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be closely watched ~魔のモノは世界を見ていた~

"And there will be such intense darkness──

 That one can feel it."


 その【闇】は圧倒的なほど深く深く……其処に存在する。


 【 出エジプト記 第10章21師 】


 聳え立つ魔城の門前で──

 『立会人』は独り静かに佇んでいたという。


 漆黒の鎧を纏い、闇色の外套を風になびかせながら──

 黙して語らず、雄々しく、悠然と、其処で世界を見ていたという。


 そこで立会人が見ていたものは、地平線の向こうまで広がるつまらぬ世界であった。

 完成と秩序がすべての不順を取り払う『白』の千年王国でもなく、破壊と混沌の中に新しい可能性を見出す『黒』の群雄割拠でもない、半端な安定と緩やかな停滞が続くなんとも煤けた『灰』の世界。


 いつからだったか。

 浮世というキャンパスが、こんなにもくすんだ色を滲ませ始めたのは。

 いつからだったか。

 現世の在り様に失望し、世の移り変わりに興味を抱けなくなったのは。


 分かっている。とうの昔、数百年も前に察していたことだ。

 人という種が進化の袋小路に嵌まり込んだことを理解してしまった、その日からだ。


 いかなる思想を持っても、いかなる文明を築いても、いかなる渡来品を集めても──

 根本の部分がなにも変わらず、大陸を統一した王国の極端な変化を拒み、数百年が経過しても天下をひっくり返す革命に到らない小競り合いばかり。

 なにを得ても、なにを学んでも、なにを取り入れても、いつまでも旧態依然の鋳型から抜け出せない大陸の人々の業に、立会人は心底から失望したのだ。


 だから立会人は人を捨てて魔に堕ちた。

 生のままに歩み、気のむくままに流れ、我がままに生きる。

 新と旧が競い合い、勝ったものが時代を創り、敗者は過去に埋没するという魔界の理のなんと素晴らしき事か。

 個が世界。単が万象。己の信念と腕力のみが世の変革を促す唯一の手段。

 頂点が変わるだけで世の理そのものが変わるシンプルな世界。

 そんな魔界に彼は惚れこんだ。

 

 緊張と殺伐と血臭が耐えない修羅の至高天。

 下は成り上がりを求め、中は下克上を恐れ、上は末永き己の世のために圧倒的な支配をしく。

 我こそは我こそはと絶え間ない戦が続いた魔界は、一日たりとも退屈をすることのない良き世界であったと立会人は思っている。


 ならば何ゆえに立会人は浮世ここにいるのか。

 永らく魔界に身を浸していた彼が、この魔と人の境界線にいるのか。

 彼は断じて一言も言葉を漏らさなかったが、自身にとぼけることもなかった。


 最初は人間界に渡航することになった知人の孫娘を護衛する、単なる付き添いのつもりだった。

 魔界の魔王ギルドから請われて、久々に立会いの仕事をすることになったというのもある。

 職務内容は単純だ。少しばかり無謀な挑戦をしようとする愛娘を草葉の陰で見守るだけ。功に焦って馬鹿げた不正を行わないか見極めるだけ。

 もし預かりものの娘が人間界で危険な目に遭いそうなら、軽く手助けをする。神々の尖兵が規定以上の牙をむけば、協定違反と判断してそれを排除する。


 それだけだ。

 その職務を果たすために彼は浮世に舞い戻ってきた。

 七年ぶりに──

 なつかしの故郷である、このセーヌリアス大陸に。


「ちょッッッッ まッッッ ユートくん! なにやってんの!?」

「なに盗賊どもをトレイン状態で引き連れて逃げてるんですかーっ!」

「ボクだってこんなに仲間呼び寄せてリンクするなんて思ってなかったよ!」


 立会人の仕事はいたってシンプルだ。

 魔界でなにかしらの競い合いが発生した時、当時者の間に割って入って勝負事の進行をおこない、中立の立場にいる第三者として、公正な判断の下で勝敗を判定するのが主な役目だ。


 ルールなどは当事者間での取り決め内容に則るが、場合によってはこちらから勝負事のルールを提示する。もしルールで禁止されている違反行為を当事者の誰かが行えば厳罰を下し、勝負中の邪魔になる事態が起きれば自らの手で迅速に対応あるいは排除を行う。


 彼の下す審判結果は絶対だ。

 魔界と天界との取り決めで、立会人には公正かつ中立の第三者として、立ち会っている勝負事に限り、魔皇帝や創造神と同等の最高権限を両界から与えられている。地上での判定も例外ではない。

 魔王も神々も人間の王も、立会人が下した判定に不服を申し立てることは許されない。


 それだけの権限を持つに相応しい信用と人徳と能力が彼にはあった。

 だいたいは魔王同士の争いごとの審判的存在として雇われ、勝負の経過と結果を見届けるのが大半だが、ときには神と魔の争いごと、あるいは人と魔の争いごとの立会いを努める事もある。


 今回の依頼も魔王と人間による競い合いの立会いということになっている。

 よくある仕事だ。多少長期になるかもしれないが過去に幾度もあった事例だ。

 魔王が人間界に現れ、それに対抗して神々が異邦人を地上によこし、腕っ節に自身のある冒険者も便乗して参加する。


 月並みなパターンだ……それ以上でも、それ以下でもない。

 そのはずだった。

 視界の先に興味深いモノを見つけてしまった、その瞬間までは。


 人の世は実に退屈だ。

 だが、魔界の七王が滅んだ現在の魔界はもっともっと退屈な世の中になってしまった。

 退屈しのぎの戯れで、親友の孫娘が企画した『おあそび』に付き合ってしまうほどに。


 八年前、魔界で最も荒事を好んだ戦闘狂の七王が行った、およそ六百年前ぶりになる人間界への大規模侵攻。

 魔界最強の称号である『魔皇帝』の座を懸けて彼らが行った椅子取りゲームは、アホらしく愉快で滑稽で、なんとも欲望に忠実で魔族らしい高尚な生き様だったと今でも思っている。


 七大魔王は人間出身の立会人を余所者の外様といくらか蔑んでいたようだが、立会人は頂点の椅子のために躍起になって大陸を荒らす彼らが嫌いではなかった。

 しかし同じ『魔王』でありながら、新参の人の身で古参の彼らに並ぶ力を持っていながら、立会人は八人目の魔王として彼らの末席に加わろうとは微塵も思わなかった。


 むしろ大陸と魔王たちの行く末を見届ける中立の存在に徹しているほうが、人であり魔でもある立会人の性分に合っていた。


 結果だけを述べるなら──魔王たちは誰一人勝利することもなく敗れた。

 その気になれば国家のひとつやふたつを滅ぼせる力を持つ魔界最高峰の武闘派が揃いも揃って、人の愛に敗れ、人の絆に敗れ、人の力に敗れ、人の知に敗れたのだ。


 別段、驚くことでもなかった。六百年前にも観た光景だ。

 魔王が現れ、神々が介入し、異邦人が渡来して、人々が手を合わせる。

 千年以上続いてきた様式美と形式美だ。その流れに成って魔王が勝てた試しは数度もない。

 よしんば勝てたとしても悪の栄華は短い。やがて次の勇者に屠られる。


 あのときも七大魔王に挑んだ各パーティーのすべてが、過去の勇者の偉業をなぞるだけのつまらぬ王道の寄せ集めにすぎなかった。


 ……と、先ほどまで思っていたのだが──


「ぎゃー! まわりこまれる! まわりこまれる!」

「おい、このまま固まっててもしかたないから散開するぞ!」

「了解だよユートくん。じゃあ合流は奥に見える一本杉のところで!」


 気まぐれで七年ぶりの浮世を観察してみたら、なんかコテコテの王道がギトギトの邪道に豹変かわっていたという珍しい光景を拝むことになった。


「ほう?」


 ここにきて初めて、立会人は短くも確かな言葉を漏らした。


 三十余人のアウトローに追われる三人の男女。

 いや、青年が抱きかかえている彼の保護対象を加えれば四人か。

 あの三人の顔ぶれには見覚えがある。いつ、どこで、だれだったか。


「邪竜王を討伐した──聖竜神の尖兵の一団か」


 八年前の立会い記録を脳内から引き出して記憶として反芻する。

 あの大戦の年、神々の駒として七大魔王に挑んだ勇者一行は、神竜が召喚した異邦人が四名──そのうちの一名は魔王がわに寝返ったが──と現地民の勇者や冒険者を混ぜ込んだ5パーティー。


 その中で最も功績を挙げたのが、『トワイライト』とかいう異邦人の女と大陸人から選抜された勇者からなる光竜神選抜の黄金パーティーだ。

 そして成績最下位が『ドラゴンスレイヤー』という捻りもなんにもない名前の、聖竜神が選抜したこのデコボコパーティーだった。


 記録には残らなかったが妙に記憶に残る連中だった。

 物語の中盤でリタイアするイメージが根強い斧使いの戦士に、とても戦力とは呼べない賑やかましの遊び人、聖職者とは名ばかりのレンジャー特化なドルイド僧、オマケとしてときたま合流する天空城の第二王女。

 こんなデタラメな構成でパーティーを率いるのは【天空の聖女】に召喚された14歳のゲーム好きの小僧だ。


 なにこのパーティー編成……なめてんの?


 七大魔王からも酷評されたこいつら。

 こんなのを用意するとは聖竜神も耄碌したものだと皆が呆れ笑っていた。

 たまにだがいるのだ。こういうウケ狙いで生まれる変則パーティーは。


 それでも、それでもだ。

 彼らは魔王の城に辿り付いた。【邪竜王】の心臓に届き得た。

 異彩を放ってはいても王道だけは守った成果だ。邪竜王が七大魔王で最弱かどうかの真偽はさておき、彼らが多くの下馬評を覆して魔王の一角を滅ぼしたことだけは事実だ。


 どれもこれも似たり寄ったりの【勇戦僧魔ゆせそま】編成の中で、やたらキャラが異色だったこの連中。

 初見のインパクトだけなら人間側で随一の光るものをもっていた。

 そんな連中が魔王が消えた現在、どうしてこんなところでつるんで行動している?

 こういう討伐パーティーというものは、魔王が去れば現役引退して結婚やら就職などでバラバラになって、冒険ごとからは疎遠になるものだろうに。


 まさか──

 愛娘が直々に迎えると言っていた人間側の協力者とは彼らのことなのか?

 馬鹿な話だった。天界側と冒険者ギルド側の代表とは話をつけたとは言っていたが、まさか魔道に関わる者ではなく、魔王討伐の第一人者が魔王の協力者になるなど。


 森一帯を調べても愛娘が出迎える相手とおぼしき人間は他に見当たらない。

 数時間前に魔術通信で受け取った文面にも、フォートリア代表と天界代表、それと冒険者ギルド代表が派遣した代理の計三名が、これからそちらに向かうと記述されていた。

 指定した時間を考えても、集合場所付近にいる彼らに間違いないだろう。


 本来ならあってはならない話だ。牧場を守る番犬を頼んだら餓えたコヨーテを送り込まれたような暴挙だ。

 天界も地上も過去に学ばなかったのか?

 コレが後々どのような軋轢や問題を生むのか奴等も分かっているはずだ。


 ありえるのか? ありえないのか? 

 立会人は迷いの森を一望できる高台の上から、三方向に散り散りになる三人を見据えた。

 見届けなくてはならない。この三人のこれからの行動を。


 もし、このたびの調停に害をなす存在ならば斬らなくてはならない。

 我が友の孫を神々の姦計から守るために。


 それが人と魔の境目に立つモノ──

 【狭間の魔王】と称される『立会人』の職務なのだから。  

このEX階層のエピソードは、本編の流れとは時間軸を別とし、

第二章ラストと第三章スタートの間に挟まれる間章となっております。

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