世間的にも誘拐拉致で行方不明の扱いだ。
そんで何の手がかりもなく警察も絶望視していたところにひょっこりと
ボクが帰還したもんだから家族も学校も大騒ぎ。
両親には泣かれ、中学の友人たちには驚かれ、警察には事情聴取され、
それはそれは酷いもんだった。
いちばんマズかったのは異世界での出来事を馬鹿正直に話したこと。
これがよくなかった。
どうやらコレが何者かに誘拐された精神的ショックが原因で誇大妄想に
囚われたと診断されたらしく、しばらく精神病院に入院が決定。
ついでにこっちとむこうの急激な環境変化が原因で欝を疾患。
ご近所には犯罪に巻き込まれて頭がアレになった少年K扱いされるし、
もう人生ボロボロですわ。
黒木勇斗にとって灼熱ともいえた人生最大の冒険を終わらせたことで、
身も心も燃え尽きたってのも堕落の後押しになった。
齢十五歳にしてボクは早くも人生の倦怠期に突入。
あの切った張ったの冒険の日々に比べて日本の生活は退屈すぎた。
中学の勉強も途中で止まったせいで学力のほうもアレで落第寸前。
とりわけ出席日数の問題がやばかった。
事件に巻き込まれたから…という温情がなければ確実に留年してた。
通院をこなしつつ高校受験に合格してなんとか体裁は保ったけど、
そっからの人生は奈落の一語。
あの冒険はもしかしたら夢だったのかもと考えて始めていた矢先に、
こっちの世界に憧れていたエストがうちのアパートにやってきて、
気分はもう傍若無人ヒロインに振り回される学園ものラノベ主人公。
後日談で異世界のヒロインが主人公と再会する展開自体はいい。
ヒロインが押しかけて逆異世界生活エンドってのはお約束だ。
これでなにかしらラブコメ展開があれば少しは違ったんだろうけど、
とりたてて派手なイベントもないまま二人で立ち上げた『ゲーム部』
暮らしでダラダラと三年間を無為に過ごすというていたらく。
そのへんのハイスクール編の紹介は、本編とはかけ離れた番外編とか
スピンオフの路線なのでまたの機会に。
あの当時は謎部活の学園四コマものが流行ってた時代だけあって、
我ながらベタでゆるゆるな青春だったよ。
重ね重ね言うけど──
剣と魔法のハイファンタジーが全盛だったあの頃が懐かしい……
卒業後、ボクは生暖かい目で自分を見守る世間さまから逃げるように
親が経営している安アパートに引き篭もって隠者暮らしを開始。
ほどなくボクは過去の栄光を懐かしむようにファンタジー系のネット
ゲームにはまりこみ、専門学校卒業後は完全にヒキニートと化した。
両親も精神を病むほど辛い目にあった哀れな息子さんを気遣ってか、
何も言わずに仕送りだけして放置という放任主義を続け、数年に渡る
自堕落な日々は、大陸を救った一人の勇者を完全に腐らせるに到った。
最近になってようやく両親も危機感を感じて説教もどきを始めたけど、
ニート生活二年目の今では奮起も難しく時既に遅く後の祭り。
まぁ~、これで腐るなというのがムリですわ。
異世界で得たチート能力をこっちにもってけないのが致命的な致命傷
だったんだよなぁ。もちろんアイテム関連も規則で持ち込み不可能。
くそう、せめて宝石が金貨でも持ち帰れれば結末も違ったのに。
異世界召喚から帰還することの最大のデメリットがその二つだ。
だってボク、こっちの世界じゃ普通の凡人なんだもの。
ほんと当時の自分は無知だったし若かった。
異世界のチートブーストなしでも平気でやっていけると思ってた。
伝説武具や異世界のお金がなくても稼ぎ直せばいいとタカくくってた。
で、実際に元の世界に戻ってみたら、コンビニバイトすらままならん。
いや、ほんとにね、魔王を倒したら元の世界に戻るという神との契約を
強引に破棄してでも向こうの世界に骨を埋めときゃあよかったよ。
「社交系スキルを極めた異邦人なら違ったんだろうけどなぁ」
「まぁそうね。烈風の聖女が召喚した異邦人は元の世界に戻ったら
これまでの冒険で得た知識を駆使して自伝をラノベにして大賞をとって、
いまではニートさんと同い年なのに累計300万部を越えるいっぱしの
ベストセラー作家だもんね。第一期アニメも円盤万枚の売り上げ絶好調で、
こうして来年の二期応援の同人誌も作られてるし」
「なんか死にたくなった」
「汎用性のないフィジカル系のスキルばっかり取ってたあなたが悪い」
「しょうがないだろ! ボクはヒーロー役だよ! 伝説の聖竜騎士だよ!
普通の勇者はバトル特化にステータスをガン振りするもんじゃん!」
「で、【超特大剣】のスキルに【竜の力】のドッキングなんていう馬鹿力に
モノをいわせた剣術なんかを編み出すから、火焔の聖女が召喚した異邦人
みたいに、培った技術を活かして剣道の世界で成功することもなかったと」
「ウツダシノウ」
これがチートな異世界スキルに頼りすぎた男の末路でゴザイマス。
「言っとくけど、ウチは最近流行の異世界転生はやってないのであしからず。
ダメ人間を異世界で生まれ変わらせるためにトラックの運転手の人生を
業務上過失致死で台無しにするとかあまりにも可哀想だと思わない?」
「わぁ、リアルなお話で」
いや、実際そうだよね。
これまでいったい何百人というトラックの運転手が異世界転生の題材で
犠牲になり職を失ったことか。雇用主や運転手の縁者にも申し訳ない。
「で、深淵の聖女が召喚した異邦人は? ほら、魔王側について
アンチヒーロー気取ってたあいつ。やたらドイツ語の詠唱が好きだった」
「聞いた話だと、数ヶ月前に『オレは異世界に転生して救世主になります』って
遺書残してトラックに飛び込む自殺未遂をやらかしたそうよ」
「うわ~~~~~~っ」
「よっぽど向こうとこっちのギャップに耐えられなかったんでしょうね」
「明日は我が身か……」
「だからこうして聖竜神さまに長期滞在の許可を貰って、ニートさんの様子を
見てあげてるんじゃないの。本当は天空人、それも世界の境界を監視する
【天空の聖女】がほいほい異世界に渡るのは規約違反なのよ」
「よく言うよ。本当の名目は長期休暇もらって異世界スローライフのくせに」
「わたしも好きでこんなお下劣な本漁りをやってるわけじゃないの。
これでも由緒正しい王家の血筋なのよ。だけど聖竜神さまがこの世界にある
質の高い『えっちなほん』を所望なさっているからしかたなく」
「サークル参加までしてウソつけコノヤロウ」
なんか仕事で異世界に降りているような口ぶりだけど、絶対にこの聖女様は
公私混同で異世界に遊びに来てるよ。
最初は高校生活の三年間だけとか言っていたのに、なんか屁理屈をこねて
ズルズルと滞在期間引き延ばしてるし。
最近は同人活動に飽き足らず、ニヨニヨ動画でゲーム実況動画の配信まで
始めてるじゃないか。これがまた再生数万単位の人気だから悔しい。
「状況は深刻だな。親に迷惑かけてるってのは分かっちゃいたんだが」
「だったらさっさと就職活動しなさいよ。高卒の通院歴あり職歴なしの履歴は
ベーリーハードモードよ。まだ若いうちならチャンスはあるだろうけど、
25過ぎたら一気にナイトメアモードだからね」
「うむぅ」
ファンタジー世界の住人にこんな現実的なこと言われるなんて。
嗚呼、この世界は素晴らしくウンコだ。
かといってこのまま話をはぐらかして逃げたってまわりこまれるし。
どうせ二日目と三日目に同じ話題をふられるだろうし……
あ、そうだ。こういうときこそ!
この数年間ずっと胸に抱えていた夢に挑戦すべきときではなかろうか。
「なぁ、エスト」
「なんですか? ニートさん」
「ユートだよ! 勇者ユート! 本名は『黒木勇斗』っ!」
「もう完全にニートで定着してるから訂正する気はないわよ。で、なに?
やっと働く気になったの? バイト探したいなら紹介するわよ」
前にコレを提案したときにはエストにケンモホロロに真顔で断られたし、
ダメでもともとではあるんだけど……
「ものは試しなんだけどさ、もし、もしもだ。この提案を呑んでくれたら
ボクは真面目に働く気になれると思うんだ」
「提案?」
時期が時期だし、こうやって追い詰められた感をアピールすれば。
もしかしたら温情でアリになるかもしれない。
「このオタクの関が原・夏の陣が終わったら一度帰郷するんだよね?」
「聖竜神さまに戦利品を献上しきゃいけないので、そのつもりだけど?」
「期間はどれくらい?」
「だいたい一ヶ月ぐらい」
「それ、数ヶ月くらいの帰省に出来ない?」
「どうして?」
「なぜなら異世界ならここよりもずっと就職の芽があるから!」
「え……それってまさか」
「そう、ボクは向こうの世界で働いてビッグな男になってやる!
だから異世界召喚をいまいちどプリーズ!」
「はあああッ!?」