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Observation of wildcat ~魔のモノは山猫を見ていた1~

"Travel is my school.

 I judge from the eye and think by the head."


 旅は私の学校だ。

 自分の目で見、自分の頭で考える。


  【 旅の商人 マルコ・ポーロ 】

 立会人は『はぐれ』に追い立てられる【山猫】を見ていた。

 獰猛で俊敏なモンスターを多人数で追跡する狩りは勇者どもの得意手だ。

 彼らは魔物退治の秘訣は『友情+努力=勝利』と嘯くが、それらの本質は知恵と技術からくる『謀略+狡猾=勝利』であると『立会人』は自身の経験から知っていた。


 自分よりも巨大で、

 自分よりも素早く、

 自分よりも暴に優れ、

 自分よりも肉厚で硬い固体。


 それら相手にするには、愛だの友情などという生殖本能や共依存を綺麗事に表現しなおした精神論では補いきれない。獣狩りには知恵と技術と人員、それと土地勘も必要だ。


「ペイント弾の命中を確認。位置を捕捉した」

「逃がすなよ」

「追い込むぞ。北西の川沿いまで」


 動物・魔物・人間の種を問わず、狩りの基本はだいたい一緒だ。

 発見し、目印をつけ、付かず離れず、追いたて、誘導し、消耗させ、じわじわ弱らせ、余力を無くしたところで囲んで潰す。捕獲か殺すかの生殺与奪は彼らの都合しだいだ。


 こいつら、手際がいい。

 逃げる獣人の背中に素早くマーキング弾を投げつけて位置を補足し、逃走経路を予測しつつ得意の狩場に誘導している。

 落ちぶれたとはいえ彼らは元勇者。腐っても魔物狩りのプロだ。

 大戦の折はモンスターのハントを生業にしていた彼ら『はぐれ』にとって、逃げる山猫を追い込むなど手慣れたものなのだろう。


「どう逃げ切る? 御転婆な森の巫女」


 立会人は思い返す。八年前の彼女はどんな人間だったか。


 聖竜騎士の少年と出会いパーティーに入る以前の彼女は、聖女の跡継ぎを嫌がって国を飛び出し、猫の気まぐれに任せて大陸全土を放浪していたドルイドの巫女だった。


 ひとつの場所には落ち着けず、独立心が強く、陽気で気分屋。

 フォートリアに住むドルイドたちの御他聞に漏れず、彼女もまた僧でありつつも森を守るレンジャーとしての訓練を受けていた。世襲制とはいえ彼女は宗派の象徴である【聖女】の継承者候補なのだから。


 ただ、お祈りの片手間に覚えたにしては、彼女は幼少期からエルフの弓兵や大人の狩人すら顔負けの実力だったと記憶している。しつけの整った家猫のようにおとなしく、清楚可憐で慈母愛に満ちる当代聖女から、なんでこんな野性味溢れる山猫が生まれたのかと世間が悩んでしまうくらいに。


 実際、勇者パーティーとしての彼女の役割は、僧侶系が担当すべき回復役ヒーラーそっちのけで、罠解除やマッピング、撹乱や後方射撃などのレンジャーの仕事ばっかりだった。


 物語の後半まで初期アイテムの薬草と毒消し草をたんまり持ち込んでたパーティーはこいつらくらいだ。

 なんで大陸の聖職者代表である【聖女】なのに、プリーストがサブクラスでレンジャーがメインクラスなの? 回復手段ってあんたが調合する自然物由来の効率悪い回復薬ばっかりじゃん? 僧侶が回復魔法苦手って何かの縛りプレイ? 馬鹿なの? 死ぬの?


 それでもなんとかなってしまうのだから乱世は珍奇だ。


 あの大戦終了から七年。

 逃走する彼女のステータスを『分析視ハッキング』のスキルで見る限り、旅の最中で心境の変化でもあったのか、どうやら彼女はあれほど嫌がっていた【聖女】の座を母親から受け継いだらしい。

 

 仮にもフォートリアの国家元首として五院議会をまとめる【大樹の聖女】が、こんなところでなにをしているのか。

 フォートリアの代表として今回の調停の席に座るつもりだったのか。五院の議長の誰かが派遣されるものと思っていたのだが、首脳自ら参加とは恐れ入る。

 それなら分からないでもない。かつての仲間を護衛にして『蝕月の森』に入り込んだのも理解できる。


 だが違う。名目上はそうだとしても本音は違う。

 あの成人女性のものとは思えない無邪気な悪童の目が物語っている。 

 アレは……新しい玩具と遊び場を見つけてウキウキしている子猫の目だ。


 あの娘も面倒なモノを縄張りに招いてしまったものだな。

 『立会人』はこれから先、気まぐれな山猫が次々と起こすであろう厄介事を想像したのか、口髭の下の唇を薄く苦笑させた。


 追走劇はまだ続いている。

 パッと見には次第に彼女が『はぐれ』たちに取り囲まれつつあるように見える。

 だが、このままでは終わるまい。終わるまいよ。


「さぁて、いい調子に集まってきたし、ぼちぼちかなー」


 仮にも魔王討伐の立役者の一人が、なにもできず狩られるわけがない。

 さぁ、どう対処する? さすがに1vs10は多勢に無勢。

 近接戦が苦手分野な後衛職に分類されているレンジャーで、腐っても元勇者たちを相手どっての真っ向勝負は分が悪い。


 並みの冒険者では逃げ切るのは困難なこの状況を、山猫がどう解決するか興味が湧いた。

 両者の追いかけっこに立ち会うつもりはさらさらないが、この予期せず発生したささやかな余興、暇つぶしがてらに観戦させてもらおう。


 やってくれるのだろう? 期待に応えてくれるのだろう?


 600年以上前、かつて自分のパートナーだった【大樹の聖女】が、ここより南方の火山地帯で1000を越えるゴブリンの軍勢を相手に『そう』したように。


 始まるぞ。


 ── カリノジカンダ ──

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